学校へ行こう。 第十六話 魔王陛下は自分の立場を忘れがち。
寮に戻った俺は、敢えて自室には引っ込まずにリビングスペースで時間を潰していた。
いつもであれば、シエルと顔を合わせるのが気まずい…というかあいつがやたらと俺を目の敵にしてるもんだから、出来る限り鉢合わせしないようにしているんだけど。
待っていると、シエルが帰って来た。時間的に、班員と訓練でもしていたんだろう。
奴は部屋に入るなり俺の姿を見て、舌打ちしやがった。なんかもう、ここまで嫌われてるといっそ清々しいよ。
そのまま無言でリビングを通り過ぎ自分の部屋へ向かおうとするシエルを、俺は呼び止める。
「なぁ、おい」
「………………なんだ」
めっちゃ睨まれた。ルームメイトに話しかけるだけでこんだけ睨まれるのって、多分だけど普通の学校生活じゃないよね。
「お前さぁ、俺の監視役じゃなかったの?なに自分から騒動起こしてやがるんだよ」
こいつがユディットと揉めたりしなければ、俺だって面倒な役回りを押し付けられることなかったのに。
少しばかり文句を言いたいのと、あとこいつにしてはらしくないと思ったわけだ。
なんせ、こいつはあれだよ、転生者だよ?しかも前世で英雄扱い。でもって御多分に漏れずチート能力付き。さらに言うとこいつの存在理由ってのは魔王を、則ち俺を殺すっていう一点に集約されていて、それ以外の全てはどっちかというと些末事程度のもののはず。
ましてや、明らかに格下の学生相手にムキに…はなってないみたいだけど売られた喧嘩をお買い上げなさるだなんて、一体どういう心境の変化なのか。
「別に、好きでやっていることではない。貴様の監視も、ユディット=クラウゼヴァルツとの決闘も。だが、ああいう手合いは無視すると後が面倒だ。早々に戦意を挫いてやるのが一番手っ取り早い」
「あーー、さいですか」
シエルの返答は、まぁまぁ俺の予想と同じだった。なんだかんだ言ってこいつも根っからの戦士だからな、自分を曲げてまで事を穏便に済ませるとかいう考えはないんだろ。
ま、意見そのものは俺も同じなわけで、シエルのことだからまさか本気は出さないだろうしそこは心配要らないんだけど、一応は言っておかないと。
「言っとくけど、決闘以外で揉め事は起こすなよ。俺が責任取らされるんだからな。あと、決闘中も相手がただのひ弱な廉族だってこと忘れんな」
こいつが今まで戦ってきたのは、魔族だとか魔獣だとかそういう剣呑なのばっかりだ。自分より弱い学生を相手にしたことなんて、ないんじゃないかな。
そういう奴って、手加減とか知らなかったり下手だったりする。ユディットの戦意を挫くのはいいとして、遣り過ぎると周囲も巻き添え食らう可能性があるし。
俺の懸念は尤もなものだし、俺の忠告も俺の立場的には尤もなもののはずなんだけど、シエルは納得いかないようだった。
「貴様がどの口で………ふん、まぁいい。貴様に言われるまでもなく分かっている。だが……」
そこで、ふと何かに気付いてニヤリと笑った。
「……そうか、そういう形で貴様への意趣返しというのも、面白いかもしれないな」
「いや面白くないから!何他人を巻き込もうとしてるんだよ!!」
ちょっとこいつ性格悪い!この際魔王を殺せなくっても困らせてやれればそれでいいみたいな考え、英雄としてどうかと思うよ!?
