学校へ行こう。 第十八話 魔王陛下、自分の職責を頑張る。
観覧席から、いくつかの悲鳴が上がった。それは、見ているだけで恐怖を煽るような光景だったのだろう。
特に実戦慣れしていない学生には、少しばかり刺激が強すぎたかもしれない。
ユディットが、正確にはユディットに憑いている精霊が生み出した炎槍は、全て合わせるとかなりの威力になりそうだった。魔導術式で言えば、中位あたりに相当するんじゃないかな。
余談だが、この中央教導学院には魔導科も存在するが、そしてここにも魔導科の生徒たちが多く観覧に来ているのだが、生徒たちが学院で学ぶのは魔力の扱い方と基礎学がほとんどである。
学年が進めば初歩中の初歩…炎を出したり、水を出したりする程度…に着手し、最上級生になってようやく低位術式を修めるかどうか。そのため、剣武科の演習と魔導科の演習ではかなりやることが違う。
そもそも魔導は半分以上学問が占めているため、実戦魔導士ってのは極めて少数なのだ。
したがって、ここにいる魔導科生徒たちもまず中位相当の術式を目にする機会はない。しかし本能的に、それがどれほど危険なものかは察しているようだ。そんなものを食らったりしたらタダでは済まない、ということも。
それゆえの悲鳴だったのだが、ユディットはそれを聞いても揺らがなかった。寧ろ、まるでそれが自分への歓声であるかのように、満足げな笑みを浮かべたくらいで。
そしてシエルへ降り注ぐ、幾本もの炎の槍。光や雷ほどではないが、四方八方から襲い来るそれらを回避することは、不可能に思われた。
……いや、まぁ、シエルの奴なら躱せるんだろうけどさ。或いはその気になれば、剣で斬り落とすことだって出来るだろうよ。この主人公チートめ。
けどシエルは動かなかった。動かず、自分を中心に迫りくる炎の槍を静かに見つめ、多分このままじゃそれらの全てを身に受けることになる…間違いなく焼死だ…と気付いたユディットが今さらながら顔色を変えて(多分、シエルが逃げ惑うと思ったんだろう)、しかし炎槍はユディットではなく精霊の攻撃であるため彼女にはどうしようもなかった。
精霊は、あくまでもユディットが気に入って彼女の要望に応えるべく自分の意志で動いている。一瞬のうちにユディットが攻撃を後悔したからと言って、それにすぐ対応するほど結びつきは強くない。
誰もが、惨劇を想像した。
観覧席からはより大きな悲鳴が聞こえ、教師陣は防御のための魔導障壁を展開した。
…が、あれじゃ精霊の攻撃は防ぎきれないだろう。多少は被害を抑えられるだろうが、完全に防ぐには強度が足りない。
俺は、動かなかった。立会兼審判としてこの決闘の安全管理に責任を負う立場(やっぱ理不尽だ…)であるにも拘らず動かなかった。だって、その必要はなかったんだもん。
教師陣の魔導障壁が発動するよりも早く、鋭い一陣の風がシエルと炎の間を駆け抜けた。その風に切り裂かれるように、炎槍が一瞬で弾け、消失した。
「………え?」
ユディットが、呆けた声を漏らした。
教師たちは、一様に目を丸くしていた。
観覧の生徒たちは、理解が追い付いていないようだった。
それは、炎霊の攻撃が突然消えてしまったから……ではないだろう。全員の視線は、シエルの傍らに寄り添う半透明の巨大な獅子に集中していた。
シエルの奴……いくらでも攻撃を無効化したり躱したり出来るくせに、わざわざ風獅子を召喚しやがった。やっぱあいつ、相当の負けず嫌いに違いない。
お前が精霊に愛されてるなら、こっちは精霊を使役してるんだぞ…てわけね。
つーか、大人げないでしょ。なに学生相手にチート出してんのよ。子供じゃないんだから、同じ目線で張り合うのやめなさいってば。
俺はシエルにそう言ってやりたかったが、あいつが俺の言うことを聞くはずがない。つーか寧ろ、意地を張ることだろう。
「まさか……あなたも」
「別にオレは君と違って、精霊の寵愛を受けているわけじゃないけどね」
ユディットの呟きを拾って、シエルが彼女の勘違いを先んじて訂正した。いちいち言葉にして説明するあたり、「オレとお前とじゃ違うんだよ」と言いたいのが見え見えである。やっぱり大人げない。
しかも全部を説明する気がなさそうなのも、無責任つーかお子様っつーか。
ユディットはしかし、シエルの言葉の真意には気付かなかった。教師陣も同様だろう。精霊を召喚し疑似人格を与えた上で使役する神代魔法は古に失われた幻の術法であり、現代においてその存在を知るのは一握りの最高峰の魔導オタクたちくらいなのだ。
「ま…まぁいいわ。あなたのそれは見たところ、風の精霊ね。私の炎翼とどちらが優れているか、勝負しましょう」
ユディットは、自信を見せている。先の攻撃は防がれたが、彼女が炎翼と呼ぶ自分の精霊を信頼しているのは間違いなさそうだ。おそらく、彼女が今まで生きてきた中でそれを否定されることはなかったのだろう。
「まぁ…君がそう言うなら、別に構わないけど……」
対するシエルは、やる気があるんだかないんだか。いや、わざわざ風獅子を出してきたあたり、やる気がないわけじゃないんだろう。ただ、どうでもいいような態度を崩さないのは自尊心のせいか?
