学校へ行こう。 第十三話 魔王陛下、またぞろトラブルに巻き込まれる。
週末の休みを終えた俺は、ひとまず地上界に戻ってきた。
今回の魔都イルディスでのテロは未遂だったし、その後の犯行もないし、犯人の手掛かりもなし。警戒態勢を強化する以外に出来ることもなく、則ち俺には何も出来ることはなく、いつそうではなくなるか分からないからこそ、今のうちに学校生活を満喫しておきたかったのだ。
…不謹慎と言うなかれ。現在のこの世界の安定は、俺の精神状態にも大きく依存してるのだ。下手にストレス溜めて鬱憤が爆発なんてしようものなら、マジで洒落にならない状況になってしまう。
いやいや、それにかこつけて遊びたいとか、そういうことを言ってるんじゃないよ?ただ、俺の精神の安寧は俺だけのためではないってことで…ね。
だから俺は、学校生活を平穏に過ごしたいわけだ。
平和に授業を受けて、平和に試験を受けて、ちょくちょく挟まれるイベントでクラスメイトたちとのキャッキャウフフな交流を深めたりなんかして、まぁ言ってしまえば自分を甘やかしてやりたいと思っていたわけだ。
しかしつくづく、世界は俺に依存してるくせに全然俺に甘くない。何だよそんなにアルシェが良かったのかよ気持ちは分からんでもないけどさ。
学校に戻った俺は、ここでもまたトラブルが勃発していることを知らされた。
とは言え、直接に俺が巻き込まれたトラブルではない…今のところは。
「ユウト様、大変なんです!」
「どうにかしてください、ユウト様!」
安息日の夕方に戻ってきて、寮に入ろうとした俺を数人のクラスメイトが呼び止めた。
なお、班員と一部の生徒は俺のことを呼び捨てにしてくれるが、大半は未だに様付けである。いくら学内で身分の貴賤は関係ないと言われても、特に貴族連中にそれを受け容れるのは難しいらしい。
「え、何?何かあった?」
いきなり縋り付かれて、ちょっと戸惑う。これが男子生徒だったら問答無用で引き剥がすのだが、女生徒にそんな乱暴は出来ないな、うん。
「もう、私たちでは止められなくて……先生がたも仲裁してくださったんですけど二人とも聞く耳持たなくて…」
「……だから、何?」
止めるって、何を?二人って、誰?
ていうか、教師連中に出来なかったことを俺に求めないでほしいんだけど…
「あれ、ユウト帰って来たんだ。大変なときに何処に行ってたんだよ」
向こうから、マルコが歩いてきた。こいつは呑気そう…というかなんだか面白そうな顔してる。
「ちょっと実家に。……で、何の騒ぎだよ」
「いやー、休みの間にちょっとトラブルがあってさ」
マルコが来たので、しがみつく女生徒を優しく離して俺はマルコと二人で連れ立って歩き出す。
歩きながらマルコは、トラブルとやらを説明してくれた。
「端的に言えば、シエル=ラングレーとユディット=クラウゼヴァルツの喧嘩、なんだけどね」
「あの二人が?喧嘩??」
ユディット=クラウゼヴァルツ。俺とシエルに次いで第三位の成績で入学した女生徒だ。クレムハイツというサイーアの北東にある国の出身で、国でも名だたる名門侯爵家のご令嬢…らしい。
班が別だしまだ一週間しか経ってないので詳しくは知らないが、第一印象を簡潔に述べるなら……典型的なラノベのヒロイン、かな。
強気でプライドが高くて自分にも他人にも厳しくて、実力もトップクラス。
…つーか入学早々にクラスきっての美少女とトラブル起こすとか、つくづくシエルの主人公体質が羨ましいやら恨めしいやら。あいつ、こんなところでまた一つフラグ立てる気かよ。
と言っても…シエルが喧嘩…ねぇ。あんまり実感が湧かない。あいつがムキになるのって多分、魔王絡みくらいだよね。言っちゃなんだが相当に格下の廉族相手に本気になるほど大人げない奴じゃない…俺と違って。
