学校へ行こう。 第十一話 魔王陛下は独占欲が強い。
初めて足を踏み入れた訓練室は、思ったよりも広かった。
と言ってもせいぜい、二十畳あるかないか。対抗戦を想定した実戦形式の訓練は、野外演習場を借りるものらしい。ただそっちは数が限られてるから、訓練室以上に予約が取りづらい。
で、訓練室はどちらかと言うと基礎訓練とかミーティングに使われることが多い…とのこと。
「それじゃウルリカ。準備運動がてら、ちょっと手合わせしてもらおうかな」
「え………えぇえええぇえ!?」
気楽に言ったら、めちゃくちゃ慌てさせてしまった。
けど、二人しかいなくて手合わせもしないんじゃ、やることなくなっちゃうじゃないか。
それに、俺はまだ班員の実力の程をまるで知らない。
「そんなに気負わなくてもいいって。ウルリカの強さとか戦い方とか、知っておきたいだけだからさ」
「え…でも、その、あの、その………」
……うーん、何なんだろう。
手合わせ自体に怯えてる…っていうのとは違う感じがするんだけど。
第一、ウルリカだってあの入試を受けて入学したんだから、実戦が怖くて堪らない…ってわけじゃないだろうに。
…ま、いーや。彼女のペースに合わせてると日が暮れてしまうので、こっちのペースでやらせてもらうことにしよう。
「ほらほら、構えて構えて!」
「え、あ、あの、あの、ええと、その」
未だに戦槌を身体の前に抱えてモタモタしているウルリカに、俺は構わず斬りかかった。
「きゃ……!」
悲鳴は愛らしいが、しかし彼女の戦槌はしっかりと俺の剣を止めた。もたくさしてた割になかなかの反射速度じゃないか。
「ちょ…ユウト、待って…!」
「待たないよー。ほらほら、余所見してると危ないって」
休む隙を与えず、二撃目、三撃目。軽くフェイントを入れてみたのだが、これもきっちりと反応してくる。
……ふむふむ、動きは悪くない。
手加減しているということもあるが、彼女は俺の動きにちゃんとついてきた。
体格的にも性格的にも戦槌だなんてごっつい武器は彼女に似合わないと思ったのだが、どうしてなかなか様になってる。
武器を持て余してる感じもないし、武器に振り回されている感じもない。かなり馴染んでいる動きだ。
「ね、ねぇ、そんなに打ち込んだら、ユウトの剣…大丈夫なの?」
「へぇ、俺の心配してくれるなんてさては余裕だな?」
「そ、そんなわけじゃ……」
金属の塊…見たところ流石にアダマンタイトではなさそうだが…に剣で打ち込んでいるわけで、彼女が刃こぼれを心配する気持ちもよく分かる。
が、俺の愛剣(ギーヴレイが用意してくれた見た目は地味だが以下略)は地上界の武器程度に傷付く代物じゃない。なんてったって、キアとまともにぶつかっても壊れないくらいなんだから。流石に攻撃力では敵わんが。
しかし、余裕と言ったのもあながち冗談ではない。
少なくとも彼女に、俺の攻撃を受け止めるのでいっぱいいっぱいな必死さは見られなかった。
ただ、問題は……
「なぁ、いい加減反撃してこないの?このままじゃ訓練にならないよ」
「そ、そんなこと言ったって……」
彼女、全然反撃してきてくれない。ただ俺の剣を受け止めるばっかりで、ワザと隙を作ってもワザとそれを無視しやがる。
…ううーん……反撃しなきゃ危険だ、って思う程度に追い詰めてみる?けど、それでほんとに怪我させたら嫌だしなー…まだ実力が分かってない相手に、こちらとしてもどのくらい加減すればいいのか悩ましいところだ。
……うん、埒が明かないね。方法を変えよう。
俺が剣を降ろすと、彼女は心底ほっとしたように溜息をついた。
体力もまだ余ってるみたいだ。
「あの、私、素振りとか筋力トレーニングとかで…」
「そんなのは訓練室でなくったって出来るだろ?せっかくなんだしさ」
俺は、空中に幾つもの光球を生み出した。
魔導術式を装ってはいるが、当然術式ではない。
「……綺麗…!」
うんうん、女の子ってこういうの好きだよね。
赤、青、黄、緑、橙。淡い色彩の光球が躍るように彼女の周りを回る。
…別に色を分ける必要はないんだけどさ。なんか気分。こう、同じ色ばっかりじゃ見てて面白くないっていうか。
ウルリカは光の饗宴にうっとり見惚れているが、俺は別に彼女を楽しませるためにやってるわけじゃない。
「ウルリカ、こいつはただの光だ。当たっても別に痛くないし、何の効果も持ってない。ただ不規則に動き回る。こいつを、叩き落としてみてくれ」
