学校へ行こう。 第四話 魔王陛下、新たな旅立ちに期待する。
なんでかな、どれだけ長く生きててもどれだけ多くを経験してきても、新しいスタートってのは特別感あるよね。
新たな旅立ち。ゼロからのスタート地点。ここに俺を知る者はおらず、ここで俺は何者になったっていい。貼られたレッテルとか背負い込んでる責務だとか周囲からの期待だとか要求だとか、そんなものは今此処にいる俺には関係ない。
それらは全て、今日この日から俺自身が作っていくのだから。
…なんて格好つけて臨んだ、中央教導学院の入学式当日。
やはり軍隊を意識しているのか、格式ばった堅苦しい式ではあったが、概ね悪くないセレモニーだったと思う。
…まぁ、学院長がゴリゴリの聖央教会シンパだったり訓示がやたらと聖教会を持ち上げまくってるものだったのには閉口したが。
宗教色が強いのには理由がある。
この学院は、特定の国や特定の組織が運営しているわけではないからだ。
次代を担う世界の指導者を選出する…とかいう意識高めのモットーを掲げ、世界各国からの出資で成り立っているのがこの学院。
なので、国家色は出せない。どうせ上層部では色々と力関係の模索があったりするんだろうけど、表向きは完全中立の国際教育機関。
その中で例外が、聖教会である。
この世界でルーディア聖教を信仰していない国は極めて少数。学院の運営に関わっている国は皆、聖教徒だ。
でもって、最大の後援者は聖教会だったりもするので、学院を一つに纏めるために持ち出される旗印は自然とそうなってしまうわけだ。
で、世界各地から集まったエリート候補たちと共に学院長の長ったらしい挨拶を聞かされて、来賓に教皇庁から大司教が来てたのには驚いたが(グリードの直属の部下らしい)、約二時間ほどの式を終えて、俺たち新入生はそれぞれのクラスへと案内された。
…へー、教室は結構広い。
一番前に教壇があって、それを囲むように半円状に据え置きの机と椅子が配置されていた。机は三人掛け。後列にいくにつれ、段状に高くなっていて、後ろの席でも教壇がよく見えるようになっている。
これは、あれかな…イメージ的には、大学の講堂…って感じ。
と言っても俺は、日本じゃ大学に行くどころか高校生活も一年足らずで終わってしまったわけで、実際の大学がどうなってるかなんて知らない。
……あー、キャンパスライフも楽しんでみたかったよね。今さら嘆いても無駄なんだけどさ。
実を言うと悠香と同じ大学に通うのが夢だった。だから高校入学の時点で、悠香が興味を持ちそうな学部を片っ端から調べて悠香が好きそうな雰囲気の大学を片っ端から調べて、綿密に受験計画を立てるつもりだったのだ。
それなのに、途中退場だもんなー……ほんと、ツイてない。
……いやいや、新しい門出の日にこんなこと思い出すもんじゃないな。
とにかく席につこう。
自由席らしいから……どこがいいかな。
正直、授業をそこまで真面目に受けるつもりはない(俺の目的は勉学じゃなくて学生生活そのものなのだ)。
かと言って、あんまり後ろの席だとやる気の無さを露呈するようで気が引ける。あと、案外後ろの席の方が教師に目を付けられやすいんだよね。
じゃあ最前列…と言いたいところだが、そこはやる気に満ち溢れている意識高い系のための席なので、遠慮しておこう。
……よし、中央からやや後ろ寄りの席にしよう。目立ちすぎず隠れすぎず。
こんなときに典型的な日本人気質が出るとは、自分でも意外だなー。
んじゃこの席とーっぴ。今日からここが俺の定位置だもんね。他の奴が譲ってくれって言っても駄目だもんね。
さてさて、移動時間はまだ少し余ってる。担当教員が来るまでに、クラスメイトと親睦を深めておこうかな……
「隣、いいか?」
「ん、ああ、勿論」
不意に声をかけられて、反射的に返事をした。男の声。野郎が隣ってのはちょっと不本意だが、断るのも感じ悪いし。
ここは一つ、友人一号にでも……
………………。
……………………?
