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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
番外編
442/492

番外編 世話焼き魔王の妹、ちょっと世界を救ってきます。 その13




 「な、なんだお前らぶべ!」

 「お前、まさか神託の勇あべし!」

 「人数を集めろ、こいつら相手じゃひでぶ!」


 一言ずつ中途半端に遺して沈黙するエシェル派神官たち。神官と言うより荒くれものと言った方が適切な台詞ではある。


 彼らを沈黙させたのは、言うまでもなく神託の勇者アルセリア=セルデンとその随行者たち。

 彼女らは、エシェル派に貼り付いていたグリードの隠密の案内によって、その拠点アジトに急襲をかけたのだった。


 「とにかく、急ぐわよ!ちょっとくらい強引でもいいから、ガンガンいきましょう!!」

 「賛成です」

 「…ぶちのめす」

 「ふむ、それはワタシの得意とするところだな」


 アルセリアは、グリードからスピード解決を求められていた。

 姫巫女が囚われていることに加え、物騒な神託がある以上、そしてエシェル派の動きがその神託と関係している可能性のある以上、時間をかけるのは愚策の極みだった。

 幸い、エシェル派は聖教会からは異端視されその動向を監視されている非公式団体である。多少手荒な真似をしたところで、問題になることはない。


 神格武装を手にした勇者、聖教会の秘宝を宿した神官、エルフ族の禁忌を許された魔導士、そして創世神の最期の祝福を受けた天空竜。

 その一行パーティーを阻もうと思ったら、一国の軍隊並みの…或いはそれ以上の…武力が必要となる。エシェル派の戦闘員程度では、彼女たちの前進を止めることなど到底不可能だった。


 「なんか、随分と手応えがないのう…」

 「仕方ありませんよ、アリアさん。これ番外編ですし」

 「だからビビ、そういうこと言うのやめて」


 他愛のない遣り取りをする余裕すら見せつつ、アルセリアたちは分岐で足を止めた。

 ここは、使われなくなった坑道を利用して作られた拠点である。当然、分岐も多い。


 「…どっちだと思う?」

 「広い方に行きましょうか?」

 「でも、こっちはあんまり足跡ない」

 〖とりあえず、どっちでもいいから行ってみればいいじゃん。違ったら戻ればいいんだし〗


 三人(と神格武装のクォルスフィア)で話していると、アリアが一歩前へ進み出た。


 「どれ、少し待て」


 目を閉じて、クンクンと空気の匂いを嗅ぐアリア。古い廃鉱なので腐敗臭もそれなりにあったりして辛いのではなかろうかと心配する三人(と一振り)だったが、涼しい顔でアリアは匂いを吟味し終えると、


 「こちらだな、間違いない」

 狭い方の道を、迷わず選んだ。


 「え、今ので何が分かったの?」

 「姫巫女の匂いがこちらからした。あと、妙に懐かしい匂いも一緒にな」

 「…懐かしい?」


 首を傾げるアルセリアは、アリアがどこか感傷に耽るような顔をしていることに気付いた。


 「うむ、懐かしい。微かだが、御神の匂いだ」

 「え!?」

 「御神の…って、どういうことですか?」


 アリアの発言に驚いて、アルセリアとベアトリクスが口々に詰め寄る。


 「落ち着け。微かだと言っただろう。何者か、御神にゆかりのある者がいるのだろうな」

 「創世神に、縁のある……」

 「と言うと、もしかして………」


 創世神に縁のある存在なんて、現代にはほとんどいない。魔王か、創世神に直接関わったことのあるアリアやサファニール…もしかしたら神託の勇者であるアルセリアや姫巫女であるマナファリアもある意味で創世神の縁者と言えなくもないかもしれないが…それでも、世界中探したってほんの一握り。

 

 「ねぇ、なんか私、猛烈に嫌な予感がするんだけど……」

 「奇遇ですね、私も同様です」


 アルセリアとベアトリクスは、不安そうな顔を見合わせた。

 

 厄介な神託が降りたのと同じタイミングで動いたエシェル派。

 攫われた姫巫女。

 それとは別の、創世神に縁ある者の存在。


 「神託、実現する?」

 一人表情を変えないヒルダが、事の重大さを分かってるのか分かっていないのか、無邪気に首を傾げた。


 「か…考えたく、ないけど……」

 「否定は……できませんね…」


 アルセリアとベアトリクスは、事の重大さを完全に分かっている。

 彼女たちの嫌な予感が的中するとしたら、今ここには姫巫女の他に神託の乙女…魔王の罪を暴きそれを裁きの劫火で焼き尽くすという…がいて、おそらくエシェル派の狙いはその力だろう。魔王をも滅ぼす力の持ち主を自分たちの陣営に引き入れれば、彼らの存在は決して無視できなくなる。


