学校へ行こう。 第三十五話 魔王陛下は純粋な親愛と下心の区別がよく分からない。
無事に課題を終えた俺たちが為すべきは、力の限り遊び尽くし遊び倒すことである。
…てなわけで、翌日は湖に行って舟遊びをした。
初日に遊んだ小川もそこの湖に繋がっていて、水の透明度が半端ない。周囲の緑が穏やかな水面に映りこんで、上下対称の景色がすごく綺麗だ。
五人で一隻の船に乗るにはちと無理があるので(手漕ぎのボートなのだ)、二手に分かれることにした。
と言っても、アレクシスはユディットと離れたくなさそうだったからこの二人は組。で、シエルはあんまり積極的にみんなと触れあおうとしてなかったもんだからギネヴィア先生よりはクラスメイトのユディットと一緒の方が気楽だろう。で、俺は誰が見ても自分でもギネヴィア先生のことがすっかり気に入ってたから、自然とペアを組む形になった。
内心、ガッツポーズを決めていた。
いや、ユディットのことも好きだしアレクシスも可愛いと思うけど、シエルと小さな船に同乗するなんてマジで御免だし、ギネヴィア先生と二人っきりってのがもう願ったり叶ったりだったから。
侯爵邸を離れればお別れしなくちゃいけないんだし、今のうちに先生との思い出を作っておきたい。ま、次の長期連休もあわよくばここに遊びに来ようと考えてるけどさ。
舟遊びは初めてだけど、船を漕ぐのは初めてじゃない。あのときに比べれば、外海でもないし距離を稼がなきゃいけないわけでもないし潮流もないどころかほとんど波も立ってないし、まぁラクショーなもんである。
……いや、別に先生にいいところ見せたかったとかそういうんじゃないから。ほんと、ラクショーだったんだから。
湖の真ん中近くまで来ると、岸よりも少し風がある。遠くの山から吹き下りてきてるのかな。
と言ってもそよ風程度で、気持ちいいくらいだ。
「今日も気持ちのいい天気ですね」
「そうですね、晴れてよかった」
昨日(課題の日)は少し曇りがちだったので心配したが、どうやら気圧配置は俺に味方したらしい。いざとなったら天気を少しばかり弄ろうかと考えていたのは事実だが、そんな職権乱用(?)に頼らなくても済んでよかったよかった。
船を漕ぎながら、さりげなく先生を見た。景色を眺める彼女の横顔を。どこか寂しさと厳しさを感じさせる、それでいてどこまでも優しい顔だった。
「……ユウト、どうしましたか?」
おっといけない、思わず見惚れていた。先生が怪訝な顔をしているじゃないか。出来ればもう少し眺めて居たかったんだけど…
「あ、いえ、なんでもないです」
とは言ったが、なんでもないわけはなかった。
うーん、何だろう。何でだか、先生相手だとペースが崩れる。思うように動けないというか。けどそれが別に嫌なわけじゃないのも不思議な感覚だ。
俺は今までずっと自分の思うままに振舞ってきたつもりだったけど、随分と健気な面もあったんだな。
先生はそれ以上何も言わず、また景色に目をやった。
俺は再び彼女の横顔を堪能しながら、ずっと気になっていたことを告げることにした。
「あの……先生?」
「なんでしょう?」
つっても、別に愛の告白とかそういうんじゃないからな。俺が彼女に抱いているのは多分恋愛感情じゃない。
だから、ちょっと躊躇う台詞なんだけど…
「俺、先生と何処かで会ったことありませんか?」
「…………」
大真面目な俺の問いと表情に先生は一瞬ポカンとして、それからクスっと笑った。
「あらいやだ、ユウトったらもしかしてナンパですか?だったらこんな年増じゃなくって、ぜひユディになさいな」
「いや、そういうんじゃなくって!」
先生の誤解が悲しい。俺はこんなベタなナンパなんてしない。仮にするんだったら、相手に反撃も逃走も許さずに速攻で仕留めにかかっ……………いや、だから、そうじゃない。
「そうじゃなくて、真面目な話です。なんだか、そんな気がするんです」
俺は先生に舞香サンの面影を見たけど、それともまた別で俺は彼女を知っているような気がする。
見覚えがあるわけでもないんだけど……どうしてかは、自分でも分からない。
ああ……でも、先生の名前は、なんか何処かで聞いたことあったような……心の隅に乱雑に積み重ねられた記憶の何処かに、余韻が漂っている。
「ユウト、以前にクレムハイツへ来たことがあるのですか?」
「いえ、今回が初めてですけど……」
「なら、気のせいじゃないですか?それか、他人の空似とか。私はもう、十年以上王国を出ていませんから」
ううーむ…やっぱり気のせいなのか。
先生と親しくなりたいと思うばかりに、勝手に自分の記憶を改竄してる…とか?
なんかそれはそれで……ちょっと恥ずかしい。
「フフ、別に照れなくてもいいですよ。それに、もう知り合いですからね」
「そ…そうですよね!」
そう、過去に会ったかどうかなんて、どうでもいいじゃないか。今はもう、俺は先生と出会って知り合って、親しくなれたんだ。そしてこれから、もっと付き合いを深めていくことだって出来るんだ。
「先生、この休暇が終わって学校に戻ったら、手紙書いてもいいですか?」
「え?」
唐突に言ったせいか、先生の反応が少し遅れた。それから、すぐに笑顔を見せてくれた。
「もちろんですよ。返事を書きますね。学校のこと、いろいろと聞かせてください」
「はい!」
「ほら、ユディは少しそそっかしいところあるでしょう?彼女はそんなことないって意地を張るんですけど…ユウトに彼女の様子を聞くことが出来れば、私も安心です」
「は…はい……?」
…あれ?ユディットの心配?俺、只の連絡役?
………いや、嘆くのはまだ早い。先生にとって俺はまだ、「弟子の友人」に過ぎないのかもしれないが、この休暇の間に「先生自身の友人」にクラスアップする予定なのだ。もちろん、可能ならばその先へも。
あ、いや、その先って別に、だから、そういう意味じゃないから。