……あれ?
「お前……エルゼイ=ラングストン!?」
そこにいたのは、二千年前の聖騎士にして転生者である、“逆さ時計のエルゼイ”こと、エルゼイ=ラングストンだった。
なななんで、こいつがここにいるんだ?俺の通う学校の、俺と同じ教室の、俺の隣の席に!?
つかこいつ、確か…遊撃士やってなかったっけ?それとも学生との兼業?あれでもここって新入生のクラス……
「シエル=ラングレーと呼べ。エルゼイ=ラングストンは過去の人間だぞ」
「あ、うん、ゴメン。………じゃなくて、なんでお前がここにいるんだよ?」
呼び方なんてどうだっていいだろう。こいつがシエル=ラングレーでエルゼイ=ラングストンなのは変わりないのに。
俺の問いに、エルゼイ…じゃなくてシエルは、ものすごーく険悪な目で俺を睨み付けてくれた。
「なんでも何も、貴様のせいだろうが、魔王」
「魔王とか呼ぶな阿呆」
こいつ、喧嘩売っとんのか。
「…ならば、ヴェルギリウス」
「喧嘩売ってんだな」
いちいち言い換えてそれって、ただの嫌がらせだろう!
「……チッ、呼び方などどうでもよかろう」
「よくない!すっごくよくない!寧ろ一番大事なこと!!てか今舌打ちしただろ、お前!」
……え、さっきと言ってること違うって?いやいやそんなことはない。
呼び方…他者に認識された名というのはそのものを定義づける非常に重要な要素なのだ。
こいつが俺を「魔王」と呼べば、俺は魔王なのである。しかし俺は、この学院において魔王であることを望まない。
なにしろ、今の俺は……
「俺は、ユウト=サクラーヴァ。この名前以外で呼びやがったら今度こそ魂ごと廃棄処分にするからな」
俺の剣呑な自己紹介にも、奴は怯む様子を見せなかった。今さら脅し文句には屈しないか。
……ん?そういやこいつ、今さっき…
「なぁ、俺のせいって、どういうこと?」
どうしてシエルがここにいるのが、俺のせいになるんだ?
俺別に、友達と一緒じゃなきゃ嫌だーとかワガママ言ってないよ?つかこいつ友達じゃないし。
シエルは特大の溜息をついた。グリードに同じことされても大して気にならないけど、こいつにされると無性に腹が立つのはなんでだろう。
「……教皇から指示を受けた」
「へ、教皇?てグリード?お前が?なんて?」
腹立たしそうに言うシエルだが、俺に腹を立てられても困る。グリードの命令ならグリードのせいじゃん。怒るならあいつに怒ってくれよ。
「貴様が学校に通いたがっていると。だが野放しにするのは危険だということで、このオレが目付け役を押し付けられた」
「………目付け役…?」
……って、グリード非道い!野放しにするのは危険って……俺を何だと思ってるんだよ!
………………魔王だね、うん。
いやいやそうじゃなくて、いやそうなんだけど、けどそういうことじゃなくって、あいつ俺のことそこまで信用してくれてないわけ?
俺、けっこう世界のために頑張っちゃったりしてたよね?あいつにだって貸しの一つや二つは軽-くあるはずなのに。あいつもそれを分かってるはずなのに。
俺の苦労、全否定っすか!?
