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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
魔王崇拝者編
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第四十七話 見えない襲撃者


 俺は遊撃士用のカウンターの一つへ行くと、その向こうの受付嬢に軽く挨拶した。

 「ども、こんちは」

 「あ、貴方は昨日の!お、お疲れ様です!!」


 ……いや、まだ何も疲れてないけどね。


 俺よりいくばくか年上そうに見える受付嬢は、昨日も俺の登録手続きを受けてくれた人だ。ハシバミ色の髪をおさげにしている、大人しめの女性。


 「昨日は、ありがとうございました。それで、早速何か依頼を受けてみようかなって思うんだけど、なにぶん初めてなんで要領が分からなくって」


 一連の流れは説明されているが、それでもやはり最初は詳しく教えてもらった方がいいだろう。なにせ俺は、地上界における一般常識について……勇者アルセリアたちには偉そうに言うものの……ほとんど分かっていないのだから。


 「あ、はい。ええと、あちらの壁に、いろんな依頼が記された札が貼ってありますので、お好きなものをこちらへ持ってきていただければいいんです…けど」

 …だんだんトーンダウンする受付嬢。一体どうした?


 「ただ……今は、上位向けの依頼があまりなくて………リュートさん、第三等級でしたよね?」

 「うん、まあ。…別に、簡単なものでも構わないよ?」

 「そういうわけにもいきません!きちんと等級ランクに見合った仕事を選んでもらわないと。強い人が、弱い人の仕事を奪っちゃうことにもなりかねませんから!」


 ……力説された。確かにそのとおりだ。


 「じゃあ、しばらくは仕事ないってこと?」

 別に生活のためにするわけでもないし、それはそれで仕方ないのだが…なんか拍子抜けだ。

 「そうですね……少し、待っててもらえますか?」

 

 受付嬢は少し考え込むと、カウンターの奥の部屋へと消えていった。


 待つこと数分。


 「お待たせしましたー」

 にこやかに戻ってきた受付嬢。その手には、一枚の札が。


 「持ち込まれたばかりの依頼で、ちょうどいいのがありましたよー」

 

 そしてその札をこちらに見せてくれた。


 「なになに……キラーグリズリー討伐?」

 「はい。タレイラの西方十キロほどにある峠で、最近キラーグリズリーによる食殺事件が多発しているそうです。これはもともと、二週間前に出された依頼と同じものなんですけど、出戻ってきたんですね」

 「依頼が出戻り?なんだそりゃ」

 「その時依頼を受理した遊撃士たちの一行パーティーが、消息を絶ってしまったんです」


 ………………………そいつは要するに、


 「討伐に行った連中が、返り討ちにあったってわけか」


 そういう無謀は、勇者の専売特許ではないということだ。

 だが、受付嬢は得心のいかない顔で、

 「でも、不思議なんですよね。キラーグリズリーは中位魔獣ですし、その消息を絶った遊撃士一行は第五等級を中心とした六人編成で、普通に考えればそれほど苦戦することもないはず…なんですけど」

 「……普通じゃないことが起こった、のかもな」

 「そうですね。それで、難易度と適正等級ランクの見直しが行われたみたいです。難易度はB+。推奨等級ランクは第二。…ですけど、リュートさんなら大丈夫では?」


 昨日の顛末を全部目の当たりにした受付嬢は、どうやら俺を高く評価してくれているらしい。


 「じゃ、それを受けるよ」

 「はい、了解しました。依頼受理の印をつけますので、登録証をお預かりしても?」

 「ほい」


 俺は昨日もらったばかりの登録証プレートを彼女に手渡す。なんでも、魔導具を使って、この登録証にさまざまな情報を書き込んだり消したりすることが出来るそうだ。

 依頼を受けたら、依頼受理中。達成したら、依頼完遂。そうやって、活動記録を残せるというわけ。


 「はい、お預かりし、ま゛!?」


 ………「ま゛」?


 俺の登録証を見るなり、奇抜な声を上げて固まる受付嬢。

 

 なんだ?なにかまずいことでもあったのか?いやいや、登録自体昨日のことだし、特に問題があったわけでもないし……


 「こ」


 ………「こ」?


 「こ、こここここここ、これ……って…………枢機卿猊下の、紋章!?」


 あ、なーんだ。それのことか。


 「それな。昨日ちょっと枢機卿に会ってさ。まあ…いろいろあって、()()()をもらった」

 「……………も、もらった……って、誰…から……?」

 「?だから、枢機卿…猊下、から」

 一応、「猊下」ってつけておいた方がいいのかな?まあ形ばかりとは言え、雇用主だし。


 「えええええええええ!?猊下直々に!?」


 驚天動地の受付嬢。周囲にも、ざわめきが広がる。おおよそ、俺と彼女の会話を盗み聞きしていたのだろうが……そこまで驚くことだろうか。


 確かに、枢機卿って言えば宗教的にも超お偉いさんだし、ここの領主だし、直接会えただけでも(俺の希望ではなかったが)すごいことなのかもしれないけど……


 登録証プレートに、小さな刻印を貰っただけだよ?