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ユディット=クラウゼヴァルツとシエル=ラングレーの決闘は、春の連休前に行われることになった。この時期なら、四半期に一度の班別対抗戦とも離れているし、学力テストともかぶらない(学力テストは連休明けだ)という理由らしい。
決闘までの間、学内はそのことで持ちきりだった。物珍しさが大きい。一応は校則で認められているとは言え、実際に決闘にまで発展する諍いというのはそこまで多くない。互いの家が出張ってきたり教師の尽力があったりして、大抵はなあなあに済まされてしまうものだ。生徒同士の確執は残るが、自分の家や学校や世間様に冷たい目を向けられてまで意地を通そうという腹を決めるってのは若者にとって簡単なことじゃない。最初はいきり立って「決闘だ決闘だ!!」と騒いでいても、あれやこれやと止められているうちに時間も経って頭も冷えてきて、やっぱやめとけばよかったかもけど今さら引っ込み付かないし…とか後悔してるところで周囲から止められて、これ幸いとその提案に乗る…というパターンなわけ。
まぁ、俺としてもそういうパターンにならないかなー…と淡い期待は持ってみた。俺は立会兼審判を引き受けたが、教師陣は決闘そのものに消極的だ。それとなーく、ユディットやシエルに考え直してみないか的なことを仄めかしたり、それぞれの家に事情を説明したりしてたもよう。
なお、ユディットの家は現在、色々とゴタゴタしているみたいで後継者でもない彼女の問題にいちいち気を向ける余裕がないらしく、学校からの報告は黙殺された…らしい。
で、シエルのラングレー家は、なんでも田舎の貧乏男爵家らしいが、息子が決闘の申し出を受けたという報告に一家揃って歓声を上げたそうだ。どういうこっちゃ。脳筋一家かよ。
…とそんなこんなで、決闘なんて立ち消えにしてしまいたい学校側の思惑は外れてしまった。となると俺も面倒な責任から逃れられないというわけで。
上級生たちにとっても決闘は在籍中一度あるかないかの珍イベントらしく、知らないお兄様お姉様方からよく声を掛けられた。同学年は言わずもがな。立会兼審判だなんて面倒で厄介な役目を引き受けた俺は同情半分興味半分で、ほとんど珍獣扱いだ。まぁ、サクラーヴァ家に近付きたいって本音が透けてる連中も少なくなかったけど。
俺はそんな興味本位の学生たちの相手をしつつ、真面目に授業を受けつつ、隙あらばサボろうとする班員たちに目を光らせつつ(これが一番大変だ)、その合間合間にシエルとユディットにも気を配らなきゃいけなかった。
シエルはまぁいいとして、ユディットの方はいつ爆発するか分かったもんじゃない。俺に諭されて以来我慢はしているようだけど、生来の沸点が低めみたいなんだよな、彼女。どこぞのポンコツ勇者よりちょっと御し辛い。あれかな、ポンコツじゃないからかな。ご飯やお菓子に釣られないからご機嫌取りが上手くいかないんだよ。そんなもんに釣られる勇者の方がどうかとは思うが。
そうして忙しく過ごしていたせいか、気付けばあっと言う間に決闘の日がやってきてしまった。
なお、決闘に必要な諸々の手続き…学校への許可申請だとかサイーア公国、ロゼ・マリス神聖皇国への届け出だとか(中央教導学院はサイーア公国に位置しロゼ・マリスの管轄下にある)場所の確保だとかは決闘するシエル・ユディット両名の仕事なので任せきりにしておいた。そこまで俺が面倒を見る必要はないだろ。
決闘会場(って言い方で合ってるのかしらん?)は、班別対抗戦でも使われる演習用の闘技場になった。これは二人が決めたっていうより、ほとんど他に選択肢がない。屋内訓練場は狭いし、野外演習場は逆に広すぎてサバゲ―感覚の決闘になってしまう。決闘そのものは公開されてるものだから、生徒たちは自由に見学(観覧?)する権利を持っていて、決まりきった毎日の中で退屈している若者たちにとっては血沸き肉躍る一大イベント(しかもレア)なわけだ。それはもう大勢の観客が想定されるとのこと(見世物か)。
安全な場所で見物人が観覧することが出来て、規模も丁度良くて、他の校舎からは離れていて不測の事態に対応しやすい…という条件に合致するのが闘技場くらいなのだ。
開始時刻は午後一番だったのだが、俺が一足早く闘技場に着いたときにはユディットが既に来ていた。まだ開始まで一時間以上あるってのに、ちょっと気が早すぎじゃないだろうか。
