第五十四話 何事も、始める直前が一番緊張するものだ。
翌日…と言うか、その日の午後(壮行会とやらは午前様まで続いた…)。
俺は、魔王崇拝者のアジトへ潜入すべく、案内人との待ち合わせ場所へ向かおうとしていた。
「…ねぇ、ほんとに大丈夫なの?」
珍しく俺を心配するアルセリア。いつもこんだけ可愛げがあればいいのに…。
「んー、まあ、なんとかなるだろ」
深く考えるのはやめにした。結局のところ、どれだけ準備したところで、なるようにしかならないのだ。
俺が意外に呑気なのを見て、三人娘も少し気が軽くなったようだ。
「そうですよね。リュートさんは魔王なんですし、もし相手に間者だとバレたって平気ですよね」
「……お兄ちゃん、無敵…」
うん、ヒルダ。絶対的な信頼を寄せてくれるのはありがたいんだけどさ、その、腰にしがみつくのはやめてくんないかな…?
それと、
「ま、無敵言うても今はそうでもないけどな」
「?どういうこと?」
俺の言葉に首を傾げるアルセリア。他の二人も同様だ。多分こいつら、何があっても俺は怪我一つしないだろうと思ってる。
今までの状況から、そう思い込んでる。
「や、今は“星霊核”と接続してないから。…多分、肉体強度は普通の人間と大差ないよ」
「………………?」
「この状態だと、攻撃喰らえばダメージ受けるし、それが重なりゃ行動不能にもなるだろうし」
「………………!」
「ま、精神系攻撃は効かないけど、物理・魔法攻撃は通用しちまうってことだ」
「………………!!」
この肉体は、世界が出来始めた頃にエルリアーシェと二人して造り上げた器。キャパはとんでもないことになっているが、それ以外は普通の生物に準拠した作りにした。
自分の本体とも言える“星霊核”との接続を遮断している今は、まあ多少頑丈な人間…って程度の強度しかない。
例えば、“星霊核”と接続する間もなく…不意打ちなどで…いきなり心臓や脳を完全に破壊されれば、形式的とは言え、死は免れない。
そうなった場合、俺の「意思」はそのまま残るから、肉体の自然修復が可能ならそうするし、不可能なら……新しく作り直すしか、ないかなー……。
けっこう面倒なんだよな、一から作るのは。デザインとか性能とか、かなりの時間拘って作ったもんだから、けっこう愛着のある器だし。
そういう理由で、俺はあまり肉体を乱暴に扱おうとは思わない。俺の意思の器たりえる肉体を作るには、多分百年や二百年は優にかかるだろうから、それは人間視点で言えば、狭義の死に他ならないとも言える。
そんなようなことを説明すると、三人娘は考え込む素振りを見せた。
おお、もしかして心配してくれてる?
「……ってことは、今なら魔王を斃せるんじゃ……?」
違った!命狙われてる!?
「……冗談よ」
「…………ほんとに冗談か…?」
「まぁ……三分の一くらいは本気だけど」
………微妙な数字が逆にリアルだ!!
「…確かに、“星霊核”と繋がらないって条件でお前らと殺り合うのは、ちとキツイかも……一対一ならまだしも、三人いっぺんにとか、ヤバいわ」
肉体の中に蓄えてある魔力も無限じゃない。人間よりは多いと思うが、ガス欠を気にしながらこの三人娘(やたら諦めが悪い)を相手にするのは勘弁願いたいというのが本音だ。
「では、あまり楽観視できない、と?」
ベアトリクスは心配そうに聞いてくれるが、魔王の心配をしているのか玩具の心配をしているのかは、ちょっと定かではない。
「ま、どーだろうな。案外、すんなりいっちまうかもしれないぞ?」
重い空気にならないように、口調はわざと明るく軽くさっぱりと。自分の緊張をほぐすためでもある。
「お、リュート。悪い、待たせたな」
ラディ先輩も合流した。これから、裏とのつながりが深い仲介屋のところへ行くそうだ。
三人娘とはここでお別れ。万が一にも、彼女らの存在を気取られてはならない。
「んじゃ、行ってくる」
学校か会社にでも行くようなノリで、俺は軽く片手を上げて言った。
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「いいか、今から行くところは、第一通過点だ。連中との直接の繋がりはないはずだが、どこでどう繋がってるかは分からないから、用心しろよ」
緊張感のある台詞を日常会話のようなテンションで告げるラディ先輩。この人はあれかな、深刻になったら死んじゃう病にでも罹患してるのかな。
「うかつに教会とか勇者とかの単語を出すなってことですよね。流石にそんなヘマはしませんよ」
「本当かぁ?オレなんて、それで身バレしたんだけどよ」
…………ポンコツっぷりまで、「師匠」かよ!
