第三十九話 旅の一コマ
「おうおう、カッコつけやがって。正義の味方気取りかぁ、色男さんよぉ」
酔っ払いには、テンプレが存在するらしい。
「すかしやがって。坊やはねんねの時間じゃありませんかーぁ?」
「俺らはそっちのおねーちゃんと、楽しーくおしゃべりをしたいだけなんだよ」
交通の要所、交易都市タレイラまでの道中。点在する小さな宿場町の大衆酒場で、俺は酔っ払いに絡まれていた。
いや、絡まれていたのは俺じゃない。
俺の背後に怯えるように隠れているのは、当然のことだが稀代のポンコツ勇者とその一行、ではなく、この酒場の看板娘。
栗毛に、そばかすがチャームポイントの、愛嬌のある娘さんだ。快活な性格と人好きのする笑顔の持ち主で、彼女に会うために近隣の宿場をワザとスルーしてくる客もいるとかなんとか。
で、今進行しているのは、酒場にはありがちなイベント。
酔っぱらったおっさんたちが、彼女にひどくしつこくちょっかいをかけ、それがあまりにも下品で卑猥な言動だったものだから、ついつい口を挟んでしまったのだ。
俺としては、女の子にそんな声の掛け方をするものじゃない、と紳士的に忠告してやっただけなのに、おっさんたちは激昂するわ、怯えた小動物のように店員さんが俺にすがりつくわ、その光景がおっさんたちの怒りにさらに油を注ぐわ、でもう面倒くさいことこの上ない。
この場に勇者たちがいなくてよかった。絶対、さらに騒ぎを大きくするに決まってるからな。
とは言え…さて、この状況。どう収めようか。
「まぁまぁ。楽しくってのは、お互いが楽しくなくちゃ意味ないでしょ?アンタらもいい大人なんだから、若い子困らせちゃダメだよ」
平和を好む紳士である俺は、出来るだけ彼らを怒らせないように、やんわりと宥めようとした、つもり…なんだけど。
「若造が、偉っそうに!」
「世の中の厳しさってやつを教えてやろーじゃねぇか」
あれ?あれあれ?なんかヒートアップしてる!?
なんでだよ。理知的な大人なら、俺の言葉を理解出来るだろ?自分たちだけ楽しくて、相手が困ってるなんてそんなの良くないじゃないか。
おっさんたちは、旅慣れた剣士のような風貌だった。年季の入った皮鎧に、履き潰す直前の脚絆、そして使い込まれた剣……を、おっさんの一人が鞘から抜いた。
えええ?抜刀しちゃうの?こんな店の中で?
凶器をひけらかした酔っ払いに、店の中から悲鳴が上がる。当然だ。これが日本なら、即通報ものだ。
けれど、この世界の治安維持体制のことは知らないし、なによりこのまま静観する時間的余裕もない。
「土下座して謝るってんなら許してやる。で、こっからさっさと失せやがれ!」
…それは無理だ。自分は何一つ悪いことしていないのに、そんなことは出来ない。
…………ましてやそれが、取るに足らない虫けらであれば、なおさら。
ああ、いかんいかん。つい魔王の本音が。自制しないと、自制。大切なことだよね。それが出来ないと、目の前の大人みたいになってしまうんだから。
一向に謝ろうとしない俺に、おっさんの堪忍袋の緒が切れた。
「吠え面かきやがれ!!」
怒号と、突進。勇者の動きと比べると、いや比べることすら馬鹿馬鹿しいほど鈍重な動きで、男は俺に斬りかかる。
当然、かわすのは容易。
一撃、二撃、三撃。
闇雲に振り回される剣は、悉く虚空を切る。
男が地上界基準でどれだけの手練れなのかは全く分からないが、一日中かわし続けても問題ない程度だ。
ただし、一つ問題が。
「どうした色男!その腰のモノは飾りかぁ?」
攻撃が当たらなくて躍起になっている男が、俺の腰に吊られた一振りの剣に目を留める。のだが。
「実を言うとそのとおりだ!」
堂々と答えた俺に、おっさん唖然。
やがてゲラゲラと哄笑を始めた。
「こりゃあいいや。なんちゃって剣士さまってか?どこぞの貴族のボンボンがおままごとでも始めたのかねぇ?」
仲間も一緒になって俺を嘲る。流石に、ちょっと面白くない。が、反撃するわけにもなぁ。
地上界基準の攻撃で俺が獲得したのは、ヒルダの真似事の魔導術式のみ。理論なんて知らないから、使えるのも見たことがあるものだけ。
そのどれもが高位術式で。
俺の力で発動させれば、間違いなくおっさんたち消滅である。多分、店と他の客ごと、消滅である。
さてはてなー。どうしよっかなー。
本気で悩む俺に向かって、
「くたばれやぁ!」
男が再び攻撃を仕掛け…ようとしたところで。
ごいーん。鈍い音を立てて、鞘ごとの剣が男の顔面にヒットした。
「あが…」
短く呻き、卒倒する男。
「なーにやってんのよアンタは」
横から男の顔面に剣を叩きこんだのは、
「騒ぎを起こすなって言ってたのはどこの誰なわけ?」
我らが勇者、アルセリア=セルデンだった。
第二章に突入しました。