お前相手にやる気なんて出す必要ないよ的な空気をシエルから感じ取って、ユディットの怒りゲージがさらに溜まった。さっきはあわやシエルを殺してしまうかも、と萎みかけた敵意が、再び燃え上がる。それに呼応するように、炎翼の輝きも増す。
「後悔しても遅いわよ………炎翼!」
「後悔なら生まれる前からずっとし続けてるけどね……風獅子、行けるか?」
対照的な温度で、互いの精霊に呼びかける両者。
炎翼が強く羽ばたき、風獅子が静かに大地を踏みしめた。
「お願い…あれを消し飛ばして!」
ユディットの嘆願…まるで悲鳴のように聞こえた…を受け、炎翼は自ら風獅子へと突進した。どうやら、相当ユディットのことがお気に入りのようだ。
それを迎え撃つ風獅子。大地を蹴り、上空から降下してくる炎の鳥へ牙を剥く。
二体の精霊が、空中で交差した。
炎翼の羽根が一つ、風獅子の爪に切り裂かれて弾け飛んだ。
精霊と精霊のぶつかり合いという、自然界ではまずお目に掛かれない珍事象は、風獅子の勝利だった。
「……炎翼!?」
翼を一つ失った炎翼は、悲しげな咆哮を上げて消え去った。
消えたと言っても、消滅したわけではない。ダメージの回復のために一時的に離脱したのだ。
「そ……そんな…………」
愕然と立ち竦むユディット。自分の剣技だけならまだしも、自分を愛し支えてくれた精霊まで敗北しさらに自分を見捨てて去ってしまったことに、少なからぬショックを受けている。
風獅子がシエルのところに得意げな顔で戻ってきたのとほぼ同時に、ユディットはがっくりと両膝をついた。
「……………」
無言のまま、地面についた手を拳に握りしめて、それがブルブルと震えている。認めたくない現実を目の前に突きつけられて、それを受け止められずにいる。
彼女の自信や高慢は、二本の柱に支えられていた。
一つは、己の剣技。名門武家に生まれ育った彼女は、同年代のクラスメイトたちの中でも頭一つ抜きんでた実力を誇っている。おそらく、上級生でも彼女に勝てる者は一握りだろう。
そしてもう一つは、精霊の寵愛を受けているという超稀少な境遇。こればかりは努力や才能でどうにかなる話ではなく、彼女を特別な存在たらしめる最大の要素である。精霊に愛されその力を貸してもらうことが出来る彼女は、魔力も術式も要さず大きな破壊の力を振るうことが出来る。剣士でありながら下手な魔導士顔負けの元素系攻撃も有するというのは、精霊の寵愛を受ける彼女だけの特権…のはずだった。
それら二つの要素を併せ持つ者は、学生のみならず世界中見たってそうそういるものではない。彼女の自尊心と負けん気の強さはそのためであり、そして彼女は自分の恵まれた稀少性を盤石なものだと考えていた。
それなのに、どこの馬の骨やら分からぬ辺境の貧乏貴族が今日、その二つを同時に破壊してしまった。
剣技も、精霊も、ユディットではシエルに勝つことが出来なかった。
この結果は周りの連中には意外なものだったかもしれないが、舞台裏を知っている俺からすれば分かり切ったことだった。
剣技にしたって、たかだか十数年しか生きていない、しかも恵まれたお貴族様のユディットが会得したレベルなんて知れている。彼女のそれは、「同年代に比べると」という枕詞を付けて初めて価値を持つ。
