学校へ行こう。 第一話 魔王陛下は目的のためには手段を選ばない。
番外編第二弾でございます。気楽に楽しんでいただければ幸いです。
時間系列的はあんまり気にしないでください。一応は、追放されたギーさんが魔界に帰ってきた後ってことになってますがそっちもまだ途中なので……
冬の厳しさも緩み始めた、とある小春日和。
俺ことリュウト=サクラバ…或いはヴェルギリウス=イーディア…は、ルーディア聖教会教皇グリード=ハイデマンのもとを訪ねていた。
「よーっす、グリードいる?」
奴さんの執務室に直接“門”を繋げていきなり顔を出した俺に、グリードはひどく驚いたようだった。
「ハルト!?……じゃなくて…リュートか?どうしたんだね急に」
「おう、よく分かったな」
実は今、俺は息子であるハルトの躰を借りている。それにはちょっとした理由があったりするのだが…
「君がその姿をしているということは、ハルトは…?」
「ああ、大丈夫大丈夫。あいつには俺の躰を貸してるから」
息子にはちとオーバースペックかもしれないが、大は小を兼ねるというからまぁ問題ないだろう。俺は流石にちょっと動きにくいけど。
気楽に答えた俺に、グリードはなんだか冷ややかな目をした。
なんだなんだ、俺、何かした?
「リュート、まさか君…」
「いや!いやいやいやいや。そんなわけはない。まさか仕事をあいつに押し付けて自分はサボろうとか、そんなことを考えているわけじゃない!」
そう、そんなわけはない。俺が、そんなセコいことを考えるはずないだろう。
「ただなんてーの、まぁあいつにも勉強が必要っていうか、ほら、いずれ俺の代理とかもこなしてもらわなきゃなわけだろ?」
「……………」
「それにあれだよ、きちんと仕事してるところを臣下にも見せつけることで、あいつ自身も主として認められたりとか」
「……………」
「それによってあいつ自身にも主としての自覚が芽生えたりとか、ね?」
「……………」
……あれ、おかしい。グリードの表情がどんどん冷ややかになっていく。
俺、何か間違ったこと言ったっけ?
しかしグリードはそれ以上追及はしてこなかった。代わりにこれ見よがしに大きな溜息をついてみせると、
「はぁ…。まぁ、家庭のことに口を挟むつもりはないよ……それで、今日は何の用だい?」
そうそう、忘れるところだった。
俺は今日、グリードにちょっとした頼み事があって来たのだ。
「うん、あのさ、学校に行きたいんだけど」
「……………?」
次はグリード、硬直してしまった。
あれ、やっぱり俺、何か変なこと言ってる?
「学校……学校?」
「うん、そう学校。なんか最近、勇者とか魔王とかが学校に行くの流行ってるみたいじゃん?」
「すまないちょっと何言ってるのか分からない」
あれあれ?なんでかグリードと意思疎通が上手くいかないぞ?他人の胸中なんて簡単に読み取る狸親父のくせに、なんで俺の言いたいことが分かんないんだよ。
「まぁそれはさておき、俺さ、前の人生じゃ高校の途中で死んじまったし、こっちの世界じゃ学校なんて行ったことないしさ。この世界で「当たり前の」「普通の」生活をしたいってのが今の人生の目的なわけで、それにはやっぱ学校に行ってみなきゃって思って」
これは本当。
俺は、この世界でも「普通」を楽しみたい。だが残念なことに、今までは「普通」とは少々かけ離れたことばっかりやっていた…つーかさせられてた。
魔王仕事はまぁ、魔王だから仕方ないにしても。
……勇者の補佐役なんて、絶対「普通」じゃないよね。
結局、俺がこの世界で果たした「普通」っぽいことと言えば、我が家を建てたくらいだ。遊撃士ってのも、決して「普通の」仕事とは言えないみたいだし。
出来れば、学校に行って卒業してありきたりな職業に就いてみたい。
別にそこで魔王チートで無双するわけじゃなくって、ほんとに平平凡凡な感じのことをしてみたい。
