第五十四話半 幕間 先輩と俺
一人目の仲介屋に接触した日。
その日もまた、先輩の行きつけの店で一杯やることになった。
以前の、豚の角煮を出してくれた店とは違う。もう少し、大衆居酒屋っぽいところ。
一人目の仲介屋には会えたが、まだまだこれから何人もの仲介を経なければならない。それには数日はかかる予定で、俺はその間にラディ先輩から潜入捜査のノウハウを学ぼうと思っていたのだが。
「ちょっと先輩。出来ればもっと静かなところで教えてほしいんですけど」
「やだー、リュート君ってば静かなところで何する気ー?エッチー」
「……怒っていいですか」
「ウソウソ冗談だって。顔怖いよリュート君」
ラディ先輩は、どうも俺に知識を伝授する気はないらしい。
「あのですねぇ。いくらなんでも、何の知識も技術もなしに潜入捜査なんて出来るはずないでしょう」
「まあまあ。まずは呑もうぜ」
「だーかーらぁ!」
「おばちゃーん、エール二っつー」
「…………………」
ダメだコイツ。話にならん。
「んじゃ、まだ見ぬオレのマドンナに、乾杯!」
「…………乾杯」
結局、これじゃただの飲み会だ。
まあいい。どのみち今日の先輩は完全に呑みモードに入ってる。こんなんじゃ仕事の話なんてしないだろう。
俺も今日くらいは羽目を外すとするか。
「…………おい、リュート。……大丈夫…か?」
「ぁにがですか?」
なんで先輩はこんな表情をしてるんだろう。なんだかすっごい失敗をやらかして始末に困ってる、みたいな顔。
へっへっへ。ザマぁ見ろだ。
なんだか今はすごくいい気分だ。こう、俺を押さえつけるものが全部取っ払われたみたいな。
この際だ、俺は先輩に、言ってやりたいことがある。
「だいたいですねぇ、いっつもいっつもせんぱいはぁ、そーやっておれのことけむにまいてさーぁ」
「……リュート。とりあえず、水飲め、水。…な?」
先輩が俺に水を勧めてくる。別に俺は、喉が渇いてるわけじゃないんだけど。
そんなことより、この人ちゃんと聞いてるんだろうか。
「きいてますかぁ?」
「聞いてる聞いてる。聞いてるから、水飲めってば、…な?」
「おれはねーぇ、きょうかいにいってやりたいんですよ。びしぃっ!とね!」
そう、先輩だけじゃない。ルーディア教会のやり方にも、気に入らないところが多々あるのだ。
それを先輩に言っても意味はないかもしれないが、先輩だって教会の人間なんだから、耳を傾けることくらいしてくれてもいいだろう。
「だいいちね、なぁんで、あんな、ゆーしゃとかだめでしょあぶないってなんでだれもおもわないわけ?」
「思ってる。思ってるから、水飲みなさいって。…な?」
「つよいとかさぁ、よわいとかさぁ、そーゆうことじゃないんだよ。あいつらがむちゃばーっかするんだって、むちゃばーっかさせらららてるからそうなっちゃうんじゃないの?」
アルセリアたちは、自分たちの意思で、自分たちの覚悟で、魔王の前に立った。
だけど俺は思う。
それは、本当に彼女たちの意思なのか。
自分たちの意思だと、思わされているだけではないのか。
幼い頃からの教育、訓練。ずっと「お前は神託の勇者だ」と言い聞かされて、世界を救うために強大な悪と戦うのがその使命なのだと言い聞かされて。
それ以外の道を選ぶ機会を、彼女たちは与えられたのだろうか。
「えうりあーせのいしとかさ、たくげんとかさ、もーそういうのいいじゃんか。やりたいやつがやって、やりたくないやつはやらなきゃいいじゃん」
「…オレが悪かった。まさかお前こんなに酒が弱いとは………頼むから、水飲んでくれってば」
なんで先輩はさっきから、俺に水ばかり飲ませようとするのだろう。
俺の右手には、麦の蒸留酒が入ったグラスがちゃんとあるじゃないか。
「あ!おま、やめとけって、それ以上は……ああぁ…………」
先輩ってば、何を焦ってるんだろう?
そんなことより、聞いてくれよ先輩。
「おれぁね、まおーらららいっれるんららくて、ほれもあーけろらいじらんはそーららくて」
「あーもう!何言ってんだか分かんねーよ!この酔っ払い!!」
先輩、先輩はいい奴だね。
俺はこんな魔王なのに、ちゃんと付き合ってくれてさ。
先輩が勇者だったら良かったのにな。そしたら、きっと満足できる戦いが出来たと思う。勝敗とかそんなの関係なく。
俺は、先輩みたいな、しなやかな人が好きなんだよ。
何かに凝り固まるんじゃなくて、こう、流れる雲みたいに形を変えて自由に生きている人が。
俺の「柳人」って名前もさ、親が「柳のようにしなやかで強い人間になりますように」って願いを込めて付けてくれたんだって。
俺は、そういう風に生きていけてるだろうか?
ねぇ先輩。
「ぇんぱいはぁ、おれ〇▲✕✕☐〇〇~~ZZZZZ………」
「こらぁ!頼むからこんなところで寝ないでくれぇ!!」
…先輩の声が、遠くで聞こえる。
どうやら、ラディウスと人間時代の学校の先輩「菅先輩」とぐっちゃになってしまってるようですね、この酔っ払いは。
なんてことのない日常の風景ですが、けっこう重要な意味を持つ話だったりします。