「目付け役って、どういうことだよ。俺別に、物騒なことするつもりはないぞ?」
「…貴様は何も分かっていないな」
心底呆れた調子の中に苛立ちも混ぜて、シエルは再び俺を睨み付けた。
「貴様はそのつもりかもしれんが、貴様の思う物騒と世間一般で言う物騒とでは相当の差異がある。貴様は、自分が何者なのかをもっと自覚しろ」
「…………そんなん分かってるし」
むむむー……やっぱ腹立つな、こいつの物言い。俺に対して敵意を隠そうともしていないからか。
「腹を立てるのは図星だからか」
「違うね!図星なんかじゃないもんね!!」
別に俺、自覚ないわけじゃないもん。ちゃんと魔王としての自覚あるもん。ちゃんと魔界のことも、世界のことも考えてるし、仕事だってギーヴレイにせっつかれてるからだけど言われたことはきちんとこなして…………
こなして…る……もん。息子にやらせてるのは、あれは押し付けてるんじゃなくて任せてるってやつ。あいつの成長のために、敢えて苦労をさせてるだけで……
「……なんだよ、その目は」
シエルの俺を見る目がものすっごく冷たい。侮蔑まで含まれてるのは気のせいか?
「…いや、自分が悲しくなってきただけだ、気にするな。とにかく、貴様が学生たちを相手にとんでもないことをやらかさないように、監視が必要だと教皇は判断した。それには学院の中で貴様の近くにいる必要がある」
「あー…だからお前が指名されたわけね」
実に不本意だが、魔王の監視役ともなると誰でもいいわけではない。
実に不本意だが、万が一魔王がトラブルを起こすようなことがあれば、それを止められるだけの実力を持っていて、なおかつ周囲に知られないように学院に潜入することの出来る者。
実力に関して言えば、本当の意味で魔王を止められる者なんていないわけだけど、お遊び程度の学校生活ならば地上界の戦力でもなんとかなる。
神託の勇者連中とか、行き過ぎたおふざけを止めるくらいならば第一等級レベルの遊撃士とか、七翼の騎士の連中とかでも大丈夫じゃないかな。
ただ、勇者連中は学生として潜入するのは難しいだろうし、俺のことを知っていて年齢的に学生でもおかしくないシエルに白羽の矢が立った……ということね。
……まぁ、シエルにしては面白くはないだろうな。
ただでさえこいつは俺のことを嫌って…いや、憎んでいる。他の連中と違って、俺のことを信用していない。
いつか本性を現して暴虐の限りを尽くすのではないか、と疑っているフシがある。
それなのに監視役を言いつけられて、だからこそ監視役を断れなくて、嫌々ながらもその命令を受諾したんだろう。
気持ちは分かる。分かるけど……
それを俺のせいにされるのは、こっちとしても面白くない。
…が、こいつも好き好んでここにいるわけじゃないし、ある意味では被害者と言えるのだろう(あの狸親父の)。
せっかく同じ学校の生徒になったわけだし、少しくらいは仲良くしとこうかな。俺に対する誤解も解ければありがたい。
「ま、何はともあれ俺たちはクラスメイトになるわけだな。一応、よろしく頼むよ」
「………………」
「……なんだよ」
なんでそんなにジロジロ睨むんだよ。俺の顔に何かついてるか?
「……その姿……まさか」
「ああ、これ?うんそのとおり。ハルトの躰を借りてる。で、あいつの双子の弟って設定な」
「…………………」
だからなんでそこで黙りこくるんだ?
あれか、友人の躰を勝手に使われるのは面白くない…とか?
けどいいじゃん、俺は父親なんだから。
「………貴様は、いつもそういうことばかりしているのか」
「そういうことって?」
「そういうふざけた真似ばかりだ。貴様は魔王としての自覚が」
「だから魔王とか言うなって!いいんだよ自覚なんて必要ないんだから!!」
俺はシエルを無理矢理黙らせる。
周りに聞かれたらどう誤魔化すつもりだよこいつ。
……あれ、もしかして誤魔化すつもり、なかったりする……?
せっかくの学生生活スタートの日なのに、さっそく暗雲が立ち込めているような気がしてならない。
リュートとシエルの絡みはけっこう新鮮です。彼は魔王に好意的じゃない作中キャラにしては珍しいタイプですので。




