番外編 世話焼き魔王の妹、ちょっと世界を救ってきます。その14
ここが、郊外でよかったとアルセリアは心底思った。
エシェル派が、人目を避けて拠点を作っていてくれて良かった、と。
この近辺に、住宅も店も施設もなくて良かった…と。
辺りは、地下の空間ごと吹き飛ばされていた。
彼女たちのいるところは…先ほどまで地下の部屋だった、そしてカルヴァリオの聖域に囚われていたはずの空間は、クレーター上になった荒れ地にぽつんと残っていた。
そして、彼女らを見下ろすそれに気付き、
「リュー……!」
補佐役の名を呼びかけて、アルセリアはその表情に絶句した。
リュート=サクラーヴァの、こんな表情は見たことがない。
それは、純粋で苛烈な、怒り。
彼をよく知るはずの勇者一行の誰一人、その場を動けずに立ち竦んでいた。
立ち竦むどころではないのが、カルヴァリオ及び配下たちである。
「は……?な…………え……?」
腰を抜かすことすら忘れて、目の前の光景を、自分を取り巻く状況を、視線を彷徨わせて誰かに説明を求める。この際、それは誰でもいい。自分の配下でも敵であるアルセリアたちでも姫巫女でも神託の乙女でもいいから、この状況を説明してくれ、と言わんばかりにキョロキョロとするばかり。
無理もない。
空間というのは、掌握した者勝ちなのである。外部から入り込んだり干渉したり、ましてや外から結界ごと吹き飛ばすなんてこと、例え高位生命体でも不可能だ。
それなのに、彼の結界は木枯らしの前の落ち葉のように、あっさりと吹き飛ばされた。
これは一体、どういうことだ?というのが、彼の頭を占める全てだろう。
しかし、彼には悪いがそれを説明している余裕も、説明してやる義理も、アルセリアにはなかった。
彼女がしなくてはならないのは、惨状を未然に防ぐこと。
どういうわけかは分からないが、リュート…否、魔王は激怒している。普段は憎たらしいくらい余裕ぶった態度を見せているのに、今はその欠片も見当たらない。
神格を抱く存在からすると、廉族でありながら自分をも滅ぼしうると神託で示された少女がそこまで目障りなのか、許しがたいのか。
魔王の怒気が、離れているのにジリジリと肌を灼く感覚を覚え、自分の神託はそういう表現がなくて本当に良かった…と思わず創世神に感謝したアルセリアである。
…それはさておき。
まずは、魔王の怒りを解かなくてはならない。シスコンなリュートのことだ、冷静にさえなれば、あどけない少女に手荒な真似は望むまい。
「…愚かな虫ケラどもが………」
表情だけでなく声にまで怒りを滾らせて、魔王が呟いた。そしてそのとき、アルセリアは気付く。
魔王の怒りが、神託の乙女ではなくその向こう側……へたり込んでいるカルヴァリオたちに向かっている、ということに。
魔王の怒りを直接ぶつけられたカルヴァリオは、最早正気を保てていない。
血走った目を見開き、汗と涎で顔中をベタベタにして、喘ぐように口をパクパクさせて全身を震わせている。
なぜ魔王が、神託の乙女本人ではなくカルヴァリオに怒りを向けるのかは分からないが(協力者など彼にとって気にする必要もない)、このままではカルヴァリオは死ぬ。
一瞬で存在を消し飛ばされればまだマシなほうで、下手するとちょっと口にするのも憚られるような惨たらしい目に遭うかもしれない。
そして、そんな光景を目にした神託の乙女が、非力で無抵抗な廉族を惨殺した魔王を放置するはずもない。
このままだと、世界の存亡を賭けた戦いが始まってしまう。
危機感がMAXになったアルセリアは、とりあえず魔王を宥めようとするのだが…
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよね。こんなところで暴れたって…」