 「あの、あの、リュートさんって一体……」

 「それはいいからさ、とりあえず依頼の受理手続き頼めるかな」

 「あああああ、ごめんさない!」


 質問攻めに合いそうな予感がしたので、受付嬢をせかして手続きを進めてもらう。これで“神託の勇者”のお守り役だと知れたら、また面倒だ。


 「それでは、これで依頼受理は終了です。依頼を達成出来たら、またここに来て完遂報告をお願いしますね。お気をつけていってらっしゃい」


 依頼受理の印、と言っても登録証の表面に記すわけではない。魔力を用いた装置で、登録証の内部に記憶させるのだ。まあ現代日本のICチップみたいな感じだろうか。

 受付嬢はその作業を手慣れた様子で終えると、笑顔で見送ってくれた。




               

            ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 俺は依頼を受けたその足で、現場となった峠へ向かった。


 リエルタ村の周囲とは違って、ゴツゴツとした山肌が目立つ、乾燥地帯だ。西部劇とかで出てきそうな景色。全体的に土っぽくて、ところどころに多肉植物が生えている。

 峠と言っても、馬車の往来もあるのだろう。それなりに広く整った道が、岩山と岩山の間を繋ぐ。

 だが、キラーグリズリーが出没したせいで、危険を避けるために隊商キャラバンや旅人は、この山を迂回してタレイラへ入るしかないらしい。

 ただ、時折時間を惜しんだ商人や、情報に疎い旅人などがこの山を通り抜けようとして、飢えた魔獣の餌食になったのだと。


 ……うーん。に、してもなぁ。

 商人だって護衛くらい雇うもんだし、旅人だったらそれなりの護身術は身に着けているはず。全員とは言わないまでも、一人くらいキラーグリズリー程度を討伐出来る奴はいなかったのだろうか。


 そんなことをつらつらと考えながら、歩くこと一時間ほど。

 俺は、キラーグリズリーの出没地点だと推測される場所までやってきた。


 と言っても、あくまで「推測される」というだけだ。実際、キラーグリズリーの目撃証言は今のところない。ただ、この峠を通る予定の者が消息を絶つ、という事態が重なり、タレイラの市警が調査に入ったところ、キラーグリズリーと思しき爪痕と食べ残された犠牲者の残骸が発見された、ということらしい。


 とりあえず、俺もこの場所を中心に獲物ターゲットを探すとするか。

 いつぞやのヒュドラと違い、木々が少ないせいで見晴らしがいい。それだけでもかなり探しやすいな。


 

 まずは…… 

 ああ、この辺が、最初の(と思われる)犠牲者の発見場所か。

 ええと、なになに…………受付嬢から渡された詳細情報によると、……頭蓋骨の一部が、見つかった…と。


 確かに、岩肌のあちこちに、鋭い刃物でえぐられたような痕が刻まれている。

 これが、キラーグリズリーの爪痕か。


 ……触ってみると、かなり深くまで岩がえぐれているのが分かる。相当な攻撃力だ。おそらく、普通の人間ならば一撃で致命傷だろう。



 そこから少し先へ行ったところで、第二、第三の犠牲者が。

 第二犠牲者は、血濡れの荷物しか見つからなかったそうだ。そして第三犠牲者は、内臓なかみがごっそり食い尽くされた状態で、それ以外の部分は比較的残されていたという話。


 ………それって、一番エグイ光景だよね………


 ここにも、爪痕や破壊された岩の欠片などが残っている。



 うーん……キラーグリズリー、ねぇ。


 「なーんか、ひっかかるんだよなー…」

 口に出して、考えを整理する。

 「痕跡が……キラーグリズリーのものだけ、ありすぎる…………それに、この残留魔力も……」


 一人で呟きながら、その場をぐるぐると歩き回る。

 魔獣って、こんなにも自己主張強いものだっけ?


 

 魔界にも、魔獣は生息している。その数や密度は、おそらく地上界の比ではない。だが、連中はどちらかと言えば臆病で、ひっそりと暮らしている、という印象が強かった。


 自分の痕跡を残すのは、雄が雌をめぐり同種個体同士で争うときだけ。それ以外の場で痕跡を残せば、さらに強い種族に居場所を悟られ、狩られてしまう。

 だからそれらは、まるで息をひそめるように狩りを行うのだ。


 だが、ここのキラーグリズリーは違う。まるで自分の力を誇示するかのように、あちらこちらに爪痕を残し、岩石を破壊し、数少ない木々を容赦なく真っ二つにしている。



 ……地上界の魔獣って、ここまで自己顕示欲の塊だったりする………みたいだな。


 背後から、低くくぐもった唸り声が聞こえてきた。ちらりと振り返ると、想像していたとおり。


 体長は、軽く四、五メートルはある。ヒグマをさらに二回りくらい大きくした感じ。


 

