学校へ行こう。 第八話 魔王陛下、ルームメイトに苛められる。
グリードがシエルを俺の監視役に任命した狙いは、割とすぐに判明した。
中央教導学院は、全寮制である。
貴族の子女が生徒の中心ではあるが、それは学費と敷居の高さが理由であって、社会的身分で門戸が閉ざされるということはない。
でもって、在学中はたとえ爵位持ちだろうが或いは王族だろうが、皆平等に学院の生徒である、ということで、皆が平等に同じ環境で寝起きするわけだ。
…尤も、出自関係なく平等にっていうのはあくまでも表向きであって、実情はそうでもなかったりする。
で、寮は二人一部屋。日本の学校とかだったら別に珍しくもないだろうけど(寧ろ贅沢?)、貴族連中からすると一人部屋でないだけでも驚きかもしれない。入学時の説明で聞かされて戸惑っている顔がチラホラと見えた。
俺としては、別に二人部屋でも構わない。寮生活ってのはしたことないけど、修学旅行とかの延長みたいなもんだろ?どうしても一人になりたかったらこっそり魔界に帰るしさ。
それに、二人部屋と言ってもそこは流石エリート学校、寝室はちゃんと別になってる。
リビングスペースと風呂、トイレが共有で、二人部屋っていうよりルームシェアっていった方が適切かも。
なので、そこまでプライバシーが侵害されることもないし、文句を言う必要もそのつもりもなかったんだけど………
「なんだ、その目は」
「……………いや、なんか、予想はしてたけどね、うん」
……そう、予想はしていた。
あのグリードが、シエルにわざわざ俺の目付け役を言いつけてその後は放置、だなんてありえないって。
そもそも、剣武科一年は全4クラスある。それなのに、主席入学の二人が同じクラスに配属になるって、不自然だろ。
絶対、グリードの干渉があったに違いない。聖教会は学院の一番のパトロンだし、裏から手を回して俺とシエルと同じクラスにするなんて、朝飯前だ。
…と、いうことは。
「…やっぱ、お前と同室なのもあいつの仕業…だよなー」
「貴様を野放しにするべきではない、という点に関しては全面的に同意だ」
「………………」
グリードの奴、授業中だけでなくって学外でもシエルに俺を見張らせるつもりか。
入学初日、指定された寮の部屋に行った俺を待ち構えていたのは、ルームメイト兼お目付け役の、シエル=ラングレーだった。
「残念だったな、同室である以上、貴様の行動は筒抜けだ。言っておくが、門限は夜7時だ。連絡なく遅れた場合、即座に教皇に報告するから覚悟しておけ」
「いや、それおかしいだろ!この寮の門限は、夜9時!なんで二時間も差があるんだよ!!」
夜7時なんて、なんにも出来ないじゃないか!授業が終わるのが午後3時だよ?で、夕飯が6時から7時だよ?
7時以降外に出ちゃいけないってなったら、平日はマジで何処にも出掛けられない!
「寮の門限より部屋の門限が優先だ」
「何その謎ルール!?」
「このくらいしておかなければ、貴様のことだからすぐに女漁りに行くのだろうが」
………………は?
「ななななな、何を言う、誰がんなことするかよ!!」
「ふん、どの口が」
ちょっと、何だよこいつの不信は。
女漁りだなんて、俺を何処かのマルコと同列視しないでくれるかな。
第一、こいつは一つ大きな勘違いをしている。
「あのな、女漁りしたかったら魔界でやるっての。そうじゃなくて!俺が学生生活に求めてるのは、そんな情緒もへったくれもない出逢いじゃない!!」
力説してみたら、何言ってんだこいつって感じの物凄く冷たい視線が返って来た。しかし俺は、分からず屋かつもの知らずなシエルに教えてやらなくてはならない。
学生という特別な、短く儚いがゆえに一際光り輝く時代の、刹那の煌めきを。
甘ずっぱかったりすれ違いがあったり自意識過剰だったり挑戦したり挫折したりそれを克服してみたり恥をかいたり誇りを見付けたり、そういうことを人目を憚らずに目一杯楽しむことが出来る時間を。
隣のクラスのちょっと気になるあの子になかなか話しかけられなくてモダモダしたり両片思いだったり調子こいたら痛い目みたりそれを挽回するためにもがいてみたり夕焼けの海岸で殴り合いの喧嘩をした後に和解して親友になってみたり。
……ん、これはあれか、一言で青春って言葉で表せるか。うん、そうだよ青春。大事だよ、青春。