一方のシエルは、天地大戦の経験者だ。俺は直接目にしたことがないから想像しか出来ないけど、激戦の地上界で荒れ狂う魔獣や幻獣、ときには魔族を相手に戦い続けた猛者なのだ。経験も覚悟も、ユディットとは比べ物にならない。こちらは「同年代に比べると」なんて枕詞を付ける必要なく、正真正銘、世界トップクラスの戦士なのだから。
精霊に関して言えば、確かにユディットは素晴らしい幸運に恵まれたと思う。それもまた彼女の資質なのだと考えれば、剣技なんて無視してもそれだけで彼女の存在価値は非常に高い。戦場においても、研究においても、彼女は引く手あまたの人材だろう。
ただ、今回ばかりは相手が悪かった。
ユディットが精霊の寵愛を受け力を貸してもらっているのに対し、シエルは精霊を支配・使役している。
炎翼が気まぐれにユディットに付き合っているのと違い、風獅子はシエルに従いその全てをシエルに捧げているのだ。
二体の精霊のレベル自体は、おそらくほぼ互角。しかし、そのスタンスの差は明確。当然、行使出来る力にも雲泥の差がある。
中位精霊の力ってのは魔導術式でいうと上位に相当する。しかしその力の一部しか使えないユディットの場合、中位術式相当の攻撃しか出来ない。シエルは風獅子の力を余すことなく使うことが出来る。
分かりやすく言うと、中位術式と上位術式のぶつかり合い、みたいなものだ。
………愛より支配の方が強いってのは、個人的にはモヤモヤしたものを感じなくもないけど。
項垂れたままのユディットは、ずっと無言だった。ようやく驚きから覚めてきた観覧者たちも教師たちも、息を呑んで二人を見詰めている。
…と、シエルがこちらをチラッと見た。口にこそ出さないが、「もう勝負はついたんだからさっさと軍配を上げろ」ということだろう。
うん、どうやらユディットの手札はもうないみたいだし、これ以上続けても無駄だろう。これだけ全力を尽くしたんだから、彼女としても諦めるしかない。
俺は、右手でシエルを指し、この場にいる全員に勝者を告げようとした。
「勝者、シエル=ランg」
「認めないわ!!」
しかし俺の声は、燃えるような激しい調子の声に遮られた。
その声の持ち主は、言うまでもない。
うーん…往生際が悪いなぁ。こんだけ打ちひしがれてるってことは、隠し玉とかはもうないんだろ?虎の子の精霊まで持ち出してなお勝てないんだから、もうユディットに出来ることは残されていない。
…つーか、もう終わらせてほしい。シエルはまだまだ実力を見せてないからいいけど、こいつの切り札って別に風獅子じゃないからな。勇者並みの秘奥義とかいつぞやウチの息子を瀕死にしてくれちゃった魔導とか、それこそ英雄クラスの攻撃手段を残しているんだから。
あんまりしつこくしてシエルの堪忍袋の緒が切れたりなんかしたら、ちょっと洒落にならないことになる。
そんな俺の切実な願いなんて、ユディットには知った事じゃないんだろう。それよりも彼女が突き動かされてるのは、屈辱と怒り。砕かれた自尊心と、認めたくないという意地。
否定された自分の価値を必死に取り戻そうという、悲壮な叫び。
だが、どれだけ彼女が抗おうと、無駄なこと。誰が見てもシエルの勝利は揺らがない。これ以上粘っても、醜態を晒すばかりだ。
だからせめて傷が浅いうちに、諦めて負けを認めた方が、彼女のため…
「まだよ……私はまだやれるもの!!」
突然、熱風が吹いた。
いつの間にかユディットは立ち上がっていて、その背後には……
…って、ええぇえ!?炎翼!?なんで、風獅子にやられて逃げてったんじゃないの!?
