第四百六話 決戦の地へ
「で、気は済んだ?」
「ん、まーな。ずっと気掛かりだったことだし」
片付けなければならない案件を全て終え、俺はこれからキアを伴って創世神戦へと突入、である。
「ところでさ、気になってたんだけど、どうやって創世神のところに行くの?」
キアは、案内が出来るというヴォーノの姿がここにないことに首を傾げている。案内役がいなくてどうやって目的地へと辿り着けるのか、と。
だが、ヴォーノの言った案内云々はあくまでも表現上のもので、実際にはヴォーノが俺たちを案内するわけではない。
…否、ヴォーノが俺たちを案内出来るわけがない。
創世神が籠っているのはどこにも繋がっていない閉鎖された空間だということは、俺がどれだけ気配を探ってみても、“天の眼地の手”による観測でも、アルシェの居場所が探知出来ないことから、明らかである。
隔絶された空間であるため、地図どおりに道を辿っていけば到着する…という類の場所ではない。物理学的な距離は、存在していないのだ。
当然、そこに出入り出来るのは空間を操作する力を持つ者のみ。俺たちや高位種族ならまだしも、廉族でありしかも能力的には平均以下の(と思われる)ヴォーノに、「案内」などは不可能。
正確に言うと、ヴォーノは案内が出来るのではなく、そこへ至る標を持っていた、ということになる。
「……標?そこへ行くための、手がかりってこと?」
そんなようなことを軽く説明しただけで、キアはなんとなくだが理解してくれたみたいだ。そこのところ、単細胞勇者とは訳が違う。
「そ。で、それを貰った」
俺は、キアにヴォーノから受け取った標…この場合は鍵に近い…を見せた。
それは、一枚の羽根。空を舞ううちに陽光を絡めとったのではないかと思われるような、揺らめく黄金を纏う純白の羽根。
キアはそれに目を近付けてマジマジと見定め、その次に鼻を近付けてクンクンと匂いを嗅いだ。
……って、犬じゃないんだから。
「……これ、サフィーの?」
……って、犬かよ。
「え、何、なんで匂いで分かるの?キア、あいつとそこまで親しかったわけ…?」
一瞬色々と勘ぐってしまったのだが、考えてみたら彼女、一時期サファニールに匿われていたことあるんだっけ。
……いや、だからと言って匂いで相手を判別できるほど親密だなんてのはおかしくないか?
「私、こう見えてけっこう鼻はいいんだよ?普段はそうでもないけど、意識すればフィリエの嗅覚が使えるからね」
「あー……なるほどそっか。……………幻獣って嗅覚あるの…?」
どうにも釈然としないが、今さらグダグダ言っても仕方ない。
それよりも気になるのは、サファニールがヴォーノにこれを渡した理由だった。
これは、サファニールの霊力により形作られた、奴の一部。霊脈を通せば、彼のいる場所=創世神のいる場所まで繋ぐことが出来る。
それが分かっていて、何故彼はヴォーノに自分の羽根を渡したのか。
「おそらくあの方はぁ、あたくしがユウトちゃんのところに行くだろうと分かってらしたんだと思いますわん」
…と、ヴォーノは言っていた。
「分かっていて止めようとはなさらなかったし、分かった上であたくしにこれを下さったんじゃないかしらん」
創世神がヴォーノをどういう風に扱っていたかは知らないが、奴さんが魔王の下へ行くというのは裏切り行為に他ならない。本来、サファニールはそれを止めなければならない立場のはず。
「これはあたくしの勝手な想像なんですけれどもねん、サファニール様は、どうも御神とご自身の往く道に完全には納得してらっしゃらないみたいですのよん」
五権天使として、天使族として、創世神には絶対の忠誠を誓っている。が、同時にこの世界に生きる者としてその滅亡を素直に受け容れることが、少なくともその覚悟が、出来ていない。
俺はサファニール(キアの表現を借りると白サフィー)とはほとんど交流がない。天魔会談の直前に俺のこと散々ディスってくれたっていう記憶くらいしかない。が、その様子から、白サフィーは物事の道理を冷静かつ理知的に捉えることの出来る人物であると、俺は評価している。
そのサファニールが、ヴォーノを見逃し、居場所の手がかりさえも渡した…使い道は白紙委任で。
罠かもしれない、と思ったのは一瞬だった。もし、実はアルシェが既に本調子を取り戻していて、俺をおびき寄せようとしているのであれば、こんな回りくどい遣り方をする必要はなく、単純に俺を「招待」すればいいだけのこと。
となると、これはサファニールの独断ということになる。
敢えて創世神と魔王をぶつけ合わせて、その結果を運命として受け容れるつもり…なんじゃないか。
ともあれ、迷う余裕なんてのはない。罠だろうが何だろうが、向こうがその気になれば即座に戦闘開始なのだ。運が悪ければそういうことで、運が良ければ先手を取れる。
ただ、それだけのこと。
どうせ、勝率は良くて五分悪くてゼロ、一か八かの成り行き任せなのだ。ここで立ち止まるという選択肢は、最初から存在しなかった。
「…ふぅーん。あのおじさん、ウザいんだか役に立つんだかよく分からないよね。そういうとこ、ちょっとギルに似てるかも」
「!?ちょい待ち!誰と誰が似てるって?つーかそれ、遠回しに俺のことウザいって言ってる!?」
ななななな、なんか聞き捨てならない台詞がキアから飛び出してきたぞ!
本気じゃないよね?ただの悪口だよね?本気で俺のことウザいって思ってるわけじゃないよね?
「んー…………………………まぁ、ね」
沈黙の意味が怖い。しかも、濁された。
結局俺は、自分がウザいのかウザくないのか分からずじまいだった。
気を取り直して。なおかつ、気を引き締め直して。
俺は、手にしたサファニールの羽根に、引っ張って来た霊脈を繋いでやる。
横で見ているキアも、いつの間にかシリアスモードだ。
“星霊核”から出でて星を巡る霊脈。あたかも水路のように人為的に俺が引いて来たそれは、一瞬で羽根を呑み込んだ。サファニールの黄金色の霊力が霊脈の流れに溶けて、俺たちに行くべき道を示す。
即席で開いた霊脈は、それまで指向性を持っていなかった。しかしサファニールの羽根を吸収し、呼応する存在へ向けて流れ出す。
俺とキアは、その流れに身を任せた。
なお、キアのことはがっちりと抱きしめている。そうじゃないと、キアだけ流されて分解されて星に還ってしまうからだ。
俺にとってはそう珍しい経験ではないのだが、霊脈に乗るという行為はキアにとって初体験で、俺の腕の中で彼女が身を強張らせているのが分かった。
力を入れたり踏ん張ったりしたところで何が変わるというものではないのだが、それは生命体としての本能のようなものだろう。
感覚としては、一瞬。と言うかそもそも、地理的に移動したわけではない。気付けば、周囲の景色が一変していた。
まるでマッドサイエンティストの実験場に迷い込んだかのような錯覚を覚える。
輪郭の定まらない山々。ひしゃげている湖。出来かけの丘。至る所から飛び出す捻じれた木々。
試行錯誤の真っ最中の、世界。
俺とキアは、何もかもが中途半端な、質の悪い冗談みたいな景色の中に立っていた。
いよいよラスボス戦突入です。




