学校へ行こう。 第十七話 魔王陛下、思わぬところで新たな嗜好に目覚めかける。
そう言えば俺、決闘ってしたことないんだよなー…。
ピリピリした空気の中、ふと思った。
いやほら、創世神とのタイマンなら過去に何度も経験したしつい十数年前にもやったばっかりだけど、そういう世界の存亡を賭けた的なんじゃなくって、もっと青臭くてもっと純粋な決闘って、多分したことない…と思う。
それは俺が魔王であり神である以上は当然のことかもしれないが、何となく残念な気がするのはどうしてだろう。
…で、空気がピリピリしてるのは、今まさにシエル=ラングレーとユディット=クラウゼヴァルツ両名の決闘が開始される直前だから、である。
既に闘技場は満員御礼。教師陣も突発的事故に備えてスタンバイOK。勿論、当事者両名も既に各自の武器を手にして向かい合っている。さらに、決闘に於ける諸宣誓(両名は学院の規律に則って決闘を行うこと、騎士道精神を遵守すること、一切の私恨を遺さないこと、等々)も済んでいる。
あとは、俺の合図を待つばかりなわけだ。
…………う、なんか、俺注目されてる…?いや、別に注目されるのは魔王としてもリュウト=サクラバとしても慣れっこのはずなんだけど……あれ?緊張するよ?なんで?こういう形での注目ってのが初めてだからかなぁ。
いかん、あまりグズグズしてると余計に緊張が高まるぞ。さっさと初めて、観客の注意をシエルとユディットに向けさせちまおう。
俺は、右腕を高く掲げた。それを合図に、ユディットが武器を構えた。彼女の武器は両手にそれぞれ握られたショートソード。二刀流ってやつだ。この二刀流ってのは、相当に慣れていないと寧ろ攻撃力も防御力も半減してしまう戦い方なわけだが…彼女はどうなのだろう。
一方のシエルは、見た感じではボーっと突っ立ってるだけで構えも何も見せていない。まるでリラックスして待ち合わせの相手を待ってるみたいな。左手の長剣もただぶら下げてるだけ。
それがまた余裕癪癪に見えて…見えるだけじゃなくて実際そうなのだろう…、ユディットが小さく舌打ちするのが分かった。
…うん、苛ついてるね。ユディットが爆発する前に、始めてしまおう。
「……始め!」
号令と共に、俺は右腕を振り下ろした。
その瞬間を待ち侘びていたと言わんばかりに、ユディットが大地を蹴る。
…ふむ、なかなか速い。流石に学生の域を出てはいないけど、この若さでこれなら将来は楽しみだ。やはり名門武家の出身だけあって、幼い頃から訓練を施されているんだろう。構えも自然だったし、何より他者を傷つけるという行為に対し何ら躊躇がない。
ユディットは一瞬でシエルに肉薄した。彼女の武器は間合いが狭い。相手の懐に入らなければ攻撃は通らないのだ。
少なくとも、ユディットが双剣を振るう瞬間までは、シエルは無防備に見える姿勢で立ちんぼだった。
だから、俺以外のこの場にいる全員…観客の生徒たちも教師陣も、そしてユディット本人さえも…は直後のユディットの勝利を確信した、だろう。
だが。
僅かな時間差で振り抜かれるユディットの剣は、ほとんど同時と言ってもいいタイミングでシエルに弾かれた。
ユディットが二刀流であるのに対し、シエルの武器は一つだ。一本の剣で二本の剣の時間差攻撃を同時に弾くなんて物理的に不可能なはず。だからこそユディットは、先の攻撃が防がれても次撃を確実に当てられるよう絶妙にタイミングをずらしたのだ。
それなのに二撃とも弾かれて、ユディットは目を見開いた。
……うん、まるでシエルの一閃でユディットの連撃が止められたみたいに見えるけど、違うよな。シエルは超高速の二連撃を繰り出したんだ。速すぎて、二撃が一撃に見えてるだけで。