「え…あ、はい!」
ウルリカは多分、人間相手だから攻撃に躊躇している。
班別対抗戦を始めとした学院の対戦系授業は多くが対人なのでそれでは困るのだが、考えてみれば彼女らは一般市民。実戦だってどれだけ経験していることやら。
それなのに人に向かって平気で剣を振り回せる方が寧ろ怖いよな。
ということで、人でも魔獣でもなく当たっても痛くも痒くもない光球にしてみたわけだ。その代わり、動きは不規則で予測が立てにくい。
ウルリカは俺に返事をすると光球に向き直った。そして、自分を翻弄するかの如く纏わりつくそれらに、戦槌を振りかぶった。
小気味よい音が連続して響く。
手応えが分かりやすいよう、光球には質量を与えてある。ウルリカの戦槌に真正面から打ち据えられ、次々と破裂していった。
……ふむ、やっぱり悪くない。
先ほどの手合わせでも感じたことではあるが、彼女、動き自体は決して悪くはないのだ。
試しに光球の速度を上げてみても、ちゃんと反応している。
近付いたり離れたり、突進してくるかと思いきや目の前で方向転換したり、光球の動きは実にトリッキーだ。ヴィンセントの使っていた【炎獄舞踏】を参考にしてみたのだが。
視野が広いし、目の前の光球の動きに惑わされることもないし、一つの標的に固執せず思考を切り替えるのも早い。あと反応速度が半端ない。
……うーん…これ、彼女、実戦経験者なんじゃないかなー。
光球の数を増やして速さももう一段階引き上げて様子を見ていると、徐々に彼女の息が上がってきた。
うん、そろそろいいかな。学生でこれだけ動ければ充分だろう。
最後の光球が弾けて消えて、俺は追加を生み出すことはしなかった。
「ほい、お疲れさん。やっぱいい動きするんだな」
「あ…ありがとうございま…ありがとう、ユウト」
タオルを手渡すと彼女はそれを受け取って礼を言い、額の汗を拭い取った。前髪が上がり、暗緑の瞳が露わになる。
………ふむ。ふむふむ、ふむ。
やはりな、思ったとおりだ。
「あ、あの……ユウト、何か?」
俺がマジマジと彼女を見つめていることに彼女も気付いた。他人の視線が苦手なのか戸惑い気味だが、最初のように怯えた感じはなくなった。
「ん、いやいや、何でもない」
しかし彼女のようなタイプに本音を伝えても困らせてしまうだけなので、俺は誤魔化す。こういうことを伝えるのは、もう少し親密になってからだ。
…そう、彼女は実際、なかなかの美少女だったりする。
人の視界に入りたがらないのと終始俯きがちなのと長い前髪でほとんど目が隠れてしまうのと、あとはオドオドした態度のせいで隠されてしまっているが、その素顔はとても端正だ。
何より、戦槌を振り回しているときの溌剌とした表情は、普段とのギャップも相まって見惚れてしまうほど。
うん、こういうのっていいねぇ。他は誰も気付いていない原石を見付けた気分。いかにもって感じの美人よりも特別感あるよね。
だから俺は彼女に、もう少し前髪を切った方がいいだって綺麗な瞳が勿体ないじゃないか、とかもっと背筋を伸ばして堂々としているといい君にはそれだけの魅力がある、とか、そんな野暮なことは言わない。
何も、好き好んで班員の魅力的であることを周囲に吹聴する必要なんてないもん。独り占めした方が気分がいいも……あ、本音が。
「ねぇユウト。さっきのは、魔導…なの?」
「へあ?あ、ああ……うん、まあね」
いきなり問いかけられて、少し慌ててしまった。まさかそこに着目されるとは。
「すごく綺麗だった。ああいう術式もあるの知らなかった。訓練用のもの…なの?」
「え?あ、うん、そう、まぁ、そんなとこ」
彼女、剣武科に入学した戦槌使いなのに魔導に興味でもあるのだろうか?
もしそっちの心得があるようなら、ちょっとヤバいかな。つつかれると、あれが魔導術式でないことがバレてしまう。
「そんなことより、そろそろ時間だから行こうか。カフェで今日の振り返りもしたいし、一緒にお茶でもどう?」
…しまった強引に話を逸らしたせいかベタなナンパみたいになってしまった。
しかしありがたいことに彼女はそういうことに疎いのか、他意を疑わずに頷いてくれた。
「うん、分かった。それじゃ、シャワー浴びてくるね」
パタパタと小走りに駆けていく彼女の後ろ姿に、俺が何を妄そ…想像してしまったのかは、賢明な諸兄らにはお分かりいただいているだろうが、どうかそこはスルーしてやってもらいたい。




