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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
番外編
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番外編 世話焼き魔王の妹、ちょっと世界を救ってきます。その5



 なんだか、随分と妙な夢になってきたなー。


 悠香は、居心地最高のクッションに背中を預け、とても良い香りのお茶を一口飲んで、ぼんやりとそう思った。


 夢の中で自称神さまに出会って、世界の命運?を託されて、と思ったら死んだはずの兄に会って…いや、夢の中で死んだ者に再会するのはそう珍しいことではないと思う。そこかしこで、そんな物語を聞いた覚えがある。

 今まで悠香の夢の中に兄である柳人が出てくることはなかった。ひょっとしたら自分は兄の死をあっさり割り切ってしまう薄情者なのかしらと心配したこともあったが、そうではなかったようで一安心。

 …と一言で片づけてしまうには、状況が奇天烈過ぎる。

 兄はなんでか超絶イケメンになってるし、しかも魔王て。何なのさ魔王て。そりゃあ確かに、周りに傅く大勢の家来っぽい人たちを見ていると、このお城の中で兄が絶対的な王様だということは理解出来るが、よりにもよって、あの世話好きでお人好しで困ってる人を見ると放っておけない兄が、魔王だなんて。


 ……あ、でも自称神さまも魔王のことそう評してたっけ。


 

 「ほら、悠香。お前アップルパイ好きだったろ。焼きたてだぞ♪」

 「ありがと、おにいちゃん。いただきます」


 上機嫌MAXで兄がアップルパイを勧めてくる。

 一口食べて、夢の中でも味覚がきちんと再現されていることに驚き、そして記憶どおりの兄の味であることにさらに驚き、思わず目の前の兄の顔を凝視してしまった。


 目の合った兄は、優しく微笑み返してくれた。顔は全然別人なのに、その笑顔はものすごく馴染み深い感じがした。


 

 なんでも、兄は向こうの世界(悠香たちが暮らす地球という世界)で死んだ後、こちらの世界(兄はエクスフィアと呼んでいた)に来たらしい。兄が言うには、もともと地球に生まれる前にこっちの世界で魔王をやっていて、神さまとの喧嘩に負けて地球に追放されて、しばらく眠った後に桜庭柳人として生まれて死んで、それからこっちの世界に魔王として戻って来た…とかなんとか。


 とりあえず、そういう設定の夢らしい。我ながら随分と凝った造りの夢だなーと、悠香はぼんやりと兄の説明を聞き流しつつ、そう思った。



 「陛下、失礼致します。姫殿下のお召し替えの準備が出来ました」


 楚々とした美人さんの侍女が、恭しく兄に頭を下げながら告げた。

 悠香のセーラー服は今までの諸々でだいぶ汚れてしまったので、着替えを準備してもらったのだ。


 「ああ、ご苦労だったな。……悠香、制服は洗わなきゃだから、まずは着替えておいで」


 ……侍女に言葉をかける兄は本当に王様!って風格なのだが、悠香に話しかけるときには既に兄バカの顔に戻っている。

 そのことに戸惑いつつ、けれども確かに全身埃っぽいので、お言葉に甘えて着替えをさせてもらうことにした。



 ……したのだが。



 二時間後、ピカピカに磨かれて全身にすごく良い匂いの香油を塗り込まれ、髪の毛を丁寧にセットしてもらい、豪華だが上品で洗練されたデザインのドレスと宝飾品で飾られて、悠香は兄のところに戻って来た。



 「すごく似合ってるぞ、悠香。お前は何着ても似合うけど、ますますお姫様みたいだ」

 「あ……ありがと…」


 自分は今、総額いくらを身に着けているのだろうと空恐ろしく思う悠香なのだが、兄はまったくそんなこと気にしていなさそう。

 以前の兄が節約に厳しかった、ということはないのだが、ここまで湯水のような金銭感覚ではなかった…はず。

 しかしながら、やたらとお金はかかってそうだが決して下品な成金趣味にはなっていないファッションセンスは、脱帽ものである。

 彼女の装いは、ゴテゴテに着飾った中世ヨーロッパの貴族ご婦人とは趣が違う。

 ドレスの素材は、シルクとかそんな感じだろう。柔らかくてしなやかで、ものすごく手触りがいい。あしらわれたビジューは、控えめだがしっかりとした存在感……これ、もしかして本物の宝石?

