第三百九十八話 その男、再び
創世神の使徒 対 ルーディア聖教徒連合 の戦いは、ひとまず俺たち連合の勝利に終わった。
だが、勝利に沸く兵士たちとは裏腹に、俺は素直に喜ぶことが出来ないでいた。
こちらの損害も小さくなかった、ということもある。が、それに関してはあくまでも地上界の、ルーディア聖教会の問題なので、俺が気にすることでもない。
問題は、この一戦で創世神に与えた損害が、ほとんど無いこと。
戦果と言えば、アリアの排除くらいだろう。なお彼女を封じた白銀水晶は、ルシア・デ・アルシェで保管されている。
だが、それ以外は創世神にとって、取るに足らない雑兵ばかり。いてもいなくても同じなのだ。
「おそらくこの件、直接創世神が廉族共に命じたわけではないのでしょう」
戦の一部始終をリアルタイムで見ていたギーヴレイが言った。俺も同意見だ。
アルシェの奴、唆すくらいはしたんだろうけど、やったことと言えばアリアを派遣したくらいで、あとは使徒たちがやることを傍観していたに違いない。彼女が干渉していたなら、こんなに簡単に終わるはずはないのだから。
廉族たちが先走って戦争を始めたのを、面白半分に見物していた…と考えた方がしっくりくる。
聖教会としては記念すべき勝利かもしれないが、全体から見るとこの一戦がもたらしたものは何もない…どちら側の陣営にも。
俺は、事後処理をグリード(とあと教会の偉い連中)に丸投げし、魔界へと戻ってきていた。
散々ムジカでストレスを発散させたビビは、少しすっきりして落ち着いたのか、今は自室で休んでいる。キアの話では、アルセリアが消息を絶ってからずっと、まともに眠れていなかったらしい。
あまり不眠が酷いようなら、強制的にでも休ませた方がいいかもしれないが、少し様子を見てみよう。
で、ヒルダはと言えば。
「戦いの間、“天の眼地の手”の展開と“戸裏の蜘蛛”の動員で入念に監視を行っておりましたが、外部からの干渉は見られませんでした。今回は、使徒共の暴走と判断してよろしいかと」
「……おにいちゃん、おなかすいた」
「そうだな。今までも散々こちらを翻弄して楽しんでいた相手だ、今回も高みの見物と洒落込んでいたのだろう。………ちょっと待ってような、すぐおやつにするから」
前部分はギーヴレイに対する、後部分はヒルダに対する返答である。
ヒルダは今、玉座に座る俺の膝の上である。
……いいじゃないか、このくらい。
示しがつかなかろうが、威厳が損なわれようが、ヒルダが寂しがってるんだもん。ぶっちゃけ、女を侍らせて政務にかかることだって昔はあったんだし、それに比べれば随分マシじゃないか。
ギーヴレイの表情が痛いけど。エルネストの表情がイラつくけど。
ただ、ディアルディオの羨ましそうな顔だけは心苦しい。あいつも甘えたい盛りだもんな。
「だが、考えようによっては、此度の一戦で地上界の結束が強まった点は、戦果と言えなくもない」
「左様でございますね。あちらに浮足立たれては、邪魔になる一方でしたから」
地上界の全ての民が、既に立ち位置を決めていたわけではない。
唯一絶対の神に従って死ぬか、背いて生きるか。この世界において、簡単に即断出来るような問題じゃないのだ。
寧ろ、使徒たちのように早々に創世神に付くことを決め、家族友人隣近所を手に掛けたり、連合のようにさっさと創世神に見切りをつけて生きていくことを選んだり出来る者の方が少数派である。
現に、こちら側の兵士でイオニセスの術に嵌まった奴らは、決めかねていた。
創世神に背くことは出来ない。しかし、死にたくもない。どちらも選ぶことが出来ず、僅かに創世神への忠誠が勝っていた(が立場上ルーディア聖教会につくことになってしまった)連中。
世界には、そんな奴らがごまんといる。
どうすればいいか分からず、どうなってしまうのか分からず、ただ声を潜めて息を殺して成り行きを見守るしか出来ない人々。
揺らぎやすい彼らの目に、今回の聖教会側の勝利は、とても印象的だったに違いない。
