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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
番外編その2
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学校へ行こう。 第二十六話 魔王陛下、ノスタルジーに浸ってみる。




 「紹介するわね、こちら、ギネヴィア=アズレン先生。母の知己で、私の家庭教師をしていてくださる方よ」


 自慢の先生を俺たちに紹介するユディットは、本当に嬉しそうで本当に誇らしげだった。学院での女王様然とした誇らしさとは真逆の、純粋で無垢な誇らしさだった。


 ユディットに連れてこられたギネヴィア先生は、二十代後半くらいの女性だった。ユディットの母親の知り合いだというから、もう少し上の世代かと思ってたんだけど。

 雰囲気的には、ヴァネッサ先生に少し似ている。キリっとしていて、所作に隙がない(ヴァネッサ先生の場合、口調に隙がありすぎだけど)。

 ただ、どこか母性を感じさせるような大らかな空気も併せ持っていて、ユディットを見つめる瞳も優しげで、彼女が先生を母親のように…或いは母親代わりに…慕うのも無理はなかろうと思われた。


 「先生、こちらは私の学友で、ユウト=サクラーヴァとシエル=ラングレーです。二人とも主席入学の優等生なんですよ!」


 …でもって、先生に俺たちを紹介するときにもユディットは同じように誇らしげで、それがなんだか照れ臭かった。



 「あら、ユディがお友達を連れてくるなんて、初めてですね。いいお友達が出来たみたいで、嬉しいですわ」


 ギネヴィア先生は笑顔で右手を差し出してきた。


 「初めまして、ギネヴィア=アズレンです。ユディットと仲良くしてくださって、ありがとうございます」

 「いえ、こちらこそ。ユウト=サクラーヴァです。よろしくお願いします」


 普通、「仲良くしてくれてありがとう」ってのは親の台詞のはずだ。しかし彼女の両親(侯爵夫妻)は()()()()()俺に礼を言うことはなかったし、ギネヴィア先生の方が本心でそう言っていることは間違いなさそうだった。


 …うん、やっぱりユディットはいい先生に巡り逢えたんだな。


 俺もなんだか嬉しくなって、ギネヴィア先生の手を握り返した。

 その瞬間に、気付いた。


 この先生………かなり強い。


 

 俺は別に剣豪というわけではないし、手を握っただけで相手の力量を全て把握するだなんて芸当は出来ない。

 が、やっぱり強者ってのは相対すれば分かるものだ。それが例え敵対でなくとも。

 自分ユウトと比較してどのくらい…とかは分からないが、少なくとも地上界では早々お目に掛かれないレベルと見た。

 遊撃士で例えるなら、第一等級は確実だろう。



 俺の内心を知ってか知らずか…多分気付いてるけど敢えて気にせずに…ギネヴィア先生はシエルにも握手を求めた。シエルも応じて、多分俺と同じ感想を抱いたようだ。



 それから俺たち四人は、さっきの本邸での食事が嘘のように和やかな時間を過ごした。

 シエルは相変わらずどうでもよさそうな態度だったけど、二人の目の前で俺に喧嘩を吹っかけるような真似はせず、ギネヴィア先生の話は機知に富んでいて聞いているだけで面白かった。

 彼女、強いだけでなく随分と博識だ。しかも頭でっかちというわけではなく、色々な経験をしてきているっぽい。

 ただ、一つだけ意外だったのは……



 「そう言えば、ユウトさんのご家名に聞き覚えがあるのだけど……確かサクラーヴァ家は…」

 「そうですよ、先生。ユウトは、()()剣帝閣下のご子息なんです!」


 これまた誇らしげにユディットが説明してくれるのだが、これには照れ臭いのではなく気まずさを感じた。嘘を付いているという後ろめたさもある。


 「ああ、聞いたことがあります。聖戦を勝利に導いた英雄だ、と」


 …………ふむ?

