学校へ行こう。 第二十二話 魔王陛下は早合点する。
考えが足りなかった。
俺は、俺のことを良く思っていないシエルが俺と共に休暇を過ごしたがるはずはないと考え、だから奴がユディットの誘いを断るだろうと考えたのだが…
そういやあいつ、俺の目付け役だった。
教室に戻ると、ユディットが満面の笑みでシエルも一緒に来てくれることになった、これで安心でしょう?と他意なく告げてきた。シエルの方を見たら、めちゃくちゃげんなりした顔をしていた。
シエルの奴、そんなに嫌なら断ってくれてよかったのに……そこまでして俺を監視したいのかよこの野郎。
げんなりするのは俺だって同じだが、ここでシエルと一緒は嫌だとか言い出すのはちょっと不自然だよな。俺が嫌だって言ったって、シエルは絶対に俺にくっついてくるだろうし嫌がらせのように。
あぁ……せっかくのスクールライフのハイライトたる長期休暇、しかも女生徒のお宅に訪問という願っても無いチャンスだってのに……目付け役がいるんじゃ何にも出来ないじゃないか。
………いや、いやいやいやいや、だから、やましいことはしないよ?誓ってしないよ?あくまでも、ユディットの気持ちが優先だか……ってそうじゃなくて。
「もう、なんだよユウト、こっちは断っておいてユディットとよろしくやっちゃうわけかい、隅に置けないなぁ」
「……いや、二人きりじゃないから。シエルもいるから」
「ラングレー?…ああ君たち仲が良いもんな」
「………………」
おいちょっと待てこの学校の生徒、おかしくないか?どこをどう見たら、俺とシエルが仲良しになるわけ?ユディットといいマルコといい、あと他の生徒もそうなんだけど、なんか俺とシエルが仲良しの友人だと勘違いしてる奴らが多すぎる。冗談じゃないよ全く。
マルコは半分羨ましそうな半分妬ましそうな目をしていた。自分だって女生徒とよろしくやってくるんだろうがこの色男め。
こっちはユディットと二人きりならそれこそ文句なしのバカンスでめくるめくアバンチュールだったりするはずなのに、厄介で面倒で喧しい目付け役のせいで灰色の長期休暇になることが半分以上決定している。
……こうなったら、如何にシエルの目を盗んでユディットと親睦を深めるか、俺とシエルの戦いだ。
と、まぁ、そんなことに気を取られていたせいで、やっぱり授業が終わったあと見事にソラシド兄妹には逃げられた。まぁ、俺も頭の中が訓練どころじゃなくなってるから仕方ないよなー。それに、二人は休暇中フォルヴェリアに帰るらしいけど、あそこまではめちゃくちゃ遠いから(スツーヴァほどじゃないけど)出来るだけ早く出発したいっていう気持ちも分かる。
…ということに、しておこう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
女生徒たちとウキウキで待ち合わせ場所にいくマルコを見送り、寮に残るウルリカに挨拶をし、俺とシエルはユディットの案内でクレムハイツへと向かった。
クレムハイツ王国は、学院のあるサイーア公国の北東に位置している。国境沿いに山脈があってそれを迂回していくのがメインのルートだから、少し遠回りになるけど、馬車で三日といったところ。
長距離乗合馬車も出ているが、俺たちはユディットの家から迎えに来た豪勢な馬車に乗せてもらえた。
道中は何事もなく平和だった。というか、平和すぎてなんだか気味が悪いくらい。何故ならば、シエルの奴がやけに大人しかったのだ。
これは、ちょっとおかしい。あいつが嫌味の一つも言わないだなんて、天変地異の前触れとかじゃないだろうな。せっかく整えた世界の理がまた乱れてるとか、そういうんじゃないだろうな。
これが仮に、あいつが俺のことを品行方正で善良な魔王なんだって気付いてくれたんならいいんだけど、そういうわけでもないのは奴の表情と視線から明らかだった。
相変わらず険悪に睨み付けてくるんだけど、何も言ってこない。試しに話題を振ってみても、適当に相槌を打つだけで俺の意見を全否定したり喧嘩売ってきたりする様子がない。
……うむむー…嵐の前の静けさ的な怖さがあるんですけど。
そんな俺とシエルのビミョーな空気に、ユディットは気付いていないみたいだった。別に彼女は鈍感とか他人に無関心とかそういうわけじゃないんだけど、どうもそれどころじゃないみたいにソワソワしていた。
「……ユディット、何か心配事でもあるのか?」
彼女の馬車の窓から外を見る横顔がなんだか切羽詰まってるみたいに見えて、俺は思わず訊ねてしまった。問われた彼女は、気まずげに目を伏せる。
「あ、ええ……別に、そういうわけじゃないんだけど………帰ったらまた、お父様に叱られるんだろうなって」
「叱られる?こないだの件で?それはもう、終わったことじゃないのか?」
つい先日まで彼女は実家で謹慎食らってたんじゃ?それなのにまだ、赦してもらえてないとか?
