学校へ行こう。 第七話 魔王陛下、隣の芝生が羨ましい。
各班、顔合わせは終わったようだ。
ヴァネッサ教諭の指示で、それぞれ固まって席につく。
…ああ、せっかく定位置を決めたのに。さらば俺の愛席。今日から俺は、別の席と共に学院生活を歩むのさ。
なんて阿呆な感傷はそこそこにしておいて。
剣武科一年生は、一クラス二十名。五名班が四つ出来る。
第一班から四班まで、班長は各班の入試上績者…則ち、第一席から第四席の生徒が任される。
第一班は、うちの班。班長は俺。第二班は同じく主席だったシエルが班長。で、第三班の班長は、マルコが目を付けていた第三席の女生徒だ。第四班は正直どうでも…本音はダメだな、えっと、なんかごつくて血気盛んそうな奴。ラノベとかだとすぐに噛ませ犬にされちゃう系。アクは強いのに影が薄いというか。
「さて、皆さんそれぞれに自己紹介は終わりましたか?これから卒業まで、苦楽を共にする仲間です。何事にも力を合わせてのるりきっ…乗り切ってください。当然のことながら、チームワークも評価ポイントとなります」
……力を合わせて…かぁ。合わせてくれるかなぁ、うちの班員。
なんかさ、班ごとの実力が同じくらいになるようにって話だけど、俺、問題児ばっかり押し付けられてるような気がするんだけど。
思わず、他所の班をチラチラ見てしまう。
シエルの班は………おいちょっと待てシエル以外全員女子だと!?
戦斧を携えてるベリーショートの快活そうな女生徒に、大人びた雰囲気のクールビューティーは…鞭使い…か?それと、すごく小柄な少女…武器が見えない。暗器使いとかだろうか。それと……
………え、えぇ?何それ、ズルい!!
だってシエルの隣に座ってるの………モフモフの猫耳!の!女の子!!
本物の!猫耳少女!!ああ、尻尾もゆらゆらしてる!可愛いぃい!!!
普尋人種に比べると獣人は数が少ないし生活圏も違うから普通に暮らしてる分にはほとんど接点を持ち得ないんだけど、まさかこの学校にいたなんて!
しかも、シエルの班だなんて!
ちっくしょー、いいな、いいなぁ!ズルい、羨ましい!
でもってシエルが全く平然としてるのが、ものすごく腹立たしい!!お前、今自分がどれだけの幸運に恵まれてるのか、分かってんのかよ!?
隣の芝生なのかもしれないけど、心なしかシエルの班員は全員、シエルに対して好意的な目を向けている。その反面、他のクラスメイトたちの冷ややかで疑わし気な視線が際立ってるのだが。
まぁ、どこの馬の骨やら分からないくらいの辺境の貧乏貴族出身のくせして、入試は満点で主席、それで班員が揃って美少女ばかりで好意を持ってくれるとあっちゃ、エリート貴族の子女に嫉妬の目で見られるのも無理はない…
…………ん?
このシチュは、もしかして………
シエル、あいつ…………主人公ポジじゃね?
