学校へ行こう。 第二話 魔王陛下はすぐ木に登る。
入試当日。
俺は、指定の入試会場へとやって来ている。
……が。
なんか、いやーな感じ。
俺、またあのおっさんに騙されたんじゃないだろうか。
なんでかって、なんで持ち物に「使い慣れた武器」ってあるんだよ。
おかしいだろ。遠足で「履き慣れた靴」とかいうのとは違うんだぞ?百歩譲って、「使い慣れた文房具」とか「使い慣れた電卓」とかそういうのなら分かるけど!
グリードを問いただしたい気分で一杯だが、何故かここ最近あいつはやたらと忙しくてまともに相手をしてくれない。逢いに行っても、「今は立て込んでいるからまた後で」とか言ってすぐに行方をくらませやがる。
まぁ、遊撃士なんて職業がある世界のことだから、護身術程度は普通の学校のカリキュラムにもあるかもしれないし、体力測定的なものがあったりするかもしれないと考えて、とりあえずはいつもの愛剣(ギーヴレイが持たせてくれた見た目は地味だが地味に凄い魔剣)を携えて、会場入りしたわけだが……
グリードが手配してくれた学校は、「中央教導学院」という。
貴族の子女が集まる学び舎らしく、俺としては平民向けの学校の方がありがたかったのだが、残念ながらこの世界に平民向けの学校というものはほとんど存在しない(寺子屋程度のものくらい)。
さらに公爵家の次男坊が通うとなったらそれなりに格式の高い学校じゃないとダメだとのことで、グリード曰く中央大陸で一番のエリート校をあてがわれてしまった。
……ふむ、集まってる受験者は同年代ばかりか。
義務教育というものがない世界なので多少の年齢の差はあるそうだが、ほぼ十代半ばの少年少女。貴族らしく、凛とした面持ちが多い。
でもってみんな、それぞれに剣だとか槍だとか戦斧だとかメイスだとかを手にしている。
遊撃士みたいに猛者揃い!って感じではなくてどちらかと言うと運動部の学生!って初々しさはあるけれど……
……やっぱり、普通の学校の入試には見えない。
しかしまごまごしているうちに、試験の時間が来てしまった。
係員の案内に従って俺たち受験生は、何やら大きな建物の中へ。
受験番号順に整列させられて(整列なんて久しぶりだ)、試験官から注意事項を言い渡される。
「受験生諸君、よくぞ集まってくれた。君たちは今日、栄えある中央教導学院の門戸を叩いた。この中から、未来の指導者、未来の英雄が生まれることと私は期待している!」
……おーい、試験官さーん。なんか入試じゃなくて入隊試験みたいな訓示やめてくんない?
「受験番号が0から始まる剣武科の受験生は右へ、9から始まる魔導科の受験生は左へ進むように。今日この日のために鍛え上げた腕を、我々教員に示してくれたまえ!!」
『はい!!』
…うを!ビックリした!なにみんなしてノリよく返事してんの?そういうお約束?てかこれじゃ本当に軍隊みたいじゃないか!
………ん?
…………剣武科?
…………魔導科?
…………なにそれ。普通科とか英語科とか商業科とか工業科とかじゃなくて?
なにその、来たれ剣と魔法の世界へ!みたいなフレーズの似合いそうな学科は。
戸惑っているのは俺だけのようで、他の受験生たちは心得たとばかりに二手に分かれた。
俺も慌てて自分の受験票を見てみたらば、そこにある番号は059。
……0から始まるってことは、俺…剣武科なわけね?
……だから、「使い慣れた武器」なわけね?
ああああああ!やりやがったなあのクソ爺!!
俺があんだけ「普通」って言っといたのに!これ絶対、騎士とか魔導士の養成学校だ!そりゃ確かに貴族って言えば将来役人か騎士か宮廷魔導士ってのが相場らしいけど!
「普通」じゃない!こんなの、絶対俺の望む「普通」じゃない!!
嵌められた!なんつー嫌がらせだグリードの奴!
俺に何の恨みがあって、こんな嫌がらせをしやがる!?
「おい、そこの君。早く行きたまえ!」
「え、あ、はい!」
……いかん、染みついた学生の習性(教師に言われたら何も考えずとりあえず返事をしてしまう)が…
くっそー、仕方ない。今さら「ボクこんなとこ受験するつもりなんてありません!」なんて恥ずかしい真似が出来るか!
後でグリードには散々文句言ってやる!絶対文句言ってやるからな!!
ひとまずは大人しく試験を受けることにした俺は、右の通路を進んで練武場へ。
……練武場。
ほら、やっぱり。どう見ても、これから実技試験ですって感じの空気だよ?
げんなりする俺とは裏腹に、他の受験生たちは熱意と希望に満ち溢れた表情をしていた。若者はいいねぇ全く。
俺はこういう荒事、いい加減飽きてるんですけど。平和で平穏な学校生活を送りたいんですけど?
