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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
番外編その2
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学校へ行こう。 第四十七話 魔王陛下は賄賂の重要性を理解している。




 先生は、侯爵領に残ることを決めた。

 そのうちイェルク=ライルも合流することだろう。先生の話では彼も人に化けるのはお手の物だというらしいから、まぁ葡萄畑でも耕してればいいと思う。

 いや…それとも、サクラーヴァ家の紹介ってことで侯爵家の騎士として雇ってもらう…とか?


 ……うん、それ、いい手かもしれない。


 残る問題は………



 「それで、さ……ユディット」

 改まって声を掛けると、ユディットが視線を泳がせた。

 多分、俺に対する態度を決めかねている。


 「やっぱり……まだ、俺のこと許してくれてない…よね」


 俺の登場で危機を脱することは出来たものの、それとユディットの怒りは別物だ。現に、問われたユディットは否定も肯定も言葉を発さず代わりに唇を噛みしめて俯いた。

 それだけで、彼女の内心が窺えた。

 

 「……ごめんなさい。あなたには助けられた形になったけど……やっぱり、炎翼イグニスのことは簡単には割り切れないわ」


 迷宮の入口で彼女が俺に告げた言葉。

 あれは、強がりでも誇張でもなく紛れもない本心だ。例え復讐が終わったとしても、彼女の憎しみが消えることはない。


 それは、仕方ないと思う。

 彼女の心は彼女の自由であるべきで、彼女が自分から俺を許せるようにならなければ、外から強要されたり立場的にやむなく許すフリをしたところで、そんなのは無意味だから。


 ただ、


 「もう、あなたに仕返ししてやろうとかは考えていないわ。私は復讐することを選んで、それを実行して、今も後悔しているわけじゃない。だから、結果が失敗に終わったのならその事実を受け容れるのが筋ってものよね」


 復讐が失敗したのなら成功するまで続けてやる…となるのが普通のところ、彼女には自分自身に対する戒めがあるようだ。

 貴族としての誇りか、彼女自身の理念か。


 「それに……」


 そこでユディットは、何とも言えない表情で俺をチラッと見た。


 「その……なんだかゴタついてて流してしまったけど、その、ユウトあなた……さっき先生とラングレーが言ってた……」

 「ああ、魔王ってこと?」


 すごく言いづらそうだったので代わりに言ってやると、ユディットは一瞬息を呑んで、それから大きく吐き出した。


 「やっぱり……そう…なんだ?その………冗談とか比喩的なもの…じゃ……ない、わよね……?」


 言いながらユディットは先生を見て、シエルを見て、二人の表情に肯定の色を見て、がっくりと肩を落とした。


 「そう。……だったら、魔王相手に復讐なんて実現できるはずないじゃないの」


 それは、飢喰迷宮が失敗した時点で感じてたことなんだろう。彼女は口惜しそうにしつつも既に諦めているようだった。


 「さっき先生に言われて気付いたのだけど、私はあなたを許したくないのと同時に許したいとも思ってる。どちらの気持ちを優先させるべきかはまだ分からないし、それは今後のあなたとの付き合い方で決まってくるのだと思う」

 「それじゃ、俺にもワンチャンありってこと?」

 「言っておくけど、それにはあなたの振舞いが重要なんだからね!」


 彼女の中に俺を許したいと思う気持ちがあるということに気を良くした俺はついつい調子に乗って茶化すように返事をしたら、叱られてしまった。

 つか、勇者でも英雄でも、天使族や魔族ですらない廉族れんぞくの彼女が、魔王だと思ってる相手を叱りつけるって相当なことだよね。


 「は…はーい。……それじゃ、早速ワイロでも渡しておこうかな」

 「……賄賂?ってあなた、オブラートに包むってこと知らないの…?」


 めちゃめちゃ胡乱そうに俺を睨み付けるユディット。さては、俺が金やら宝石やらで自分の歓心を得ようとしてるって勘違いしたか?


 ざーんねん、俺には、侯爵令嬢に貢げるような個人資産はありませんよ。


 「ほんとは、もう少し育ってから渡そうと思ってたんだけどさ」


 そう言って俺が虚空から取り出したのは、小さな灯。

 ピンポン玉くらいの、朱色の淡い輝きを放って俺の掌の上で揺らめいている。


 「……火球?」

 「欠片をさ、闘技場で拾っておいたんだ」

 「…………!」


 それだけで、ユディットはそれがなんなのか理解したようだ。目を見開き、灯を凝視する。

 そこに、懐かしい面影を見付けようと。


 「あ、でも完全に同じものじゃない。あくまで欠片だし、多分記憶も残ってないと思う。それでも、炎翼イグニスの一部だったことは確かだから、きっとユディットの力になってくれるよ」