驚いたことに、一度はユディットを見捨てて退散した炎霊が再び戻って来ていた。風獅子にやられた羽根はまだそのままだが、密度が先ほどとは比べ物にならない。
……あれ、これって……ちょっと、マズくない…?
さっきまでは陽炎のように朧だった炎翼は、今や燃え盛る炎そのものだった。
激しく揺らめく真紅。ユディットの憎悪がそのまま宿ったような双眸。それはもはや同調などではなく、精霊自身の感情であるかのような…
噓だろ、まさか、意地と根性で精霊を支配下に置いたっていうのか?勇者でも英雄でもなく、一介の学生に過ぎないユディットが……
炎混じりの旋風が、ユディットを中心にして立ち昇った。
離れていても肌を焼くような熱を感じる。観覧席のあちらこちらで悲鳴が上がり、恐怖に駆られた学生たちが我先にと逃げ始めた。
逃げるのはいいが…まるで統率が取れていない。右に行く者左に行く者がぶつかり合い、混乱が積み上がっていく。
あああああ、マズい!このままじゃ、怪我人どころじゃなくなる!
「落ち着けユディット!精霊に呑まれるな!!」
炎の竜巻に向けて俺は叫んだ。今の彼女は完全に理性を失っている。もともとの激情が炎翼と変な具合に共振を起こして暴走してるんだろう。
このままじゃ、すぐに精霊の支配も崩れてしまう。そうなったら、完全に暴発だ。ユディットは間違いなく助からないし、闘技場も半壊は免れない。観客の避難が間に合わなければ、下手すりゃ二桁三桁の死人が……
……いやいやいやいやマズいよねそれ!俺の管理責任下においてそんなことになったら、もう学校生活を楽しむとかいう話じゃなくなっちまう!!
「おいユディット!聞こえてるか?まずは気を静めてくれ、このままじゃ決闘どころじゃなくなるぞ!!」
ユディットの姿は炎の向こう側に隠れていて、見えない。まさか熱で死んでしまったとかいうことはないだろうけど…
「私は…まだ負けてないもの!」
…あ、生きてた。
「私は、勝たなくちゃいけないの!こんなところで、立ち止まってなんかいられないのよ!!」
生きてたけど……俺の声は聞こえていない。或いは、聞く気がない。
どうしてここまでムキになる?そりゃ、悔しいだろうけど所詮は学生同士の決闘だぞ?別に負けたからって成績に関係することはないし彼女の名誉が傷付くこともない。
いや、少しは傷付くかもしれないけど…けどここまで立派な戦いを繰り広げたんだから、寧ろ胸を張ってもいいんじゃないか?
世界の命運が懸かっているわけでも、自分や大切な者の命が懸かっているわけでも、或いは大切な者の仇とかそういうわけでもない。
負けて悔しいのは誰だって同じだが、強引に精霊を支配下に置くほどの激情って、ちょっと普通じゃない…つーか狂気じみてる。
流石に非常事態ということで、教師たちが動いた。幾重にも結界を重ね、それでユディットを拘束しようとする。
だが…あれじゃ無理だな。暴走している炎翼の力は、術式に例えるなら上位の中でも特に強力なレベルにまで跳ね上がっている。ここの教師陣の結界じゃ、どうにも…
あ、ほらやっぱり、弾かれた。
…って、悠長に眺めてる場合じゃなかった。なんとか止めないと!俺の!責任になってしまうじゃないか!!
