第四十九話 その温度差は、埋め難い。
「……確かに言ったよ。好きにしろって。…言ったけどさぁ……」
試着室の前で、俺はささやかな抗議を試みる。
ここは、仕立て屋を兼ねた被服店。タレイラの上流階級御用達の店…らしい。
ここへ連れてこられた俺は、着せ替え人形よろしく、勇者たちと店員に好き放題されていた。
流石に一から仕立てるのは時間的に無理、ということで、今回は既製品を購入することになり、あれがいいだのこれはどうだのそっちも気になるだの、まあ姦しいこと姦しいこと。
デザイン的には、連中のお眼鏡にかなったものが早々に見つかった。だが、彼女らが拘ったのは、色。刺繍飾りの色が、銀だの青だの深緑だの。
どれだっていいじゃないかと思うのは俺だけで、アルセリアもベアトリクスもヒルダも、さらには店中の店員までこぞって品評会に参加あそばしているという次第だ。
「うーん……銀も悪くない…けど…………やっぱ、蒼かしら?」
「私もそう思います」
「……ボクも」
………どうやら、モノトーンを基調に蒼をアクセントにした一着で決着がついたようだ(投げやりな駄洒落)。
ささやかな抗議を完全に無視された俺は、再び、ご指名の衣装へと着替える。
まったく、この手の服は、脱ぎ着もめんどくさいんだよ。
「…………これでいいのか?」
げんなりして試着室から出てきた俺を一瞥すると、
「うん。やっぱこれね。何か癪だけど、悪くないわ」
「リュートさん、とてもお似合いです。素敵ですよ」
「………お兄ちゃん、カッコいい」
……さよーでございますか。それは結構なことで(嘆息)。
「まぁああ!お客様、とてもよくお似合いで!惚れ惚れしてしまいます!」
「今度、是非一から仕立てさせてくださいな!」
「さ、早速採寸を……(ハアハア)」
なんか店員が怖い。お客を逃がすまいとリップサービスに余念がないのは分かるが、約一名、ガチで怖い。
俺が着せられているのは、礼服と言うか何と言うか。こう、ゲームキャラで言うと騎士とかの格好に酷似している。
派手さはないが、品があり、これを着ていれば誰でも二割増しくらいでイケメンになれそうだ。
どうにかこうにか着せ替え人形タイムを耐え抜き、俺は三人娘と共に教会へ。
なぜ教会かと言うと、彼女らの衣装はそこへ預けてあるからだ。
「旅をしてると、ドレスなんて邪魔くさいしねー」
とはアルセリアの言だが、それも尤もだ。
……綺麗な衣装で着飾るよりも、魔王討伐に精を出す少女…っていうのもなんだかなー……。
で、彼女らも教会で着替えて、そこからパーティー会場へと馬車で向かうことになっているのだが。
「………ほう」
今度の嘆息は、感嘆。
俺の目の前には、正装した勇者たち。
ドレスと言うから、ヒラヒラしたのを想像していたのだが、どちらかというと俺の衣装と近い。まあ…勇者がフリフリドレスって言うのも、イメージじゃない。
「ふふっ。どうですか、リュートさん?」
「あ、ああ……いいんじゃないか?」
ベアトリクスが着ているのは、礼典用の司教服だそうだ。威厳と清楚さがちょうど良くマッチした、純白に金の刺繍の衣装。
彼女はアルセリアやヒルダと比べるとおとなしめの顔立ちをしているのだが、こういう服もさらっと着こなせる品位と言うか、雰囲気を持っている。
「………お兄ちゃん、ボクは?」
「うんうん。ヒルダは何着ても可愛いけど、今日はまた一段と可愛いな!」
若干ゴスロリ風味の黒を基調とした法衣を身に纏うヒルダに、俺のまなじりは下がりっぱなしだ。いいねぇいいねぇ。こういうのって人を選ぶデザインだけど、華のある顔立ちで、それでいてあどけなく、さらに無表情というスパイスが加わっているヒルダにジャストマッチじゃないか。ああ、語り始めると止まらなくなる…。
「……アンタは相変わらずヒルダ贔屓ね……」
諦めたように言うアルセリアも、実のところ相当に綺麗だった。彼女の衣装が、一番俺と近い。凛々しい女騎士って感じだ。凛とした空気感が、逆に彼女の少女らしさを引き立てている。
白を基調に、蒼の刺繍が流麗だ。
………蒼…………………。
「なんだか、アルシーとリュートさん、お揃いみたいですね」
俺が気になりつつも敢えて口にしなかったことを、ベアトリクスは(多分わざと)口に出す。
「は!?何言ってんのよ、そんなわけないじゃない。心外だわ!」
ムキになるアルセリア。
確かに、デザインは違うし、離れていれば大して気にはならない。が、並んでいると、刺繍飾りの色のせいか、なんだか互いに意識し合って選んだ…みたいに見えなくもない。
……こっちこそ、心外である。
さて、着替えは終わったのだが、彼女らは化粧やヘアメイクがあるということで、修道女たちに連れられて去って行った。
普段は化粧っ気のない連中だが、改まった場所ではそうもいかないらしい。
で、俺は彼女らを待っている間、ぶらぶらとその辺を歩いていたのだが。
「やあ、リュート君」
名目上の俺の雇い主、グリード=ハイデマン枢機卿がそこへやって来た。
「あ、どうも」
「これから夜会だってね」
……まるで他人事みたいに言いやがる。
「……そんなことまで業務内容に入ってましたっけ?」
無駄だと知りつつ、一応は聞いてみる。
「それは当然じゃないか。私は、あの子たちの目付け役として君を雇ったのだから」
……やっぱり無駄だった。
「まぁ…いいですけどね。ここまで来たらとことん付き合いますよ」
若干自棄になりかけている俺の言葉だったが、グリードは満足そうに、
「ああ。君ならそう言ってくれると思っていたよ。勇者というのはそれだけで、色々なものを引き寄せてしまうものでね。くれぐれも、よろしく頼むよ」
などと、しれっとのたまってくれた。
グリードのその言葉の意味を真に理解するのは、それから数刻後のことだった。
一概には言えないけど、買い物に対する男女の温度差って、永遠に縮まらないような気がします。




