学校へ行こう。 第九話 魔王陛下はけっこう他力本願。
「グリードぉおー!!」
「うわ驚いた!いきなり何だねリュ…ユウト。それにそんな安易に執務室に“門”を繋げないでくれるかな、誰かに見られたらどうするつもりかね。私にも君にも立場というものが」
「もぉおやだーーーー!!」
グリードが何やら説教めいたことを言っていたのを遮って、俺は奴に泣きついた。
「シエルやだ!あいつ苛めるんだもん、苛めっ子なんだもんあいつと同じ部屋なんてやだーー!」
あれから三十分以上、ネチネチやられたんだぞ。いくら俺が忍耐強くて温厚で平和を愛する魔王だからって、あそこまでコケにされて黙ってるほどお人好しじゃない。
「……で、私に泣きつくわけかね、魔王の君が?」
「………う。で、でも地上界じゃ俺よりお前の方がブイブイ言わしてるし……」
魔王として地上界に干渉するつもりがない以上、俺なんてそこいらの公爵家のボンボンに過ぎない。
「だから部屋変えて!あいつと一緒の部屋なんて絶対ヤダ!無理!ストレスで禿げる!!」
「………………はぁ」
……むむむ、グリードの奴、俺がまるで幼稚な我儘を言う幼稚な奴みたいに呆れた調子で溜息をつきやがった。
俺は、至極当然の要求をしているに過ぎない……はず、なのに。
「既に学院で決定されたことに、私が口を挟めると思ってるのかね?」
「出来るだろ、お前なら!地上界のお偉いさんなんだし」
「…………そりゃあ、出来るよ。権力的には、問題なくね。だけど、君の立場を考えると……ねぇ」
……なんだよ、思わせぶりな言い方。
「俺の立場を考えるってんなら、部屋を変えてくれ!」
「知ってるかい、教導学院の生徒には、保証人が必要なんだよ」
「…………?」
グリードが、いきなり関係ないことを言い出した。
保証人?身元保証人ってこと?そりゃエリート育成校なんだから、身元も確かでない生徒は入学させるわけにいかないだろうけどさ。
「保護者…じゃなくて?」
「生計を一にする保護者、とは別に、身内でない者の保証が必要。大抵は、親の知人などに頼むことが多いが、君はそうするわけにはいかなかった」
…まぁ、それはそうだろ。
親の知人って……故リュート=サクラーヴァの知人ったって、まさかギーヴレイとか武王連中を保証人にするわけにもいかないだろうし……
……あれ?でもあの三人娘は?聖戦の英雄で信用度もめちゃ高いんだし、一人くらい俺の保証人になってくれたって良くない?
……あれあれ?もしかして俺、そこまで信用されてない……?
いやいや、そうじゃないよな。グリードが、あいつらに話してないだけ…だよな?
「君の言いたいことは分かるよ。しかし、彼女らに君が学校に通い出しただなんて言えるはずないだろう」
恐るべしグリード。俺の考えを完全に読んでやがる。なんだかずっとこの調子で、こいつの掌で踊らされ続けてきたような気がする。
「……まぁ、今さら学校だなんてどういうつもりだ?とか、騒ぎを起こすつもりか、とか、絶対文句言いそうだよな、特にアルセリア」
「絶対自分たちも通うと言い出すに決まってるじゃないか、特にアルセリア」
……………あ、そゆことね。
「まぁそういうことで、君の保証人は私ということにしてある」
「なるほどね。聖教会のトップなら、保証人としても文句なしってわけか」
「これは、非常に稀有な例なんだよ?」
………え、そうなの?
「けど、お偉いさんって色々とコネとか求められたりするもんじゃないの?」
学校だけじゃなくて、教会に属するときとか爵位を買いたいときとか就職したいときとかその他諸々、僅かでもグリードと接点を持つ者なら、彼の力を利用したいと思いそうなものだけど…
俺の考えの安直さに、グリードは肩をすくめた。
「君はどうも、余程そういう煩わしさから守られていたみたいだね…君の臣下たちに」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味だよ。確かに、私の権力を利用しようと近付いてくる者は数え切れない。が、だからこそそれには応じられない。……こういう言い方はあまりしたくないのだけど」
グリードは一旦言い淀んで、俺をマジマジと見てから続ける。
「地上界における教皇は、言うなれば魔界における魔王と同じなのさ。自分に置き換えて考えてごらん?」
……自分に置き換えて?
ええと、魔界で誰かが学校に通うってなって、俺が身元保証人に……ってこと?