「お前は黙っていろ、アルセリア」
しかし冷たく言い放つ魔王に、口をつぐんでしまう。
今の彼は、魔王ヴェルギリウスだ。
今の彼に、アルセリアの言葉は届かない。
今の彼を、アルセリアでは止められない。
「ひぎ…っ」
ひっ潰れたカエルのような声を上げて、カルヴァリオの身体が宙に浮いた。当然のことながら、彼が浮遊術式を用いたわけではない。
不可視の力で持ち上げられた彼は、同時に同じ力によって締め上げられているようだった。その顔色が、見る間に赤くなり、それから急速に蒼白へと変わっていく。
魔王は、カルヴァリオを絞め殺す…或いは、押し潰すつもりだ。
カルヴァリオに同情する理由はないが、見殺しにするわけにはいかない理由はある。ここで魔王に戦意を沈めてもらわなければ、このまま神託に述べられた争いが実現してしまうことになるからだ。
「待って、お願いだから少し落ち着きなさい!ちょっと、聞いてるの!?」
「リュートさん、その人を殺したって何の意味もありませんよ!」
アルセリアとベアトリクスが揃って声を張り上げるが、リュートからの返事はない。
そしてカルヴァリオは、既に呻くことすらできない。白目をむき口から泡を吹き出し小刻みに痙攣を始めている。
非力な老人の命の灯は、今にも消えそうだった。
アルセリアが、こうなったらリュートに攻撃を仕掛けて気を引くしかない、と覚悟したそのとき。
「やめなさい!!!」
鋭い声が、飛んだ。
その声の持ち主は、アルセリアたちの前に進み出る。つい先ほど、何の変哲もない普通の女の子のようだとアルセリアは感じたのだが、しかし今の少女…ユーカと名乗った彼女の表情は、勇者もかくや、というくらい毅然としていた。
けれども、アルセリアは彼女の勇気に寒気を覚えた。
魔王と関わりの深い自分たちならばいざ知らず、赤の他人が魔王に命令なんてしたらどうなることか。
神託の乙女は、魔王のことを知らないんだ。
アルセリアは、そう思った。
知っていれば、こんな向こう見ずな真似は出来るはずない。神託があるとはいっても、目の前の少女が魔王に対抗できるなんて、どうしても思えない。
アルセリアは、最悪の状況を思い浮かべた。
そしてその場合、自分はどの立ち位置にいればいいのか、本気で悩んだのだが。
驚いたことに、ユーカの叱責を受けた魔王は、即座にカルヴァリオを解放したのだ。
地面に落とされたカルヴァリオは、完全に気を失ってピクピクしてはいるが、どうやら生きてはいるらしい。
魔王の素直な行動に戸惑うアルセリアたちの見ている前で、魔王は地面に降り立った。それとほぼ同時に、ユーカが彼へツカツカと歩み寄る。
すわ、最終戦争勃発か!?
…と、思われたのだが。
「もう!なんでこんな酷いことするの?悠香、乱暴なこと嫌いだってお兄ちゃん知ってるよね!?」
ユーカは、眦を吊り上げて魔王を糾弾した。
そして魔王は、
「いや、だってさ…あいつが、悠香のこと攫ったりするから………」
ユーカの剣幕にタジタジになって、言い訳を始める。
「だからってこれはやり過ぎでしょ!?こないだもそうだったよね!!」
「こないだって…あ、ナヤグのとき?でも、あれだってあいつが…」
「言い訳しない!!」
「ごめんなさい!」
ポカーンとするアルセリアたちの目の前で、ユーカのターンは続く。
「大体さ、前回も今回も、話し合うってことなんで考えないの?なんですぐに乱暴なことするの?」
「だって…話し合えるような奴らじゃないし…」
「やってもみないでどうして分かるの!?」
魔王は、完全に防戦一方になっている。オロオロして、なんとかユーカの怒りを鎮めようと一生懸命だ。
…あれ?怒ってたのって魔王の方じゃなかったっけ?