「おい、シエル!お前、風獅子でアレ何とか出来ない?」
風獅子だったら、炎翼と同格の精霊なんだからどうにか止められるんじゃ…
「ふざけるな。いくら同格でも暴走した精霊に巻き込まれたら、うちの風獅子がタダでは済まないだろうが」
冷たい答えが返って来た。
……だよねー、神だろうが精霊だろうが神獣だろうが幻獣だろうが、暴走してるのには近づきたくないよねー。特に近しい存在だと、引きずられてしまったりする可能性も高いし。
「それに、もう勝敗は決していたはずだ。この事態は既に、オレの領分ではない」
「え、それって……」
「貴様の領分だろうが、立会兼審判の」
「えぇええ、そんな無責任な!そもそも、誰のせいでこうなったと思ってやがる!」
シエルの言い分も分からなくないけど、あいつがもっと上手くやればこんな事態にはならなかったと思う。
それなのに、もう勝負はついたんだから後は誰がどうなろうと関係ないね、と言わんばかりの態度は、無責任どころか人としてどうなんだよ。
「こうなったのは、クラウゼヴァルツ自身の未熟さのせいだ。オレのせいにするな。それに、オレにはアレを止めるとしたら彼女ごと精霊を攻撃するしかないんだが」
「え、それは困る!」
困ると言いつつ、確かにそのとおりだ。
現在、ユディットは燃え盛る炎の竜巻の中心にいる。ぐるりと一周、炎に…炎翼の本体に、囲まれてしまっている。
この状態で炎翼を攻撃すれば、間違いなくユディットは巻き添えだ。それこそチート転生者の本気の攻撃なんて(生半可な攻撃じゃ通らないだろう)、彼女が耐えられるはずがない。
「それは他の誰でも同じだろう。あの精霊を鎮められるほどの力を行使すれば、中心にいる彼女も傷付く。ほとんど同化しかけている精霊と宿主を区別して攻撃できるような手段がない限り…な」
そこでシエルは、意味ありげに俺を睨んだ。
まぁ、言いたいことは分かる。
ユディットの激しすぎる感情を受けて暴走した炎翼は、その感情の発生源であるユディットを取り込もうとしている。あれほどの炎渦の中にいて彼女が無事でいることから、既に同化は始まっているのだろう。
勿論、幻獣召喚とは違い儀式も術式も媒体もないから、同化が完了する前にユディットは死んでしまう。精霊を強引に支配下に置こうとしてそういう死に方をしていった者は少なくない。
精霊に同化(この場合はほとんど寄生からの乗っ取りみたいな感じだけど)しかけている宿主を五体無事に切り離すなんて、通常の術式や得能では不可能。
だから、シエルは俺に押し付けようというのだ。
そりゃあ…俺なら何とかなるけどさ。今ならまだ、そこまで理を大きく操作しなくても対処できるだろうし。
けどその場合、非常に説明に困るのだ。ここには目撃者も多くいるし、流石に教師連中を適当な嘘で誤魔化せるとも思えないし……
俺が自分の保身でグダグダと思い悩んでいるのを嘲笑うかのように、ユディットを包み込む炎が一段と勢いを増した。それどころか、彼女を取り込んだ巨大な渦柱を中心に、小さな炎渦もいくつか生まれる。
危機感を募らせた教師陣がさらに結界を重ね掛けしようとするが、どうやら炎翼はそれを自身に対する敵対行為と見做したらしい。
「馬鹿!先生たちを殺す気か!?」
暴虐の炎が教師陣に狙いを定めたのに気付き、俺は慌ててその前に立ち塞がった。ここでユディットを殺人者にするわけにはいかない。
「ユディット!これ以上はマズいぞ、死にたいのか!」
「死なないわよ!私は死なないし、負けもしない!炎翼がいてくれるんだから、私は大丈夫なの!!」
あああー、もう!何が「大丈夫」だ。全然大丈夫なんかじゃないだろうどう見たって!
「邪魔をしないでよ、私は勝たなくちゃいけないんだから!!」
悲鳴のようなユディットの叫びと、俺の背後の教師たちの悲鳴。その二つに挟まれた俺に向けて、炎の竜巻がゆらり、と姿を変え…
猛り狂った火の鳥が、羽ばたいた。
……仕方ない、ウダウダ考えるのは後回しだ。俺は俺自身と教師たちと、そして何よりユディットを救わなければ。
決心さえすれば、あとは容易かった。
何も知らずに俺を焼き尽くそうと襲い掛かる鳳凰の如き精霊。
俺が密かに…ごくごく限定的に…星霊核に接続した瞬間、本当に一瞬だが、それが躊躇を見せた…ような気がした。
だが、その勢いは止まらない。そして俺も、それがユディットを解放しないのであれば、情けは与えない。
顕現せよ、其は慈悲深き贖い手也。
俺の、囁くような言霊は、きっと誰の耳にも届かなかったことだろう。
しかしそれは確かに世界の根源へと伝わった。
そして世界がそれを受け容れた瞬間。
荒ぶる炎の精霊は、消滅した。




