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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
番外編
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番外編 世話焼き魔王の妹、ちょっと世界を救ってきます。その7




 「……なんか、変な状況だね」


 たっぷりベリーのチーズタルトをもぐもぐごくんと呑み込んで、悠香は呆れてるんだか感心してるんだか判然としない表情で一言、俺の立場を表現してくれた。


 タルトで悠香の気を逸らしつつ、俺は自分とこの世界の関わりについてのあらましを説明し終えた。話しながら、改めて訳分からん状況だ、ということは自分でも思った。


 魔王として復活したのに、勇者の補佐役やってるとか。何故か教会関係者の私設騎士にも任命されちゃってるとか。


 それぞれの事柄にはそれぞれの事情とか成り行きとかがあったりしたわけだが、振り返ってみれば結局、「訳分からない」としか形容しようがなかった。



 「ま、変な状況っちゃ変な状況なんだけどさ。慣れればそれなりに楽しいぞ」


 これは嘘ではない。勿論大変なことも多々あるが…主に勇者一行の我儘とかグリードの無茶振りとか…概ね、俺は楽しくやっていると思う。

 

 「で、そっちはどうなんだ?舞香サンと親父は元気?相変わらず忙しいんだろ」


 ずっと気になっていた家族の様子。先立つという親不孝をぶちかましてしまった不肖の息子ではあるが、やっぱり幸せでいてもらいたいという思いは強い。

 悠香は元気だということは分かったが、両親はどうなのだろう?


 「ん、元気…じゃないわけじゃない、けど。お兄ちゃんが死んじゃってから、二人とも色々思うところがあったみたい」


 悠香の歯切れは悪い。口調からすると、病気してるとか精神的に病んでるとかそういう深刻さは感じられないけど…


 「思うところ?」

 「………あのね、お兄ちゃんが死んだあの日、二人ともずっと謝ってたんだよ」


 ……謝ってた?って、何に…


 「ほら、お父さんもお母さんも、どちらかと言うと仕事最優先だったわけじゃない?」

 「ああ…まぁ、労働時間はやたらと長かったよな」


 思い返せば、両親は揃ってワーカーホリックの気があった。が、完全に仕事中毒ということもなく、舞香サンは平日も休日もなく仕事に忙殺されてたけど僅かな家族の団欒時間はとても大切にしていたと思うし(と言っても一言二言交わすくらいの時間しかなかったけど)、親父は非番の日とか結構いろんなところに連れ出してくれた記憶がある…まぁ、それも中学くらいまでだったけど。

 触れ合う時間こそ短かったが、その分二人とも密度の濃い愛情を俺と悠香に注いでくれたと思ってるし、全体的に見れば良い両親だったとも思う。


 「もう少し子供との時間を大切にするべきだった…って、後悔してた」

 「……………そっか」


 そう言われて、しんみりしてしまう。

 俺は気にしていなくても、二人は気にしていたということか。愛情が深いがゆえ、のことかもしれない。

 

 「二人ともそれからちょっと過保護になっちゃってさ。お母さんは無理して仕事を早く切り上げてきて出来るだけ家にいてくれるし、お父さんは相変わらず忙しいけどお母さんにも悠香にもすっごく気を遣ってくれるようになったし」

 「そっか。よかったな」


 俺は然程気にしていなかったが、悠香は多忙な両親に淋しさを感じていたのかもしれない。結果的に彼女の孤独が少しでも和らいだのであれば、俺が死んだのも全くの無駄ではなかったというものだ。


 「…けど、どこか無理してるみたいで、心配だよ」


 悠香ってば、両親にまで優しい。もっと甘えたり我儘言ったりしてもいいのに。きっと、両親だってそれを望んでいるはず。


 「無理って言っても、それが二人の望んだことなら、悠香が気に病むことはないよ」


 悠香の頭を撫でながら、諭す。

 両親が悠香のためを思って、悠香のために時間を作っているのならば、それは彼らの選択だ。これ以上後悔を重ねないために、無理を承知で娘と向き合うことにしたということ。

 二人とも、責任感は人一倍だからなー。何が何でも悠香に淋しい思いはさせない!って意気込んでいるに違いない。


 …桜庭家は、揃いも揃って悠香LOVEだったのだ。




 その後、他にも気になることを悠香に聞いて、俺は何となく肩の荷が下りたような気がした。

 死んでしまったことは俺のせいじゃないし(俺のドジのせいと言えなくもないが)、望んだわけでもないし、残してきてしまった家族や友人たちについて俺が何かを背負い込むのは間違っていると思う。

