学校へ行こう。 第二十三話 魔王陛下、クラスメイトのお宅にお邪魔する。
クラウゼヴァルツ侯爵領は、クレムハイツとサイーア、そしてアルトゥアの国境が交わる付近にある。
葡萄畑が視界一杯に広がる丘陵地帯。屋敷に続く道の両側にはポプラに似た背の高い樹木が整然と並びまるで主の帰りを待つ兵士のようだった。
「うちの葡萄は、ティザーレのデル=シモンに並んで有名なのよ」
そう言うユディットは、なんとはなしに誇らしげだ。この地域オルート・ルブラとティザーレ王国のデル=シモンは葡萄酒の一大産地。あっちは白で、こっちは赤なのだと言う。俺はワインは赤派なので、ちょっと楽しみ。
馬車が屋敷の門をくぐり、正門の前に辿り着くまでには素晴らしい庭園を目にした。贅を凝らしている、というわけではなく、手入れが物凄く行き届いているのだ。
一分の乱れもなく刈り込まれた植木、色の配置も考え抜かれた季節の花々、小道の曲線まで、計算され尽くされているように見える。
そして、俺たちを出迎えてくれた侯爵家の人々。
………出迎え?
わざわざ、娘のクラスメイトを?
…と思ったのだが、やっぱりそこには大人の都合が見え隠れしていたのだった。
「ようこそ、我がクラウゼヴァルツ家へ。お待ちしておりましたよ、公子」
両手を広げて歓待モードな壮年の紳士が、ユディットの父親クラウゼヴァルツ侯爵…だろうか。流石に武家の名門の当主だけあって、上質な衣類に身を包んでいても研ぎ澄まされた雰囲気は隠しきれていない。
彼の目は、俺だけに向いていた。シエルも、娘さえもそっちのけだ。
「公子がこちらへ滞在されると連絡を受け、急いで王都から戻って参りましたよ。いや、娘も人間関係に恵まれたものですね!」
…ああ、そういや今って社交シーズンだよな。ユディットから俺を招待したって聞かされてわざわざタウンハウスから領地に戻ってきたわけか…
……てことは、あれ?ユディットの謹慎中はここにいなかったわけ?そこまで放任ですか。
謹慎させといて放置って、なんだかなー…。
年若い(ってことになってる)俺のことを格上のように扱う侯爵。いくら公爵家の人間だからって次男坊は家を継ぐわけじゃないし今はただの「公爵家令息」でしかないのだから立場は侯爵の方が上な気がするんだけど、そういうことじゃないんだろう。
それに、一見サクラーヴァ家の人間にゴマをすっているような態度だが、そこに腹黒さだとか計算だとかは見当たらない。
純粋に、嬉しそうにしている。
剣帝に憧れてるとかユディットが言ってたっけ。憧れの人の息子に会えたってのが、嬉しい…のかな?