 「問題は、どうやって連中が神託の内容を知ったか…だけど」

 神託の内容は、厳重に管理されている。公認されていない派閥に、それが伝えられることはありえない。

 「聖教会内に、間者でもいるのかもしれませんね。…それに関しては、グリード猊下にお任せしましょう。問題は…」

 ベアトリクスは、そこで一旦言葉を切る。その先を続けることに、強い躊躇いを感じたのだ。


 「問題は、魔王がその神託を知った場合、必ず動くということだな」

 しかし、そんなベアトリクスの気持ちを無視してアリアがあっさりとその先を言ってしまう。

 状況によっては世界の存亡にも関わりかねないことなのに、どこか面白そうだ。


 「何と言ったか、その…戒めの乙女、か?そやつと魔王が相対した場合、かなり大事になりそうだのう」

 「えええー、ちょっとそれ、私たちでどうにかできることなわけ?」

 「そんな頼りないこと言わないでくださいよアルシー。貴女だって、神託の勇者でしょう?」

 「それはそうだけどってビビなんか他人事っぽく言わないで!?」


 神託の勇者、とはアルセリア一人に与えられた称号である(この際勇者2号はさておき)。ベアトリクスもヒルダも、勇者一行ではあるが勇者ではなく、その使命も勇者のものとは違う。

 結局、世界規模の危機が起こった場合に彼女らは神託の勇者を補佐サポートすることしかできない。


 …のだが。


 「神託の勇者だからってねー、なんでもかんでもできるわけじゃないのよ?つか、あの魔王と、魔王を斃せるくらいの存在だなんて、私の手に負えるハズないじゃない!」

 「見苦しいぞ、勇者っ娘よ。ここまできたなら腹を括れ」

 「勇者っ娘て…」


 アリアは、困惑して弱気になったアルセリアの背中をバンバンと叩いた。


 「まぁ、そう力むな。貴様の気持ちも分からんではないが、逆に貴様に出来なんだら誰に出来ると言う?」

 「……そ、そんなの……」

 「貴様らは、神託を差し引いても魔王にとって特別な存在だろう?その貴様らが説得すれば、魔王も聞き入れるやもしれんぞ?」


 アリアに励まされ、少しだけ自信を回復させるアルセリア。だが、不安が完全に解消されたわけではない。

 

 「まぁ、魔王が己と同等の存在にどれだけ拒否反応を見せるかにもよるだろうがな」

 「ちょっとアリア。励ますなら最後まで励ましてよ…」


 泣き言を言いつつも歩みは止めない勇者一行。わらわらと湧き出る僧兵たちを蹴散らしながら、やがて一つの部屋の前で立ち止まった。

 正確には、匂いを辿って案内役をしていたアリアがそこで立ち止まったのだ。


 「………ここ?」

 「うむ、間違いない。では開けるぞ」

 「ちょちょちょ待ってよ、心の準備くらい…ってあーーー」


 この扉が世界滅亡の扉になるのかもしれない、と尻込みしたアルセリアを無視して、アリアは躊躇もなくいきなり扉を開けてしまった。ちなみに、ノックなども当然していない。


 「おお、久しいな姫巫女よ!」

 とか何とか言いながらずんずんと部屋の中へ入っていってしまうので、仕方なくアルセリアたちも後に続いた。


 「あら、アリアさま……それに、勇者さま方も。どうなさいましたの?」

 突然現れたアリアに、のほほんとした声で訊ねるマナファリア。長椅子に腰掛けて、何やら随分と優雅な様子である。

 なお、彼女が取り乱す姿は全く想像できない一同である。


 「どうって……姫巫女がここの連中に連れ去られたって聞いて、助けに来たんで……って、あ…」

 マナファリアに駆け寄ろうとしたアルセリアは、彼女の向かいに座る少女に気が付いた。

 その姿を見て、意外さに唖然として、思わず立ち竦む。


 それは、自分よりも年下に見える少女だった。

 あどけない表情に、可愛らしい出で立ち。突如現れたアルセリアたちに驚いてはいるが敵意も警戒心も見えず、戦い慣れた様子なんてそれこそ皆無。

 どこからどう見ても、魔王を「劫火で焼き尽くす」ような強大な力を持った存在ではない。何か切り札を隠し持っているようにも見えない。

 