 それでも、理屈とか道理とかとは無縁のところで、気になるものは気になるのだ。


 けど、俺がいなくなっても俺の周囲は問題なく回っているようで、少しだけ寂しいと共に安心したりもした。



 …さて。

 気になっていたこと…桜庭柳人の思い遺したこと…は大体分かった。

 後は、どうやって悠香を日本に帰すか、という問題が残っている。


 悠香をこちらに送り込んだのは、間違いなく創世神アルシェだ。それ以外に、そんな芸当が可能な奴なんて存在しない。


 とは言え、いくらアルシェや俺でも異世界間で好き勝手に物質(生命体含め)を行き来させることなんて出来やしない。

 エクスフィアから放逐された俺の魂が地球に渡り、そして再びエクスフィアに戻って来たことから、俺たちの魂やら意思やらは世界を渡ることが出来そうだ。

 しかし、悠香は人間。肉体も魂も、普通に世界を渡るには脆弱過ぎる。

 …となれば、アルシェは何らかの裏技的な方法を使ったということ…か。


 確信はないが……多分、俺がこっちの世界に戻って来たときに出来た水路チャンネルを使ったんじゃないかな。

 悠香は、俺の縁者。だからこそ使えた裏技だ。

 だったら、同じ方法で帰すことも出来るだろう。悠香は地球の住人だから、行きよりも帰りの方が簡単なはずだ。



 一瞬……本当に一瞬なのだが、いっそこのまま悠香とこの世界エクスフィアで生きていくのも悪くない…と思ってしまった。

 思ってから、そんな残酷で身勝手なことを考えた自分を嫌悪する。


 悠香が生きる世界はここじゃない。いくら兄である俺がいるとは言え、彼女の根源ルーツはエクスフィアにはないのだ。

 彼女は、俺以上にこの世界にとって異質な存在。この世界に根を下ろすことは、決して出来ない。どれだけ俺が望んだとしても、彼女にだけは居場所を用意してあげることが出来ない。


 それが、世界の摂理。


 それに、根源だの存在の許容だのと大げさな話以前に、悠香はそんなこと望みはしないだろう。

 両親も、友人も、生活の基盤も、未来予想図も、全てはあちらの世界にある。この世界には、俺しかいない。

 彼女がどちらを選ぶかなんて、考えるまでもなかった。



 それでも……もう少しくらいは、許されるだろうか。

 悠香にも帰りたい素振りが見えないし、ホームシックにかかるにはまだ早い。彼女が向こうに帰った後で支障が出てしまうほどに長期間は留めておけないけど、もう少し…あと数日くらいは。



 「なぁ、悠香。せっかくこっちの世界に来たんだ。色々と面白いところに連れて行ってやるよ」


 悠香は、海外にも行ったことがない。エクスフィアの諸々は、きっと楽しんでもらえるだろう。

 魔界は…ちょっと悠香には刺激が強すぎるかもしれないけど、地上界には見どころが沢山だ。地球とはどこか違う自然や街並みは、きっと楽しんでもらえるに違いない。

 タレイラは外せないし、ルシア・デ・アルシェも是非見せてやりたい。サン・エイルヴ…タイレンティア聖堂が無くなってしまったのは残念だが……スツーヴァの氷河なんてのもいいな。

 それと、天界の湖水地方。あそこの長閑で牧歌的な景色は、悠香の好みそうな感じだ。


 「え……それは嬉しいけど、お兄ちゃん、お仕事大丈夫なの?王様なんだよね?」


 ……う。ちょ、ちょっと痛いところを突くじゃないか。


 「んー?まぁ、王様だからね。王様、そんな忙しくないよ?」


 俺は、思いっきり嘘をつく。

 が、魔界の仕事はギーヴレイに任せてしまえば万事OK(非道い主君だ)、地上界の仕事は少しくらいサボらせてもらったって罰は当たらないだろう。何せ、いっつも枢機卿とか勇者とかに振り回されて苦労してるんだから。

