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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
番外編
441/492

番外編 世話焼き魔王の妹、ちょっと世界を救ってきます。その12




 「エシェル派が動きました」

 端的な報告に、グリードは読んでいた書類から目を上げた。

 報告をもたらしたのは、例のグリードの諜報員だ。

 「監視班からの報告です。ユグル・エシェルの構成員がタレイラで姫巫女マナファリアと接触したと」

 「…………姫巫女と!?」

 想定外の名前に、グリードは思わず声を荒上げた。姫巫女は確かに現在タレイラに滞在しているが、大教会の神殿奥深くから決して外へは出ないはず。

 エシェル派の信徒は、決して聖央教会の神殿には近づかない。なら、外で接触したということ。例の神託が、姫巫女の勝手な行動の契機になっている可能性は非常に高かった。


 ユグル・エシェルとは、エシェル派の過激派組織である。

 かつては他派閥への武力行使をも厭わない集団で、十数年前に大規模な取り締まり(という名の粛清)があってからはナリを潜めていたのだが、ここへ来て動きを見せたわけだ。

 エシェル派指導者カルヴァリオ=クーガンが姿を消し、そしてその直前には剣呑な内容の神託が下されている。さらに、自発的には動かないはずの姫巫女の勝手な行動。

 その全ては繋がっていると、グリードは確信した。


 「姫巫女は、一人だったのかね?」

 「いえ、報告によると、もう一人いたそうです。若い娘で、どうやらユグル・エシェルはその娘に用がある素振りでした。その後二人を連れて拠点へと向かったと」

 「若い……娘、か」

 「尾行はつけてあります。じきに連中の隠れ家も判明するでしょう」

 

 エシェル派の連中は、グリードが領主を務めるタレイラならば寧ろ安全だと思ったのかもしれない。裏をかいて、一番厄介な人物のお膝元に身を潜めようと。

 しかし、グリードは生半可な指導者ではない。その可能性すら考慮して、タレイラの内部にも隠密を多く貼り付かせてあった。

 連中はそれには気付かなかったか、或いは気付いていてもなりふり構っていられなかったか。

 …或いは、なりふり構う必要がなかった、か。


 「…おそらく、カルヴァリオも合流するだろう。厄介なのは、彼の持つ天恵ギフトだ。あれが働いてしまうと、こちらの動きも丸見えになってしまう」

 「カルヴァリオの天恵ギフト…というと、“未来視”でしたか」

 「発動が無作為だという点は、幸いだけどね」


 カルヴァリオ=クーガンは天恵ギフトの持ち主である。その能力“未来視”は、タイプ的には神託の勇者ライオネル=メイダードの“予知夢”と同じものである。が、“予知夢”が未来の一定時間を夢で視る力であるのに対し、カルヴァリオの“未来視”が見ることができるのは一瞬の情景である。しかも、これは“予知夢”も同様なのだが、自分の意思で任意の未来を視ることはできない。

 視るタイミングも、その内容も、自分ではコントロールできないのだ。

 

 「そのもう一人の娘というのも非常に気になるところだが、とにかく姫巫女の身柄が連中のところにあるという状況はよろしくない。拠点アジトを確認次第、救出班を向かわせよう」


 グリードは、神託の勇者を向かわせることを決心した。

 一瞬とは言え未来を視ることができるカルヴァリオ。そのカルヴァリオが指揮する集団が連れ去った少女。

 神託のことさえなければリュート=サクラーヴァを使うのが最も安全で確実な方法なのだが(といっても未だに連絡が取れないのだが)、エシェル派の動きに例の神託が絡んでいる可能性を考慮すると、そうするわけにもいかなかった。


 「神託の勇者アルセリア=セルデンと随行者ベアトリクス=ブレア、ヒルデガルダ=ラムゼンをここに呼んでくれ」

 「承知致しました」


 部下に命じつつ、もう少し戦力が欲しいと思うグリード。

 本当にこれが神託絡みだとすれば、勇者たちだけの力では心許ない。事情に通じていて、魔王リュートほどではないにせよ廉族れんぞくレベルには収まらない、強力な助っ人はいないものか。


 「………!そういえば、彼女がいたか」

 