 レース飾りもあからさまな感じではなくて、どちらかと言うと飾りよりも織りとシルエットで魅せるタイプのドレスだ。

 華美ではなく、さりとて地味でもない。控えめなのに、目を引く。

 それから、胸元のネックレス。ドレスに合わせて、ローズ系のグラデーションが宝石によって奏でられている。石の大きさは、これ以上小さいと地味で、これ以上大きいとけばけばしくなる、絶妙なサイズ。カットは控えめで、宝石そのものの透明感を強調している。宝石の種類はあまりよく分からないが、透明度といい、輝きの強さといい、色艶といい、多分とんでもなく高価な代物だ。

 アップにした髪を留める飾りには、それよりも少しだけ色の濃い宝石が使われている。石の大きさは小さめで、そのかわりアクセントとなる深いボルドー寄りの赤が、華やかな髪型の印象を引き締めていた。


 悠香は、自分で言うのもなんだが容姿にはそこそこの自信を持っている。

 とは言え、夢の冒頭で会った自称女神のような超絶美人というわけではなく、あくまでも現代日本でそこそこ可愛い、と言われる程度。顔立ちも、それほど華美ではない。

 ドレスが豪華だと、服に着られてしまうのが心配なのだが、すくなくともこの衣装は悠香の魅力を十二分に引き立てていた。鏡で全身をチェックした際、自分ってこんなに可愛かったっけ?と恥ずかしながら見惚れてしまったくらいで。


 「…ねぇ、お兄ちゃん。これって、お兄ちゃんが選んでくれたの?」

 思わず、そう聞いていた。

 悠香の知る兄は、確かに良いセンスの持ち主ではある。が、こんなセレブな装いに縁があったとは思えない。住む世界が違いすぎて、興味を持つこともなかっただろう(確かに兄は家事が大好きだったが縫製関係はそれほどではない)。


 聞いてから、いやいやここは私の夢の中なんだからこれは私の好みなんだろうだけど私ってこんなに趣味良かったかしらん?と自分の潜在的なファッションセンスに感心している悠香に、兄はなんだか微妙そうな表情で、


 「あー、いや、それな。ギーヴレイが見繕ってくれた」

 「…さっきの人?」

 「ああ。大抵のことは、あいつに任せておけば間違いないからな」


 そう言う兄の表情からはさっきの微妙な表情は霧散していて、自慢の部下に鼻が高そうだ。


 「スゴイ人なの?」

 「そりゃあもう、すっごくスゴイ奴。頭良いし気は回るし何でも知ってるし出来るし、色々助けられてる」

 「………ふぅん」


 確かに、見てからに有能そうな人だった。

 しかも、自分と兄との関係を知ってからというもの、自分のことをまるで本当のお姫様みたいに大切にしてくれる。


 ……もしかしたら、自分の異性の好みってああいうタイプなのかも。クール系美青年で、頭が良くて、頼りになる感じ。けどどこか可愛げがあって。


 今まで、自分の好みは兄のようなタイプだと思っていた…本人に伝えたことはないが。

 けれども、夢の中にギーヴレイのような男性が出てくるということは、そういうことなのでは?


 そこまで考えて、悠香は赤面した。


 いやいやちょっと待って自分。いくらなんでも、夢の中で理想の男性を出してくるって痛々しいにも程があるんじゃない?


 

 「…どうした、悠香?」

 いきなり真っ赤になって俯いた悠香を訝しく思ったのか、兄が気遣わしげに尋ねてきた。兄は、いつでも悠香のほんの僅かな変化にも敏感に気付くのだ。


 「え、あ、ううん、別に、何でも。…あのさ、そのギーヴレイって人さ、お兄ちゃんのこと大好きなんだね」

 「ん?…ああ、まぁ……確かに。…………ギーヴレイが、どうかしたのか?」


 兄の表情が、再び翳る。何かを警戒しているようだ。


 「ううん、そうじゃなくて、ちょっと気になっただけ。気にしないで!」


 慌てて照れ隠しする悠香を、じーーーーーっと見詰める兄。その視線に自分の全てを見透かされそうな気分になって、悠香は思わず目を逸らしてしまった。


 

 「お兄ちゃんのアップルパイ、ほんとに久しぶり。また食べれるとは思わなかったよーアハハハ」


 この場を誤魔化そうと笑いながらアップルパイを次々と頬張る悠香に、兄の表情と視線は変わらないままだった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 ううーむ。

 何か、妙だ。


 俺は、笑いながらアップルパイを頬張る悠香を見ながら、思案する。


 悠香は今、どこぞの王女さま顔負けに可愛らしい格好をしている。魔王城に女物の服はないし、魔界の何処にそういうのが売ってるのかも分からないし、けどいつまでも悠香に埃っぽい格好をさせておくわけにはいかなかったから、とりあえずギーヴレイに見繕ってもらった。

 いくらギーヴレイでも、女性ファッションに関しては門外漢だろう。だが彼のことだから、仮に自分に不足している知識があれば適切な者に適切な助言を受けて俺の命令を完全に遂行するはず。

 だから安心して任せたら、期待以上の結果が出た。


 兄としての贔屓目を別にしても、悠香は可愛い。はっきり言わせてもらうと、そこいらのご当地アイドルなんて目じゃないくらい、可愛い。

 が、ハリウッド女優みたいに派手な顔立ちというわけではないので、あまりゴテゴテした格好だと悠香の魅力が半減してしまうのではないかと危惧してはいた。


 …そして、ギーヴレイがどこからか調達してきた彼女の装いの数々。

 百点満点中で言うと、二百点である。



 上品ながらも、悠香の可憐さをいっそう引き立てるデザインのドレス。薔薇の精が現れたのかと思った。フェミニンさと初々しさが絶妙なバランスで、まだ女性になりきる前の瑞々しい少女の香りを表現している。

