第三百九十九話 チョコとキャラメルは出逢うために生まれて来たといっても過言ではない。と思う。
ヴォーノ=デルス=アス。
大富豪。大商人。チョビ髭オネエ。邪教集団“魔宵教導旅団”にかつて所属していた、元・魔王崇拝者(今はどうか知らない)。
そして、究極の美味を追い求める求道者。
そんな彼が、俺の目の前にいる。
「……あらん?そこにいるのはヒルダちゃんじゃなくて?うふふユウトちゃん…じゃなかった魔王陛下とお知り合いだったってだけでもビックリなのにん、とぉっても仲良しさんなのねん」
「ボーノ、なんでここに?」
しかも、どうやらヒルダとも面識があるらしい。どうなってるんだ、これ?
まぁいい。詳しいことは後で聞くとして、まず最初に確認しなきゃいけないことが。
「…久しい…な、ヴォーノ=デルス=アス。いつぞやは世話になった」
世話になったかどうかは分からないが…いや、確かに世話になった…のか?色々助けられたことは事実だけど…
「それで、此度は何用でここへ来た?グリードとも繋がりがあるとは知らなかったが」
グリードのことだから、利用価値があるとなれば魔王崇拝者だって懐に入れるだろうけど(だって魔王本人も取り込んでるしね)、だったら俺に一言あってもいいじゃないか。
「あらぁん、枢機卿猊下とお会いするのは、今回が初めてですわよん」
「……?ならば、何故我とあやつの関係を……」
なお、いい加減臣下たちの前で猫を被る(=魔王ぶってみる)のがテキトーになってきている俺であるが、ヴォーノの前では精一杯威厳を取り繕ってみたりする。
だって……気を許すと抱き付いてきそうで怖いんだもん。
「それはですねぇん、見ていたからですのよん」
「見ていた……何をだ?」
「うふふふ。魔王陛下の、勇者さまみたいにとぉーっても麗しいお姿を…ですわん」
………………?
勇者みたいに……って。
「…先の戦を、見ていたと申すか?」
見ていたって、何処で?当然、観覧席なんて設けられてなかったし、あんな戦場で兵士に紛れてウロチョロしてたら巻き添え確実。
「貴様も、あの戦場に居たということか?」
「いやですわん、あたくしがそぉんな怖いところに居られるはずないじゃありませんかぁ。あたくし、こう見えて平和主義ですのよん」
「平和主義て。……いやしかし、見ていたのならば」
「御神が、陛下の雄姿をご覧になっていたのですわん」
…………御神って……創世神!?
けどなんで、ヴォーノの口から、アルシェの名が出てくる?
「監視装置の映像を御神がご覧になっていた横で、あたくしも同じものを拝見しておりましたのよん」
「……!?」
え?ちょっと待ってちょっと待って。
創世神の横で、一緒に見てた?
……って、ヴォーノが、アルシェのところにいた…ってこと?
「貴様は……創世神の手の者か」
俺の言葉に、その場にいる臣下全員に緊張が走った。瞬時に部屋の魔力密度が急上昇し、さしものヴォーノも青ざめる。
「あらあらん、確かに今まで御神の下にいましたけれどん、陛下に敵対する意志はございませんことよん」
青ざめながらも、人を食ったような口調は変わらないあたりが剛の者である。
「陛下は、あたくしの望みが何なのかご存じのはず…ですわねん?」
「かつて聞いたものと変わっていなければ…だが」
ヴォーノの望み。俗物要素を煮詰めて型に入れて固めたみたいなこの男の、最大にして唯一にして絶対の願望。
「正直に申し上げましてぇ、それが叶うならばあたくしは、主がどなたでも構わないのですわん」
相変わらず、欲望に一途だ。
魔王を前にして、望みが叶うなら魔王も創世神も関係ない、と言ってのけるのだから。
「ならば、何故そのまま創世神の下に留まることをしなかった?」
「それでも良かったのですけれどぉん……」
ヴォーノは、再びチラリとヒルダに目を遣った。それから、俺に視線を移す。
「確かにあたくしの望みは神露を味わうことですけどぉん、だからと言ってぇ、それ以外の全てが等しくどうでもいいものというわけでもないのですわよん」
ウザさMAXでありながら、語るヴォーノの表情はこの上なく優しげだった……ウザいけど。
「自分の望みだけが叶うのとぉ、自分と自分の好きな子たちの望みの両方が叶うのとぉ、どちらを選ぶかと言えば、決まり切ってるではありませんかぁ」
ゾゾゾゾゾ。
何、なんで俺を見て言うわけ?なんで俺を見て好きな子とか言うわけ?