「因みに、推薦人も私だ。で、地上界を席巻するルーディア聖教会の教皇が自ら推薦し、保証人にまでなっている生徒が、君なわけだ」
それは、魔界で俺が実力を認め忠義を保証し何かがあれば自分が責任を取ると明言する…ってことか。
多分、俺がそれをするとしたら武王たちくらいだろう。
息子は…まぁ、親の義務としてはそうするだろうけど、正直言って、あまりあいつの行動を保証したくない自分がいることは確かだ。
だってなんかときたま怖いんだもん、あいつ。
「それは、随分と特別扱い…だよな?」
「そのとおりだとも。当然学院は、推薦のことも保証人のことも知っている。彼らからすると、君は教皇から特別に目を掛けられている生徒なんだ」
……まぁ、間違いではないよね。
今までやってきたことの報い(良い方の意味ね)と考えれば当たり前のことだと思うけど、確かにグリードは俺に甘いところがある。
学校のこともそうだし、そのほかにも家を建てるときとか、食材調達のときとか。勇者連中を口実にしていたこともあるが、そうでなくとも多分、俺の要望は叶えられたことだろう。
「でもさ、だったら余計にお前がちょっと口を出してくれれば、学校だって部屋くらい変えてくれるんじゃ…」
「あのね、私にも立場があるんだよ?いくら自分が推薦し保証した生徒だからと言って、そう大っぴらに贔屓しているなんて思われたくないじゃないか」
「……あ、そう…?」
「確かに君とシエルが同室になるように道筋をつけたのは私だ。けどそれも、学院長と話をした際に、学年を牽引する主席生徒同士が同室ならば、互いに切磋琢磨してより一層の高みを目指すことだろう、と仄めかしただけさ」
……出たよ、こいつの掌握術。
面と向かって「こうしろ」「ああしろ」と言うのではなくて…いや、俺に対しては結構そういう傾向にあったけど…あくまで「自分はこう思う」「こうするといいんじゃないか」という体で、相手の行動を縛りやがる。
で、そう思わされた相手も、それが自分の判断だと思い込むわけだ。んでそいつには、教皇が自分に賛同してくれた、自分の意見が教皇に尊重された、自分凄い、という思いが残る。
グリード、恐るべし。
これは、自分が絶対的な権力を持っていて他者が自分に異論を持つはずはないと確信しているからこそ出来ること。
このオッサンはほんと、権力の使い方がお上手でいらっしゃる。
「それなのに、入学後すぐに掌を返したように「やっぱそれはなし」だなんておかしいだろう」
「いや、でもお前ならなんか上手いこと言えるんじゃ……」
「だから、それをして君の立場はどうなるってことだよ。私が君の推薦人兼保証人であることは一般には知られていないが、秘匿項目ではないからいずれは生徒たちの耳にも入るだろう。ただでさえ教皇に目を掛けられている主席入学者、さらに公爵家の人間。そんな君が、入学早々に本来はありえない部屋替えを経験したとなったら、クラスメイトたちはどう考えるかな?」
…………んー……やっぱり、贔屓?
「人というものは、自分の置かれた現状の厳しさよりも他者と比較した際の不公平に目を向ける性質がある。皆が我慢していることなら自分も我慢するが、皆が我慢しているのに誰か一人だけそれを免れるだなんてことがあれば、強い反発心を抱く」
「……なんか、分かる気もする…………」
校則とかも、結構理不尽で無意味に思えるものがあったりするけど大抵の生徒はあまり気にすることなく受け容れている。が、もし一人だけ校則違反をしても先生たちから何も言われずに好き勝手してる奴がいれば、そいつが余程の札付き不良でもない限り、他の生徒たちはそいつを嫉妬するだろう。
カーストによっては、学内犯罪が発生するかもしれない。
「だから、余程のことがない限り、私がこれ以上君の学校生活に関して干渉することは好ましくない。君が、教皇の身内だからって学院に特別扱いされている鼻持ちならない生徒、になっても構わないというならその限りではないが」
「そ………それはヤダ…」
「だったら、部屋くらい我慢したまえ」
……う……部屋での安寧を取るか、教室での安寧を取るか…だと?究極の選択かよ。
教室を含め学院内にいなければならないのが、平日の午前9時から午後3時までの六時間程度、部屋にいなければならないのが夕食後自主学習時間の午後7時から翌朝登校時間まで…だけど寝てる時間はカウント外とすれば就寝時間午後10時までの実質三時間。朝は忙しいからいいとして。
……六時間と、三時間…かぁ。
ほんとに嫌になったら魔界に逃げればいいしなー……シエルだって四六時中俺を苛めるわけじゃないだろうし…と思いたい。
「…………分かった、我慢する」
「聞き分けが良くて助かるよ」
…………いや、なんていうか、教皇に泣きついておいてこう言うのもなんだけどさ、それ、魔王に言う台詞じゃないからね。
なんか、もしかしたら…考えたくない気もするけど…グリードが俺に甘いのって、俺を子供扱いしてるから……とかじゃないよな。