ってそりゃ、学校生活の全部が普通ってわけじゃないかもしれないけど、少なくとも俺は女生徒の恋心を踏みにじって首を落とされるようなヘマはしないからそんな心配はいらないわけで。
「……それで、学校に行きたい…か」
「そうそう。地上界には学校あるんだろ?けど俺、戸籍とかあるわけじゃないから、そこんところ手を貸して欲しいって思ってさ」
俺が地上界で持ってる身分証明的なものって、遊撃士資格だけである。
だがこれまた残念なことに、公的記録では「リュート=サクラーヴァ」は故人なのである。“聖戦”で、世界を救って殉じてしまっているのである。
けどまぁ、グリードだったら身分の一つや二つ、簡単に偽造出来るだろ。なんせ、世界宗教の一番お偉いさんなんだから。
「その程度のことなら、お安いご用だけどね、君には随分と助けられてしまったことだし」
「そーだろそーだろ。ま、世話になったのはお互い様だけど、ここは一つ、ごくごく普通の平和で荒れてなくて偏差値平均くらいのところを頼むよ」
魔王の我儘にしては、随分と可愛らしいものだという自覚はある。グリードも同感だろう。
彼は若干怪訝そうに首を捻りながらも、俺の願いを叶えてくれた。
幸い、聖都ロゼ・マリスには俺の名を冠するサクラーヴァ公爵家がある(ほんとはサクラバなのに…)。
さらに都合のいいことに、それは地上界全土に英雄の存在を知らしめるために作り上げた家だ。実態があるわけじゃなく、当然のことながら社交界に出てもいないし、近所づきあいもない。
サクラーヴァ一族にどんな名前が連ねられているのかも、一切が闇に包まれている。
誰もが知っているのに、誰も知らない公爵家。それが、俺の一族。
なので、その家にいるはずのない息子が現れても、誰も不思議には思わない。
俺は、剣帝リュート=サクラーヴァの次男坊という身分をグリードに作ってもらった。名前は、ユウト=サクラーヴァ。
なお、長男はハルトで、その双子の弟という設定。ハルト=サクラーヴァという人物は確かに地上界で遊撃士やったり活動してたりするので、流石に名前までハルトのものを借りるわけにはいかなかったのだ。
「それではリュート…ではなくてユウト、身分証だとか各種書類はこちらで作っておくから、後日取りに来てくれたまえ。あと、入学願書を出すまではこちらでやっておくけれども、試験はちゃんと受けてもらうよ」
「………え?」
試験って…入試?え、俺、勉強しなきゃいけないの?
「何が「え?」なのかね。そもそも、勉学のために学校に通いたいと言うのだろう?学校とは、学ぶための場所なんだが?」
「え、あ、あー…うん、うん分かってるよ勉強ね勉強。うん分かってる分かってる」
あれー…?俺はどちらかと言うと、文化祭とか体育祭とか修学旅行とか夏休みのクラスメイトとの旅行とかそこでのムフフなラッキースケ……ああいやいやそうじゃなくて青春真っ盛りなイベントを楽しみたかったんだけど…
「……まぁ、安心するといい。試験と言っても基本的なことばかりだ。君ならば特に対策をしなくても間違いなく合格できるよ」
「あ…そう?ならいいけど」
だったら安心かな?基本的なってことは、基本的な読み書き計算?
そういやこっちの世界の識字率は日本に比べるとかなり低いし(学校に通えるのは一部の富裕層である)、中学以降の数学レベルになると専門職の仕事だ。
そう考えれば、日本で高校生をやってた俺なら、こっちの平均的な学校で苦労することはないかも。
よーっし、これで野望(普通の生活をする)に向けての第一歩を踏み出すことが出来たぞ!
これから青春を謳歌させてもらうことにしよう。
……あ、一つ大事なことを忘れてた。
「あのさグリード。共学にしといてくれな」
「………………はぁ」
わざわざ付け足した俺に、何故かグリードは気乗りしない溜息で答えてくれた。