 「え……と、あなたは……?」

 「あの…………?」


 アルセリアと少女は、同時に訊ねた。それから、同時に自分が名乗っていないことに気付き、


 「ええと、私はルーディア聖教会の神託の勇者、アルセリア=セルデンといいます」

 「初めまして。私は、…あの、悠香っていいます。その、マナファリアさんのお知り合いの方ですか?」


 二人してほぼ同時に名乗った。


 ベアトリクスは、ぎこちなく自己紹介する二人を横目に、部屋の中を見渡した。

 地下なので窓はなく閉塞感はあるが、部屋自体は狭くもないし、置かれている調度品もごく普通のもので、二人が監禁されているという印象は受けなかった。

 

 「お二人は、エシェル派の人たちに拉致された…という認識でよろしいのですよね?」

 しかも、マナファリアのくつろぎっぷりからして、そう尋ねてしまうのも仕方ない。


 「拉致…っていうか、なんか協力してほしいことがあるみたいなこと言われて連れてこられたんですけど、帰るって言っても聞いてもらえないんです」

 心底困った顔をして答えた悠香に、アルセリアとベアトリクスは顔を見合わせた。


 「協力、とはどういうことですか?」

 「それが、よく分からないんです。協力してほしいって言われたり、私に手を貸したいって言われたり、詳しいことは後でって言われたっきりで…」


 悠香は、やや不機嫌だ。しかし、アルセリアとベアトリクスは、不機嫌どころの話ではない。


 「手を貸す……貴女に、ですか?」

 見たところ、悠香は平凡な少女だ。

 エシェル派が…聖教会から異端視されている原理主義派たちが、彼女の()()手を貸すというのか。


 「そう言ってました。ええと、その、私……」

 「やれやれ、困りましたな、勇者さま」


 迷いながら何かを言いかけた悠香の言葉にかぶせるようにして、背後から声がかけられた。

 振り向いたアルセリアたちの後ろに立っていたのは、エシェル派長老カルヴァリオ=クーガンと配下の男たち。


 「あら、クーガン長老、お久しぶりです。意外なくらいにお元気そうで何より」

 アルセリアは、カルヴァリオとそれほどの面識があるわけではない。彼が聖教会に軟禁される直前、その護衛を()()()()ために少しばかり尽力したくらいだ。


 「ほっほっほ。グリード猊下には随分と世話になってしまいましたの。是非とも礼をせねばと常々思っていたのですが、丁度良い機会のようですな」


 言いながら、配下を引き連れて部屋の中へ入ってくるカルヴァリオ。人数的にはアルセリアたちよりも勝っているが、しかしアルセリアにもベアトリクスにも、当然のことながらアリアにも焦りはない。

 彼女らの戦力の前に、数の差など無きに等しいのだ。

 なお、ヒルダは呑気にマナファリアの横に座ってテーブルの上のお菓子に手を伸ばしている。


 だが、対するカルヴァリオも余裕の態度を崩さないことにベアトリクスは懸念を覚えた。いくら異端でも、非公認でも、聖教会の流れを僅かでも引いているエシェル派が、神託の勇者の力を知らないわけも軽視しているわけもない。

 勿論、自分たち随行者も単独で彼ら全員を制圧できる力は持っているし、そのことも分かっているはず。

 言うなれば、彼らは追い詰められた状態なのだ。それなのに、逃げようとも弁解をしようともせずただ微笑んでいる。


 しかし、彼女の愛すべきポンコツ勇者は、そのことに気付いていない。

 「貴方が何を企んでるのかは知らないけど…ああ、説明の必要はありませんよ。どのみち、ここでその悪巧みも終わりですから」

 そう言って、神格武装クォルスフィアをカルヴァリオに突きつける。


 「アルシー、気を付けてください。彼ら、何か企んで…」


 ベアトリクスの警告の途中で、空気の色が変わった。

 …否、実際に変わったわけではない。ただ、そのような錯覚を覚える変化があったのだ。

 そして、アルセリアたちはその感覚をよく知っている。


 「……うそ、挟撃結界!?」

 「なぜ貴方が…!」

 「ほう、廉族れんぞくの分際で空間に干渉するなど、貴様只者ではないようだな」


 アリアは相変わらず面白そうだが、アルセリアとベアトリクスは驚愕している。


 挟撃結界だけに限らず、空間に干渉する力は高位の天使族や魔族、一部の竜種など、高位生命体だけに許されたものだ。少なくとも、廉族れんぞくであるだけでなく地下組織で細々と活動するのが関の山なテロリスト予備軍に可能なはずがない。

