学校へ行こう。 第四十六話 魔王陛下、沙汰を伝える。
結局のところ、答えなんてものは最初から決まってたのだと思う。
…というよりも、もうとっくに見付けていたはずのものだった。
それは、勇者たちと出会い共に旅をし、多くを得て失って笑って泣いて、気付いた真実。
さっきギネヴィア先生が俺に言ったとおり、自分から手を伸ばして得たものでなければ何かを手に入れたとはいえない、というただそれだけのこと。
魔王の能力に付随する諸々じゃなくて、魔王の権限に付随する諸々でもなくて、魔王という存在を取り巻く諸々でもなくて。
俺が俺の意志で俺の望みで手を伸ばし、手に入れてきたものたち。
勇者たちや、グリード、“七翼の騎士”の面々、天界のミシェイラたち、それらとの関係性は間違いなく俺自身の財産だ。黙ってふんぞり返っているところに恭しく差し出されたものとは違う。
だから彼女らは、魔族たちとは別の意味で大切な存在になった。
守りたいと、導きたいと、何の見返りもなくそう思った。剣帝はそうして生まれた。
……だけど、ずっと引っ掛かってることがあった。
俺は魔王で、それはどうしようもなく否定できない事実として俺を縛り付けている。
そして俺が大切にしている関係性ってのは、俺が魔王だったからこそ実現したものだった。
魔王じゃなければ、勇者たちと出会うことはなかった。
全てはその出逢いから始まった。彼女たちと出会っていなければ、俺は聖教会と繋がることもなかったし、七翼に入ることもなかった。天界にだって行くはずなかった。
…ていうかさ、魔王でもなけりゃあんな無茶苦茶な状況に首突っ込もうだなんて思わないよ。
正体を隠していたとか、最初はグリードも天使たちも俺の正体を知らなかったとか、そういう問題じゃない。俺は俺が魔王であると自覚して動いていたのだから。
もし…もし仮に、俺が魔王じゃなかったら。
俺は、何を手に入れられたというのだろう。
だから、俺は。
◆◆◆◆◆◆◆
「本当にいいのですか、ユウト?」
…変なの。どうして断罪を逃れた先生の方が俺を気遣ってるんだろう。
俺たちは今、例の廃教会の聖堂の中にいた。もう飢喰迷宮は痕跡さえ残っていない、ただの祈りの場へと戻っている。
朽ちかけた床に座り込んで、車座になったその輪の中に今は俺もいる。
俺も…彼らの中にいる。
「……うん。だってユウト=サクラーヴァが魔族を断罪するなんて変な話じゃん…ていうのは建前だけどさ」
「けれど…罪人を見逃したとあっては、あなたの立場に傷がつくのでは?」
「ありがたいことに…いや、残念なことに、かな?魔王の立場ってそんな程度で揺らぐほどヤワじゃないんですよねー」
それは、俺が魔王だから。
俺が魔王として為したこととか魔族たちにもたらしたものとは無関係に、俺が魔王だというだけで約束された安寧。
魔族は、例え俺がどんな愚君でも暴君でも、俺が魔王である以上は変わらぬ忠誠を誓い続けてくれるだろう…まぁ一部例外はあるけど。
それがありがたくもあり、残念でもある。
「一応、魔族たちを納得させられる材料も用意してますよ。とりあえず、亜種懐古派は魔界追放ってことで」
「え、でもそれは……」
もう既に魔界を去っている連中に魔界追放を申し渡しても、現状に何も変化はない。ただ戻りたくても戻ることが許されないというだけのことで、しかしそれは今のままでも同じなのだ。“門”の力を持たない彼女らは自分の意志で魔界に戻ることは不可能だし、そもそも魔界に帰りたいと思っているかさえ疑わしい。
魔界追放という罰は彼女らにとってはほとんど無罪放免とイコールなわけだが、魔界法的には死罪の次に重いとされている。
だから俺の決定に異を唱える者は出ないだろう。ギネヴィア自身は戦争を望んでいなかったという酌量材料だってあるんだし。
断罪だとか覚悟だとか大仰なことを考え込んでしまったけれども、実のところそんなことに拘っているのは俺一人だけ。
自分自身の願望…ギネヴィア先生を殺したくないという…を貫き道理を曲げてしまうことに対する罪悪感は残る。罪悪感っていうか…なんだろう、自分自身への疑念?蟠り?不信感?