 そしてグリードは、一人だけその条件に合致する相手に思い当たった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 そこは、薄暗い地下の部屋だった。

 正確には、廃鉱になった炭鉱跡に作られた空間。

 悠香とマナファリアは、穏やかな物腰の男たちに連れられてここへやって来たのだが…


 「あの、すみません。私、早く戻らなきゃいけないんですけど……」

 悠香は、戸惑っている。あまり時間はかからなさそうだったから彼らの話を聞くことにしたのだが、ここに来るだけでも既に結構な時間がかかっている。おそらく、兄はもう話を終えてカフェに戻ってきているだろう。自分がいないと、心配させてしまうに違いない。

 だから、すぐにでも帰りたいところなのだが。


 「申し訳ございませぬ、神託の乙女よ。今しばらく、我らと行動を共にしていただきますぞ」

 悠香に答えたのは、彼女を連れてきた男ではなかった。扉の向こうから皺枯れた声がして、それから禿頭の老人が姿を現した。


 老人が部屋に入って来た途端、その場にいた男たちが全員、深々と頭を下げた。その鷹揚な姿からも、老人はここで敬意を集める存在のようだった。


 「えー…と……?」

 「お初にお目にかかります。儂はエシュル派長老、カルヴァリオ=クーガンと申します。いきなりこのような所へお連れしてしまい、申し訳ありませぬ」


 再び謝罪した老人だったが、本気で悪いと思っているような態度ではなかった。丁寧ではあるのだが、どこか悠香を値踏みするかのような目をしている。

 その目で悠香をまじまじと観察すると、老人…カルヴァリオは満足げに頷いた。


 「…間違いない、貴女様が御神により遣わされた使徒であらせられるのですな」


 その言葉は、悠香に向けてと言うよりは、そこにいる他の男たちに聞かせるもののように聞こえた。

 案の定、それを聞いた男たちは色めき立つ。


 「おお、やはりそうでしたか……」

 「だから私は言ったでしょう、カルヴァリオ様の“未来視”に間違いはないと!」

 「これで、御神の光は我らに降り注ぐのだ……!」


 何やら、感極まったように喚いている。


 悠香は、今さらながら、ちょっとヤバい人たちのところに来てしまったのだと気付いた。

 兄の悪行を聞かせてもらえるのかと思っていたのだが、もうそんなことはいいから帰りたい。


 「あのー……何か、人違いしてません?私、ごく普通の民間人ですよ?」

 これは、半ば本音である。

 自称神さまにヘンテコな依頼(魔王の女癖云々…)をされてしまったことは確かだが、悠香自身は誰かに傅かれるような特別な人間ではない。


 「ははは、ご謙遜を。それに、儂は天恵ギフトにより貴女様のお姿を拝見しておりまする。そして神託にも、このように謳われておりました…赤き獣を携えし贖いの導き手…と」


 カルヴァリオの視線は、悠香の腰に。そこには、悠香がリュートに買ってもらったレッドグリフォンの毛皮の猫型ポシェットが。


 「え……いえこれは、おにい…兄にさっき買ってもらったもので……」

 「何はともあれ、貴女様のお力があれば、魔王など怖るるに足らず。そして、我らは貴女様の後ろ盾となり、地上界に御神のご威光を知らしめる先駆となりましょう!!」

 「……………………?」


 悠香は、カルヴァリオが何を言っているのかがまるで理解できていない。ルーディア聖教に関しては、地上界で一番信徒の多い宗教だということくらいしか兄に聞かされていないため、当然のことながらその内部の権力闘争だとか異端弾圧だとかそういった知識は皆無なのだ。

 だからこれまた当然、自分が今まさに原理主義者たちの神輿にされそうになっているということにも、気付いてはいない。


 「あの、よく分からないんですけど、私帰ります」

 よく分からないながらに付き合いきれない、と感じ、悠香は部屋を出ようとする。が、入口のところに屈強そうな男たちが立ち塞がり、彼女の進路を遮った。


 悠香を連れて来た男たちと比べると、体格もいいし面構えはなかなかに屈強。そしてその無表情は、悠香を望みどおりに部屋から出してはくれなさそうな気配をぷんぷん匂わせていた。