 向こうとこちらの世界に通った水路も、そう長くはもたない。多分、俺が悠香と共に過ごせる時間は、今回で終わりだ。

 悠香はそこのところよく分かっていないみたいで何だか呑気だが、俺は悔いを残したくない。アルシェの奴、女癖の悪さだとかなんだとかあることないこと悠香に吹き込んでくれたのには参ったが、それでもこうして悠香に逢わせてくれたことに関してのみは、感謝してやる。



 「よーし、それじゃまずは、どこがいいかなー。やっぱルシア・デ・アルシェから…」

 「しっつれいしまーす」


 俺の言葉の途中で、部屋の扉を開けてディアルディオが飛び込んできた。その後に、アスターシャも続く。


 「陛下、妹君が来てらっしゃるって聞いたので、挨拶しに来ましたー!」

 「臣下たる者、主君のご血縁にお目通り願わないわけにもいきますまい」


 どうやら、二人とも魔王の妹に興味を持ったみたいだ…ムリもないけど。


 「初めまして!僕は、ディアルディオ=レヴァインといいます。陛下の忠実な臣下です!」

 「お初にお目文字仕る。私はアスターシャ=レン。姫殿下にはご機嫌麗しゅう」


 俺が悠香を紹介する前に、さっさと自己紹介する二人。好奇心旺盛で面白いもの好きのこの疑似姉弟は、興味津々で悠香を見つめている。


 「あ、えと、ご丁寧に、どうも。桜庭悠香…です。兄がいつもお世話になっております」


 いきなりの闖入者に戸惑いつつ、礼儀正しく答える悠香。ディアルディオを見て一瞬驚いて(魔王の臣下に子供がいるというのが不思議なのだろう)、それから彼女の視線はアスターシャに。


 「……軍人…さん?にも、女の人っているんですね」


 装いといい、腰の刀といい、アスターシャが武人であることは疑いようがない。別に女性の軍人ってそこまで珍しいものじゃないと思うけど、それでも確かに魔王城に女の武官はほとんどいないから新鮮なのか、或いは同性の方が気安く接することが出来ると思っているのか、悠香の興味はどちらかと言うとディアルディオよりアスターシャの方に向いているようだった。

 

 「魔界は実力主義だからな。力があれば、性別も年齢も種族も関係ないぞ。アスターシャなんて、魔界一の剣豪だしな」


 愛する妹に、大切な臣下の自慢が出来る日が来るとは思ってもみなかった。

 そうだ、悠香がアスターシャのこと気に入るようなら、魔界にいる間の話し相手とかやってもらおうかな。

 同性だし、アスターシャは面倒見がいいし、きっと悠香のことも可愛がってくれるに違いない。


 「あの…ちょっと、聞いてもいいですか…?」


 おお、悠香ってば早速アスターシャに質問ですか!仲良くなりたいっていう意志表示かな?うん、アスターシャが相手してくれるなら安心だな。


 「何でしょうか、姫殿下?」

 「あの、皆さんは、その、お兄ちゃんの女癖のことどう思いますか?」


 ………ぐは!


 「ちょ……ちょちょちょ悠香サン!?いきなり何言ってんの??」


 突然悠香の口から飛び出してきた爆弾発言に、一瞬心臓が止まるかと思った。

 そしていきなりとんでもない質問をぶつけられた臣下二人は、唖然としている。


 「だってさ、お兄ちゃん。悠香、神さまから()()をどうにかしろって言われてきたんだよ?悠香だって、お兄ちゃんが悪いことしてるなら止めなきゃって」

 「いやいやいやいやだからそれ誤解だよ?」

 「でも、神さまはそう言ってたもん」

 「会ったばかりの神さまと兄貴と、どっちの言うことを信じるんだよ?」

 「……………………」

 「返事して!?」


 クソ!なんだかんだで有耶無耶に出来たと思っていたのに、悠香は誤魔化されてはくれなかったようだ。流石は俺の妹、目的も道も見誤ることをしない…………じゃなくて!


 「だって…さっきの王女様の様子…」

 「気のせい気のせい!こっちの世界はああいう思わせぶりな言い方が流行ってるんだって(大嘘である)!」


 すっかり疑いの目になってる悠香に、俺は動揺と焦燥が胸に湧き上がってくるのを抑えられない。

 このままでは、悠香との貴重な時間が台無しになってしまう!


 

 「姫殿下、陛下の仰せの通りですよ」


 そこに、アスターシャが穏やかに微笑みながら援護フォローをくれた。

 よくやった、それでこそ俺の臣下だ!もっと俺の潔白を証明してやってくれ!!


