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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
409/492

第四百三話 アスターシャ、武王やめるってよ




 「………………え?」


 アスターシャの願いを聞いた直後、俺の口から出たのはそんな腑抜けた一声だけだった。

 一瞬、聞き間違いかと思った。が、すぐ横でディアルディオも仰天して動きを止めていることから、そうではないのだと知る。

 多分今の俺は、ものすごく間抜けな顔をしているに違いない。だがアスターシャの真剣な表情は、変わらず俺を真正面から射竦めている。


 「え……暇って…………え、何、アスターシャ、武王やめるの!?」


 そそそそそそそそんな!なんで?どうして?何か気に喰わないことでもあったか?こんな不甲斐ない主に嫌気が差したとか?報われない待遇から抜け出したいとか?武官なのにほとんど出番もなくて鬱憤が溜まってたとか?もっと自分を正当に評価してくれるところがいいとか?主が魔界のことそっちのけで地上界ばっかりに構ってるのが不満だったとか?主がシスコンとか幼女趣味の変態とかヘタレ紳士だなんて情けなくて仕える気にならないとか?って幼女趣味とヘタレ紳士は完全な言いがかりだけど!


 ……あ、なんか心当たりありまくり。


 だけど、今までそんな素振り見せてなかったじゃないか!何かと甘えさせてくれたし!待遇に不満を持ってる感じもなかったし!アルセリアの特訓も楽しそうにやってくれてたし!それほど廉族れんぞくに偏見や悪意持ってる感じじゃなかったよね?

 それとも……フォルディクスみたいに、人知れず不平不満を蓄積しちゃってたとか、そういうこと?



 アタフタと狼狽えていると、アスターシャの真剣な顔がふっと綻んだ。

 え…あれ、もしかして冗談だったり…?と一瞬光明を見たのだが、そうではなくて。


 「落ち着いてください、陛下。私は武王という職責にも、陛下にお仕えできることにも、この上ない誇りと喜びを感じております。ただ、少しだけ何も持たぬ自分に戻りたいと、そう思ったのです」

 「何も持たない自分…?」


 少しだけってことは、一時的な話?ってそう言えば最初に、()()()()暇を貰いたいって……


 あ……あれ?ひょっとして、一時休暇の申請…………?


 ヤダ恥ずかしい!一人で勘違いして狼狽えまくってしまったじゃないか!!それならそうと、最初にそう言ってくれないと…


 ……言ってたね、最初に。はい。


 「な…なんだ、吃驚した。要は、休暇ってことでいいんだよな?」

 「……いえ、その…休暇と言ってしまうには少々語弊が……」


 あれ……違うの?


 「私の心は常に魔界と魔王陛下の元にありますが、これからの生き方を、新しく模索していきたいのです。期間を定めることも出来ないので、休暇と呼ぶことは出来ないかと……」

 「それって……休暇じゃなくて、無期限休職……ってことか?」


 休職という概念は魔界にはないので、アスターシャは俺の言葉がよく分からないようだった。だが、


 「一度お役目を離れまして、己の身一つで気ままに生きてみたいと思っております。いずれは魔界に戻ることになりましょうが、それがいつのことになるのかは私にも分かりません。当然のことながら、戻って来たからといって無条件で今までのお役目に再び就くことが出来るなどと都合の良いことは考えてはおりませんし、何処にいても何をしていようと私が陛下の忠実なる臣であることに変わりはございません」


 と、まるで用意していたかのように流暢に答えた。

 かのように…と言うよりは、おそらく前から考えていたことなのだろう。そのくらい、彼女の言葉には淀みがなかった。


 「…てことは、休職ってよりは辞職……みたいなものか…」

 「お役目を辞させていただく、という点ではそういうことになるでしょう」


 ……………………。

 えー……そっかー…。なんか急すぎて、心の準備が追い付かない。そりゃ、何でもいいから望みを言ってみろって言ったのは俺だけどさ、流石に辞職願を突きつけられるとは思ってもみなかった……。


 「けど、辞めたあとはどうするんだ?何かやることが決まってたりするとか?」

 

 彼女には大変失礼だが、いくらなんでも自分探しの旅とかいう年齢ではないと思う。

 もし彼女が武王の責務とおれを誇りに思ってくれているのならば、嫌いになったとかいうのでなければ、それ以上にやりたいことがあって魔界を離れるということ……


 ……離れる?

