第四百五話 あんまり信頼が過ぎると重いというか鬱陶しいときがある。
「ほんっとーに、何もないのか、それ以外に?」
「左様でございます」
「いやいやいやいや、そんなことないだろ。何かあるだろ」
「いいえ、他に望むことなどございません」
ギーヴレイとの押し問答。
今まで俺が一番苦労をかけてきたのがギーヴレイで、そして今後もそうだろうことは確実なので、とにかく何でもいいから望みを言ってみろと聞いてみた。返事は予想出来たのだが、それでも聞いてみた。
で、やはり返事は予想どおり。
「陛下がご無事に、本懐を遂げられることを願っております」
……ときたもんだ。
こいつは昔っからそればっかりで、それでも昔は気にすることもなかったんだけど、その忠義と功績に見合う報いを与えたいとようやく主君の自覚に目覚めた俺としては、このまま引き下がるわけにはいかない。
なんとか聞き出そうと粘るのだが、ギーヴレイも頑なに首を振り続けている。
「お前の忠誠は、嬉しく思う。けど、お前が俺を喜ばせようとしてくれるのと同じに、俺だってお前を喜ばせてみたい。これじゃ、余りに他人行儀じゃないか」
「でしたら、陛下」
こうなったら情に訴えるしかないと思い、そんなことを言ってみたのだが。
「必ず無事にお戻りくださると、約束していただきたい」
と、断固とした調子で、言われてしまった。
「あのな、無事に帰る帰らないってのは俺の問題であって、お前の願望とは言えないだろ」
「私が真に望むのは、ただその一点のみでございます」
………………。
ダメだこりゃ。堂々巡りだ。
ギーヴレイが、それを心から望んでくれているということは、俺にだって分かっている。そして彼に限って言えば、それが最大の望みである…ということも。
けど、最大と唯一は違うはず。俺の無事の他にも、それより優先度合いは低いかもしれないが何か望みがあってもおかしくないじゃないか。
だから他に何かないのか、と何度も聞いているのに、この頑固っぷりは一体何なのだろう?
「なぁ、ギーヴレイ。お前にはお前の人生があるんだし、俺にだけ依存して執着して生きていくってわけにもいかないだろ?他者は関係なく、自分だけの望みの一つや二つ…」
「実を申しますと、ないわけではございません」
ん?なんだよ急に。やっぱりあるんじゃないか。だったらさっさとその望みを言ってくれれば…
「……が、それは秘密にいたします」
「なんでだよ!?」
思わずツッコんでしまった。
だって、望みがあって、叶えてやるって言われてて、それを秘密にするとか意味不明だよね?
それ、ほんとに望みって呼べるものなのか…?
「……ですので、どうしても陛下がそれをお聞きになりたいと仰せであれば、この一件が全て終わった後に、再びお尋ねください。さすれば、私はそれを打ち明けましょう」
………………そうきたか。
そんなにしつこく聞くのなら、どうしても望みを知りたいのなら、無事に戻ってこい…というわけね。
ある意味ものすごくふてぶてしい発言なんだけど、ギーヴレイは間違いなく分かって言っているのだろう。
「………はぁ。分かったよ。それじゃ、帰ってきてから聞くからな。そのときになって、やっぱり嘘ですなんて言うなよ」
なんとなくだが、ギーヴレイが何を言うつもりなのかは、分かるような気がする。
が、俺はとりあえず自分が折れることにした。
「寛大な御心に、感謝いたします。それでは、私は御身の無事のお戻りをお待ち申し上げております」
俺を根負けさせたギーヴレイは、どことなく安心したかのような顔をしていた。
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「偉大なる魔王陛下というのも、大変なんだねぇ」
鏡の向こうで、グリードが他人事のように(他人事だけど)しみじみと言った。
「茶化すなよ。……んで、俺はこれから創世神のところへ向かうわけだけど、その間は一切お前らに手を貸せないから、そっちはそっちで頼んだぞ」
