第五十三話 独占欲とは、自覚しにくいものだ。
「私さ、六歳の時に教会に引き取られたんだけどね」
アルセリアは、そう切り出した。
驚きの、事実を。
「その直前まで、“魔王崇拝者”のアジトにいたのよ」
…………。
…………………?
って……ええ!?
「それって…お前……」
「言っとくけど、別に私は魔王崇拝者じゃないわよ」
いろいろ含んだように、意味ありげな笑みを見せるアルセリア。だが続く言葉は、彼女以上に俺の平常心を奪い去った。
「儀式の生贄用に、育てられてたんだって」
…………なん…だって!?
……………………儀式…?
……………………生贄………?
勝手に俺の名を頂く連中が、俺の許可なく…こいつを、生贄に……する…だと?
ふざけるな……
ふざけるな、ふざけるな。それは…それは、俺に対する冒瀆だ。
理屈じゃない。道理でもない。ただ、感情的に……………
俺は、それを絶対に赦せない。
過去のことだろうが、その頃こいつはまだ神託を受けていなかっただろうが、そんなことは関係ない。
そんなことは関係なく…………
……その愚か者どもに、報いを与えねば。永劫の絶望を、久遠の恐怖を、救いのない苦痛と共に………
「リュート!」「リュートさん!」「お兄ちゃん!」
三人が同時に俺を呼ぶ声に、俺は現実へと引き戻された。
…俺、何を考えていた……?
「リュート。…私は、大丈夫だから」
アルセリアが、心配そうに俺の手を握って言った。
何、気遣ってるんだよ。辛いのは、辛かったのは、俺じゃないだろう…?
「まあ実際、あんまり覚えていないんだけどね、小さかったし。ただ、両親に売られて、人買いに買われて、それで気付いたらそこにいて…。でもさ、扱いはそう悪くなかったのよ?」
…アルセリアの声は明るい。だが、本当に平気なはず…ないだろう。
「何せ、人買いのとこにいるときは大事な商品だし、魔王崇拝者に買われた後は、やっぱり大事な生贄でしょ?儀式のときまでは、けっこういい暮らしさせてもらってたのよ」
…彼女の言葉を、どこまで信用すればいいのかは分からない。
「まあ、さんざん大事にしておきながら肝心な時に逃げられたりした魔王崇拝者からしてみれば、たまったものじゃなかったでしょうね」
いいザマよね、と笑いながら、角煮を一口。
「あ、ほんと、変わった味。でも私これ好きだな」
……そのくらい、俺がいくらでも作ってやる。
「で、儀式の直前に教会の討伐隊がアジトを襲撃してね、その時私を助け出してくれたのが、グリード猊下ってわけ」
……そのときに、魔王崇拝者なんぞ滅びてしまえばよかったのに。
「……って、なに、あの人実働部隊だったの?」
物騒なことを考えていたせいで反応が少し遅れたが、ちょっと吃驚。
いや、只者じゃないだろうなとは思っていたけど、どちらかと言えば頭脳派なのかとばかり…。
驚く俺に、先輩が追加情報。
「言っとくが、猊下は強いぜ?なにせ、かつての“七翼の騎士”筆頭だからな」
なーる。あの威圧感は、死線をくぐり抜けた猛者のものか。驚きはしたが、なんか納得。
「……ん?その、七翼の騎士ってそんな強いの?」
「当ったり前だろうが。私設部隊とは言え、教会関連で最強って言われる殲滅部隊だかんな」
………殲滅…部隊…。すごく剣呑な響きだ…。
「ちなみに、現筆頭は、このオレだ!!」
「マジっすか!?」
これには本気で驚きだ。この調子のいいお気楽男が、殲滅部隊なる物騒な集団の筆頭だなんて。
「ふはははは。褒め称えていいんだぜ?」
「………………あー、そうっすか。スゴイっスね~(棒読み)」
「……リュートくん、ちと冷たくないかい…?」
…褒めてもらいたかったら、まずは実力を示してもらいたいものだ。
「あー、はいはい、脱線しない。話進めてもいいですか、師父?」
「お、おう…」
うん、アルセリアはだいぶいつもの調子を取り戻したみたいだ。
「で、邪教団ってそのときに壊滅したとばかり、思ってたんですけど?」
「ああ、教会の判断もそうだったんだけど、な」
ラディ先輩は、やれやれ、といった溜息を一つ。
「どうも狩り損ねた残党がいたらしい。そいつらが、最近になってまた動き出した…と」
……よくある話だ。そういうゴ〇ブリどもは、完全に根絶やしにしなければまたぞろ悪事を始める。永遠に陰に隠れてひっそりと生きていればいいのに、身の程を知らずに表に出てこようとするのだから、タチが悪い。
「しかも、どうも連中の活動地域がタレイラ近郊を中心にしているみたいでな。ここいらで奴らの犯行と思われる行方不明事件が多発してる」
「行方不明事件…?」
「ああ。多分、まあ……何か企んでるんだろうな。で、オレが潜入を命じられたんだけど…………」
………身バレして、慌てて逃げてきた…ってわけか。
「……先輩、七翼筆頭とか言ってませんでした?」
ジト目で一瞥してやると、ラディ先輩は必死に自己弁護を始めた。
「いや、だってお前、オレはそういうの専門外なんだって。なんてーの?こう……闇討ちは得意だが自分を偽るのは苦手だ!!」
…………なんか、物騒なこと言い出したし。開き直ってるし。
「ま…そういうことで。ただ、まだほとんど食い込めてないんだよ。末端の隠れ家を一つ見つけたくらいで。…それも、オレの身バレで引き払っちまってるだろうしさ」
参ったよなー、と、頭をがしがしと掻きながらぼやく先輩。食事中にそれはやめてほしい。
「だからさ、次はお前に行ってもらおうかと思って。潜入捜査」
そして先輩は、俺を指差してそう言った。
………………………………………はい?