あー…どうしよっかな。テキトーに手を抜いて、ワザと不合格になろうかな。だって合格したって、国家騎士を目指すつもりなんてないもん、俺。
ここを落ちた後、次はグリードなんかに頼らないで自分で学校を探して願書出そうかな、そうしようかな。
……うん、それがいい。そうしよう。
こんな子供のおままごとに付き合うのは時間の無駄だ。
見てると、試験は遊撃士のものととてもよく似ていた。
人工的に繁殖させた魔獣を倒す、という内容。
魔獣のレベルは低い。実戦もまだなくらいの子供が受ける試験なわけだから当然だけど、ただし実力差も考えて三段階にレベルが分けられている。
戦いぶりを試験官が見て、問題ないと判断された受験生は上のレベルの魔獣とも戦わされている。
それでも安全は十分に考慮されているので、ほとんどの受験生は一番低いレベルで試験を終えていた。
別に勝敗が問題なのではなくて、戦いの技術だとか向き不向きだとか戦いにおける考え方やタイプ(近接だとか遠隔だとか)を見極める意味合いが高いようだ。
……ふむふむ、だったら一番低いレベルの奴にテキトーに手こずってみせるかな。どの程度で不合格になれるかは分からないけど、とにかくグズグズしてたら見限ってもらえるだろ。
…と思ってたわけだが。
もしかしたらグリードは、俺がそう考えることすらも、計算のうちだったのかもしれない。
或いは…俺の性格を完全に把握し行動を操るくらいワケない…と、そういうことだったのかも。
「次、受験番号059、ユウト=サクラーヴァ!」
試験官が俺の番号と名を呼んだ瞬間だった。
周囲が、瞬時にざわめいた。
…え、え?なに?俺なんかした?まだ何もしてないよ?
なんか、ハンパなく注目を浴びてるんですけど?
そのとき俺の耳に飛び込んできたのは、ざわついている他の受験生たちのヒソヒソ声。
「……おい、サクラーヴァって言ったか、今?」
「え、それってもしかして剣帝閣下の…」
「そういや、あそこのご令息が今回受験するらしいって噂を聞いたけど…」
「噂じゃなかったのか…」
……あら?あらあら?
ちょっと、ちょっとちょっと何ですかその、期待と称賛の眼差しは。ちょっと気分良くなっちゃうじゃありませんか。
しかも試験官まで。
「剣帝閣下のご子息か。しかし、試験は公平に行われる。御父君の顔に泥を塗るようなことはないように」
…とか、付け足してくれちゃったりして。
ううーむ……これ、情けない姿晒すわけにはいかなくね?
そういや俺、地上界じゃ剣帝とか呼ばれてるんだっけ。
いくら息子に扮しているとは言っても、自分で自分の名声を貶めるのは……
「……始め!」
内心でうだうだと考え込んでいると、試験官の合図が聞こえた。
その直後、檻から放たれた一匹の魔獣。
………あ。
決心がつかないままに、襲い掛かってきたそいつをほぼ無意識に斬り飛ばしていた。
しまった……流石に瞬殺はやり過ぎた。
いくら低位魔獣と言っても魔獣は魔獣、それを何の躊躇いも恐怖もなく斬った俺に、周囲のざわめきは一際大きくなる。
「すごい…一撃だなんて」
「やっぱり、英雄の息子だけあるな」
「ねぇ見た?とても綺麗な剣筋だわ」
…えー、いやぁ、それほどでもありますけどねアハハハ。
まぁ、この俺にかかればこんなの、朝飯前どころか寝ながらでもラクショーだったりしますよ?
「…ほう、流石だ。ならば次、こいつはどうだ?」
おやおや、次のレベルですか?
けどまぁ、所詮は脅威度2か3の低位魔獣でしょ?言っておくけど俺、第三等級遊撃士ですよ?つか、剣帝って呼ばれた英雄ですよ?世界救っちゃったりもしたことあるのよ?
こんな雑魚、何千体いたって敵じゃないっつの。
「おい、次も瞬殺かよ…」
「剣に迷いがない。彼は相当に戦い慣れてるに違いない」
「格好いい……」
ふははは、そうかそうか。格好いいか。そうだろうそうだろう?もうなんだったら、ここにいる魔獣全部連れて来てくれても構わないんだぞ?
「次が最後の魔獣だ。心するように!」
…心する?そんな必要ないって。
あ、こいつ小牙狼ってやつだよな?脅威度4じゃん。雑魚じゃん。
「凄い、小牙狼まで…」
「なぁ、彼は学院に通う必要なんてあるのか?」
「やっぱり、英雄の血筋ってのは違うわね……」
いやー、あっはっは。
こんなの戦いのうちにも入らないね。
ま、こんなの分かり切った結果ってやつ…………
「素晴らしい!全ての試験を満点で終えるとは、流石だ、ユウト=サクラーヴァ!」
…………あ。
ししししししししまった!!
つ、つい調子こいて……やっちまった……!
「あ、いえ、その先生、なんだかこの魔獣たち調子悪くありませんでしたか?ほら、飼育状態とかで弱ってたりしたのかも…」
俺、こんなところで国家騎士目指すわけにはいかないんだよ?
俺には、キャッキャウフフなスクールライフが待っているはずなのに……
「謙遜はやめたまえ。公正を期すために試験には注意を払っている。君は素晴らしい結果を見せたのだから、もっと胸を張っていいのだよ」
「い、いえ…謙遜とかそういうのではなくって……」
こら試験官、汲み取ってくれ!そんな至極満足、みたいな顔で頷いてるんじゃない!
あと周囲の連中も!褒めてくれるのは正直嬉しいけど(あ、本音が……だってあの勇者連中俺がどんだけ頑張っても全然褒めてくれないんだもんヒルダは別だけど)、あんまり持ち上げないでくれ。
このままじゃ俺、家柄も良く腕も立つがそれをひけらかさないナイスガイみたいな位置づけになってしまう!
…多分それ、魔王のキャラじゃない。
しかし時既に遅し。覆水盆に返らず。
俺は、誰もが認める好成績で試験にパスしてしまった。
クソ、どうしてこうな………あ、いや、調子に乗りやすい自分の性格のせいだよね。それは分かってるよ、うん。おだてられると木に登っちゃう魔王で悪かったな。
こうなったら、直談判だ。
グリードの野郎に文句を言って、波風立たない形で入学を辞退してやる。
そうしてやるんだからな。
どんだけ俺を言いくるめようと無駄だからな、グリード!
小物感満載な魔王です。