 ギネヴィア先生の反応は、他の連中とは少し違う…ような。



 現在、一般に知られている「聖戦」には、ルーディア聖教会が作り上げた虚構が散りばめられている。その中の最たるものが、剣帝リュート=サクラーヴァの存在で、そして聖教会が最も力を入れて利用したのがその存在でもあった。

 そのため、地上界で剣帝の名を知らない者は皆無といっていい。

 学校で教わるだけでなく、子供に読み聞かせる絵本にもなってるし多くの戯曲の題材として扱われてもいるし、虚像でありながら誰もがその存在を「当たり前」のものとして受け容れている。

 剣帝が存在したということは、最早一般常識なのだ。


 なのに、ギネヴィア先生の口振りはまるで、あまり剣帝のことを知らないみたい。聖戦当時は十代だったろうから、覚えていない…わけもないだろうし。


 あれかな、よっぽど世情に疎い生活をしてたのかな。或いは、聖教会から距離を置いてた…とか。


 だけど、サクラーヴァの名を聞いて前のめりになる人々よりも、ギネヴィア先生の適度な無関心さが、俺には心地よかった。

 実際彼女はそれ以上俺の出自に言及することはなく、おかげで俺もそれ以上自分の家について嘘を重ねる必要はなかった。



 ギネヴィア先生は(俺が彼女に先生と付ける必要はないのだけどなんとなく先生って呼びたい人だった)、何と言うか今まで周りにいたことないタイプの、大人の女性って感じ。

 ポンコツ勇者は言うまでもなく、例えば俺の臣下の中で落ち着いている印象なのは武王のアスターシャあたりなのだが、彼女も一皮剥けば脳筋仕様の猪突猛進型だったりするし、ポンコツ勇者パーティー最年長のビビは大人びてるっちゃ大人びてるんだけど人のこと揶揄って遊ぶのが大好きなところがあるし、俺の相方である創世神アルシェ()()()()()()()の対極にある性格してるし。

 なので、守ってやりたくなるんじゃなくて甘えたくなるタイプの女性ってなんか新鮮。もし俺が魔王じゃなくて、本当にユウト=サクラーヴァという人間がいたのであれば、ユディットのように彼女を屋敷に招いて教えを受けたいくらいだ。


 なんだろう…疚しい意味じゃなくて(あ、疚しいって言っちゃった)初対面の相手をこんな風に恋しく(繰り返すが疚しい意味ではない)思うのって初めてかも。


 恋しい……懐かしい?

 奇妙な感覚。俺は昔を懐かしむことはたまーにあるけど、その対象は創世神アルシェだ。彼女との、邪魔の入らない二人だけの時間。

 けど、今の気持ちはそういうのとはちょっと違う…ような。



 「ユウト、どうかした?」

 「え、あ、いや、なんでもない」

 「そう……なんだか遠い目をしていたから」


 俺はそのときどんな顔をしていたのか。ユディットが気付いて指摘してきて、俺は自分でも意外だった。


 遠い目……魔王が、遠い目、ねぇ…。



 ふとギネヴィア先生と目が合って、彼女が微笑んだのを見て、俺はハタと気が付いた。彼女が誰に似てるのか。俺が彼女に誰を重ねているのか。

 

 彼女、舞香サンに似てるんだ……。


 桜庭舞香。桜庭柳人と悠香の母親で、警察官桜庭征人の妻。職業イベントプランナー。

 仕事中毒で家にいる時間は凄く短かったけど、その分、一緒にいられるときには俺と悠香にありったけの愛情を注いでくれた女性ひと

 怒ると怖くて(父ですら手も足も出なかった)、けど普段はユーモアがあって大らかで、子供たちを叱るときも自分の感情をぶつけるんじゃなくて本当に子供のことを考えてのことだった。

 柳人むすこからすると当然かもしれないが幾つになっても母親で、無条件に愛情をくれて受け容れてくれて甘えを許してくれた。

 彼女のおかげで桜庭柳人はまっすぐに育つことが出来たし、結果的にこっちの世界エクスフィアが魔王の暴虐に晒されていないのは彼女(と悠香)のおかげだ。


 そんな舞香サンに、ギネヴィア先生はどことなく似てる。

 年齢は先生の方がずっと若いし、勿論舞香サンは一般市民で腕に自信があるわけじゃなかったけど、自分の弱さを見せられるような、弱さを見せても何も聞かずに抱きしめてくれるような、そんな包容力を感じるんだ。

 

 非常に()()()()()ことだけど、少し淋しくなってしまった。

 俺はもうあちらの世界に戻ることは出来ないし、二度と家族に逢うことは出来ない。その事実のせいもあって、取り返しのつかないミスをしてしまったときと同じような、後悔にも似た思いが胸を締め付ける。



 横のシエルが、そんな俺を物凄く奇妙なものでも見るような目で凝視してたけど、今はあいつの嫌味に付き合う気分にはなれなかった。

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