「え?ちょ、ええ?えええええ!?なんで俺?」
「だって、オレ、面割れてるじゃん?」
「いや、潜入捜査なんて、俺、やったことないですよ!」
「心配するな!誰だって最初は初心者だ!!」
…そんな、無茶苦茶な!
初心者どころか、訓練も受けたことがなくノウハウも持ってないんだぞ。
とは言え、能天気にヘラヘラしてる先輩にそれを言っても無駄な気がする。ここは一つ、グリードに直訴するしかないか…。
「それにお前、そんな危険なことをこいつらにさせる気か?」
先輩は、三人娘を指して言う。俺の返事は決まってる。
「そんなこと、出来るわけないでしょう!」
無茶無謀かつ短絡的で計画性のないこいつらに、潜入捜査だなんて難易度が高すぎる。それに……アルセリアに、そんなことは絶対にさせたくない。
「だったら、お前が行くしかないだろ」
「……あ…」
…………そうか。グリードは、考えがあって勇者を今回の件に指名した。その中には勿論、ベアトリクスとヒルダ、そして俺も入っているはずで、こいつらを行かせたくなければ、俺が行くしかない…というわけか。
「猊下、言ってたぜ。お前なら心配なさそうだって」
………どうやら全て、グリードには織り込み済みだということだ。
最初から、俺に行かせるつもりだったな、あのおっさん。
…仕方ない、腹をくくるか。
なーに、いざとなれば全員消し飛ばしてくればいいだけの話だろ?任務自体はそれで失敗かもしれないが、そんなこと俺の知ったことじゃない。
素人を使うってのは、そういうことだ。あのグリードのことだから、そうなったときのこともちゃんと考えてありそうだし。
問題は……俺が、その魔王崇拝者なる連中に対し、怒りを抑えきれるかどうか……。
それは…正直、自信ない。
「…失敗しても、責任取れないですよ」
「まあ、そこはいいんじゃないか?オレも別に、ちょいとお叱りを受けただけだったし、お前なら拷問されても教会の内情を自白する心配もないしな」
……んにゃろう。やっぱりそれか。
万が一身バレして捕らえられても、俺には連中に売り渡すような知識がない。教会とはほとんど関わり合いがないからな。
だったら、捕まっても安心だから使おう…とグリードは考えたわけだ。
……別にいいさ。それこそ、俺には何の心配も必要ないことだ。
「…なら、分かりました。やってみます」
「おう!言ってくれると思ったぜ!」
……よく言うよ。
「ただし、基本的なことは教えておいてくださいね。そもそもどうやって潜入すればいいかも知らないんですから」
「任せとけ任せとけ。…つっても知識なんてむしろ邪魔だぜ?付け焼刃ならなおさら、な。逆に何も分からない状態の方が、柔軟に対応できるってもんだ」
………そういうものなのか?言われるとそんな気もしてくるが、それが正しいのか判断する基準さえ、俺は持っていない。
「まあ、案ずるよりなんとか…ってな。連絡役のところには明日連れて行ってやるよ。ま、飲め飲め。今日は壮行会といこうぜ!」
……先輩を信用していいのだろうか…?
ちょっぴり心配になった俺だが、人懐っこい笑顔についほだされて、差し出されたグラスを受け取るのだった。
ミッションイン〇ッシブルです。ス〇イ大作戦です。