 身に着けてる宝石は、ドレスに合わせた色だ。ローズ系の色って、下手するとあざとくなりがちなんだけど、カットとかデザインが控えめなせいか全然そんな感じはない。悠香は色白だが、顔回りに華やかな色があると血色がよく見える。



 一体全体、どこから調達してきたのかは知らないが……マジでギーヴレイ、恐るべし…である。

 ただ豪華で上質な衣装を用意する、という話ではない。

 悠香に似合っていて、悠香の魅力を妨げず、悠香の魅力を引き立て、悠香の本当の魅力を再確認させてくれる、そんな装い。


 俺は、悠香が生まれたときからずっと一緒に暮らしてきて、悠香の魅力だったら隅から隅まで把握しているつもりだった。

 それに比べて、ギーヴレイが悠香に接したのはほんの少しの時間だけ。


 それなのに、悠香という宝石の価値を俺以上に理解していなければ不可能なくらいの、このチョイスはどういうことだ?


 ギーヴレイの関心は、俺にのみあるのだと思っていた。ほとんどプライベートのことを話すことはないし、そもそもずっと城で政務続きでプライベートなんてないようなものだし、友人のこととか恋人のこととかなんて聞いたこともない。と言うか、そんなことにまるで興味を持っていなさそうだった。


 だが、興味も関心もない相手に、ここまで出来るものなのか?


 しかも、何か察したのか悠香まで様子が変だし。さっきもやたら距離近かったし。



 …………………。

 ……………確かに、ギーヴレイはイケメンである。少し冷たい印象を受けはするが、女官たちにも彼に熱を上げている者が多いと聞く(主にディアルディオから)。

 顔が良くて、有能で、エリートで、地位も権力もあって、将来性も文句なし。

 

 …うん、女性から見れば、間違いなく魅力的な男だ。


 で、悠香の魅力は今さら説明するまでもない。彼女に好意を抱かない男なんて、いるはずがない。



 悠香に尋常じゃない気遣いを見せるギーヴレイと、やけにギーヴレイを気にする悠香。


 むむ。むむむむむー。


 なんか、気になる。非常に、気になる。

 ここは、聞いておくべきか?それとも、藪蛇は避けるべきか?



 「……なぁ、悠香。あのさ、えっと……」

 「なに、お兄ちゃん?」

 「えっと…大したことじゃないんだけど…さ、その……お前、ギーヴレイのことどう思う?」

 「え、えええ!?」


 ……ちょっと悠香サン。その慌てっぷりはなんですか。てか、なんでさらに赤くなってるんですか!



 「どう思うって…やだ、お兄ちゃん。急に変な事聞かないでよ!」

 「ご、ごめん……」


 さらに、怒られてしまったよ?なんでなんで?図星なの?図星なんですか!?

 どうしよう、俺、どうしたらいい?

 

 ……いやいや別に、二人が好き合ってるなんて根拠はないし、俺の思い過ごしかもしれないし、つかきっと思い過ごしに決まってるけど、けどけど万が一にも万が一ってこともあるし、何より魅力的な男女の距離が物理的に近いっていうだけでも可能性はゼロじゃないし、もしそんなことになったらギーヴレイは俺の義弟?いやいやいやいや悠香だって家に帰らなきゃなんだからそんなわけにはいかないのは分かってるけどってあれそう言えばそもそも悠香はなんでこっちエクスフィアに来たんだっけ?


 「……お兄ちゃん?」

 「えあ?ああああ、うん、ごめん、何だっけ?」

 「なんか変だよ、お兄ちゃん」


 悠香に、呆れられてしまった。


 この話題、このくらいにしておいた方が良さそうだ。下手につついて、変に意識させるのは悪手な気がする。

 ついでに、このまま悠香を魔界ここに置いておいても、良くないような気がする。


 うん、そうだよ。悠香は人間なんだし、世界が違うと言ってもやっぱり同族の中で暮らした方がいいに決まってる。

 とりあえずの保護の意味で魔王城に連れて来たけど、明日、地上界に連れていくことにしよう、そうしよう。



 複雑な兄心にうまく折り合いをつけることが出来なくて、そんな消極的な手段を取ることにした俺だったが。



 ……そのせいで自分に襲い掛かる危機のことなんて、想像もしていなかったのである。




 

桜庭兄妹の遣り取りはなんだか新鮮です。

勇者一行や臣下たちとは違った気の使い方をしてる魔王がちょっと微笑ましい。

あと、リュートの目線はかなり兄バカです言うまでもなく。

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