実を言うと、俺は少し心配していた。シエルは手加減を知らない…或いは手加減に慣れていないという予想もあったが、それ以上にあいつ意外と喧嘩っ早い感じがしてたから。じゃなきゃ、格下の小娘相手の売ってきた喧嘩を買ったりしないだろ。
けど、今ので安心した。シエルは、きちんと手加減するつもりのようだし、手加減ってのも知っているようだ。
シエルがユディットの連撃を防ごうと思えば、いくらでも方法はあるんだよ。一番手っ取り早いのは、彼女の攻撃が届く前に先手を打つことだし(あのタイミングでも、シエルなら余裕なはず)、それこそ強烈な一閃で攻撃ごと彼女をぶった切ってしまうことだって出来るわけだ。
けどそんなことをすればユディットは只じゃ済まない。良くて大怪我、最悪は死亡。
だからシエルの剣は軽い。わざと軽くしている。ユディットが攻撃を弾かれても態勢を崩すことがなかったのがその証拠だ。
最初の攻撃を防がれたユディットは驚いた顔をしたが、狼狽することはなかった。すぐに気を取り直すと、再び攻撃に移る。
二刀流ってのがクラウゼヴァルツ家の流派なのか彼女独自のスタイルなのかは知らないけど、ユディットがその利点だけでなく欠点もちゃんと理解してることは、彼女の戦い方を見れば分かった。
二刀流の利点は、手数の多さ。片手で剣を振り回せる腕力さえあれば、攻撃力2倍!である。
勿論現実はそんな単純計算ではいかないわけだが、まぁ鉄の塊やら岩石やらでっかい魔獣やらをぶった斬るのではない限り、両手剣の一撃よりショートソードの二撃の方が有効なことが多い。
あと、片方の剣で相手の武器を封じてもう一方の剣で攻撃、てことも出来る(多分こっちのが一般的な二刀流だと思う)。
でもって、欠点は防御力の低さだ。先の、片方の剣で相手の武器を封じて…ってのも、こちらが攻め手であればいいんだけどさ。相手が防御のために出した剣をそこに留めておくっていう意味で。
けど、受け手になると途端に弱いんだよね。どうしたって片手では相手の攻撃を受けるのには力が弱い。かと言って両剣で止めるならそもそも二刀流の意味がない。盾なら片手で防げるんだから。
結果、双剣使いってのは大体が速度重視のライトファイターになるわけである。敵の攻撃は真向から止めるんじゃなくて、躱すかいなすか。
ユディットも例に漏れず典型的なライトファイターだ。しかも彼女の偉い?ところは、ショートソードを選んだという点。
俺も魔王時代に戦場で色んな奴を見てきたけど、時折身の程を弁えないバカってのに出くわした。…ああ、魔王に喧嘩売るっていう意味じゃなくて、そんなのは創世神以外は皆そうなんだから。
そうじゃなくて、なんか凄い武器を使ってれば自分凄い!みたいな勘違いしてる奴、いるんだよね。双剣で言えば、ごっつい剣を二本持ってご満悦…みたいな。
いや、本当に使いこなせてればいいんだよ?中にはそういう奴もちゃんといたし。
けど俺の見た身の程を弁えないバカ達ってのは完全に武器に振り回されてて、それなら両手で持てばいいじゃんって言いたくなってしまう。まぁ言わずに瞬殺してましたけど。
その点、ユディットは自分の腕力を過信してないし、自分のスタイルってのも分かってる。
決して大柄ではない彼女はショートソードあたりがジャストフィットなのだ。それなら無理なく振り回せるし、重さで身体の重心を崩されることもない…彼女の鍛錬の賜物でもあるが。
その代わりに犠牲となるリーチの短さは、動きでカバーするしかない。常に自分の間合いで戦えるように、相手にペースを掴まれないように、攻撃を続けながらヒット&アウェイを繰り返す。
……うん、スタイルで言えば、ラディ先輩に似てるな、この子。あっちほど反則級じゃないけど。
傍目には、なかなかいい勝負…に見えた。
激しく攻撃を続けるユディットに対しシエルは随分と涼しい顔をしているが手数が少ないし、今のところ一度も攻勢に出ていない。
さて、シエルの奴どう出るつもりだ?