「随分早いんだな、ユディット」
「あ、公子…じゃなくて、ユウト。貴方も早いのね、決闘が始まるまでは暇じゃない?」
ユディットは気負っているかと思いきや、普段と変わらないように見え……いや、違うな。普段と変わらないように見せているが、握り締めた拳に力が入っている。これは多分、誰もいない闘技場で逸る気持ちを一人落ち着かせようとしていたに違いない。
となると、邪魔しちゃ悪いよな。
「ああ、一応会場を見て回っとこうと思ってさ。ほとんど試験のときしか使われないらしいし、観客席とか壁とか脆くなってたら大変だろ?」
「真面目なのね、頼もしいわ」
…いや、真面目ってよりも何かあって…例えば観客の重みで席が崩れて怪我人が出たりちょっとした衝撃で壁が崩れて怪我人が出たりして自分に責が回ってくるのが嫌なだけなんだけどさ。
まぁ、学院におけるユウト=サクラーヴァは成績優秀品行方正な名門一家の子息なので、ユディットはそんな好意的な感じに受け止めてくれてるんだろう。
ユディットの精神集中を邪魔しないように、俺はそそくさとその場を後にした。立ち去り際に、チラッと彼女の横顔を盗み見る。
…真剣な表情。何処か殉教者を彷彿とさせる凛とした覚悟を感じた。
学生同士の決闘にしてはやけに思い詰めすぎじゃなかろうかとも思うが、なんだかユディットにも色々あるっぽい。
これがマルコやハーディ兄妹みたいになーんも考えてないお気楽連中だったならもっと安気に臨むんだろうけど(というかそもそも決闘なんてしない)、ユディットは成績も良いし実力もあるみたいだしそれに見合うだけの自尊心もあるし、何より名門武家の沽券とかそういうものに縛られてる感じがする。
ヴァネッサ先生も、クラウゼヴァルツ家も今ゴタゴタしてるって言ってたから、なんかその辺りの事情もあるのかも。
傍から見てるだけじゃ分からない彼女なりの事情があって、だからこそ彼女も引き下がるわけにはいかない…とか。同じ当事者でありながらシエルとの間にある温度差のせいで、そんな気がする。
……ふむ。なんか、肩入れしてあげたくなっちゃうな。余裕風を吹かせてるシエルと対照的に、なんか必死さを感じるんだもん。あと、俺のことを目の敵にしてるシエルにちょっとくらいぎゃふんって言わせてやりたい気分も。
第一、シエルとユディットじゃまともな勝負になり得ない。だってあいつチートだもん。最初から、結果は目に見えている…見えてるのはシエルと俺くらいだが。
なんかさ、公平じゃないじゃん。ユディットがそのことを知らないってのも余計に、不公平じゃん。強敵だろうけど自分も全力を尽くせば勝機はあるはず…と腹を括ってる彼女に対し、そういう次元じゃないレベルでシエルが上から目線で力を振るって、実力差を痛感させるって……非道くね?
本気の殺し合いじゃそんなこと言ってられないけど、これってただの学生同士の決闘だし。要は私闘だし。
……ふむふむ。どうしよっかな。ちょっとだけ、加護をつけてやろうかな。不自然じゃない程度に。シエルに勝てるくらいの加護なんて付けたらユディットの身体が持たないだろうしシエルにもバレるだろうからそれは無理だろうけど、ちょっといい勝負出来るくらいになら、例え負けてもユディットも次に希望を繋げるんじゃ…
……いや、ダメだろ。
ダメすぎるだろ、オレ。
一番中立じゃないといけない立場の立会兼審判が、一方に肩入れするだなんて流石に、ダメダメじゃないか。
危ない危ない、つい自分の立ち位置を忘れるところだった。それに次に希望を繋げちゃったりなんかしたら、決闘第二弾第三弾なんてことになりかねない。
まぁ、ユディットは可哀想だけどこれも社会勉強ってことで。シエルも(俺以外には)鬼畜じゃないんだし、そこまで酷いことはしないだろう。あんまり遣りすぎると、あいつ自身学院に居づらくなってしまうわけだし。
願うなら、ユディットもこれで自分の全てをぶつけ切って満足してくれないかなってところ。全力を尽くしてなお届かない高みを知り、シエルに対する蟠りを捨ててくれれば、そしてほら、殴り合いの喧嘩の後に親友になる的な流れで仲良くなってくれればそれがなによりだ。
そこのところはユディットの性格や生き方に左右されるものなので、ちょっとばかり自信がなかったりするけど。