使徒たちの攻撃が前回で終わりとは限らない。寧ろ、これからますます激化していくだろう。グリードそれが分かっているから、地上界での軍備も進めていると言う。
「正直、君をアテに出来ないのは痛いけれどね。…まぁ、なんとか踏ん張ってみせるさ」
決して楽観出来ない状況に関わらず、不必要な気負いの見えないグリードである。地上界は、こいつの采配に任せても大丈夫だろう。
「それと、ビビとヒルダのことなんだけどさ。無茶しないように見張っといてもらえると助かる」
留守番のビビとヒルダではあるが、地上界が戦場となれば当然貴重な戦力として駆り出されることになる。
廉族基準で言えばレベルカンストの二人だが、置いて行かれた不満と不安とで、自棄を起こさないとも言えなかった。
と言うか、今までの付き合いから、その手の自棄を起こす可能性が非常に高いと思えた。
「それは勿論だが……あの子らがその気になったら、私では止められないよ?」
「んな情けないこと言わないでくれよ、元・七翼筆頭だろ?」
「まぁ……善処しよう。それでリュート…」
「まぁ、リュートさまがそこにいらっしゃるのですか!?」
何かを言いかけたグリードの言葉に被さって、場違いなはしゃぎ声が聞こえてきた。
まだ姿は見えないが、その声の持ち主が誰なのかは、考えるまでもない。
「姫巫女、奥ノ宮にいるようにとあれほど…」
「リュートさま、お久しぶりでございます!何故私の元に会いに来てくださらないのですか?」
グリードを押し退けて姿を見せたのは、暴走超特急娘、姫巫女マナファリア。最終決戦を目前にして誰もがピリピリしている中、こいつだけは普段とまるでテンションが変わらない。
現在、世界が置かれている状況だって分かっているはずなのに、この図太さ…もとい、精神的タフネスは一体何処から来るのだろうか。
「ごめんだけど、お前に会いに行く理由がないし」
「まあ!そんな照れずともよろしいのですよ?」
「………………」
チラリ。画面の隅っこに押しやられているグリードに視線を送る俺。諦めてくれ、と言わんばかりに首を振るグリード。
図らずも、二人同時に溜息が出た。
「リュートさま、こんな不毛なことはさっさと終わらせて、早く私の元へ帰ってきてくださいましね」
「帰るのは帰るけど、それはお前のところじゃない」
「私、身を清めてお待ちしておりますので♡」
「…………………」
やっぱ、聞いてくれない。
それにしても……随分と呑気だよな。これでも一応は姫巫女なんだし、危機的状況とかを感じ取ってはいないのか。
しかも、不毛な…とまで言っちゃってるし。
魔王と創世神の争いを「不毛」だと表現出来るのは、世界広しと言えどこいつだけに違いない。
「お前さ……不安とかはないわけ?」
信徒たちが混乱する世界の中で恐怖に打ち震えているってのに、導き手の象徴たる彼女がのほほんとしていていいのか。もう少し、真剣に未来を憂いてみたらどうなのか。
そう言外に含めて、聞いてみたのだが。
「…不安、ですか?ありませんけど」
「ないのかよ!?」
俺だって不安だらけなのに!下手すりゃ世界滅亡の瀬戸際なのに!枢機卿や勇者一行や高位魔族がみんな不安と恐怖の中覚悟を決めてるってのに!
「私は、リュートさまを信じておりますもの。不安に思うことなど、ありはしませんわ!」
「……………………」
彼女が状況を正しく理解出来ていないのではないか、と勘ぐった俺だったが、きっぱりと言い切る自信に満ちた笑みはそういうものではなさそうだった。
俺の無事を祈ってくれている他の連中とは、完全にスタンスが違う。
何の不安も恐怖も疑問もなく、俺が当然のように無事に帰ってくるのだと、それ以外は有り得ないのだと考えている彼女は、かなり認めたくないことではあるが、多分俺のことを誰よりも、無条件に信じているのだろう。
……その信頼が嬉しいかどうか、という点については、どう言ったらいいのか分からない。