と、アルセリアは思ったのだが。
「いや、その、だからさ」
「言い訳はいいから、謝りなさい!」
「…ゴメンナサイ!」
どうやら、魔王の怒りなんて明後日か明々後日の方向にすっ飛んでいるらしかった。
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ナヤグ=キューレンといい、この禿爺といい。
どうも、悠香にちょっかいかける奴が多すぎる。
それもこれも、悠香が創世神に召喚されてしまったから…さらに言えば魔王の縁者だから、なのだが、どんな理由があるにせよ、俺の妹に手を出した報いはきっちりと受けてもらわなければならない。
……と、ついさっきまで俺の頭の中でごうごうと音を立てて渦巻いていた怒りは、完全に鎮火してしまった。
何故ならば、悠香が怒っているから。悠香が、俺に対して腹を立てているから。
この状況で、自分の怒りを保つことなんてできるはずがないだろう。
悠香の怒りは凄まじかった。
確かに彼女は、乱暴なことが嫌いである。テレビで格闘技とかを見るのだって嫌がるし、映画やドラマでもアクションものは苦手だ。
だから、彼女が俺の実力行使に腹を立てるのは、自然なことなのだけど…。
けどさ、俺は悠香を助けに来たんだ。放っておいたら、悠香はきっと嫌な目に遭わされるところだった。
そしてこいつらは、自分たちの利益のために悠香を利用しようとした。正直言うとこの禿爺が何者で何を企んで悠香を拉致ったのかは知らないけどどうせロクでもない理由だろう。
そんな奴らに、情状酌量の余地なんてない。
だから俺は、当然の報いを与えようとしただけ………なのに。
「悠香に謝ってどうするの?お兄ちゃん、このお爺さんに酷いことしたんだから、お爺さんに謝って!」
「ご…ゴメンナサイ」
塵芥程度の矮小な存在に謝罪することで損なわれる魔王の沽券と、謝罪を拒否することによって悠香の怒りと軽蔑を受け続けるという精神的ダメージ(それは最早、絶望と言って差し支えない)を天秤にかけた結果、俺は迷わず前者を容認した。
幸いと言うか何と言うか、禿爺もその部下っぽい奴らも気絶ないしは正気を失っていて、なんだこいつ魔王のくせに女の子に言われたくらいで簡単に謝っちゃうんじゃん、と思われたり吹聴されたりすることはなさそうだった。
俺の謝罪は、お世辞にも心から…という風には聞こえなかっただろうが(実際、本当に悪いだなんて思ってない。悠香に叱られるから仕方なく謝っただけなのだ)、形だけでも悠香は勘弁してくれた。
「よろしい!……で、悠香も、動くなって言われてたのに勝手にこの人たちについてきちゃったのは、悪かったよね。ごめんなさい」
悠香は、今度は自分の番とばかりにぴょこんと頭を下げた。どこぞの勇者サマとは違い、自分の非は素直に認められるのが、俺の妹なのだ。
「いや、俺ももう少しちゃんと話しておくべきだった。怖い思いさせてゴメンな」
「ううん、マナファリアさんもいてくれたから、怖くはなかったよ」
………………ん?
なんでそこで、マナファリアの名前が………
そこで俺は冷静になって辺りを見回して、そこに(何故か)マナファリアと、アルセリアとキアとビビとヒルダと、おまけにアリアまでいることに気が付いた。
「…………お前ら、ここで何してんの?」
「それはこっちの台詞よ!てかアンタ、彼女とは知り合いなわけ?殺し合いとかしちゃう間柄じゃないわけ!?」
どうしてかは分からないが、アルセリアがすごい剣幕でまくしたてた。
俺が悠香と殺し合いだなんて、世界が滅びたってそんなことするわけないのに。
「俺たちがそんな剣呑な関係のはずないだろ。彼女は、俺の妹だ」
そう言えば、アルセリアたちには軽くだけど悠香のことを話したことあるんだった。まさかこいつらも、本人と会うだなんて想像もしてなかっただろうけど。それは俺も同じく。
「…は?妹って……またシスコンが暴走してるわけ?……って痛い痛いヒルダ!ちょっと何すんの!?」
呆れた感じに言うアルセリアが、突然悲鳴を上げる。
見ると、ヒルダがアルセリアの腕にギリギリと爪を立てていた。
「………いもうと…………おにいちゃんって、言ってた………」
ヒ…ヒルダが、ヒルダの顔が、般若になってる!?
