第四百十話 肉を切らせて骨を断つって言うけど肉を切られても十分ヤバいじゃんって思うの自分だけだろうか。
「‘顕現せよ、其は刺し貫く刃也’!」
「‘理よ、盾と成りて聳え立て’」
俺の生み出した刃は、エルリアーシェの生み出した壁に阻まれてあえなく消え去った。彼女の壁もまた、相殺されて消滅するが、
「‘光よ、我が敵を撃ち抜け’」
お返しとばかりにその向こう側から、光条の槍が飛んでくる。
俺はその光にキアの刃を合わせ、僅かに軌道をずらすことでやり過ごした。壁を生成しても良かったのだが、出来るだけ神力を節約するためである。
……うん、いける。
真向から防ぐことは無理でも、いなすことくらいならキアでも可能だ。負担もそれほどではなさそうだし、流石は神格武装。
“星霊核”から引っ張ってこれる力は、現在のところ俺とアルシェで同じくらい。後は、ドーピングの分の優位が、彼女にはあるわけで。
数万単位の生命体の霊素は、俺たちから見れば…世界全体の総量からすれば、たかが知れている。が、完全に力が拮抗している状態では、その僅かな差が非常に大きい。
なんとか、ちまちまと神力を節約しつつ、突破口を見付けなくては。
俺にとって心強いのは、一人ではないということ。戦力という意味ではキアは力不足だが、それでもアルセリアを救い出すには非常に強力な助っ人である。
最初は連れてくるつもりはなかったし、やっぱり今も連れてきたくはなかったのだけども、こうなったらその力をアテにさせてもらう。
〖…ギル……ギル!〗
手の中のキアが、語りかけてきた。
〖あのさ、なんかアルシーの未練を刺激するようなアイテムとかってないの?〗
……アイテム…未練を刺激するような……?
〖今の状態だとさ、創世神のガードが固すぎる。何か切っ掛けになるものが欲しい〗
そう言われても……具体的には?
〖何でもいいよ、思い出の品とか、誰かの形見とか、大切にしてる宝物とか〗
うーん……と言ってもなー、あいつ、あんまり俺にプライベートのこと話したりしないし…。
実のところ、俺はアルセリアのことを、少なくとも自分と出逢う前の彼女のことを、ほとんど知らない。かつて魔王崇拝者のところで生贄として育てられていた、という惨い過去をチラッと聞かされたくらいで、それも断片的というか表層的というか、あいつ自身あまりよく覚えてないみたいだったし。
ヒルダやビビに関しては、多少聞かせてもらった。家のこととか、家族との関係とか。彼女らが、それらに対してどんな感情を抱いているか、とか。
けれども、アルセリアに限って言えば、あいつは何も語ろうとしなかった。そこまで悪い生活でもなかった、と茶化して話していたくらいで。
だから俺が知るアルセリアとは、元・生贄だったという事実の他は、出逢った後で知った事柄…頑固で猪突猛進で単細胞で考え無しで気まぐれで怒りっぽくて食い意地が張っていて打たれ弱いくせにすぐに立ち直るだとか甘ったれのくせに素直じゃないとか女らしさに欠けてるくせに指摘すると怒るとか、そんなことくらい。
とてもじゃないが、創世神の鎖から解き放つための手がかりが、その中にあるとは思えない。
俺なんかより、相棒のキアの方が何か聞いてるんじゃないか?
〖そうでもないんだよ。付き合いもそんな長いわけじゃないし、アルシーってそういうことあんまり話してくれないし〗
……そうなんだよなー。ヒルダみたいに他人を拒絶したり、ビビみたいにあからさまに他人と距離を取ってるわけじゃないんだけど、見えない壁を高く高く築いてしまうタイプみたいなんだよな、アルセリアって。
ビビやヒルダなら、聞いてたりするのかな。俺は、やっぱりまだ完全には信頼してもらえてなかったのだろうか。
キアとの遣り取りの最中もアルシェの攻撃をいなしたり躱したりしていたのだが、一瞬そんな弱気な考えが脳裏をよぎり、危うく躱し損ねるところだった。
「どうしたんですか、ヴェル。手数が少なくなってきてるみたいですけど、疲れちゃいました?」
キアの声が聞こえないアルシェは、俺とキアの会話に気付いていない。俺からの攻撃が絶えたのを神力不足のせいだと思っているようだ。
そのまま勘違いしてもらって、もう少し彼女の神力を浪費させられないかなー…。
〖とにかく、アルシーが意外に秘密主義だったってことは分かったけど、一緒に旅をしてる中で何かなかったの?思い出深い出来事とか、彼女が特に強い反応を見せてたこととかさ〗
……………うーん…思い出って言えば全部思い出だけど…その中で特にっていうものなんてあったか……?