「一年生最初の課題は、簡単です。班員との親睦を深め、チームワークを強化し、再来月に行われる第一四半期の班ぶつるっ…別対抗戦の対策を練りなさい」
遠くでヴァネッサ先生が何やら喋ってるのを尻目に、俺は考える。
だって、考えれば考えるほど……シエル、主人公要素盛沢山じゃないか。
試しにほら、俺と並べてみよう。
俺:公爵家次男。英雄の息子でエリート。容姿端麗文武両道(って自分で言うな)。あとなんかやたら強い。クラスのみんなからキャーキャー言われてる。出自といい成績といい、いかにもな優等生キャラ。
シエル:辺境の貧乏男爵家。実は現役遊撃士。やっぱり容姿端麗文武両道。あとなんかやたら強い。なぜか周囲から冷遇されてる。けど全然それを気にしてない。失われた古代の、神代魔法の遣い手。そして何より……転生者。
そう、転生者。二千年前の天地大戦において、地上界の最後の護り手と呼ばれた英雄の、生まれ変わり。過酷な運命を背負い、多くの仲間たちの想いを背負い、宿願を果たすべく現代に転生した聖騎士。
前世から引き継いだ能力で、現世でも無双なキャラ。
……ほら。並べてみると、一目瞭然じゃん。これじゃ俺、どう見ても主人公のライバルキャラじゃん。最初は周りからキャーキャー言われてるけど実は主人公の方が強くて何度か戦ううちに、パターン1…主人公の実力を認め良き仲間になるか、パターン2…主人公の実力を認めたくなくて卑怯な悪役になるか、どっちかじゃん。
でもってパターン1だと物語が進むうちにどんどん強い奴が出てきて影が薄くなるか或いは「ここは俺に任せてお前は先へ行け」的な感じで死亡者リスト入りするかだし、パターン2だとどう転んでもバッドエンド。完全な三下に成り下がってロクでもない終わり方をするか、ラスボスあたりに取り入ってロクでもない終わり方をするか。
なお、パターン3…最初はライバル後で親友になったけど実はその正体は魔王(或いは関係者)でラスボスでした…とかいうオチは洒落にならないので却下。
「対抗戦は、どのステージで行われるか直前まで知らされるり…ま、せん。そのため貴方たち学生は、あらゆる想定をしあらゆる状況に対応するべく準備を整える必要があります」
まだ、先生の説明は続いていた。
俺はとてもじゃないけど聞く気分になれない。
ええー、いいな、いいな、シエルばっかズルい。俺も主人公がいいー。
ポンコツ勇者に振り回されたりするんじゃなくて、美少女同級生に慕われつつ彼女らの危機を救ったり心を救ったりしてさらに好感度を上げていったりしたーい。
羨ましさのあまりシエルを見ていたら、向こうも視線に気付いてばっちり目が合ってしまった。
そのときの彼の表情は、なんていうか…
――――貴様の本性は知っている、妙な真似をしたらタダでは置かないからな。
…みたいな感じ。俺、すっかり疑われてる。
どうしてだろう、こんなに品行方正な魔王はどこを探してもちょっと見当たらないと思うんだけど。
っていうかさ、なんでグリードはお目付け役なんてシエルに言いつけたの?
俺、そんなに信用ない?そりゃ、一般常識について熟知してるとは言えないよ、地上界はホームじゃないし、この世界は地球とは違うし。
だけど、例えばちょっと気に喰わないことがあったからって辺りを吹き飛ばして終わりにしようとしたり、とか
ちょっと気に喰わない相手の因果を狂わせて存在そのものを抹消してしまう、とか
魔王チートで学院を支配して美少女生徒たちにチヤホヤされよう、とか
そんなこと考えるはずないじゃん。
……あ、でもチヤホヤってのはちょっと惹かれ………いやいやいやいや、そんなことしたら魔王討伐に神託の勇者が駆り出されること必至なので、それはある意味で俺の破滅を意味するわけで、やっぱりマズい。
確かに、今までもちょっとばかり感情的になってグリードに迷惑をかけてしまったことはあった。そこは認める。
けど、それは大体、身内…俺が特に大切に思ってる連中が絡んでのことであって、その誰もがいないこの学院じゃ、そういう展開になることはありえないだろう。
……だったら、何故グリードはわざわざシエルを遣わしたのか。
そもそも、シエルはあまり聖教会に好意的ではない。だが諸々の事件でグリードに借りというか負い目というかそういうものがあったから、従わざるを得ないだけで。
要するに、今回シエルが魔王のお目付け役だなんて引き受けたのは、グリードへの借りを返すため。
シエル=ラングレー…いや、エルゼイ=ラングストンという転生者は、グリードにとっても非常に有力な手駒である。
貸しがあるからこそ使える手駒なのに、こんな俺のお遊びに付き合わせるためにその貸しをチャラにしてしまうのは、勿体ない。というか、グリードらしくない。
あのオッサン、悔しいが俺なんかよりよっぽど深謀遠慮の持ち主だ。そして無駄なことをしない。あいつの判断・行動には、必ず理由と目的があるはずだ。
……なんか、考えるのが怖くなってきた。
いきなり学校に通いたいと言い出した俺の我儘をあっさり聞き届けたことといい。
そのくせ、普通の学校がいいって言ってるのに手配したのが剣武科だったり。
シエルほどの強者、しかも俺に対して好意的ではない…寧ろ敵意を抱いている奴を雇ってみたり。
…ううーむ……これは…下手につつくと藪蛇というか、余計なフラグを立てそうというか。
…………うん、これは、もうちょっと後で考えよっかな……。
猫耳モフりたい………