 せめてもの救いは、彼らに悠香への敵意がない、ということくらい。


 「…すみません、困るんですけど。通してもらえませんか?」

 精一杯彼らを睨み付ける悠香だが、男たちは知らん顔。唯一彼女に答えてくれるのはカルヴァリオだけなのだが、

 「ご無礼をお許しください。貴女様には我らと行動を共にしていただかねばならぬのです」

 それも、この調子。


 「なんでですか?すぐ帰してくれるって話だったじゃないですか!私はあなたたちに用なんてありませんから、もう帰ります。兄が待ってるんです!」

 「兄君も、妹御の崇高な使命を知ればきっと我らに賛同してくださることでしょう。何も心配はいりませぬ」


 いやいやうちのお兄ちゃん、魔王だから。神さまの信徒に賛同って多分だけどしないと思うから。


 思わずそう言いそうになった悠香だったが、兄の正体は秘密にするように言われていたことをすんでのところで思い出した。


 「賛同とかなんとか、勝手に決めないでください!うちのお兄ちゃん、心配性なんだからすぐ帰らなきゃきっと大騒ぎするに決まってます!!」

 

 仕方ないから当り障りのない表現でなんとか帰りたい旨を主張するが、カルヴァリオは悠香の言い分など完全無視で、

 「お主、救世主さまにお部屋を用意しなさい。姫巫女も、丁重におもてなしするのだぞ」

 とかなんとか、近くにいる男に命じたりしている。


 「ちょっと!話聞いてください!!これ、誘拐じゃないんですか?帰りたいって言ってるのに帰してくれないのって、拉致監禁じゃないんですか?神さまに仕える人たちが、こんなことしていいんですか!?」

 「さあ、こちらへ」

 「いや、こちらへ、じゃないですよ!ちょっと!離してくださいってば!」


 嫌がる悠香の手を引いて別の部屋へ連れて行こうとする男は、ふと姫巫女と目が合った。

 それまで悠香と男たちとの遣り取りを黙って見ているだけだったマナファリアは、目が合った瞬間ふんわりと微笑んだ。


 それは、俗世とは完全に切り離された、清浄な微笑み。

 その笑顔に得体の知れない迫力を感じた男は、絶句する。


 姫巫女マナファリアは、たじろぐ男たちに、こう告げた。


 「いと尊き御身は、全てを視ておいでです。その影から逃れることなど、何人なんぴとたりとも叶わぬでしょう」


 姫巫女の、まるで神託と紛う言葉の意味を正確に理解する者は、そこにはいなかった。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 「それで、その何とか派とかいう連中は、神託と何か関係があるのか?」

 天空竜アリアが、アルセリアに訊ねた。


 グリードが、勇者一行の助っ人として頼ることにしたのが、竜族最強種であり創世神の最期の祝福を受けた、アリア=ラハードだった。

 流石に、アリアを魔王と同じように考えることはできない。が、少なくともグリードが知る限り、そしてこういう状況で頼ることができる者の中では、高位天使に匹敵する戦闘力を持ち、そして諸々の事情も知っているアリアが最適なのだ。


 「そいつら自体は、神託では触れられてない…と思う。どのみち、まともな活動もできないくらい弱体化した組織だもの」


 ルシア・デ・アルシェからタレイラへ行くのに、特別に緊急避難用設置型転移法陣の使用が許可された。それを使ってタレイラに入ったアルセリアたちは、現在、エシェル派の拠点へ向かっている真っ最中である。


