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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
427/492

第四百二十一話 決着へ



 地上界の争いは、佳境を迎えていた。

 

 幻獣の群れは、そのほとんどが既に塵に還っていた。魔族の軍勢と地上界の勇者たちの共闘という稀有な出来事は、後の世に語り継がれることとなる。


 これは、ほとんど予想されたことだった。魔族は、肉体的にも魔力的にも全種族中一、二位を争う。それに加え、ベアトリクスの“聖母の腕クレイドル”のパラメーター補正は魔族たちにまで及び、完全回復を果たした勇者2号一行とヒルダは消耗を気にせず戦場を暴れまわり、そして傷を負えば即座にエルネストが回復させてしまうのだ。地上界を殲滅する目的で召喚された幻獣のレベルでは、到底勝てるものではない。


 最初から、懸案事項は央天使サファニールの存在だけだった。


 

 「……ふむ。流石は央天使よ。…と言うか、お主、以前よりも強くなってはいないか?」


 刀を鞘に納め、次撃のために腰を落とし居合の構えを取りながら、アスターシャがサファニールに問いかけた。

 彼女は天地大戦の折、サファニールと戦ったことはない。

 だが、自分たちと同格のギーヴレイとほぼ互角だったはずのサファニールに、現在はアスターシャとディアルディオの二人がかりで相対しているのだ。にも関わらず、未だ勝負はついていない。

 ジオラディアと違い、権能ファクルトゥスの相性が悪いということもない。それで互角なのだから、サファニールの実力は、間違いなく地天使ジオラディアよりも上である。


 称賛を受けた形のサファニールだったが、何故かその表情は浮かなかった。

 「……強く…か。力と強さが同義であるのならば、確かにそう言えるのやもしれぬが……」

 まるで、自分は強くなってなどいない、とでも言うように。

 「確かに、御神より特別なご加護を賜っている。かつて五権天使クィンケリエに等しく与えられていたそれが、今や私一人に集中しているのだから」


 天地大戦の折、創世神は魔界を除く世界全てに加護と恩寵を与えていた。その頃の創世神には、彼女を崇め彼女を愛し彼女に仕える者が数多くいた。それだけ、彼女の加護を必要とする者も多かった。

 しかし、今はもうサファニールだけである。旧い世界を否定した創世神が、その住民に加護を与えることは最早ない。いずれ新しい世界が生まれ、そこに彼女を愛する生命たちが誕生するにしても、それはきっとずっと後の話。

 今の創世神には、サファニールしかいないのだ。

 だからこそサファニールもまた、創世神以外を求めることは決してなかった。


 「へーぇ。愛情独り占めってやつ?にしてはあんまり嬉しそうじゃないねー」

 皮肉めいた笑みでディアルディオが冷やかす。戦い始めてすぐ、彼らもサファニールが()()を望んでいたわけではないということに、気付いていた。

 サファニールはそれには答えず、沈黙をもって彼の内心を語った。


 「…ま、いいや。僕たちも別に、お前が羨ましいとは思えないし」

 サファニールにとっての創世神は、彼ら魔族にとっての魔王である。その魔王の寵愛を一身に受けることが出来るのであれば、それは()()()()()()()()()歓びを彼らにもたらすだろう。

 しかし、ならばそれを望むかと言えば、そうとは言えない気持ちがディアルディオにはある。そんなのは魔王らしくないということもあるが、お互いしか存在しない…という閉ざされた共依存の関係はどこか息苦しさを伴う。

 ギーヴレイであればもしかしたらそんな息苦しさなんて無縁で狂喜するのでは…と思わなくもなかったが、病的なまでの魔王偏愛者はさておいて。


 「んじゃ、小休止もこのくらいにして続きにしよっか。って言うか、そろそろ終わらせたいんだけど」

 「そうだな。廉族れんぞくたちの被害も軽くない。後のことを考えると、早めに終わらせるに越したことはないな」


 ディアルディオの提案に答えたアスターシャは、再び攻撃に移った。一瞬でサファニールの懐に飛び込み、神速の抜刀で狙うはその首。 

 サファニールは紙一重…文字どおりの紙一重で刃を躱した。しかしそれは、何とか躱してみせた…といった風ではなく、明らかにアスターシャの間合い、領域を把握した上での最小限の動きだった。そして躱しつつ後方のディアルディオに向けて腕を振るった。