考えても考えても、食べ物関連くらいしか思いつかない。が、ここでいきなり彼女の口に食べ物を押し込むわけにはいかないということは、既に出ている結論だ。
ヒルダも言ってたじゃないか。食べ物持って戦う魔王とか、ない…って。つか、そんな隙があるはずないだろ。
食べ物以外で何かあったっけ?そもそもの出逢いからして確かに印象的ではあったけど…それはアルセリアにしてもそうだろうけど、何せ魔王が落とし物を届けに自らやって来たんだから…
…………………ん?
待てよ……落とし物……そう言えば。
彼女の持ち物の中で、勇者としての装備品ではない唯一の品………木製の、ちっぽけな聖円環。
値の張る一点ものや高級品ではなく、どう見ても手彫りの拙い技巧で作られた、勇者の持ち物にしてはあまりに貧相な代物。
だからこそ、あれは……彼女にとって、「特別」なモノ…なんじゃないか?
〖何か思いついた?〗
…ああ。思い出した。アルセリアは、確かにあの聖円環を、大切なものだと言っていた。愛おしそうに抱きしめて、涙ぐんで……
そう、あいつが涙を見せたのなんて、あれっきりだったじゃないか!
〖聖円環?〗
そうだ。俺が知る限り、それがアルセリアの一番深いところに繋がっている。逆に、それでダメなら打つ手なし、だ。
で、どうすればいい?
〖私で、その聖円環を思いっきり突いて!〗
……って、ええ?それ、大丈夫なのか?アルセリアごと貫いてしまうんじゃ……
〖大丈夫だって。私を何だと思ってるの?武器としてじゃなくて、媒体として機能するから〗
そ…そうなの?何が違うのかよく分からないが……信じていいんだよな?
〖もっちろん!……ただ、それで本当にアルシーが帰ってくるかどうか……アルシーの未練がそこまで強いかどうかは、やってみないと分からない……〗
けど、他に方法はないんだろ?
だったら、やってみるしかない。ダメだったら、また次を考えよう。
〖…そう、だね!じゃ、ギル。思いっきりいっちゃって!!〗
よっしゃ。思いっきりいかせてもらいますか!
……とは言え、そのためにはアルシェの懐に入り込まなければならないわけで。
あいつの防御を突破して、となると、相当の力技…だよなぁ…。
〖出し惜しみしてる場合じゃなくない?〗
……そっか。そうだよな。うん、そうだ。最大のチャンスに全力を注がなくてどうする!
キアに背中を押され、俺の決心も固まった。少しばかり強引にいかせてもらうことにする。
俺は“星霊核”から引っ張ってこれるだけの神力を全て自分の影に注ぎ込み、攻撃用と防御用に幾つもの刃を作り出した。
「なーんだ、まだまだ元気じゃありませんか。それとも……最後の力を振り絞って、とかそういうことですか?」
「残念ながら、そのどちらでもないんだけど……な!」
アルシェも、俺が何かをやる気だということに気付いたのだろう。俺は構わず、地を蹴って彼女に向かって走る。
「うふふ、情熱的なヴェルも素敵ですよ」
そう言いながら彼女が生み出した理の刃が、槍が、光が、俺に襲い掛かる。俺は自分の影でそれらを受け止め、薙ぎ払い、対応し損ねたいくつかを身体に受け、それでもなお進む。
「肉を切らせて…とかいう諺がありましたけど、そういうことですか?」
依然として、アルシェの余裕は崩れない。ヤケクソの特攻では自分を斃すことは出来ないと思っているのだろう。
そしてそれは事実だ。ただ闇雲に突っ込んで刃を振り回すだけでは、彼女には勝てない。
だが、俺が求めているのは勝利ではない。
間合いに入った。もう彼女は目の前だ。
アルシェは、目前に来た俺を拒むかのように、俺との間に分厚い壁を生み出した。
「邪魔だ!!」
俺は、ありったけの影をそれにぶつけた。アルシェの壁と俺の影が、矛盾の由来となった伝承のように、双方とも砕け散った。
影は全て消えた。回復にはしばしの時間がかかる。今の俺に、アルシェにダメージを与える武器はない。
俺の手にあるのは、アルセリアを取り戻すための術。
俺は、構えたキアをアルシェの首元…ローブの下に僅かに垣間見えた、ボロっちい聖円感へ向かって突く。
〖アルシー!〗
「いつまで寝てんださっさと目ぇ覚ませこのポンコツ娘!!!」
俺とキアの、ありったけの力と叫びと思いを込めた渾身の一撃が、彼女の胸元を貫いた。