青臭いだなんて言うなかれ。俺は日本で、それを堪能する前に死んでしまった。シエルなんて、青春のせの字も知らなさそうじゃん。
ここはやっぱり人生?の先輩として教えてやらなくちゃ。
「いいか、シエル。いや、逆さ時計のエルゼイ」
「なんでそこわざわざ言い直した」
「いいんだよ演出にツッコむな。…いいか、シチュエーションっていうのはお前が思ってるよりもずっと重要なんだぞ」
「…お、おう……??」
イマイチ分かってない顔のシエル。これだから、堅苦しい教会騎士ってのは。
「グイグイ行くのも一つの道だが、それは学生のやるべきことじゃない。たとえばちょっとしたことで互いを意識するようになったり、相手の何気ない仕草が気になったり意外な面に惹かれたり、授業中の事故的なもので距離が近くなったりして、近付いたり遠ざかったりを繰り返しながら徐々に相手の存在が大きくなっていくような、そんなもどかしくも微笑ましいパステルカラーの毎日がだな」
「ちょっと待て何を言っているのか全く分からない」
……んもう。なんで分かんないんだよ、こいつだって十代の若者だろ?転生前の記憶があるって言っても、廉族なら精神と肉体の年齢は大体同じはずなのに。
「だーかーらー、ナンパとか婚活とは違うんだから、もっとこう、各種イベントを経てさりげなーく、だんだんと仲良くなってくプロセスが大事なんだろ?」
「……?…………???」
あ、こいつ駄目だ。全然分かってない。多分、そういうことを理解するタイプじゃない。
人生の半分…否、七割方を損してるタイプだ。
「……ったく、そんなんだから惚れた女に告白も出来ないんだよ」
「……………な!?」
思わずぼやいたら、シエルの奴、顔を真っ青にして焦り出した。
「な、何故それ……いや違う、何を訳分からんことを…」
「いーっていーって誤魔化さなくて。キアから聞かされてるもんね。全部知ってるもんね」
「………!!!」
ふっふっふ。俺にはシエルに対する切り札があるのさ。
キアから、教会騎士時代の話は聞いている。
キアとシエル、シエルの相棒の戦巫女のこと、そしてキアの親友であり今はヒヒイロカネと共にキアの中にいる少女のこと。
「お前、フィリエに告れなかったんだろ、結局?」
「き、貴様……何故彼女の名を……」
「だってまぁ、知らない仲じゃないし。人間時代のは知らないけど」
俺が知るフィリエは、既に幻獣と化しさらに本体から分離された幼体部分のみ。あの頃はキアのペットだとばかり思っていたし会話も出来なかったが、キア曰く、お淑やかで柔らかい雰囲気の愛らしい少女だったそうだ。
「まーったく、何が「地上界最後の護り手」だよ。カッコつけた呼び名の割に、惚れた女に告白一つも出来ないでやんの」
「う、ううううううるさい!!」
あーあ、ムキになっちゃって。
しかしこの手は使えるな。こいつを黙らせるには、フィリエのことを持ち出すのが一番か。
「つーかさ、いるんだよなー本命相手には臆病になって尻込みする奴。普段は勇ましいこと言ってるくせに、恋愛ごとには奥手かよ」
「…………………」
プププ、黙りこくっちゃったぞ。反論も出来ないんだな。
さーて、どう苛めてやろうかなー?
「そもそもさ、身体張って戦い続けてきたくせになんでそんなことに臆するわけ?人には女漁りがどうとか言ってるけど、それ自分のコンプレックスの裏返しなんじゃねーの?」
「………………ふ、ははは」
……ん、どうした?怒りで訳分かんなくなったか?
にしては、奴の笑いは随分と白々しい……
「貴様がそれを言うか、魔王よ」
「だから魔王て言うな!…………って、何が?」
あれ?なんでシエルの方が勝ち誇った顔してんの?攻撃はずっと俺のターンだったはず……
「本命相手には臆病に……か。己の姿を正しく見ることが出来ないのは、貴様も同じということだな」
「は?俺も同じ?て何言ってんのお前」
言いがかりも甚だしい。俺ほど自分を正しく客観的に見ている魔王はいないだろう。
「………ビビに、ヒルダ…だったか」
「…………!?」
いきなりなんだよ。彼女らが何だって?
「確か、ベアトリクス=ブレアと、ヒルデガルダ=ラムゼン…という名だと聞いたが、貴様は二人をそう呼んでいるな?」
「だ……だからなんだよ」
なんか、シエルの表情が怖い。
あれおかしいな、追い詰めてたのは俺の方じゃなかったっけ?
「……アルセリア=セルデン」
…………!?