 瞬間、ディアルディオの周囲に光で出来た無数の花弁が舞った。それらは地に落ちると同時に姿を変える。

 生まれたのは、表情を持たない画一的な数十の天使兵。サファニールの権能ファクルトゥス、「認識支配」で形成されたものだが、概念上の存在であるため通常の攻撃では破壊も迎撃も不可能。

 したがって、


 「あーもう、めんどくさいったら!!」

 ディアルディオは、己の権能ファクルトゥスによって対応せざるを得ない。不可視の力…彼の「滅び」に触れて、天使兵たちは見る間に消滅していった。


 存在値において同格である両者であるために、お互いが自分の権能ファクルトゥスを直接相手にぶつけることが出来ない。それが分かっているので、サファニールは権能を牽制だけに用いている。そのせいで、ディアルディオの権能は防御に専念しなくてはならない。

 それでも、サファニールの権能を無効化させているという意味では充分な助けになっており、おかげでアスターシャの方は攻撃に専念することが出来ていた。

 

 傍目には膠着状態に陥っているように見える両者であったが、徐々に形勢は魔族側に傾きつつある。

 武王二人に加え、幻獣を倒し終えた勇者たちもその後ろに控えている。今はアスターシャとサファニールの攻防についていけず見ていることしか出来ない彼らではあるが、機会があれば躊躇いなくアスターシャの援護に入るだろう。


 幾度目かの斬撃が、とうとうサファニールを捕らえた。浅くではあるが、彼の肩口に血花が舞う。痛みなど感じていないかのように、彼の表情は変わらなかった。

 その冷静さ…というよりも平静さに、戦いながらアスターシャは内心で首を傾げた。彼女の斬撃を縫うようにして襲い来るサファニールの攻撃は、確かに強力なもの。しかし、そこに何が何でも敵を倒そうという気概というか、気負いのようなものが感じられないのだ。


 「……なるほど、時間稼ぎというわけか」

 口調と表情に失望を隠さず、アスターシャは彼の狙いを言い当てた。

 「状況によってはそれも正しい選択であろうが、ここでそれは、ちと無粋ではないか?」

 「……戦いに、粋を持ち込む趣味はないのだが」


 サファニールはおそらく、創世神と魔王の決着を待っている。勿論、己が主である創世神の勝利を疑ってはいないだろう。そして創世神が勝てば魔族たちが受ける魔王の加護も消え失せ、サファニールに対抗出来る者はいなくなる。

 それを待つのは、理に適った行為ではあった。しかし、


 「互いの主がその存在を賭して決戦に挑んでいるというのに、従僕たる我らがこのような生温い様子見に徹するようでは、忠誠も疑われるというもの。どちらが勝利するにせよ、これが最後なのだ。何を出し惜しみする必要がある?」


 結局のところ戦闘狂であるアスターシャは、それには満足出来ない。時間を稼ごうが、ここでの勝敗がどうなろうが、魔王と創世神の戦いの行方には何ら影響を与えることはない。そんな状況で好敵手を前にして、全力でぶつかり合おうとしないというのは彼女に理解し難いことなのだ。


 「……忠義、か」

 問われたサファニールが漏らした呟きは、どこか諦めの気配を含んだ寂しげな響きだった。しかし、

 「と、言うのは建前で、少しは楽しんでみたらどうだ、ということなのだが」

 アスターシャがそう付け足すと、微かに笑みを浮かべた。穏やかで、とても宿敵である魔族との戦闘中だとは思えないような柔らかな微笑み。


 「……お主、まさか」

 「よかろう。一度くらい、戦いに粋無粋を持ち込んでみるのも、面白いやもしれぬな」


 何かに気付いたアスターシャを遮るように言うと、光を収束させて形成した剣を構え、アスターシャにその切っ先を向けるサファニール。

 