ちょっとヤメテほんと勘弁して。ギーヴレイが見たことないくらい真っ青になってる。胃痛と心労で一番の忠臣を亡くしたくはないんだけど。
「ですからあたくしはぁ、陛下にあたくしの望みを叶えていただいてぇん、そして陛下自身のお望みを叶えるためにあたくしを役立てていただきたいのですわん」
イヤーーーーー、なんか怖い!!
え?え?なに、俺今もしかして告白されてるの?俺、確かに来るもの拒まずだけど……
これは拒ませて!後生だから!!
思わず、「お引き取り下さい」と言いかけた俺だったが、その後に続くヴォーノの言葉にそれを呑み込んだ。
「あたくし、御神のいらっしゃる場所を存じておりますのん。御案内いたしますわん」
それは、まさかまさかの相手からの、まさかまさかの手引きの申し出だった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「どうなさるおつもりですか、陛下?」
ギーヴレイは、警戒している。突如現れて、創世神の居場所を知っていると、案内出来ると申し出た怪しげなチョビ髭男を信用出来ないでいるのだ。
……うん、気持ちはよーく分かる。
俺も、事が事でなかったら、彼を地上界へ放り出して何もなかったことにしていただろう。
だが……ヴォーノの言うことに偽りないならば、看過することは出来ない。
創世神は、完全に調子を取り戻すまでは俺の前に姿を現すつもりはないだろう。則ち、彼女が現れるということは、彼女が本調子である、ということで。
そうなっては、こちらの勝ち目は薄い。
アルセリアの抵抗のおかげで稼げている猶予期間ではあるが、それもいつまで続くか分からない。向こうの態勢が整う前に先手を打てるのであれば、願ったり叶ったりだ。
問題は、アルシェの居場所が分からないという点で、しかしそれもヴォーノにより解決するのであれば。
彼の申し出を受けないわけには、いかない。
さらに、これは非常に業腹…と言うか認めたくない自分がいることは確かだが、俺はヴォーノを信用している。
欲望に忠実な者は信用ならないが、一途な者は信用出来る……自説に過ぎないのだが。
そして、ヴォーノ程ブレずに一途な者は、見たことがない。
「あいつの言っていることは、おそらく本当だ。この機会を、逃したくはない」
「しかし……もし万が一のことがあれば……」
ギーヴレイの心配は、最高潮に達している。そうでなければ、彼が俺の言葉にこんな風に反対することはない。
正確な判断を下すにはヴォーノに関する知識が不足しているというのもあるが、確かにあれを信用しろと言われても難しいことも確かだ。
……が、あの様子だと……心配いらないだろう。
俺は、先ほどまで繰り広げられていたおやつタイムを思い浮かべた。
「まぁああぁん、なんってステキ!」
テーブルの上に所狭しと並べられたクレープ生地とトッピングの数々に、嬌声を上げるヴォーノ。ややビクつきながら、ものすっごい胡散臭そうな目で彼を見るディアルディオとリゼッタとセレニエレには目もくれず、彼のテンションは収まるところを知らなかった。
「こぉんな風に生地をうすーく伸ばすなんてぇ、思い付きもしなかったわん。まぁああ、まるでシルクみたいにふんわりしてて儚げで……」
喚き…はしゃぎながら、ひょいひょいとトッピングを生地の上に乗せていく。いきなり全部乗せという暴挙に走ろうとした奴はしかし、見慣れぬクリームの前で手を止めた。
「あらぁん、このクリーム………何かしらん?」
まだ口をつけていない新しいスプーンでそれをすくうと、ペロリと一口。
「んーーーーっ、なぁんて濃厚なお味なのぉん!?生クリームとも違って、だけど生地の味を邪魔しない……それにこの滑らかな舌触り………この二つのクリームの組み合わせ、ちょぉっと最強じゃありませんことぉ?」
うんうん、そうだろう。生クリームとカスタードクリームは、ゴールデンコンビなのだ。翼くんと岬くんくらいゴールデンなのだ。
そして……それだけではない。この俺が、究極の美味を追求する美食の求道者を前にして、これだけで終わらせるはずがないだろう!
「あら…あらん?こっちのクリームは……薄い茶色と濃い茶色で色は似てますけどぉ、同じものではないのかしらん……?」
さぁ、刮目せよ。魔性の味を堪能するがいい。そして、我が力の前にひれ伏すのだ!!
そして俺は、チョコソースとキャラメルソースに悶絶するヴォーノを見て、密かに勝ち誇っていたのだった。