 ……キラーグリズリーの、お出ましだ。


 こんな日の高いうちから狩りとは、確かにかなり強気のスタイルだ。もっとも、ここにヤツを捕食出来るレベルの魔獣がいないということも言えるだろう。


 キラーグリズリーは、新たな餌(つまり俺)を見つけ、距離を詰めてくる。

 意外に可愛い目をしている。色も、黄土色に近く、例のハチミツ好きの熊のキャラクターを彷彿とさせる。

 牙を剥きだして涎を垂らしている口元と、今にも飛び掛からんと力を漲らせている四肢を除けば、動物園の人気者にだってなれそうだ。


 「こらこら、俺を食べたらきっと食あたり起こすぞ」

 親切にも、俺はそう声をかけてやったのだが、その好意を無視して、キラーグリズリーはこちらへ突進してきた。


 …圧がすごい。この重量、この速度では、突進だけでも充分な殺傷力がありそうだ。


 だから当然、俺はかわす。

 かわして、すれ違いざまに……


 剣を鞘から抜き放ちそのままの流れで、キラーグリズリーの頭部を一閃。



 首を落とされた体は勢いを止められずしばらく走ってから、重い地響きを立てて地面に崩れ落ちた。

 跳ね飛ばされた首は、放物線を描いて岩肌にぶつかり、その後ポトリと落ちる。



 はい、終了。

 

 俺は、懐紙で刀身を拭うと、剣を鞘に納めた。随分とあっさり終わったが、もともとは中堅遊撃士向けの依頼だったというから、こんなものなんだろう。



 ……あれ?

 でも、そう言えば、俺の前にこの依頼を受けた中堅パーティーが、消息を絶ったとか言ってなかったか?

 この程度の、魔獣に?素人ならば、いざ知らず……。



 ……まあ、いいか。俺の受けた依頼は、「峠に出没するキラーグリズリーの討伐」だしな。獲物ターゲットは一頭だけと言うし、この個体で間違いないだろう。

 それ以外のことは、役所か職能組合ギルドに任せるとしよう。

 

 

 俺は、証拠として支部に持っていくために、キラーグリズリーの頭を拾おうと身をかがめて……直後、身をのけぞらせる。


 …俺の目の前すれすれのところをかすめて、短剣が岩肌に突き刺さった。



 ……アブねー!風切り音に気付くのがあと一瞬遅かったら、これ、絶対側頭部に喰らってた!

 …って、短剣?

 魔獣が短剣を使うはずない。というか、ターゲットは目の前で死体になっている。

 

 だとすると……


 「獲物の横取りですか?それはちと品位がないんじゃないかな」


 岩陰に向かって、俺は声をかける。

 正しくは、岩陰に隠れた、俺に短剣を投擲した何者かに。


 さらに言うと、俺を殺そうとした何者かに。


 「そんなに実績が欲しいんなら、応相談で考えてやってもいいんだけど?まずは顔を見せてくれないかなあ」


 相手は答えない。気配すら感じない。

 もう立ち去ってくれたのだと思えればいいのだが、気を抜くのは危険だと感じる。


 俺はゆっくりと剣の柄に手をやると。



 さらに二本の短剣が立て続けに…感覚的には同時に近い…放たれた。

 俺の、()()から。


 ……ええ?後ろ!?


 てっきり、相手は目の前の岩陰に隠れているものだとばかり思っていた俺は、慌てて身をよじり、剣でそれらを叩き落す。


 ……ちょっと、危なかった。

 すっごく、やりにくい相手だ。こういうの、正直言って苦手なのだ。


 「……出来ればさ、姿を見せて欲しいんだけど?それとも照れ屋さんだったりするのか?」


 相手の反応を引き出したくて、挑発してみるのだが………………不発か。


 「で、アンタはここで、何をしていたのかな?…………キラーグリズリーこいつを隠れ蓑にして」


 

 第四、五撃目の攻撃は、さらに別の角度からやってきた。


 ああ、もう!やりにくいことこの上なし!!

 なんとか躱すには躱せるが、ちょっとでも気を抜くとヤバい。

 死ぬことはないけど、脳天にナイフを突き立てられたら、()()ヤバい。


 もういい。派手にぶちかまそう。

 俺は、足元のキラーグリズリーの頭を拾い上げてから、



 「言っておくけど、これは正当防衛だからな。後で慰謝料請求されても、突っぱねてやる!」

 謎の襲撃者にそう宣言し、


 「【爆炎雷渦フレア・エレクトラ)】!」


 ヒルダの十八番おはこ、爆炎系の高位術式をぶっぱなした。


 …()()()、中心にして。



 空気をつんざく轟音、渦を巻く炎と迸る稲妻、熱風。


 それらは、岩肌を削り岩石を吹き飛ばし、山の形を一部変化させ…



 静寂が戻ったときには、姿を隠せるような岩陰など、俺の視界の中には存在していなかった。

 


 うん、これでいいだろう。


 

 襲撃者は、逃げたか跡形もなく消し飛んだか……分からないが、どちらでもいい。とりあえず、ここからいなくなってくれさえすれば。

 少しズルい気もするが、ちょっとだけ“霊脈”を開いておいた。おかげで、今はほぼ人間と同程度の強度しかない肉体でも、無傷で済んでいる。


 

 さてはて。何やらキナ臭い感じがプンプンするが、まずは依頼完遂ということで、組合ギルド支部へと戻るとするか。


 

 …またぞろ面倒ごとに巻き込まれそうな気もしなくもないのだけど…………。

 


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