 アスターシャは、それ以上の言葉はそれこそ無粋だと思った。

 「このような形で出逢ったのでなければ、お主とは悪くない関係が築けたかもしれんな」

 サファニールは、この世界の敵として、この世界を滅ぼすために、ここにいる。それならば、彼が何を思おうがその望みが何であろうが、戦う以外の選択肢はない。

 共感も、同情も憐憫も、きっと彼は否定するだろう。


 「…随分と陳腐な言い回しだ。が、私も同感だ」

 そう答えながらも、サファニールからは先ほどの穏やかさが完全に消えていた。それどころか、この戦場に現れてから初めて、明確な殺意を示した。

 どこか達観していたような空気はナリを潜め、殺し合いの相手としてアスターシャとディアルディオ、魔族たちを見据える。

 

 後方でそれを見守る勇者一行と廉族れんぞくの兵士たちは、その鋭く重い殺気に息を呑んだ。それまでのサファニールが、如何に彼らに対し手心を加えていたのかということを、今さらながら思い知ったのだ。


 「サフィー…」

 思わず声をかけて近付こうとしたベアトリクスを、ライオネルがその肩を掴んで止めた。振り返った彼女の痛切な表情に一瞬怯みながらも、首を横に振る。

 「お気持ちは分かりますが、ここは貴女が出張るところではありません。我々に出来ることは、もう終わりました」

 「でも………いえ、そうですね…」

 抗議しかけて、ベアトリクスもそれを悟った。今ここにいるサファニールは、かつて彼女らと共に過ごしたサファニールではない。否、同じかもしれないが両者の道は分かたれた。彼がベアトリクスたちに情をかけることはもうないだろうし、もし次に対峙することがあれば容赦することもないだろう。


 あれは、五権天使クィンケリエ筆頭、央天使サファニール。創世神の最側近にしてその寵愛、加護、恩寵を一身に受ける者。

 そして、その意に従い現世界を滅ぼさんとする敵。

 

 何も出来ないことが歯がゆくて俯くベアトリクスのところに、エルネストが近付いてきた。ディアルディオも、アスターシャとサファニールの一騎打ちに水を差すことはせずに、彼女らのところまで下がってくる。


 「どうやら、これが最後というわけですか?」

 「多分ねー。陛下の方も、そろそろ終わるかな?」

 呑気に話しながらも、エルネストもディアルディオも、その視線は真剣にアスターシャへ向けている。

 「どっちが勝つと思う?」

 「それは当然、アスターシャ閣下と言わざるを得ないでしょう、私の立場では」

 「……お前って、けっこういい性格してるよね」

 しれっと言うエルネストに、ディアルディオは呆れた顔をした。とは言え、エルネストがそう言うのも分からなくはない。

 完全に殺る気になった央天使に、アスターシャの剣がどこまで通用するか。今までの戦いからすると、勝率は良くて三、四割といったところ。しかしディアルディオにそれほどの不安はない。

 「ま、アスねぇってこういうシチュエーション好きだからねー。何て言うか、気合と根性で逆境を乗り越える、的な?」

 「あー…それは何か、分かる気がします」

 かつて相性最悪な地天使と戦った際も、何だかんだで楽しんでいた感じのアスターシャを思い出して、エルネストも同意。


 

 そんな呑気な外野ギャラリーの会話はアスターシャとサファニールのところにも届いてきていたが、両者は既に外界をシャットアウトしている。

 二人とも、権能ファクルトゥスを行使する気配はない。駆け引きも牽制もなく、ただ魔力と闘気を高めていく。

 キリキリと張り詰めた空気が限界に達したところで。


 合図の言葉もなく、しかし両者はまるで申し合わせたかのように完全に同じタイミングで、地を蹴った。




さてさて、地上界の方もぼちぼち終了です。残り二話!

最後までお付き合いくださいませ~。

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