「どこの誰……なんでおにいちゃんのことおにいちゃんって言うの…………?」
「ちょちょちょ、ヒルダ!前にも話したろ?俺は復活前に別の世界にいて、そこで妹がいたって!」
どうやら、ヒルダは(アルセリアも)、俺がどこからか年頃の少女を見付けてきてお兄ちゃん面をしていると勘違いしているようだ。
「………………?」
「え、それじゃ、もしかして…………その娘が!?」
「あら、あらあら、まあまあ。本当に本当の、リュートさんの妹…?」
ヒルダの視線が少しだけ和らいだ。誤解は解けたらしい。しかし、それでも不穏な空気が消えてくれないのは、何故だろう?
「なーるほど。ギルの縁者だから、創世神もこっちの世界に引っ張ってこれたってわけかー」
キアが武装形態を解いて、納得しきりに言う。
「ほう、魔王の妹…とな。貴様の妹にしては、随分と愛らしい顔をしているではないか」
アリアは、なんだか悠香が気に入ったようだ。彼女のすぐ傍まで来て、クンクンと匂いを嗅いでいる…って犬じゃないんだから。
「あー……なんかよく分からないけど、とりあえず最悪の状況は回避できたって考えていいのかしら?」
釈然としない様子でアルセリアがぼやくのだが……最悪の状況って何だ?
つーか、なんでここに彼女らがいるんだよ。聖教会の任務とかあるんじゃなかったっけ。
……って、もしかして、これが?
「なあ、アルセリア。お前らさ、グリードから呼び出し受けたんだよな?用件は?」
とりあえず尋ねてみたら、思いっきり呆れた顔をされてしまった。
「何言ってんのよ。この状況で分からないわけ?どうせアンタのことだから、新たな神託のことも知ってるんでしょ?」
…と言うことは、やはり彼女らの目的も神託絡みってわけか。
…………ん?
…………………んんん?
いや、それって……なんか、マズくない?
今回の神託って、言うなればアルシェと俺のむっちゃ個人的な内容だったりすると思うんですけど……
「とにかく、聖教会に報告を上げなきゃいけないんだし、これはどういうことなのか簡潔かつ詳細に説明しなさい」
しかし、多分魔王のプライベートなんてクソほどどうでもいいと考えているだろうアルセリアは、理不尽な物言いで俺に要求するのだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……で、彼女…ユーカさんって言ったわね、アンタの妹ってのは本当なの?」
うう……空気が重い…。
「あ、ああ。正真正銘の、俺の…というか俺の前世の、妹だ。この世界から見たら異世界人ってことになる」
「……で、神託にある戒めの乙女ってことでいいのよね?」
うう……視線が痛い…。
「あ、うん。まぁ……タイミングから考えて、まず間違いないと思う…」
「で、アンタの妹で、それでなんで魔王を焼き尽くすだの戒めだのって神託になんのよ?」
「それは……その」
………非常に、ひっっっじょーに、気まずい。
アルセリアの質問も気まずいが、俺の両側から届く圧も、負けず劣らず気まずい。
俺の右腕には悠香が、左腕にはヒルダが抱きついている。俺を挟んで、熾烈な視線の攻防を繰り広げている。
なんでこんな気まずい感じになってるの?俺の妹同士、仲良くしようよ!
