学校へ行こう。 第三十四話 魔王陛下、普段と違う級友の様子に戸惑う。
「んーーー、終わったーー!」
ペンを放り出して椅子の背もたれに体重を預け、大きく伸びをする。
一日中レポート用紙に向かってたもんだから、肩がこるったらありゃしない。
…が、さすが俺。三人分のレポート、一日で完成である。つってもあくまで下書き。筆跡とか文体とか、いくらなんでも誤魔化しきれないからね。あとはこの下書きをユディットとシエルに渡してそれぞれ彼女らの言葉で清書させれば本当の完成だ。
ユディットとシエルは一足早く自分の分担を終えていて、同じ部屋でお茶を飲みながら俺の様子を見ていた(シエルは見ていた、じゃなくて見張ってた、なんだろうな)。
「お疲れ様、ユウト。まさか本当に一人で三人分書いちゃうとは思わなかったわ」
「いやー、ハハハ。それほどでもあるけどね」
「…そこで謙遜しないのが、貴方なのね…」
おや、どうやらユディットもそろそろ俺という男が分かってきたようだ。それでも拒絶されないのは、素直に嬉しい。
なお、ここにギネヴィア先生はいない。課題で先生に頼るのは何か違う、とユディットが言い出したのだ。
別に俺だって先生に頼ろうとは思ってなかったけど、少しくらい一緒にいてくれたってよかったのにさ。
俺たちは一日で課題を終わらせることを目標にしていたので、気付けば外はもう真暗だ。
ちょうど夕飯が出来たと、ユディット専属の女中さんが呼びに来てくれたので、そのまま離れの食堂へ。
「姉上、ユウトさん、シエルさん、お疲れ様です。もう宿題終わったんですか?」
「あれ……ギネヴィア先生は?」
アレクシスは、両親の不在中(そして俺たちの滞在中)は離れで食事をとっている。今日も遅くなった俺たちを待っていてくれたのだが…
先生の姿が見えない。
昨日も、そして今日の朝食も一緒に食べたのに。お昼ご飯は部屋で軽食だったから一緒じゃなかったけど。
…夕飯のときくらいは、お喋り出来ると思ったのにさー……
「あ、ごめんなさい。伝え忘れてたわ。先生は今日一日、お知り合いのところに出掛けてるって」
「え…そうなの?」
思い出したようにユディットが説明してくれた。
どうせ俺たちは一日中課題にかかりっきりだし、それだったら彼女には一日休んでもらおう、とそういうことだ。
…にしても、まだ帰って来てないなんて。夕飯もその知り合いのところで御馳走になってくるのかな。夜は帰ってくるのかな?それとも明日の朝?
なんだか、ソワソワして落ち着かない。
「……ユウト、貴方、随分と先生のことがお気に召したみたいね」
俺のソワソワを見破ったのか、ユディットにツッコまれてしまった。
「うん。俺……ギネヴィア先生好きだよ」
「え、好きって……」
けど、不思議と気恥ずかしさもなく俺はそう返すことが出来た。寧ろ、ユディットの方が反応に困ってる。
「あ、大丈夫大丈夫、変な意味じゃなくてさ」
好きに変も何もないとは思うが、ユディットの心配は払拭しておこう。
そう、俺はギネヴィア先生が好きだしその気持ちを隠すつもりもないけど、多分それは恋愛的な感情とは違うと思う。
彼女を自分のものにしたいとか、自分だけを見て欲しいとか、そういう独占欲的な願望は湧かない。俺、自分で言うのもなんだけど結構独占欲強い方だと思うんだけどさ。
だから余計に不思議な感じ。今まで俺が思ってた「好き」って、そういう感情だったのに。
不思議だけど……嫌じゃない。
「多分、人として尊敬してる……みたいな感じだと思う」
「………ふぅん、ならいいけど………先生は私の先生なんだから、盗らないでちょうだいね」
「いや、盗らないって」
先生を独占したいのはユディットの方じゃないか。
まぁ、生まれた頃からずーっとお世話になってるんだから、そういう気持ちになるのも当然だよね。
先生がいないのは残念だったけど、そんな感じで他愛のない会話をしながらの夕飯は楽しかった。ただ、俺は楽しかったしユディットもアレクシスも楽しそうにしてた一方で、一人シエルだけはそうじゃないようだった。
「…なぁ、何か怒ってる?」
だけど楽しい空気をぶち壊すのも気が引けたから、俺がシエルにそう尋ねたのは就寝前の、それぞれの客間に引き上げる際だった。
シエルの目的はあくまでも俺の監視であり、休暇を満喫することでも新たな出逢いに胸躍らせるのでも穏やかな時間を楽しむことでもない。
それは分かってるんだけど、皆が楽しんでいる中で仲間外れにされてるわけでもないのに一人仏頂面を続けるのも難しくないか?
俺のことは憎んでいるんだろうけど、ユディットもアレクシスもシエルの敵じゃない。二人とも、そしてギネヴィア先生もだけどシエルにとても友好的だ。
なのにこいつは、笑顔で自分に対し胸襟を開いてくれている人たちの前で、心此処にあらず、といった調子でボーっとしているか、ひどく不機嫌にむくれてるかのどちらかだった。
…釣りのときは、それなりに楽しそうに見えたのに。
「特段腹を立てているというわけではない」
無視されるかな、と思ったら案外すんなりと返事が返ってきた。ただし、苛立ちは隠せてない。
「だったら、ユディットたちの前でそうやって不機嫌そうにしてるのやめろよ。嫌な気分にさせちまうだろ」
俺は別に、何時でも何処でも笑顔でいるべきだとかは言わないけどさ、不必要に不機嫌を撒き散らす奴は嫌いだ。自分だけじゃなく周囲も不快にさせて、一体何の意味があるというのだろう。
俺に対して憎悪をぶつけるのは構わない。それにはきちんとした理由があるし、俺にそれを否定する資格はない。シエルが本気で俺への復讐を望むなら、それを真向から受け止めるのは俺の義務みたいなもの。
けど、ユディットたちは関係ない。シエルがどれだけ俺を憎んでいようとも、その憎しみが正当なものだとしても、そんなものはユディットたちの気分を害する言い訳にはならない。
こいつだって、そのくらい分からないハズないのに……
「………なんだよ」
シエルが俺を睨み付けるのはいつものこととして、けど普段とは何か違う。言いたいことがあるようなないような…
俺が尋ねたら、シエルはふいっと視線を外した。これはまた珍しい。いつもだったら、嫌味を言うかさらに睨み付けるか悪態つくかなのに。
「……………何でもない」
シエルはそれだけ言うと、反応に困る俺を置いて部屋に入ってしまった。
えー……気になるんですけど。何でもないわけないよね?絶対普段と違うよね?俺に言いたいことあるよね?
廊下に残された俺は、しばらくの間気色悪い戸惑いを持て余して立ち尽くしていた。