 だが、確かに彼女らのいる部屋は外の空間から切り離されていた。その証拠に、開かれた扉の向こう側は、石壁だったはずなのに真っ白な背景になっている。



 「カルヴァリオ長老…貴方…………」

 カルヴァリオを強く睨み付けるアルセリアに、彼は自分の首元の飾りを得意げに指差した。

 精緻な金細工の中に、オニキスのような漆黒の貴石が嵌め込まれている。


 「それは、まさか………」

 アルセリアより先に、ベアトリクスがその正体に気付いた。

 「“絶縁の聖域ターミナル”…………なんで、こんなところに……」

 「ちょっとビビ、それって……」


 慌ててベアトリクスを振り向くアルセリア。彼女自身、見たことはないが名前を聞いたことはある。

 そしてそれは、こんな場所にあっていいものではなかった。


 「はい。空間を遮断し支配する力を持つ、聖教会の秘宝の一つです。長らく、その行方が分からなかったのですが……」


 “絶縁の聖域ターミナル”。それは、ベアトリクスの“聖母の腕クレイドル”、ライオネル=メイダードの“罪と罰アマルティモリア”と並ぶ、聖教会の秘宝中の秘宝である。

 百年以上前から所在不明となっていて、聖教会が必死にその行方を捜していたのだが。



 「ああ、そうでしたね。貴方は確か、天恵ギフトを持ってらっしゃいましたね」

 

 カルヴァリオの天恵ギフトは、その性質に比べて使い勝手が悪く、有用性に欠ける。「予知」と言っても視ることができるのはほんの一瞬を切り取った光景だけで、その前後関係は分からない。受動的な能力なので、いつ何処で、どんな時代のどんな場所の光景を視るのかは完全にアットランダム。

 それでも、偶然みた光景の中にそれの在処の手がかりとなる情報があれば、それはこの上なく大きな手掛かりとなる…ということか。


 

 「残念ながら、儂にこれを使いこなす力はなさそうです。せいぜいが、このくらいの狭い空間を支配できる程度で、おそらく連続使用も難しいでしょうな。しかし、この力と神託の乙女の力があれば、我らが魔王を滅し聖教会の頂点に立つことも不可能ではない…!」


 謙遜しているんだか自慢してるんだか分からないが、強い口調で語るカルヴァリオだった。


 「なるほど、それが貴方の計画ってわけね。でもって、神託の乙女ってのが……」

 アルセリアは、怒涛の展開についていけず茫然とする悠香に視線を移す。やはり、彼女たちの危惧どおり、ここには神託の…神託で語られた、戒めの乙女がいたのだ。

 目の前の、戦いとは無縁そうに見えるこの少女が、そうだったのだ。



 「勇者さま、まさか儂らを止めるとは仰らんでしょう?悪しき魔王を滅することは、地上界に…世界にとっての宿願ではありませんか!貴女がたに出来なかったことを、儂が代わってして差し上げようというのですから、大人しく見ていていただけますかな?」


 得意げなカルヴァリオに、アルセリアは首を振った。


 「あのね、カルヴァリオ長老。貴方は、なーんにも分かってない。魔王の強さも、そのめちゃくちゃっぷりも、何一つ。そんな軽々しく、手を出していい相手じゃない」


 さらに、ベアトリクスも援護する。


 「貴方もどこかで神託の内容を知ったのならお分かりでしょう、戒めの乙女が魔王に敗れれば、世界は破滅を迎えることになるのです。勝敗がどうなるのか我々に計れない以上、迂闊な行動は寧ろ世界を窮地に陥らせることになります!」

 「それに、天魔会談でとりあえず魔界との争いは終わったのよ?今さら魔王に手を出したら、魔族が黙っていないわ」


 なんとかカルヴァリオの独走を止めようとするアルセリアとベアトリクスだが、カルヴァリオは聞く耳を持たない。

 「天魔会談など、アテにはなりますまい。相手は邪悪な魔族どもですぞ?それに、神託の乙女と儂の力があれば、魔王など怖るるに足らず。そして儂は、教皇として地上界に君臨するのです!」