けど、それこそ自分への罰だ。“原初の灯”の叛乱しかり、フォルディクスの叛逆しかり、今回の件を誘発した全ては俺の罪。なら、償うべきはギネヴィア先生じゃなくて俺の方。
具体的な償いは……正直言って、まだちょっと思いつかない。償いが可能なのかどうかも含めて。
ただ、この件で、具体的には俺が先生を赦してしまったことに対して俺を責める声が上がるのであれば、それは真正面から受け止めようと思う。
「あ、それと…何ていったっけ、あなたの副官…」
「イェルク=ライル?」
「ああそうそう、そいつも近いうちここに遣るから」
「……!彼は、無事なのですか…!?」
先生は目を見開いた。
亜種懐古派の副官イェルク=ライル。“原初の灯”叛乱の際に俺に直接陳情を試みた竜魔族の青年だ。
彼は反乱軍の幹部ではあるが、和睦を望んでいたし危険を承知で魔王の下に出頭してきた事情を鑑みて極刑は免れた。その後の取り調べにも協力的だったので、現在は模範囚として収監中だ。ギネヴィア先生のことを心配していたっぽいし、一緒にここでユディットを見守ってもらうのもいいかも。
…なお俺は、先生が依然として魔界と魔王に対する叛意を抱いている…或いは抱くかもしれないとは考えていない。
飢喰迷宮の計画はフリダシに戻った。先生は、仲間だと思っていた者の裏切りで多くを失った。
元々、彼女は戦を望んでいなかった。その彼女を押し切って挙兵した古参たちはもういない。
自分たちだけの居場所を作りたい…という夢は実現していないが、その夢のせいで出してしまった多くの仲間たちの犠牲を考えれば、もう先生がそこに執着することはきっとない。
それでもなお、仮に彼女が“原初の灯”を捨てることが出来ないというのであれば、それは仕方ない。そのときは、ユウト=サクラーヴァではなく魔王ヴェルギリウス=イーディアが彼女らに相応しき罰を与えることになるだろう。
それは、俺にとっても来てほしくない未来だ。言わば、不甲斐ない俺自身に対する罰も含んでいる。
「これからきっと、大変だとは思います。先生の仲間で生き残ったのがどのくらいいるのかは分からないけど、人に化けるのが上手い奴ばかりでもないだろうし。けど」
「いいえ、もう誰もいません」
「……へ?」
「生き残った同胞は総勢四十五名、うち一人が私で、一人が裏切ったケイガンです。残りの四十三人は、全員……ケイガンに喰われました」
先生は、淡々としていた。けれど平静を装おうとしているだけで、その中には深い悔恨と苦悩が隠されていることに俺は気付いた。
きっと、それも自分の罪だと思っているのだろう。だから彼女は、感情的になることを自分に許せないでいる。
「……結局、残ったのは私だけ。身を隠すくらいは、何てことありません」
「いや、隠すことないでしょ?」
「………?」
先生はここを離れて何処かに隠れ住むつもり…なのかな?けど、そんな必要ないと思う。
彼女の罪は、魔界に対するものだ。まぁサクラーヴァ家の次男坊を迷宮に喰わせようとした件はこの際だから無視するとして、あとはどれだけの地上界の民を迷宮の餌にするつもりだったかは知らないけどそれは未遂どころか計画段階でポシャってしまったも同然だし、実際の被害者は誰一人としていない。
聖教会がこのことを知れば勿論、何だかんだと罪状を付けるのだろうけど…知らなきゃ問題ないよね。
「先生さえよければ、これからも侯爵領でユディットの先生を続ければいいじゃないですか」
「けれど私は……ユディまで、とんでもないことに巻き込んでしまった…」
先生の悔恨は、同胞たちに対するものだけじゃないってことか。
確かに、復讐に燃えるユディットにその手段を与えてしまったのは彼女にしては軽率と言わざるを得ない。
けど、それは先生とユディットの問題であって……
「私は、まだまだ先生に教わりたいことが沢山あります!」
ほら、ユディットも力説してる。
何より、復讐を望んだのも選んだのもユディット自身だ。それに対して先生が気後れを感じるのも変な話。
「ね、ユディットもこう言ってることだし。それに彼女には先生の手助けがまだ必要でしょう?今ここであなたが侯爵領を離れたら、彼女は一人になってしまう」
「………!」
アレクシスは、ユディットを庇うにはまだ幼い。両親の手前ではよそよそしく振舞うしかない子供だ。
先生がいなくなって、彼女を守る盾がなくなってしまえば、侯爵夫妻はさらにユディットを追い詰めてしまうだろう。
彼女を取り巻く状況の厳しさを俺は知らない。が、先生が危惧してるってほどなのだからそれなりに過酷なはず。
そんな中にユディットを置き去りにするなんて、あんまりじゃないか。
「どうせ、侯爵夫妻は今回の件を知る由もないんだし、なんならイェルクも一緒にここにお世話になっちゃうのはどうです?」
「それは……そんなことが、許されるのでしょうか…」
先生は未だ、逡巡している。
けど揺らいでいるのは確かだ。彼女自身、ここでユディットを見捨てたくないと思っている。
多分、結論を出すのにそう時間はかからないだろう。
魔王ではない一人の人間として手に入れたものを守るために魔王の権限フル活用するつもりの魔王サマ。彼はそういう矛盾を平気で押し通す系です。
あと考えが足りないくせに後になっていろいろ考え込み過ぎなのと何でもかんでも自分で背負い込みがちなの、いつまでたっても治ってくれない。




