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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
番外編その2
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学校へ行こう。 第四十四話 魔王陛下は案外泣き虫。




 ギネヴィア先生は、選んでしまった。

 だから俺も、選ばなくちゃいけない。彼女への断罪を。


 許すか否か、の問題じゃない。それはもう確定事項だ。

 彼女は、魔王おれの支配に逆らった。反乱軍を率いて挙兵した。多くの兵を犠牲にした。

 あのときは民間の被害はそれほどではなかったとは言え、巻き込まれて破壊された村も少数ながらあった。


 それに…被害の大小に拘らず、魔王への叛逆に対する裁きは最も重いものと決まっている。俺が、ずっと昔にそういう流れにしてしまった。

 彼女よりずっと軽い罪で一族郎党皆殺し、だなんて珍しいことでもなかった。それを考えると、彼女だけ特別扱いするわけにはいかない。



 先生が再び前へ出ようとして、シエルに阻まれた。シエルは、変わらず俺に切っ先を向けたまま。

 「…シエル、もういいのです。これは、私と彼との問題。あなたには何の関係もありません」

 「ああそうだ。オレは部外者で、何の関係もない」


 シエルを巻き込まないようにとその肩に手を置いて下がらせようとするギネヴィア先生に対し、シエルは一歩も引かなかった。

 「だがオレは、()()()の暴虐に対してこうする以外の道を持たない。オレ自身の存在を懸けて、オレは永遠に、こいつの邪魔者であり続けなければならない」

 「…………?」


 俺とシエルの確執なんて知る由もない先生は、怪訝そうな顔をした。なぜクラスメイト相手にそこまで…と思っているのだろう。

 シエルは、自分のことなんて説明するつもりはなさそうで、けど自分の主張だけはきっちりと続ける。

 「こいつにどんな理由があろうと、どんな事情があろうと、オレはこいつを許すことも認めることも出来ない。絶対に、許すことはないし認めることはない」


 奇しくも、復讐を叫ぶユディットと同じような言葉。


 「そんなことをすれば、自分自身を否定することになってしまう。自分と仲間たちの生きてきた意味を、戦ってきた意味を、自分で壊してしまうことになる」

 「戦って…?」

 「だからこれは、道理でも正義でも人道でも同情でもなくて、オレ自身の都合に過ぎない。あなたが気に病む必要は何もないから下がっていろ」


 シエルは、別に先生を慰めるために、庇うために言ったわけじゃないのだろう。それが、彼の本心だ。仮に先生が許されざる…俺相手じゃなくて地上界相手に…罪を犯していたとしても、それはそれとして同じように俺に立ちはだかるに違いない。


 正義より理念より、シエルの憎しみは深くて強い。


 地上界守護と、魔王への憎悪。彼を支える両軸は同じ比率に見えてそうじゃなかった。もしかしたら、剥き出しの憎悪を隠すために後付けしたのが、地上界守護という義務だったのかもしれない。



 もし…もし彼が、俺を許していたのであれば…或いは、彼の復讐が完遂していたのであれば。

 そうしたらきっと、今頃シエルはここにはいないのだろう。


 魂送りの秘術。彼の魂に楔を打ち込み転生を可能にしたその術の詳細を俺は知らない。

 だが、如何に規格外の天恵ギフトとは言え、人の身に可能な範囲は限られている。


 俺の目には、シエルはもう限界のように見えた。

 人の魂や精神は、否、人に限らず生命体のそれは全て、一度限りの使用を前提としたものなのだ。何度も繰り返し使えるような強度を持ってはいない。

 俺は俗に言われるところの転生という現象を魂のリサイクルと考えているが、別に魂じゃなくったってリサイクル前提で作られていないものを何度も何度も使いまわせばどうなるか、想像するのは簡単だ。

 

 繰り返される生。繰り返される出逢いと別れ、積み重なる記憶と喜怒哀楽。それらの全ては、シエルの…エルゼイ=ラングストンの魂に負荷を掛け続ける。

 彼は、七回生を繰り返したと言った。ならば今は八周目ということか?