 さっき、いずれは魔界に戻るって…………


 「魔界を離れるつもりか?」


 彼女ほどの猛者であれば、武王の肩書なんぞなくったって充分に立身出世が可能だろう…魔界において武王以上の出世があるとは思えないが。それなのに、わざわざ魔界を出て行くっていうのか。


 「はい。地上界で過ごしたいと思っております」

 「過ごすって……地上界で何をするつもりだ?」


 聞きながら、何だか自分が、辞表を出した部下に根掘り葉掘り訊ねまくってなんとか引き留めようとする見苦しい上司に思えてきた。ほとんどそのとおりだけど。

 

 そんな往生際の悪い上司おれだが、彼女は気にする様子もなく答えてくれた。

 「教育者になってみたいと思います」


 ……………………。

 ……………………………はい?


 「え、ちょ、教育…者??てお前が、地上界で?」

 「ちょっとアスねぇ、何を教えるって言うのさ」


 予想外の出来事の連続にとうとう頭の中身がフリーズを起こし始めた。それを見かねて、ディアルディオが援護してくれる。


 アスターシャは、そんな俺たちに胸を張って答えた。

 「そんなもの、剣に決まってるではありませんか!」


 「剣……剣の指導者になりたいってこと……か」

 「え、それって、地上界じゃなきゃダメなことなの?魔界にだって、アスねぇに教わりたい連中がごまんといるはずだけど。何も、弱っちい廉族れんぞくを相手にしなくたって……」


 ディアルディオの言うことも尤もだ。剣士は地上界にだけいるわけではない。そして魔界一の剣豪である彼女が教えるとなれば、魔界中から弟子希望者が殺到することだろう。


 しかしアスターシャは、首を振る。


 「廉族れんぞくは確かに脆弱です。寿命も短く、剣士として大成出来る者など一握りに過ぎないでしょう」


 地上界にも、剣豪と呼ばれる連中は一定数いるはず。勇者レベルなら勿論のこと、一線級の遊撃士の中にだってある程度の使い手はいる。

 が、種族の差というのはどうしようもないもので、例え魔族に負けない才能を持っていたとしても、それを育てるための時間が足りなすぎる。

 廉族れんぞく、特に人間種の寿命はせいぜい百年に満たない。国にもよるが、平均して60か70といったところだろう。魔族のそれとは二倍以上の差があるのだ。


 「しかし、以前に勇者アルセリアを鍛えたときに思いました。脆弱ですぐに死に至る廉族れんぞくだからこそ、その成長速度には目を見張るものがある、と」

 「い、いや…それはあいつが特別だから……」

 「勿論分かっております。普通の廉族れんぞくではそこまで上手くいかないでしょう。が、可能性という点で見たときに、彼ら以上のものを秘めている種族は他にはありません」


 可能性。それに関しては、アスターシャの言うとおり。

 確かに廉族れんぞくは、肉体的にはほとんど全ての点において、天使族や魔族、竜族といった強大で頑健かつ長命な種族よりも劣っている。

 ただし、二つだけ他の種族よりも廉族れんぞくが優れている点があった。

 一つは、繁殖力。これは長命のエルフ族は別だが、人間種と獣人種は知的生命体の中で群を抜いている。生涯出産数はどの種族も似たり寄ったりだが(竜族だけはやたらと低い)、二百年の中で一人から三人程度生まれるのと、六十年程度の中で三、四人生まれるのとでは殖え方に差が出る。そうやって廉族れんぞくたちは、脆弱ながらも命を繋いできた。