実力的に、あいつが勝つってのは確定事項だ。けど、勝ち方ってのが問題。
なんでか知らんけど、シエルは自分の正体…天地大戦の英雄で転生者…を秘密にしたがってる。別に魔王ってわけじゃないんだから知られても問題ないと思うのは俺だけ?
で、まさかユディットに酷い怪我を負わせるつもりはないだろうし…そうだろうと思いたい…、まさかまさかわざと負けてやるつもりなんてもっとないだろう。
けれどもユディットの気迫は凄まじくて、斬撃も激しさを増すばかり。これをどう穏便に終わらせるか、シエルには考えがあるんだろうか。
中央教導学院の学生であるシエルが自然な形で、ユディットの戦意を挫くような勝ち方。
やり過ぎてもいけないし、やり足りなくてもいけない。そこのところの匙加減は結構難しいと思う。
…とまぁ、俺はユディットの心配なんだかシエルの心配なんだか分からんがヤキモキしてたんだけど、少なくともシエルにとっては大きなお世話、無用な心配だったようだ。
考えてみればシエルの奴、前世じゃバリバリの英雄だったけど今世じゃ普通に遊撃士やってるんだった。実家にもおそらくは正体を明かしてないだろうし、猫を被る=手加減するのはお手の物ってこと。
俺が下らないことをつらつらと考えているうちに、防戦一方に見えたシエルがとうとう動いた。
ヒット&アウェイを繰り返してるユディットがアウェイのタイミングで後ろに下がる。と、今までその場を動かなかったシエルが、退くユディットを追撃するように同じ速度でついてきたのだ。
後ろに下がるユディットと、前へ出るシエル。どっちに利があるかなんて言うまでもない。
所謂、「オレのターンだ!」ってやつだ。攻守が入れ替わり、次はシエルがユディットを追い詰めていく。
それでも流石なのは、どうせ一撃で終わらせられるだろうにわざわざユディットのレベルに合わせてるってこと。いい勝負に持っていって、ユディットの怒りや敵意を発散させようってわけだ。
俺がシエルでも、同じことをしたと思う。あっさり終わらせてしまっては、ユディットの感情が発散されないまま残って行き場を失ってしまう。
互いに全力を尽くしてこそ、蟠りというのは消えるのだ。
……と思う。実はよく分からんけど。俺が全力を尽くせる相手って創世神しかいないし、もともとあいつに対して蟠りとかないし。
徐々に、ユディットの息が上がっていく。
ライトファイター系にも二種類あって、ラディ先輩みたいな体力底無し化け物タイプもいれば、体力的に劣ってる部分をスピードで補ってるためにスタミナが続かないタイプもいる…つーか多分後者の方が圧倒的に多いんだろうけど。
ユディットは小柄だ。女性の中でも特に体格がいい方ではない。鍛えているため筋肉はしっかりついている(と思う)し同じ年代の少女たちよりは遥かにタフなんだろうけど、それでもやっぱり生まれ持った肉体的限界ってのはそれこそ加護やら天恵やら得能やらがなければどうしようもない。
だからこそ軽量のショートソードを使うのだし、だからこそ筋力に頼らない戦い方をするしかないのだ。
……そう考えると、あんなに細いのにごっつい戦槌をブンスカ振り回すウルリカってちょっと怖い。
対するシエルは、こっちは体力底無し化け物タイプだ。そりゃ聖戦の英雄に並ぶようなチートだもん。先程のユディットよりも派手に動いて、全く疲れる様子を見せてない。涼しい顔が、なんかムカつく。まだまだ本気を出してないってのと手札も見せてない…見せる必要もないと思ってる余裕っぷりが、なんかムカつく。
個人的な感情としては、ユディットを応援してやりたくなっちゃうじゃないか。俺、審判なのに。
疲れからか、ユディットの左の剣が僅かに下がったのと同時に、シエルの剣がそれを叩き落とした。
二刀のうち一刀を失ったユディットは、これで戦力が半減してしまった。まだ一刀残ってるとは言え、二刀流に適合した戦い方は一刀には向かない。
これで彼女は降参…だろうか。俺はそう思ったし、見てる連中もそう思ったはず。
しかし、ユディットの眼差しからは戦意は失われなかった。寧ろ、一層強く輝いた…気がした。
続けてもう一方の右の剣を狙ったシエルだったが、急に攻撃をキャンセルして後ろへ跳び退った。
直後、それまでシエルがいた場所に突き刺さった、幾本もの炎の槍。
観客席が、ざわついた。
ユディットの背後に、淡い陽炎のような緋色の影が揺らめいていた。
……あれは…炎の精霊、か。ユディットが精霊の寵愛を受けているという噂は、本当だったようだ。
四枚羽の鳥のようなシルエットのようなそれは、ユディットの後ろでふわりふわりと不気味に漂っている。
一瞬、決闘を中止しようかと考えた。が、別にレギュレーション違反でも…ない、のかな?