 それは、炎翼イグニスの欠片。

 と言っても炎翼を構成する炎ではなく、その魂の欠片である。分解されて霊脈アストラルラインを流れているところを拾い上げたのだ。

 言うなればリサイクルの瓶の破片、みたいなもので、それ自体は炎翼そのものではない。当然のことながら、中身も違う。


 けど、一部でも炎翼イグニスの魂を持つのだから、完全に違うものとも言えない。言うなれば……炎翼イグニスを継ぐもの…みたいな感じ。


 灯は、俺の掌を離れてフヨフヨとユディットへ向けて漂い始める。

 思わず手を伸ばした彼女に受け止められる形で、その掌の上に収まった。


 「…………」


 ユディットはしばらく、何も言わずに灯を見つめていた。

 それと炎翼イグニスとの違いと共通点を、感じ取ろうとしているみたいに見えた。


 「言っておくけど、これで私があなたを許すわけじゃ…」

 「分かってるよ。こんなんで償いになるとは思ってない。寧ろこれは、俺の自己満足だ」


 家族ってのは、代わりを与えられたからまぁいいか、ってものじゃない。仮にこの先、灯が大きく育ってユディットとの間に強固な絆が結ばれたとしても、彼女が新たな精霊を家族だと思えるようになっても、それが炎翼イグニスの代わりになることは決してない。


 「ただ、純粋にユディットの力にはなってくれるはずだ。侯爵はいい顔しないだろうけど」


 ユディットを取り巻く環境は何一つ変わっていない中で、彼女は虎の子の切り札を失ってしまった。いくら彼女が剣技に優れているとは言え、それだけでは心許ないことだろう。

 その責任の一端は俺にあるわけだから、見て見ぬふりは出来ない。


 「私の、力……」

 「そう。そいつはまだ赤ん坊みたいなものだから、今は戦力にならない。どういう風に育ってどんな形になるのかは、ユディットに懸かってる。勿論、その力をどう使うのかも」


 未だ十代半ばの少女に子育て(とはちと違う?)を任せるのもちょっと申し訳ないけど、人間の子育てに比べればよっぽどラクだ。

 ただし、育て方を失敗したときのダメージは人間の子供の比ではない。が、何だかユディットなら大丈夫な気がする。ギネヴィア先生もいてくれることだし。



 俺は、彼女から武器を奪ってしまった。だからその代わりを渡すだけ。

 奪ってしまった家族については、もうどうしようもない。

 賄賂だなんて言い方をしたけど、それを以て許してもらえるなんて思ってはいけない。

 それは、ユディットの言うとおり、これからの俺の振舞いに懸かっているのだろう。



 「先生、ご協力をお願いしていいですか?」

 「ええ、勿論」

 先生も、快諾してくれた。最初から分かってたけどね。


 

 ユディットは、貰ったばかりの仔犬か仔猫を恐る恐る抱き上げる子供のような顔をしていた。期待と不安と、慈しみ。


 ……うむむ、あんまり甘やかさなきゃいいけど…

 ま、そこのところは先生が上手くやってくれる…あ、でも、休暇が終わったらユディットは学院に戻るし、先生は侯爵領に残るんだよな……

 

 …あれ?


 「ユウトもいてくれることですし、何も心配要らないですよ、ユディ」


 …あれれ?

 もしかして、学院にいる間は俺も子育てに協力しなきゃなんない?


 うーん…手間はかからないけど、そしたらユディットの近くにいる必要があるよね。

 彼女とは班も違うし彼女一人の傍にいたら他の女生徒と交流を深めらんないし……


 「やめておけ」


 ……む?

 なんだよシエル、いきなり横槍ですか。つか、何が気に食わないんだよ。


 「こいつに任せたらロクな精霊にならないぞ。まだクラウゼヴァルツ一人に任せた方がよっぽどマシだ」

 「ちょっとそれどういう意味だよ」

 「どうもこうも、言葉どおりの意味だが?」


 むか!

 言ってくれるじゃないか。そんなのやってみなきゃ分からないだろ。


 「こう見えてもな、小学校のときは生物係だったんだぞ。それに俺は、一度もたまごっちを死なせたことがない!初期の頃からだ!!」

 「…………何の話だ?」

 「分からないならいい」


 って分かるはずないか。まぁ実際にたまごっちやってたのは悠香いもうとだけど。メインで世話させられてたからまぁ、自分がやってたと言っても過言ではないだろう。


 「…と、いうわけでだ!ユディットの精霊は、俺も責任を持って協力させてもらう!!」


 そう宣言してから俺は、こいつチョロいなとでも言わんばかりのシエルの呆れ顔に気付き、そして自分が誘導されていたことにも気付いた。


 「ユウトが協力してくれるのでしたら安心ですね、ユディ」

 「え…えぇ、まぁ……こんな小さな精霊を一から育てるのは確かに私一人じゃ不安だし…」

 「自分から言い出したのだから最後まで責任を持てよ」


 ……こうして俺は、今後もバラ色スクールライフを送るはずだった自分に自分で足枷を嵌めてしまったのだった。



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