 そしてもう一つが、変化の速さ。肉体的な成長速度だけではない。見聞きしたことを自分のものにする、教わったことを記憶し次回に生かす、諭されて考え方を変える、今まで出来なかったことが出来るようになる、といった、上昇方向への変化。

 これは廉族れんぞくたちの揺らぎやすさに由来するものだが、可能性と言い換えることも出来る。


 脆さとは表裏一体の、移ろいやすさ。確かにそれは、かつて創世神エルリアーシェを夢中にさせて、そして今度は俺をもそうさせている。


 

 「剣士として、今の私はある程度の高みには到達したと自認しております。が、そこで立ち止まってしまっていることも事実。今のままでは、私が次の境地へと達することは不可能でしょう」


 少しだけ寂しげなアスターシャ。彼女の剣は確かに完成されていて、良くも悪くもこれ以上の変化は見込めまい。


 「しかし、彼らの成長と変化に触れ続けることが出来たならば、何かを掴めるのではないか…と、そう思った次第でございます」


 ……そうか。アルセリアへの特訓のときに、もしかしたら何か掴みかけたのかもしれない。


 変わらない自分と、変わり続けるアルセリア。

 両者の差は大きすぎて、正直アルセリアがいつかアスターシャに追いつくとは思えないけれど、それでも急激に成長を続ける弟子を目の当たりにして、アスターシャには何か思うところがあったに違いない。



 「勿論、自分がどれだけ無理を申し上げているかは承知しております。これはあくまで私の勝手な願望でして、陛下が引き続き…」

 「分かった、許可しよう」


 遠慮しかけたアスターシャを遮って、俺は裁可した。

 横でディアルディオが、「え、いいんですか陛下!?」と驚いているが、彼女がここまで考えているのならば応援したくなるってものだ。


 「具体的に、行くあてはあるのか?」

 「いえ、各地を放浪しながら見込みのある者を探そうと思っております」


 なるほど、身一つで気ままに…とはそういうことか。


 「なら、地上界あちらで自由に動けるように聖教会の連中に口利きをしておこう。地上界は、魔界ほど自由に移動が出来るところではないからな」

 「なんとありがたきお言葉!ご厚情に感謝致します」


 アスターシャは知らないだろうが、地上界はビックリするくらい身元保証に拘る。俺だって、神託の勇者の補佐役と七翼セッテっていう肩書と、グリードからのお墨付きがなければあちこち好き勝手に出入りは出来なかったのだ。

 特に剣の指導者ともなれば、身元不明の相手に教わりたいと思う者は少ない。


 とりあえずグリードに頼んで、ちゃんとした身分証明書を作ってもらおう。偽造にはなるだろうが、そのくらいの無茶は聞いてくれてもいいはず。


 「ならばアスターシャ。お前には、この戦が終わった後に現在の職責の一切を免ずる。地上界へと渡る許可も与えよう。何か困ったことがあれば、遠慮なくルーディア聖教会のグリード=ハイデマンを訪ねるといい。俺の名前を出せば、色々と便宜を図ってくれるはずだ」


 グリードに無断で好きなこと言ってるけど、これもまぁ、いいだろう。あのおっさん、腹黒いけど道理の分からない御仁じゃないからな。


 「…は。ありがたき幸せ」

 「あ、それと、お前に預けた権能ファクルトゥスは取り上げるつもりないからな?」

 「よろしいのですか…?」


 未だに“権能ファクルトゥス”は、武王の証みたいなイメージが強い。が、ルガイアとかエルネストとか既に例外があるわけだし、それに、


 「あれは、俺がお前を信用した証だからな。……いつかは、戻ってきてくれるんだろ?」


 俺の、下手をすると束縛と受け止められかねない問に、アスターシャは満面の笑顔で頷いてくれた。


 「当然にございます。我が名とこの身に誓って、私の帰る場所はここ、魔界にございますゆえ」


 頼もしいその笑顔を見ながら俺は、きっとそのうち地上界で伝説の教導者の噂が駆け巡ることになるんだろうなーと、微笑ましく想像してしまった。




 

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