第四百十四話 2号、がんばる。
創世期、そしてそれに続く黎明期。
世界が最も活性化していた時代には、多くの英雄、傑物が出現した。
特に、天地大戦の勃発する黎明期後半にはそれが顕著で、時空界を問わず現代から見れば規格外の猛者たちが、世界の至る所で活躍していたものである。
やがて、戦が終わり復興、平和と世界が移り行く中で、そういった強者たちは姿を消していく。
それは、世界が力を必要としなくなったためか、或いは創世神と魔王が世界から退場したからか。
央天使サファニールは、そんな時代において天使族を統括する立場にあった最高位天使である。同じ最高位天使という肩書を持っているとしても、衰えた時代の風天使グリューファスとは、その存在値も力も明らかに異なる。
かつて半分に分かたれた…すなわち、全盛期の半分でしかないという状態にあってなお、サファニールの力はグリューファスを凌駕していた。
無論、創世神の加護を一身に受けている、という事実も大きい。だがそれを差し引いても、グリューファスとウルヴァルド、シグルキアスの三人がかりでやっと拮抗している状態である。
仮にグリューファスらがここにいなければ、或いはサファニールが完全体であったならば、一瞬で自分たちの敗北は決定していたのだろうと、ベアトリクスは上空で繰り広げられる戦いを見上げながら思った。
派手な術式の撃ち合いはない。てっきり高位天使同士の戦いともなれば【断罪の鐘】の連発で戦場は地獄絵図と化すのだろうと思われたが、双方にその気配はなかった。
グリューファスにしてみれば、一人の敵を滅ぼすのに広範囲の攻撃を用いるのは非効率極まりないからであり、そしてサファニールがそうしない理由は、確証はないがおそらく、自分たちを巻き添えにしたくないという思いが働いているからではないか。
今はもう敵でしかないサファニールであるはずなのに、何故かベアトリクスはそう思えて仕方なかった。
天使たちの争いは、その決着が全体の趨勢を左右するものであり目が離せない…もとい、目を離したくはないのだが、ベアトリクスたちも呑気にそれを見物していることは出来なかった。
グリューファスが空間に裂け目を作ってくれたおかげで、幻獣の大群が都市部に向かう事態は避けられた。その代わり、行き場を失った幻獣たちは手近な獲物に狙いを定める。
地上界軍は、天使たちの援護無しで再びそれらに立ち向かわなくてはならなくなったのである。
「くそっ結局フリダシかよ!」
「でも、とりあえず敵がこれ以上先へ進むことはないんですから、それだけでもマシと思いましょう」
悪態をつきながら目の前の幻獣に強烈な足技をお見舞いし、しかし一撃では倒せなかったことにムジカは焦りを見せた。
その幻獣にとどめを刺したライオネルはムジカを慰めるが、彼とて決して平静ではいられない。
今はまだ、なんとか兵士たちの統制は取れている。だが、徐々に彼らの中に恐怖と混乱が生じ始めていた。このままでは、天使たちの決着がつく前にこちらが総崩れになる恐れもあった。
「マシっつってもよ、こっちはジリ貧だぜ?雑魚共は戦力にならねーし、どうすりゃいいんだよ」
「往生際が悪いですわよ、ムジカ。今はとにかく、敵を倒すことだけを考えてくださるかしら」
ムジカに喝を入れるフレデリカだが、彼女の放った矢は標的の幻獣の急所を僅かに外した。彼女ほどの腕を持った射手であっても、積み重なる疲労に集中を削がれつつある。
どうすればいい、とはここにいる全員に共通した思いだった。
元来、廉族とここにいる幻獣たちでは、明らかに戦闘力に大きな差がある。サファニールの登場によって天使たちの援護も見込めなくなり、数でも劣る彼らの勝率は限りなく低くなった。
希望である勇者たちも、たった5人では早晩限界を迎えるだろう。
「…まったく!勇者も楽ではありませんね!!」
どこかヤケクソ気味にそう叫ぶと、ライオネルは体の正面に剣を構え、魔力を練り上げた。それまで温存していた力も、出し惜しみすることをやめたようだ。
「ちょっとライオネル、ペース配分とか考えてますの!?」
ライオネルの魔力の高まりが尋常でないことに気付いたフレデリカが、慌てて声をかけた。だがライオネルは、彼女の忠告を聞き流した。
「【剣林弾雨】!!」
ライオネルが聖剣“罪と罰”を振るい、衝撃波が生まれる。その衝撃波は幾千もの刃へと形を変え、彼の周囲の幻獣に突き刺さった。
かなりの威力の攻撃である。が、それだけで幻獣を屠るには至らない。そこに追い打ちをかけるように放たれたのは、ヒルダの重力系攻撃術式。
