学校へ行こう。 第三話 魔王陛下はすぐに言いくるめられる。
「おいこらグリード!聞いてないぞこの野郎!!」
「おやおやリュ…じゃなくてユウト、藪から棒になんだね」
試験の三日後。
俺は、ようやくグリードの野郎をとっ捕まえた。
ルガイアに命じて奴の予定を全部把握し、僅かな隙間時間を見付けて突撃したのだ。
今日の今日こそ物申してやる!俺は物申す魔王なんだ!いつも狸親父の掌の上で踊らされるばかりだとは思うなよ。
「しらばっくれんな!お前、俺が普通の学校がいいっつってんのに、剣武科とか訳分からん学科の手配をしやがって!」
「何を言っているのかね、剣武科はごく普通の学科だよ?」
…………へ?
「あ……そうなの?」
「そうとも。君は地上界の風習には疎いかもしれないけど、普通の学問のみなんて平民は教会主催の寺子屋で行うし、貴族の子女は家庭教師を雇うからね」
そ……そんなもんなのか…?
「学校生活…則ち集団生活の中でしか得られない知識・技術を学ぼうとするのは、自然と集団に属すことを念頭に入れた学徒たちということになる。基礎学問を習得したいだけなら個人教師を雇うけど、そうするかい?」
「い、いや……別にカテキョーに教えてもらいたいわけじゃ……」
その家庭教師が美人教師だったらそれでも……ってそうじゃない。それなら魔界でも雇えるっつの。
「け、けど剣武科なんて、荒っぽいことばっかやるんだろ!」
だから試験が実技重視なんじゃないか!
普通だったら、一次で学科、二次で実技とかそんな感じのはずだろう。
実際、試験はあれで終わりではなかった。
その後も体力測定みたいなのとかもあったし、一応は筆記も。
ただ筆記に関しては、レポートのみ。テーマは、王権と近代国家の在り方、という実に曖昧なものだった。
学院が何を求めているのかは知らないが、とりあえず魔王としての経験と日本人としての知識を適当に混ぜ込んで用紙を埋めておいた。
学者ならまだしも、学生…しかも入学前の…にそんなこと聞いたって建設的な意見が出るとも思えないし、形だけを整えておいたようにしか思えない。
どう考えても、メインは実技だ。腕っぷしだ。となると学院が生徒に求めるのも腕っぷしだ。
「それは誤解だ。国家騎士や教会騎士を目指す若者たちが、腕っぷしだけ重視するわけないじゃないか。試験はあくまで、学院生活で最もハードな部分を耐え抜く基礎能力があるかどうかを見るためのもので、入学してからは寧ろ社会学や法律、士官向けの部隊指揮の方がメインだよ」
…………そうなの?
部隊指揮とかそういうのは要らないんだけど………
「君が剣武科は嫌だというのなら、今からでも魔導科に編入するかい?あちらは基礎にせよ応用にせよ研究がメインだから、魔導基礎理論だとか術式構築とか座学が九割方だよ」
「い、いや……小難しいのは…ちょっとやだ」
だって俺、魔導理論なんて何がなんだかさっぱり、だもん。
そんなんで試験受けさせられたりレポート提出させられたりなんて、嫌だ。遊ぶ余裕がなくなってしまうじゃないか。
「そうだろう?私としても、君は体を動かす方が性に合ってると思って剣武科を選んだわけだ」
「そ……そっか」
俺に良かれと思ってのことだったら、我儘言うのも悪い……のかな?
「最初の印象と実際とが違うことなんてよくあることなのだから、先入観に囚われずに一度体験してみるといい。きっと多くを学べると思うよ」
「……そう、かな?それなら…………まぁ、いっか」
うん、先入観は良くないよな。実際に経験してみれば、案外楽しいかもしれないし。何も知らないのに最初から駄目だと決めつけるのも学院に失礼ってもんだよな。
……言いくるめられたわけではない。わけではないからな!
俺は、他人の意見に耳を傾ける誠実な魔王なのだ。
まぁいいさ。卒業までの数年なんて、それこそ悠久の時を生きてきた俺にとっては瞬き一つと変わらない。もし選択が間違っていたとしたら、またやり直せばいいだけのこと。
「そうそう、丁度制服も届いたばかりだよ。一度着て合わせてみるといい」
まるでグリードは、俺が今日ここに来ることを予想していたかのようだ。いやまさか、いくらこいつでもそこまで俺の行動を把握……してたりするのか?だったらちょっと怖い。
奴に手渡された制服は、白を基調とした鋭角的なデザインだった。やっぱ騎士っぽい。因みに魔導科は黒基調らしい。
イメージとしては分からなくもないけど、実際には剣武科の方が汚れるよね。汚れが目立たない色の方がいいよね。汚れなんて気にしてたら国を率いるリーダーなんて目指せないのかもしんないけど。
どれどれ……ふむ、悪くない。いつだったか、アルセリアたちに付き合わされてお偉い連中とのパーティーに出席したときの衣装に雰囲気が似ている。
「ほぅ、似合うじゃないか。やはり魔王だけあって品位があるね」
「ふふん、だろ?ま、素材がいいからね。何着たって様になっちゃうんだよね、俺」
…こんなことアルセリアたちに聞かれた日にゃ、思いっきり白けた侮蔑の視線をぶつけられるに違いない。
が、グリードはそこんとこ弁えていて手放しで褒めてくれるもんだから、気分がいい。
……いや!そんなこんなで誤魔化されてるわけじゃないからな!!
なんだか釈然としない部分があるようなないような…だが、何はともあれ俺は晴れてこの世界でも学生の身分を手に入れた。って合格発表はまだだけどまぁ合格してるよね確実に。
ふっふっふ。あの世話の焼ける勇者組とも堅苦しい魔王仕事とも無縁の、学校生活だ!モラトリアムだ!責任はなくて自由はそこそこの、一生のうちで一番楽しい時間だ!!
目一杯楽しんでやる。世界の危機とか国家の危機とか天界の横槍とかあっても絶対無視するからな。
高校を卒業出来なかった桜庭柳人の無念を、ここで晴らしてやるのだ!
この、リュートがグリードにいいように言いくるめられるパターン、好きです。