 普通ならちょっと考えられないことだ。一周二周くらいならまだしも、ここまで酷使して…まして自我や記憶を保ったまま…まだ魂が朽ちていないのは驚嘆に値する。もうとっくに廃人になっていておかしくないのに。


 魂云々の話に、肉体の強度は関係ない。努力や根性でどうにかなる次元じゃない。

 それでも彼が未だにこうして俺の前に立っているという事実は、彼の憎悪が奇蹟を起こすレベルに強いことを意味していた。

 

 いつも涼しい顔をしているシエルだが、その苦しみは相当なはず。そして彼をそこまで苦しめているのは、他ならぬ俺だというわけで。



 シエルに対して、罪悪感を抱く必要はない。彼は、魔王おれの敵なのだから。当然のことながら、赦しを乞う必要だってない。

 クラスメイトではあるけれど、友人ではない…のだから。


 なのに…何でだろう。ここ数日の楽しかった記憶ばかりが頭に浮かぶ。俺にとってもシエルにとっても、長い生の中で大した比重を占めていないちっぽけな記憶のはずなのに。



 逡巡する俺の目の前で、傍観者だったはずのユディットが立ち上がった。そのまま、シエルの隣に並ぶ。彼女もまた、ギネヴィア先生を俺から守るように。

 その眼差しに、もう恐怖はない。俺への怒りだって消えたわけじゃないだろうに、今の彼女にはそれよりももっと優先するものがあるようだった。

 

 「ユディ……」

 「クラウゼヴァルツ、これは君の手に負える事態じゃない。すぐに屋敷に帰るんだ」

 気遣うギネヴィア先生と忠告するシエルに、ユディットは首を横に振った。

 「私、ここにいなくちゃいけない気がする。だって、自分でそうしたいと思うのだもの」

 

 何故だか分からないけど、そう言うユディットの顔は今まで見たことないくらいに晴れ晴れとしていた。



 三人は、静かに俺を見つめていた。

 先生もシエルも状況を完全に理解しているし、ユディットだって完全にとは言えないけど何となくの事態は把握している。

 三人の表情はとてもよく似ていて、まるで同じ目的のために手を取り合った長年の戦友みたいに見えた。


 同じ願いを抱えて、同じ方向を見て同じ道を歩む仲間たちみたいに見えた。

 

 寄り添い合う彼らの視線の先にいるのは……立ち向かうべき敵としてそこにいるのは、俺。

 それはとても分かりやすい対立構図。俺自身も何度も経験してきたこと。だってこの世界の全ては、創世神アルシェの愛し児なんだから。


 

 つい昨日まで、俺もあっちにいたはずなのに。

 ついさっきまで、俺もあの中にいるのだと思っていたのに。

 今は、三人との間に見えないけど分厚くて高い壁が聳え立っている。魔王の力をもってしても破壊出来ない、強固な壁が。


 本当は誰よりよく分かっていたのに目を逸らしていたことを、目の前に突きつけられてる気分だった。

 どう振舞おうと何をしようと、俺は結局この世界で除け者に過ぎないのだという現実を。


 否定したくて世界に積極的に関わって、けど多分、まだ世界は俺を受け容れてくれていない。

 俺が大好きなこの世界は、きっとまだ創世神アルシェの方を見ている。


 そんな現実の小さな小さな一端が、この場に表現されていた。




 「ちょ……ユウト!?」


 いきなり、ユディットが変な声を上げた。ギョッとした顔で、俺を凝視している。隣のシエルも後ろのギネヴィア先生も、唖然としていた。


 「何だよ、ユディット…………あれ?」


 不意に視界が歪んで、目をしばたいて、それから気付いた。

 なんだこれ……なんだこれ。止まらない。次から次へと涙が溢れて、頬を伝い落ちていく。


 泣いている……この俺が?自分に刃を向ける者たちの前で?


 いや、落ち着けよ俺。こんな情けない姿を晒すわけにはいかないだろ。

 こんな、仲間外れにされたくらいでボロ泣きするような魔王なんて、みっともないことこの上ない。

 それに、こんなの今まで経験してきたことからすれば、些末事だ。もっと厳しくてもっと激しくてもっとヤバい状況だって何度もくぐり抜けてきたんだから。

 

 例え魔族たちや勇者たち…今の俺の居場所が仮初めのものだったとしても、俺が本当の意味でこの世界の一員になることは出来なくても、俺は魔王なんだから。そんなの、大したことじゃないんだから。

 その気になればいくらだって世界を作り変えられるし、ただ今の世界が気に入ってるから残しているだけの話で、そもそも俺と世界とは対等ですらないんだから。


 だから…笑い飛ばしてしまえばいい。

 お前たちなんかに許してもらえなくても、認めてもらえなくても、受け容れてもらえなくても、そんなの俺にとっては痛くも痒くもないんだって。



 必死に自分にそう言い聞かせても、涙は全然止まってくれそうになかった。



 

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