 「陛下は唯一にして絶対の、尊き御身。誰に対しどのように振舞われたとて、それを責める資格を持つ者など存在してはおりませぬ」


 …………?

 …んん?なんか、フォローの仕方がおかしくないか…?


 「それに、女たちにとって陛下のお手付きはこの上ない誉れ。垂涎の思いでそれを待ち侘びる令嬢方も少なくないのですから」


 ………いや、やっぱりおかしい。そのフォローの仕方、絶対におかしい。

 つか、マズい。

 ちょっとこれ、アスターシャを止めないと…


 「さらに、陛下は確かに魔王の名を冠する御方ではありますが、女性の扱いはとても丁重で」

 「ちょちょちょちょちょ、アスターシャ!」


 俺は慌ててアスターシャに駆け寄り彼女の無自覚の刃をなんとか抑え込もうと、


 「どうなさいましたか、陛下?私にもいつも優しくして下さるでは」

 「あーっあーっ、そこまで!ちょっとストップ!!」


 きょとんとしたアスターシャの口をふさいだのだが、時既に遅し。


 

 「……ねぇ、お兄ちゃん」


 俺とアスターシャの背後で、悠香の冷えた声がした。

 この声には、覚えがある。いつだったか日本で、悠香がクラスメイトの男子を家に連れ込んだことがあったもんだから激辛ハバネロケーキで撃退してやったら、こんな感じで怒られた。

 なお、その男子は単純に風邪で学校を休んだ悠香にプリントを持ってきただけの日直だったということが後に判明した。

 が、俺は後悔してはいない。日直だろうがクラスメイトだろうが、男が悠香を訪ねて桜庭家の敷地を跨ぐなど、到底看過出来ることではないからだ。


 …じゃなくて。


 このキンキンに冷えた声は、悠香がマジであることを示している。


 「その人と、どういう関係なの…?」

 「ゆ…悠香、落ち着こう。とりあえず、その手のフォークは下ろそうか」


 悠香の目が据わってる。静かな気迫が、その小さな身体から立ち上っている。俺はと言えば、脂汗が止まらない。


 「そんな、姫殿下。どのような関係などと畏れ多い。私めは、陛下の忠実なる剣の一振りに過ぎませぬ」

 「そそそそうだぞ悠香、アスターシャは、あとディアルディオも、六武王っつって魔界の将軍みたいな役職でさ、俺のために働いてくれる優秀な部下なんだ!」


 頼む分かってくれ悠香。彼女アスターシャは俺のかけがえのない臣下であって、そこに邪まな感情などは決して…


 「……恋人とかじゃ、ないのね?」

 「もちろん!当たり前だろ!!」

 「仮にそうであれば光栄なことですが、誤解ですよ姫殿下」


 悠香の疑念に、きっぱりと答える俺とアスターシャ。そこのところは、俺たちの間に共通認識が働いていてくれて助かった。


 「……………………………」

 「………悠香?」

 「恋人でもないのに、そういうこと……するんだ?」


 ………ハッ!しまった!!

 昨今の女子中学生の耳年増と純真さを考慮していなかった!


 「エエエエエエトソウイウコトッテドウイウコトカナ悠香チャン?」

 「お兄ちゃんまたロボになってる」

 「ナナナナッテナイヨ気ノセイダヨ?」


 

 何故だろう。何故さっきから、俺は追い詰められてばっかりなのだろう。やはりここに、創世神アルシェの悪意が働いているとしか思えない。


 ……俺、そんなにアルシェに恨まれるようなこと、したっけ…?




悠香ちゃんはこれを夢だと思い込んでるので、兄貴とはちょっと温度差があったりします。

余談ですが、リュートは母親のことを名前で呼んでますが、これはクセのようなものでちゃんと実の母親です。

ちなみに番外編はほとんどこういう感じで進むので手に汗握る戦闘シーンとかは多分ないです悪しからず。と言うか魔王をとっちめるのが主目的ですので。

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― 新着の感想 ―
[一言] >魔界の仕事はギーヴレイに任せてしまえば万事OK(非道い主君だ)  非道い主君というより、通常業務に関してはリュートより彼がやった方が、途轍もなく効率がいいような気がするのですが?(笑) …
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