「で、何があったんだ?喧嘩の原因は?」
まぁ別に自分に関係ないならいいけどね。ただ、クラスの中がギスギスすると居心地も悪くなるし、出来ればみんな仲良く…とまではいかなくても当り障りのない関係を築きたいと思う。
「あー、うん。そもそもは、ロドルフォがルティエを侮辱したのが発端なんだけどさ」
ロドルフォ、というのはユディットの班員。で、ルティエというのはシエルのとこのあの猫耳娘だ。
というか、猫耳娘を侮辱する時点でロドルフォ、万死に値する。
「侮辱って…なんでまた」
「…………………?」
あんな愛らしいケモ耳を、愛でるのではなく侮辱するだなんて俺にはちょっと信じがたい。だが俺の素朴な疑問に、マルコは微妙な顔で固まってしまった。
「…おい、なんだよ」
なんでそんなマジマジ見るわけ?野郎に見つめられても嬉しくも何ともないんだけど。
「えっと……ああ、ロゼ・マリスではみんなそうなのかな?」
「だから、何がだよ」
「獣人種差別さ」
…………差別?
獣人種差別?え、地上界にも差別ってあるの?
俺の身近にも獣人は何人かいるけど、差別を受けてるような様子はないよ?一人は勇者2号の随行者として聖戦の英雄に名を連ねてるし、一人は七翼の騎士としてまた同じく。
それとも、あいつらが例外…てこと?
「差別禁止法が出来てからまだ二十年だからね。うちの国もそうだけど、保守的な国じゃまだまだ亜人差別は残ってるよ。マイノリティーに対するマジョリティーの独善って、ほんと虫唾が走るよね」
口調こそ軽いが中身は辛辣なマルコの言葉に、彼はそういう考えを嫌っているのだということが分かる。
「で、ロドルフォがルティエを侮辱して、それが切っ掛けでラングレーの班とユディットの班が揉めて、それで班長のラングレーとユディットが…」
「班長同士まで喧嘩かよ」
おいおいダメでしょ班長がそんなじゃ。班員同士の諍いを鎮めるのもリーダーの大事な仕事じゃないの?
「いや?決闘することになったのさ」
「………………………?」
……………って、はい?
決闘……決闘?シエルとユディットが?
班同士の諍いを止めるんじゃなくて、決闘?
「おいおいおいおい、どうしてそうなるんだよ。つか、誰も止めなかったのかよ」
「止めたさ、最初はね。けど、ユディットは烈火の如く怒りまくってるしラングレーも大人しそうな顔して全然引き下がらないし、売り言葉に買い言葉で引っ込みがつかなくなったユディットが決闘を申し出て、ラングレーがそれを受けちゃったってわけ」
……受けちゃった…って。
シエル、大人げないだろ。いや現代での実年齢はユディットもシエルも同じくらいなんだけど、あいつの人生経験は現存する生命体の中では魔王に次ぐんですけど?二千年前から転生を繰り返してるんですけど?
そんな、未熟な学生相手になにマジで相手してるのさ。
「僕たちだって、ヤバいと思ったよ。ユディットの剣幕だと何仕出かすか分からなかったし。けど、第一席と第三席のマジ喧嘩に僕らが口を出せるはずないじゃん。君がいてくれたらどうにかなっただろうけど、どこにも姿が見えなかったしさー」
……う、俺のせい?
いやいや、シエルとユディットの喧嘩なんて魔王が責任持つことじゃないでしょ。
俺とマルコは歩きながら話していて、俺はなんとなくマルコの行く先についていっている感じだったのだが、彼が足を向けたのは寮の食堂だった。
俺は実家で済ませてきたが、時間的には夕食時だ。
そしてマルコに続いて食堂に足を踏み入れた瞬間。
俺は、渦を巻く灼熱を見た。