「……ねぇ、お兄ちゃん。なんでそこの子も、お兄ちゃんのことお兄ちゃんって呼んでるわけ?赤の他人だよね?家族じゃないよね?」
「それをいうなら、そっちだって今のおにいちゃんと血のつながりないくせに」
二人して俺の腕をギリギリと万力のように締め付けてくる。多分このままだと、俺は両腕を壊死で失ってしまうに違いない。
「って言うかさ、お兄ちゃん。この人たちも、そうなの…?」
「え!?ななな何言ってるんだよ悠香。つか、「そう」って何?何のこと!?」
悠香からはめちゃくちゃ疑いの目を向けられ、アルセリアとビビからはめちゃくちゃ胡乱な目を向けられ、俺は行き場を失う。
「とぼけないで!こないだの王女さまとか、アスターシャさんとか、それにさっきの黒髪のお姉さんだってそうなんでしょ!?この人たちだって……」
「いや!いやいやいやいや!こいつらは、前に話したろ?誓ってそういう関係じゃないって!悠香も信じてくれたじゃないか!」
俺の説明に、悠香はあ、そういえば…という顔をした。
どうやら、分かってもらえたらしい。
……が、分かってくれたのは悠香だけで、他の面々は寧ろ…
「……ちょっと、リュート……今の…どういうこと…?」
低く底冷えのする声で、アルセリアが呻くように言った。
俺は知っている。彼女のこういう抑えた口調は、爆発の前触れなのだということを。
「え、いや、別に何でもないって、何でも。ちょっと色々見解の相違があったって言うか何て言うか…」
「こないだの王女さま…って、彼女言ったわよね……?」
…………あ、ヤバい。
「あ、アンタ……まさかシルヴァーナ王女にまで手を出したっていうの!?」
アルセリアが噴火した。しかしそれは思いの外小規模なもので、きっと第二、第三の爆発はもっと凄まじいことになるだろうと想像できる。
「黒髪のお姉さんって誰よ!?それに、それに……アンタ、よりによってアスターシャさんにまで!?」
「ちょい待ち!なんでアスターシャのことでお前がムキになるんだよ?」
「当たり前でしょ!私の師匠に、何ふしだらなことしてくれやがってんのよこのエロ魔王!!」
…アルセリアの怒りのポイントがイマイチ分からない!
つか、勇者が魔族の将軍を師匠って呼ぶのはどうなのさ!?
「…お兄ちゃん。いい機会だから、はっきりさせておきましょうか。この世界で、一体どれだけの女の人に手を出したわけ?」
「それ、私も是非聞かせてもらいたいわね」
「こういうことは、隠し立てしない方が身のためですよ、リュートさん」
「……ギル、身から出た錆って言葉、知ってる?」
「おにいちゃん……うわきダメ、ぜったい」
あああああああ、なんか結託してる?会ったばかりのはずなのに、悠香と勇者一行が俺包囲網を築いてる!?
「い、いや……どれだけって…そんな、別に手あたり次第ってわけじゃないんだし、えっと……」
「パッと浮かんだだけでもいいから、はい、白状しなさい!」
「……………え…と…」
「って手あたり次第手を出してるんじゃないの!!」
いやいやいやいやだってそれ二千年前とかカウントに入れるかどうかで全然変わってきちゃうんだけどでもそんなこと言えるハズもない!
「………随分と、不毛な遣り取りだのう…」
追い詰められる俺と追い詰める魔王討伐隊?との遣り取りを見ていたアリアが、やれやれ、と肩をすくめて言った。
彼女は、俺に対して腹を立ててもいないし、呆れてもいないし、失望もしていない。
「たかが交尾のことであろう?なにもそんなムキになる必要などなかろうて」
「……あ!」
………………………………しまった。
「…ねぇリュート。今の、「あ!」って、何かしら?」
ままママママママズい、口が滑った。
ここでの正解は、アリアの台詞を軽く聞き流すことだったのに、思わず反応してしまった……!