 

 彼にとって大切なのは、世界の存続でもバランスでも平和でもない。

 

 「ようやく……ようやくこのときが来たのです。長い長い間、ずっと求め続けたものが今、目の前にあるのです!儂は魔王を滅し、世界を救い、世界を統べる……儂を軽視した奴らも、否定した奴らも、拒絶した奴らも、悉く下らない連中は、じきに自分たちの過ちと愚かさに気付くことになるのだ…!」

 

 それは、妄執。道理も理屈もなく、彼を捕らえ支配する感情。道理も理屈もないため、道理や理屈で説得することは不可能。

 と、なれば。


 「意見の相違ってやつね。仕方ない、実力行使といきましょうか」

 アルセリアは剣をかまえ、ヒルダはようやくお菓子から離れてベアトリクスに並び、魔導杖ワンドを掲げる。

 そしてベアトリクスは、


 「……え?」


 起動しようとした“聖母の腕クレイドル”が沈黙していることに気付き、声を上げた。


 「無駄ですぞ、ベアトリクス殿。貴女たちの魔力、職能スキル天恵ギフトは制限させていただきましたからの」


 またまた得意げに告げるカルヴァリオ。

 “絶縁の聖域ターミナル”は、“聖母の腕クレイドル”によく似た性質を持っている。

 しかし、効果範囲を任意に設定でき、味方には祝福を敵には呪いを与える“聖母の腕クレイドル”とは違い、“絶縁の聖域ターミナル”の有効範囲は非常に狭く、また空間ごと切り離してしまうので領域外の相手にはなんら働きかけることができず、また内部にいる味方の能力を向上させることはできない。

 だが、領域内の敵の特殊スキルを無効化し、魔力を大幅に低減させることができるのだ。

 ここでは、ベアトリクスの“聖母の腕クレイドル”も、ヒルダの“黄金の精霊ベルンシュタイン”も、無効化されてしまう。

 さらに、魔力も低減するため、術式による攻撃も制限されてしまう。


 「…ふむ、廉族れんぞくふぜいがなかなかやるではないか。これではワタシも、ブレスや雷が使えんのう」

 と言いつつ、アリアはまだまだ呑気だ。

 そして、アルセリアもまた、驚きはしたが焦りはない。


 カルヴァリオは、魔王討伐に失敗した神託の勇者を、侮っている。

 だが、正直なところベアトリクスやヒルダの力を借りなくても、そしてアリアの出る幕もなく、アルセリアにはここにいる敵全員を余裕で相手できる自信があった。


 「…ふぅ。どうやらよっぽど痛い目見たいようね。貴方たちの処遇は猊下にお任せすることになるけど、病院送りくらいは勘弁してね」


 何も分かっていない憐れな老人に大人げなく本気になったアルセリアと、


 「随分と儂らを甘く見ておいでのようだの、勇者さま。儂はもうすぐ教皇となる者ですぞ」


 自分の孫くらいの年齢の勇者に大人げなく本気になったカルヴァリオが、激突する寸前。



 両者は動こうとして、それをやめた。

 二人を止めたのは、笑い声だった。

 嘲るのでもない、現実から目を逸らすでもない、ただただ嬉しそうな…待ち焦がれた瞬間がやってきたときの歓喜を表す、鈴のような笑い声。


 マナファリアが、クスクスと笑っていた。

 「ふふ、うふふ。やっとあの方が来てくださいます。愛しい愛しい、あの方が……」

 「……!姫巫女、それって……」


 暴走超特急姫巫女(ストーカー気質あり)が「愛しい」と表現する相手は一人しかありえない。

 カルヴァリオそっちのけで問い詰めようとしたアルセリアだったが、彼女の言葉を遮るかのように、


 轟音と衝撃が、辺りを全て吹き飛ばした。





 

姫巫女、もう完全に「創世神の」じゃなくて、「魔王の」姫巫女になっちゃってます。

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― 新着の感想 ―
[一言]  まぁ、カルヴァリオの気持ちも分らないでもないけど、"教皇として世界に君臨する"やら"世界を統べる"と言っている時点で最早目的が"魔王を倒して廉族を護る"から"宗教による世界制覇"に変わっち…
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