ななな、アルセリアが何だってんだよ。何が言いたいんだよ。
「補佐役として常に行動を共にしていた三人のうち、二人は愛称で呼んでいたというのに…何故彼女だけは違う?」
「……え?」
何故って……だってそれは、
「いや、だって最初に愛称で呼んだら怒られたし。いきなりフォーク投げつけられたし」
考えてみれば随分と失礼な行為だよな。いや、初対面で愛称呼び、じゃなくて、いきなり人にフォーク投げつけるってのが。
「…ふん、最初に…か。だがその後は?二人の随行者のことは愛称で呼んでおきながら、神託の勇者だけはずっとそうしなかったのは、何故だ?」
「え、いや……だってそれは………」
言われてみれば……どうしてだろう。
ヒルダは最初からそう呼ぶことを許してくれた。ビビも、途中で許してくれた。あ、そう言えばいい加減付き合いも長くなったから…みたいなこと言ってたっけ。
だったら、アルセリアだって同じ立場なんだし、彼女の親しい者は皆、彼女のことを愛称で呼ぶし、俺がそうしたって別に不思議でも何でもない…よな?
だけど俺は、彼女をアルシーと呼んだことがない。
い…いやいや、でもあいつのことだから、なんか俺がそう呼んだらやっぱり怒りそうだよ。あいつはそういうタマだ。
あいつから許可してくれない限り、俺には…
「踏み込むのが怖いか?」
「…へあ!?」
踏み込むって、踏み込むって……何に?
「自分から距離を詰めて、拒絶されるのが怖いのだろう?」
「……………………」
……怖い?この俺が?
魔王であるこの俺が、アルセリア一人に拒絶されるのが、怖い……?
「な、何言ってんだよそんなわけないだろ!それにお前、呼び方なんてどうだって…」
「呼称は一つの指標だ。自分が相手をどう思っているか。相手にどのくらいを許されているか。相手にどのくらいを許してほしいと思っているか、或いは、どのくらいを許されていると自分で認識しているか」
…………相手に、どのくらいを許されているか……
俺はアルセリアに、どれだけ近付けたんだろう。
「……って、いやいや!その手には乗らないからな!言っとくけど俺、結構あいつらの内情に踏み込んでるもんね!過去とかトラウマとかその克服とか分かってるもんね!!」
シエルは、俺を揺さぶろうとしている。あいつらの名前を出せば俺が冷静でいられないと悟っているか或いはグリードにそう聞かされているか。
しかーし!
俺だって長年魔王やってきてるんだ。相手の狙いが分かっていてそれにほこほこと引っ掛かるほど、お間抜けじゃあない。
「分かり合う、許し合うというのはそういうことではなかろう」
「…………え?」
そういうこと…じゃないの?
あいつらは、俺にそれらを見せてくれた。俺が彼女らの一番深くて脆い部分に触れることを、許してくれた。
…そういうことじゃ……
「貴様の言うそれは、スタートラインに過ぎない。問題は、そこからどれだけ先に進めるか。貴様が彼女らの…彼女のことを知った上で、彼女がその先のもっと本質的な部分を貴様に許すか……いや、違うな。貴様が、彼女の深くに踏み込んでいく勇気を持てるか否か、だ」
………………。
なんでこいつ、わざわざ彼女ら(複数形)から彼女(単数形)に言い直したよ。
「…で、貴様は彼女の、アルセリア=セルデンの補佐役以上になれたのか?」
………う、それは……!
「そもそも、既に彼女は神託の勇者ではなかったな。となると、補佐役など必要なくなる」
………そう言われてみれば……!
「では貴様は、彼女の何なんだ?」
………俺は、彼女の…………
「彼女は、貴様が自分の何であってほしいと願ったことはないか?貴様は、彼女の何でありたいと願ったことは?勇者と補佐役という肩書の外れた今、望まなければ貴様はいつまでも「元・補佐役」のままだ。ただの知人レベルだな」
シエルが容赦なく切り込んでくる。
さっき冷やかされた腹いせか、とことん俺を追い詰めるつもりか。
「貴様もそれが分からないわけではあるまい。それなのに現状を打破しようとしないのは、彼女のことをただの知人としか思っていないからか?」
「いや、んなわけないだろ!」
「であればやはり、踏み込む勇気がないだけなのだな」
…………グサッ!
「彼女を親しげな愛称で呼んで、「お前にそこまでを許した覚えはない」と拒絶されるのが怖いのだろう?彼女が他者に許していることを、貴様にだけは許してくれないのが怖いのだろう?」
魔王からしてみたら非力で脆弱な廉族でしかないシエルの、勝ち誇った顔。
奴は俺を嘲笑うかのように…否、正真正銘、俺を嘲笑ってこう付け足した。
「……とんだ腰抜け野郎だ」
シエルは、ポンコツ勇者組とは違い本気で魔王を苛めてくるので、ダメージが大きいようです。
けどまぁ、彼の言ってることは間違ってはいない。