 「それにしても……黒き王の罪が暴かれる…か。随分と面白そうな神託ではないか」

 「面白がってる場合じゃありませんよ、アリアさん。神託が本当なら、大変なことなんですから」

 「…おにいちゃん、退治されちゃう」


 不謹慎にもニヤニヤを隠さないアリアに、ベアトリクスとヒルダが抗議した。

 責められたアリアも、勿論本気で言っているわけではない。


 「そう腹を立てるな。あやつがそう簡単に滅ぼされるタマだと思うか?」

 「それは……そう、なんですけど……ただ…」

 「あいつ、妙なところで詰めが甘いし」

 「おにいちゃん、たまにポンコツ…」

 「どっか目を離せないところがあるんだよねー、ギルってば」


 アリアは至極当たり前のことを言ったのだが、勇者一行の見解は違うようだ。

 只の魔王であるならば心配要らないかもしれないが、リュート=サクラーヴァがくっついている以上、楽観視は怖くてできない。

 何よりも、


 「しかも、今回は随分と具体的に神託で語られちゃってるからねー」

 「解釈が間違ってないのであれば、リュートさんか世界のどちらかが滅んでしまうってこと…ですし」


 そして、それが真実であるならば、ここで彼女らが首を突っ込んでも意味はない。どちらかの滅亡は決定されている。そして、彼女らは選ばなければならない。

 世界か、魔王か。

 本来ならば、選ぶまでもなく答えは一択である。勇者云々以前の話で、世界より魔王を優先する理由など、彼女らにあるはずもない。

 

 それでも、あの面倒見が良くて世話好きでお人好しで困ってる人を見ると放っておけないヘタレ魔王が死ぬところを黙って見ているなんて、できそうにもなかった。

 勿論、戒めの乙女とやらに勝利した魔王がそのまま世界を滅ぼすだなんてことも、認めるわけにはいかない。


 「ふむ……しかし、のぅ」

 アリアは、別のことが気になっているようだ。

 「あやつが今さら御神の刺客に怒り狂って世界を滅ぼす…というのも妙な感じがするが、そんなことより、その者が暴く魔王の罪とは、何だ?」


 アリアの疑問は、廉族れんぞくであるアルセリアたちにとっては意外なものだった。何故ならば、魔王が罪深い存在だということは最早一般常識と言っても過言ではないからだ。


 「え…そりゃ、天地大戦のときの大量虐殺とか、世界を支配しようとした…とか、今のリュートはともかく、大昔のあいつってば相当色々やらかしてたんでしょ?」


 アルセリアたちが教会で学ぶ神聖史にも、魔王の悪逆非道な振舞いは記述されている。多少の誇張はあるだろうしその全てが真実だと思い込むほど彼女たちも盲目ではないが、少なくとも魔王が清廉潔白であるなどとは思っていなかった。

 そしてそれはほとんど事実だったが、


 「御神は、魔王の行いを罪だの悪だのとは言っておられなかったぞ?」

 「……へ?」

 「どちらかと言うと……意見の相違?不運なすれ違い…的な」

 「…何それ?って夫婦喧嘩じゃないだから……」


 アルセリアは否定しようとしたが、他ならぬ、()創世神を直接知るアリアの言であるからして、信憑性は高い。


 「まぁ、あの両者は似たようなものだろう。我らが思うつがいとは、些か異なるかもしれんが」

 敵対していたに関わらず魔王に憎悪を見せることがなかった創世神の姿を思い返し、アリアは感慨深そうに空を仰いだ。


 それから、視線を戻したときには完全に真顔になっていた。


 「だからこそ、今さら魔王の罪だなどというのは、どういう意味なのか、と思ってな。御神が、かつての魔王の行為を罪だと思っておられなかったとすれば、それは()()魔王の罪ということになる」

 「けど……そりゃ、あいつだって品行方正っていうわけじゃないしけっこうちゃらんぽらんで無責任なところもあるけど、だけどリュートが罪なんて…」

 「そうですよ、あんなヘタレなリュートさんにそんな悪いことできるはずないじゃないですか」

 「ま、お節介と上から目線を罪って言うならそうなんだろうけどさ」

 「……おにいちゃん、ボクにニンジン食べさせようとする…………じつに、つみぶかい……」


 遠回しにリュートをディスる(一名は非難だが)勇者一行。


 「或いは……」

 アリアは、深刻な表情のまま、


 「我らも知らぬあやつの罪が、じきに暴かれるのやもしれんな…」


 その言葉に、誰も明確な否定を返せず、重苦しい沈黙があたりの空間を支配していた。



 

我らも知らぬ魔王の罪…ってアリアさん言っちゃってますが、知らないことないですね。

まさかそれが女癖の悪さだとは思ってないだけですね。

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― 新着の感想 ―
[一言]  とりあえず、エシュル派の方々には"ご苦労様でした"と言っておきましょうか(爆)  "神の威光"やなんや言ったところで、その"神"の望みは"相方(?)の女癖をとっちめる"ことだしねぇ(笑) …
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