もうこの人、ちゃらんぽらんに見えて実は出来る男…と見せかけて、やっぱり一周回ってタダのお気楽男っていう設定ですか。
そんな裏かかなくても、誰もキャラが薄っぺらいなんて言わないよ。
「で、お前の任務は三つ。一つ、敵の本拠地をつきとめる。二つ、敵の首領をつきとめる。三つ、敵の目的をつきとめる」
…………なんか、すごく簡単そうに言うけど、多分それが出来れば苦労しないじゃんっていう内容じゃないか?
「目的って、魔王崇拝者なんですから、なんかこう、地上界の征服とかそういうことじゃないんですか?」
「最終的に言えば、そりゃあそうなんだろうな。地上界にも「魔王復活」の報が届いた今、一般人はともかく、連中ならその情報を入手してるだろう。となると、考えられるのは、“門”を作って魔界と接触するか、魔界の手を煩わせることなく地上界を闇で覆い尽くそうとするか、或いはその両方か……」
なんだ、ある程度予想はついてるんじゃないか。
「問題は、それをどう実現するか…だ。“門”なんて、そうそう開けるもんじゃない。ルーディア教の総力を挙げて大規模な術式を組んで……こないだ勇者たちを送ったときなんて、最高位術士二百人が半年以上かけて“門”を開いたって話だし」
……マジで!?そこまでして、それで送り込んだのがあのポンコツ三人組だと!?
………何と言うか、ルーディア教会は、もう少し費用対効果というものを考えた方がいいと思う…よ。
「地上界に混乱をもたらすって言ってもなー。いくら地下組織っつっても、目立って行動すりゃ教会に目を付けられる。連中の組織力で、どこまでのことが出来るのか…。ただ闇雲に暴れるだけじゃ、散発的なテロで終わっちまうし」
「…なるほど。じゃその三つ目ってのは、連中の最終目的を確認するのと同時に、それを為すために奴らが何をしでかそうとしてるのかを突き止めるってわけですね」
……むしろ重要なのは、後者か。再発防止に欠かせないのは動機だが、達成防止に欠かせないのは手段の破壊、或いは奪取。
目的がなくても人は動けるが、手段なくしては動けない。
「そういうことだ。察しがいいじゃねーか。当然、三つともかなり組織に深く入り込まないと難しいだろうが、一つだけ忠告しておいてやる。いいか、リュート。絶対に、慌てるな。心が逸るのを感じたら、必ず一呼吸置け。オレから言ってやれるのは、これくらいだ」
「充分だよ、先輩。て言うか、そういうこと、あいつらにも言っておいて欲しかったな……」
「それは…スマン。まあ、過去からの教訓ってことで……」
二人して、同時に溜息。どうやら俺たちは、同じ上司の下についているというだけでなく、同じように三人娘に振り回されている点でも、共通しているらしい。
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第一通過点である一人目の仲介屋から、四、五人の仲介を挟み、対象である教団に潜入する。それは、紹介した人材から万が一裏切り者が出た場合に仲介屋が受ける制裁を躱すための、いわば資金洗浄ならぬ、人材洗浄。
最終的に俺は、教会に強い恨みを抱く男の紹介で、教団へと足を踏み入れることになった。ここから先は、しばらく孤軍奮闘するしかない。定期報告も、疑われないよう必要最低限の接触で行うしかないので、潜入中に先輩や三人娘と会うことは不可能。
やべ。ちょっと…いや、だいぶ緊張してきた。こんな緊張するのはいつぶりか…
あ、そうだ。初めて勇者たちと会う直前だ。
魔王らしく振舞うためにいろいろ考え過ぎたんだっけ。
……思えば遠くへ来たもんだ。あのときは、如何にそれっぽく見せるかを気にしていた自分が、今は、如何にそうと疑われないよう振舞うかを考えなくてはならないなんて。
さて、人生(魔王生?)初の、ミッションインポッシブルといきますか。
鬼が出るか蛇が出るか…
願わくば、出てくるのは魔王や勇者より怖くない何かでありますように。
ここからしばらく、リュート君の独壇場が続く予定です。しばしお付き合いください。