「終わった………そうね、終わった…のよね。けど、その……もともと父とはあまり折り合いが良くないのよ。言いつけだから仕方なく帰るけど、そうじゃなかったら寮に残った方が気楽なのよね」
「………ふぅん」
ふぅん、くらいのことしか言えない。こういうのって、どう声をかけたらいいんだ?クラウゼヴァルツ侯爵がどんな人なのか、娘との関係性がどうなのか、分からない以上はやっぱり「ふぅん」である。
「だから、実を言うと……貴方たち二人に来てもらえて、すごく助かってるの。その……クラスメイトの前なら、父も少しは手加減してくれるかなー…って」
「え、俺たち盾役?」
「あ…あはは、そういうわけじゃ……………ごめんなさい」
ユディットは潔く認めて、悪戯が見付かった子供のように肩を竦めた。うん、可愛いから許す。
「それに、父は教皇聖下に心酔してるし、剣帝閣下には物凄く憧れを持ってるし…多分、貴方が来てくれて父は私以上に喜ぶと思うわ」
……んー、中年のオッサンを喜ばせる趣味はないんだが。ユディットが喜んでくれるなら願ってもないけど、オッサンはどうでもいい。
「だったら、オレは来る必要なかったんじゃ?」
そこに、シエルが口を挟んできた。
確かにサクラーヴァ公爵家の俺が訪問すればクラウゼヴァルツ侯爵は喜ぶだろうし招待した娘に対する風当たりも緩くなるだろうが(ユディットの狙いはそこだろう)、シエルの家は貴族の端くれ程度の貧乏男爵家と聞く。名門侯爵家からすれば、箸にも棒にも掛からないだろう。
「なんだよシエル、いじけてんのか?」
「………………」
茶化してみたら、さらに睨まれた。が、やっぱり何も言い返してこない。不気味だ。
「そんなこと言わないでよ、ラングレー。貴方には一番迷惑かけてしまったのだし、お詫びくらいさせて頂戴?」
「…………そういうことなら、構わないけど」
ユディットはすっかりシエルに気安く接している。あれだけの劣等感と敵愾心が綺麗さっぱり消えてしまったのには驚きだ。
……もしかして彼女のそういう性格って、炎翼のせいで形成されたとかいう感じなのかも。
精霊が宿主に与える影響なんて考えたこともないし知らないけど、そういうこともあり得る。もともとユディットの勝気な性格に惹かれて力を貸していた炎翼だけど、その炎翼のせいでユディットの苛烈な性分がさらに強められてしまった…とか。共振みたいなもんだ。
だからこそ、炎翼が消えた今、彼女の度を越した激しさはすっかりナリを潜めているんじゃないかな。
……そういや、決闘中も普通じゃなかったもんな。たかだか学生同士の決闘であそこまでムキになるのは妙だと思ったけど、そういうことだったのか。
そう考えると、炎翼からユディットを解放してやれたのは良かったかもしれない。彼女にはそんなこと言えないけど。
そんなこんなで、それなりに和気藹々と俺たちは旅程を楽しみ、あっという間にクレムハイツ王国へと到着した。