俺に接する侯爵からは、厳格さだとか堅苦しさは感じられなかった。しかし、彼がユディットに向けた視線には、ちょっと気になるものがあった。
「……ユディット、夕飯までは部屋に行っていなさい」
「…………分かりました、お父様。……それじゃユウト、ラングレー、また後でね」
何故だか、ユディットへの態度が冷たい。厳しいっていうのもあるんだけど……それだけじゃない気がする。
ユディットも慣れっこなのか、特に反応を見せずに従った。そのまま父親と目も合わせず、屋敷の中へ。
………んー……なんだかなー……親子でこういう殺伐とした感じなのって、好きじゃないな。
俺とシエルも、女中さんに部屋へと案内してもらった。屋敷は古いが掃除が行き届いていて、清潔感がある。
で、部屋に荷物を置いたら二人して談話室へと向かった。侯爵から、色々と話を聞かせてもらいたいとお呼びがかかったのだ。
…多分、彼が話したがっているのは俺だけなのだろう。が、同じように招待されたシエルを蔑ろにしないあたりは、流石に名門貴族。ただし、俺もシエルも本当なら互いに同席なんてしたくないことには、気付いてなかった…仕方ないけど。
お茶をいただきながら夕飯まで侯爵と過ごしたのだけれど…俺としてはユディットと過ごしたかった…、何が困ったって会話の内容。
やっぱり剣帝に並々ならぬ憧れを抱いているだけあって、侯爵の質問攻めが凄いのだ。
サクラーヴァ家の教えのこととか(そんなものはない)、剣帝の存在は一族にとってどんなものなのかとか(どんなってただの魔王だよ)、俺自身父のことをどう思っているのかとか(自分のことだし)。
まだ幸いだったのは、設定上は剣帝リュート=サクラーヴァは息子(ハルトとユウト)が生まれる前に死んでいる、ということ。だから俺が父のことを知らなくても何の不思議もない。
…実際は、どんな詳細でも答えられるけどさ。
で、俺が殊勝な顔で「自分は父の顔すら知らないので…」とか濁してたら、お次は侯爵の推し語りが始まった。
なんだろうね、なんで人って自分の推しを語るときは暴走気味になるんだろう。
でもって、剣帝の強さ高潔さ信仰心その他諸々素晴らしさを滔々と語る侯爵に、シエルの表情が物凄く引きつってた。そのまま俺を睨んでくるんだけど、侯爵が勝手に剣帝に幻想を抱いてるのは俺のせいじゃないっての。
「……あの!ユディットは、ここに呼ばないんですか?」
…あ、しまった。話を変えるためとは言え、咄嗟にユディットを呼び捨てにしてしまった。父親相手にそれはマズかったかも?
と、思ったけども。
「いえ、あの子にはもう少し反省する時間が必要です」
侯爵は、全く気にしていないみたいだった。あと、ユディットのことを口にするとき彼の表情は酷く冷たい。
……うーん…放置すべき?他人の家族のことだし、無関係の俺が口を出すのはよくないこと…だよね。
けど、なんか無視するのもなー…
ここはそれとなく、俺が気にしてますよーって暗に示してみようかな。
「もう反省は十分にしてるみたいですよ。それに、今回の件は事故みたいなものじゃないですか」
考えてみれば炎翼を消滅させてしまった俺はもしかしたら侯爵家からしても面白くない存在かもしれない…と一瞬思ったのだけど、その心配は要らないみたいだった。
「そう仰っていただけてありがたいことですが、しかしこれはあの娘の浅慮と未熟が招いたことです。精霊に愛されていることに胡坐をかき、無償で与えられた力に酔った結果がああでしたから」
…おおう、なかなかに手厳しい。
「我がクラウゼヴァルツは剣の道を求める一族です。にも拘らず、娘は精霊の力に驕ってしまった。アテにするのならば、その力を完全に支配下に置いていなければならないというのに、その努力を怠ったのです」
口振りからすると、侯爵自身はあまり精霊のことを良く思っていない…つーか、精霊に頼ることを良く思っていないのだろう。
と言っても、それが家門の矜持なのか単にユディットが精霊に愛されていたことが面白くないのか、そこは分からない。
「そして結果、お二人に多大な迷惑をおかけしてしまった。改めて、謝罪させていただきたい」
「そんな、気にしないでください侯爵」
座したままではあるが俺とシエルに頭を下げる侯爵。慌てて遠慮する俺と裏腹に、シエルはシレ―っとしている。ほんといい性格してるよこいつ。
結局、ユディットを誘うことは出来なかったし、侯爵がユディットに冷たい理由も分からず仕舞いだった。
が、まだ休みは長い。機会はいくらでもある。
もしかしたら、父との間を取り持ってあげたりしたらユディットの好感度が上がったりしないかな?
そこは、本来なら主人公ポジであるシエルの役割なんだろうけど…そこまで美味しい思いをあいつにばっかりさせるつもりはないもんね。
どうせシエルには、ユディットの好感度なんてどうでもいいことみたいだし。そういうことなら、遠慮なく俺が頑張らせてもらうことにしよう。