決闘方法は特に限定されてなかった。騎士道精神に則るならば、剣を使おうが導具を使おうが魔導を使おうが、それは自由なのだ。
だったら、精霊も禁止されてない以上はOKということになる。勿論、あまりにヤバいものだったら制止するけど……
見たところあれは、中位の精霊だ。しかもユディットには力を貸してやっている程度。そんなに、危険な感じじゃない。
…と思ってるのは俺(と多分シエル)だけで、観覧席からはどよめきと驚愕が伝わってきた。配置された教師陣からも、緊張が漂ってきている。
精霊なんて珍しいもの、普通はなかなかお目に掛かれない。初めて見たそれに戸惑いや恐怖を感じるのは自然なことだ。
まるで後光のように精霊に背中を守られたユディットは、勝利を確信した笑みでシエルを挑発した。
「まさか、この子を頼ることになるとは思わなかったけど…ごめんなさいね、この子は私に勝利を与えたがっているのよ」
普通の精霊には、意思こそあるが感情がなく、自我が希薄。そのためか強い感情に惹き付けられるという性質を持つ。ユディットのように精霊の寵愛を受けるってケースはレアだが全く皆無というわけではなく散見される事象ではあるが、大抵はそういう理由だ。資質だとか鍛錬だとかはほぼ関係ない。
あの精霊はユディットの苛烈な感情が好みで、それを味わうために彼女に加担している。だから精霊の力を使う際にユディットの負担はない。そしてユディットの感情に呼応している精霊は、ほぼ彼女の意志に同調して動く。
ユディットの、自分の精霊に対する信頼は相当のようだった。
「この子が出てきた以上、貴方にはもう勝ち目がないわ。このまま続けると火傷じゃ済まないことになると思うけど…どうする、シエル=ラングレー?」
……うーん、勝気な女王様キャラってのもなかなかイイ。今まで周りにはいなかったタイプだからか、新鮮な感じ。強気キャラってところはアルセリアに似てるんだけど、あいつはポンコツだったし気品とかなかったしな。
その点ユディットには、女王の気品だとか貫禄だとかが備わっている。勝気で傲慢なんだけど品位があって、相手を屈服させるような迫力がある。こう、上から見下ろして「私の靴をお舐め」とかやってみて欲しい。
……いや別に、そういう趣味があるわけじゃないから。
「もう勝ったつもりになるだなんて、随分とせっかちなんだな、クラウゼヴァルツ」
しかしシエルの奴、そういうのには全く興味がないようだ。まぁ、アイツとは俺、趣味が合わないと思ってたんだよね、常々。なんか昔惚れてた女も、ポヤーっとした感じの娘っ子だったらしいし。
……いやいやだから、別に俺は女王様の足元に這いつくばりたい欲求を持ってるわけじゃないからね。
自分の最後通牒にも、精霊にも恐れを見せないシエルに、ユディットの苛立ちが増した。それが精霊に伝わったのか、背後の緋色も一層強まる。
「………そう、だったら恨まないで頂戴」
底冷えのする声と同時に、ユディットの周囲に再び炎槍が出現した。穂先は全て、シエルに向いている。数は、ざっと二十以上。
「貴方の負けよ!」
そしてシエル目掛けて、無慈悲な炎の雨が降り注いだ。