「お兄ちゃん、まさか……」
「リュートさん、ひょっとして……」
「リュート、アンタって奴は……」
気付いてしまった、俺の妹と、勇者一行。
「ふむ、そうか貴様ら生娘か。ならば抵抗があるのも無理はないな。何なら貴様らも、こやつといたしてみればよいではないか」
アリアの、無自覚ながら凶悪な爆弾が炸裂。
「ワタシは嫌いではないぞ?」
……俺、終了のお知らせ。である。
「……ふーん、そっか。お兄ちゃん、この人とも、そうなんだー」
「あ……いや、その」
悠香の視線が、表情が、見たことないくらいに良い笑顔になっていた。笑顔のはずなのに、俺は寒気が止まらない。
悠香はその笑顔のまま、
「…………最低…」
ぐは!
こ…これはちょっと、ダメージが、大きすぎる……!
「悠香、ちょっとお兄ちゃんのこと軽蔑しちゃったかな。お兄ちゃんがこんな人だなんて思わなかった。もうお兄ちゃんなんて、お兄ちゃんでも何でもないからね」
「ままままってくれ悠香、見棄てないでくれ頼むから!!」
俺は、恥も外聞も捨てて悠香に縋り付く。こんな姿、臣下たちには絶対に見せるわけにはいかない……けど多分ここにギーヴレイとかがいたりしても俺は同じことをするだろう。
悠香に見棄てられてしまったら、見限られてしまったら、それはもう俺にとって絶望以外の何物でもない。
縋りつく俺を見下ろす悠香の視線が、すぅっと冷めた。いつの間にか、笑顔も消えている。これはこれで怖い。
「…ねぇ、お兄ちゃん。悠香ね、どうして神さまが悠香をお兄ちゃんのところに連れてきたか、分かったような気がする」
激高するでもなく言葉を荒上げることもなく、淡々と話す悠香。そういうところは、舞香サンとすごく似ている。
静かに、冷静に、けど有無を言わせぬ感じで、容赦なくこちらを追い詰めてくるのだ。鬼刑事ともっぱらの噂の親父でさえ、そんな舞香サンの前ではプルプルするチワワ同然だった。
「え………と、いや、あのな、悠香はこっちの世界の人間じゃないんだし、こっちの神の言うことなんか、聞かなくったっていいんだぞ?」
「そうもいかないでしょって言うかそれは悠香の決めることだからとにかくグダグダと言い訳並べるのはやめて今すぐここで誓いなさい分かってるでしょ悠香が何を言いたいか」
抑揚のない口調で弾丸のように喋るのヤメテ!怖いからほんとに!!
「……返事は?」
「うう…………はい、分かりましたもうしません二度としませんごめんなさい」
俺は、全面白旗降伏した。ここでどんなに足搔いてみたところで、俺に勝ち目がないことは分かり切っている。
ならば少しでも被害が少ない時点で諦めるしか道はない。
「本当に?絶対に絶対に、もうしない?約束破ったら、一生お兄ちゃんのこと恨むからね。軽蔑するからね」
「分かってます誓います約束しますハリセンボン呑みます」
ううう……これで俺の数少ない楽しみが一つ減ってしまうわけだが……悠香に嫌われることに比べれば、なんてことはない。
俺、今日から品行方正な魔王を目指します。
悠香は、なんだかんだ言って俺を信じてくれている。正確に言うと、俺が悠香との約束を破ることなんて絶対にないと信じている。
なので、俺の誓いに、ようやく怒りを解いてくれた。
…………と、思ったのに。
「あの、リュートさま?」
こいつが……黙っててくれればいいのにこの暴走超特急娘が、
「私は、いつでも身を清めてリュートさまをお待ち申し上げておりますからね?例え神託であろうと、私とリュートさまとの間に結ばれた糸を断ち切ることなど、出来はしないのですから」
……最後の最後で、余計な一言を付け加えてくれたのだった。
補足ですが、リュートは姫巫女には手を出してません。
ただ、暴走超特急娘が勝手に暴走してるだけです。
さてはて中身のしょーもなさの割に思いの外長くなってしまった番外編ですが、ようやく次回で終わりです。シスコン兄貴とブラコン妹を別れさせるのはちょっと心が痛みますけど。