串刺しの上に圧し潰されて、幻獣たちは苦悶の声を上げながら地面へと沈んでいった。
「と…りあえず…これで、魔力…補充は、しばらく…大丈夫でしょう…」
肩で息をするライオネルの視線の先には、幻獣たちが遺していった魔晶石。彼の狙いはそこだったのだが、
「何考えてるんですの!魔力を回復出来たって、体力が尽きたら意味ないじゃないですか!」
ただでさえ大技を連発していて疲労困憊だったところに、今の攻撃でライオネルはかなりきわどいところまで消耗してしまった。
それでもライオネルは笑顔を崩さない。それは強がりと言うよりも、どこか吹っ切れたかのように見えた。
「問題ありませんよ。体力は魔力と違って、気合と根性で何とかなりますし…ね」
勇者ライオネル=メイダードは、決して精神論を振りかざし無茶を重ねるような人物ではない(どこかの勇者1号とは違って)。
いつぞや、卑怯者との誹りを受けるであろうことを承知の上で魔王暗殺を目論んだことからも分かるように、ベアトリクスとは若干違った意味で合理的な思考・行動を是としている。前回の戦でも決して無茶無謀はせず、実に計算高く戦ってきた。そんな彼が根性論を持ち出してきたことに、仲間の二人は違和感を拭えない。
「気合と根性って……らしくねーこと言いやがって」
「ライオネル、なんだかキャラ変わってませんこと?」
ライオネルはそれには答えず、無言で魔力を込めた斬撃を新手の一体に叩きこんだ。【破邪暁光斬】ほどの威力は持たず、ゆえにその一撃で敵を沈黙させることは出来なかったが、間髪を入れずに次撃を繰り出して完全にとどめを刺す。
普通に考えれば戦場に立つのも無理なほどに消耗しているのに関わらず、それを覗わせない苛烈で鬼気迫る姿に、仲間二人だけでなくベアトリクスとヒルダも息を呑んだ。
「……僕は、勇者です」
「え?ええ、そうですわね」
言うまでもないことを誰にともなく呟いたライオネルに、思わずそう答えるフレデリカ。しかし同意を貰ったライオネルの表情は冴えない。
「僕は、勇者たることを自分自身に課しました。誰が何と言おうと、僕は僕が勇者であると宣言します」
「……あの、ライオネルさん…?別に、誰も異論は唱えてませんよ?」
実のところ本心では彼の勇者の資格を疑いまくっているベアトリクスではあるが、なんとなく雰囲気的にそう言わざるを得ないような気分になっていた。
ライオネルは、ベアトリクスの言葉にも答えなかった。
「だから、少しくらい勇者らしい無茶だってしてみせます。確実で安全な道でなければ歩けないなんて、そんなの勇者じゃありませんよね?」
そう言って仲間たちを見るライオネルの目には、確固とした決意と覚悟、そしてほんの僅かな不安が浮かんでいた。
ベアトリクスは、彼の目を見て気付く。彼は、今回の騒動…創世神による世界の改変に際し、自分に何の変化も影響もなかったことで、自分自身の正当性に疑問を持ったのだ、と。
アルセリアがどこで何をしているのか、彼は知らない。が、グリードやベアトリクスらの態度と状況の流れから、なんとなく察しているようだった。
アルセリア=セルデンは創世神と深く関わっている、ということを。
それに引き換え何もなかった自分は、本当に神託の勇者なのだろうかと不安に思うのも、彼が勇者たる自分に誇りを持っているから。
だからこそ、彼はここで自分自身に証明しなくてはならないのだ。
神託を受けたからではなく、夢のお告げを受けたからでもなく、行動でもって、自分は勇者であるのだと。
そのための無茶ならば、いくらでも重ねるつもりだ。
そう示すかの如く、彼は再び幻獣の群れに突っ込んでいく。
ライオネル以上に合理主義なベアトリクスだが、そういう暑苦しさは嫌いではない。寧ろ好感さえ抱く。なにしろ彼女の親友は気合と根性だけで魔王に立ち向かったほどなのだから。
一見無表情で熱くなることがないように見えるヒルダも、その実、気合と根性でありえないほどに魔力を使い果たし死にかけたことがあるくらいなので、根性論を嫌うはずがない。
ライオネルをいけ好かないと思ったこともある二人だったが、今は彼の意外な面に励まされていると感じた。それは、今の彼がアルセリアととても似た考えを持っているからだろうか。
ベアトリクスもヒルダも、フレデリカもムジカも、他の兵士たちも、暑苦しい勇者の暑苦しい姿に感化され、仕切り直しだと言わんばかりに再び猛攻を開始した。
言うまでもなく、ライオネルを選出したトルディス修道会の姫巫女は似非です。
が、彼の在り方・考え方が一番勇者っぽいんじゃないかと思います。