それで少しでも、この世界で生きていきたいと強く願ってくれる人々が増えることを、今は願うのみだ。
さて、事後処理の報告と今回の分析も終わったことだし、次の手を考えるか。
と、その前に、ヒルダにおやつを食べさせよう。どうせなら、ディアルディオとリゼッタ、セレニエレも誘うかな。
チミっ子たちは揃いも揃って甘いもの大好きだから、こちらとしても作り甲斐がある。やっぱり、自分が作ったものを、目を輝かせて夢中で食べてくれるのを見ると気分がいい。
今から作るのだと時間がないから、手早く作れるクレープにしようか。生クリームとジャムとフルーツも用意して……
「陛下、怖れながら、少々お時間をいただきたく」
ヒルダを抱っこしまま立ち上がろうとしたところで、エルネストが表情からニヤニヤを消して言った。ニヤニヤが消えていることから、俺を茶化す意図はないと思われる。
「…なんだ?」
「地上界にいる兄より、連絡がありました。陛下に謁見を求める者が、グリード=ハイデマンの元を訪れたとのことです」
緊急の事態に備え、今はルガイアを地上界に張り付けてある。すっかりグリードの秘書ですみたいな顔で溶け込んでいたりするが、連絡役としても戦力としても、彼ほど重宝する臣下はいない。
「……我に謁見…と?」
「どういたしますか、陛下」
尋ねたのは、エルネストではなくギーヴレイ。彼は、謁見希望者が刺客かもしれない可能性も考慮しているのだろう。
が、まぁ、魔王の面前に堂々と謁見を求めてくる暗殺者なんていないだろ。
……いや、いたけどさ、リゼッタとかリゼッタとかリゼルタニアとか。お子様はノーカンにしとくけど。
「いいだろう。こちらへ送れと伝えろ」
「御意」
エルネストによって、ルガイアへと俺の言葉が伝えられる。ルガイアには開門の能力を与えてあるから、すぐにでも謁見者はここへ送られて来るだろう。
しかし……一体何者だ?
グリードを通じて魔王へ謁見を願い出るということは、俺とグリードとの関係を知っている者ということ。
さらにわざわざ謁見を願い出るくらいだから、先の戦で会った連中ではないだろう。
……うむむ。心当たりがない。
少しばかり、気を引き締めておいた方が良さそうだ。
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ルガイア=マウレが開門の能力を持っているとは言っても、いきなり直接魔王の面前に謁見者を送り出すような不作法はしない。
そこはギーヴレイがかなり徹底していて、謁見者は一旦別室へ喚ばれ、ギーヴレイによって直接調査された後、俺の前へと引き出される。
で、それらをクリアして、謁見者が玉座にいる俺の前に跪いた。
跪いて……口上を述べた。
「お初にお目にかかります…と言って差し支えないですかしらん、それともぉ、お久しゅうございますと言うべきでしょうかぁん?」
………………………………。
ウザさMAXの口調。跪いてるのにうねうねとウザさMAXの動き。ちょび髭。締まりのない体躯。
「魔王陛下におかれましてはん、ご機嫌麗しゅう、でございますわん」
「……………………」
「…陛下、この者とは面識がおありで……?」
高位魔族に囲まれた魔王城玉座の間にて、恐れを知らぬマイペースな挨拶をぶちかました謁見者に他の臣下たちが茫然とする中、ギーヴレイだけが彼の発言に反応した。
「………………………」
「……陛下……?」
返事が出来ないでいる俺の顔を見て、ギーヴレイはどう思っただろう。
おそらく、魔王に鳥肌を立てさせる存在なんて、創世神を除けばこの男くらいだろうから。
俺は、人付き合いが苦手ではない。
初対面時のヴィンセントみたいに敵意剥き出しにされれば別だが、ある程度こちらに好意的に接してくれる相手であれば、それなりの関係は築けると思う。
……が、かつて一人だけ、例外がいた。
こちらに明らかな好意を寄せてくれているのだが(いや、変な意味じゃなくて)、どうしても受け容れられない人物が。
なんてこった。なんで奴がここに?つか、なんで俺が魔王だと知っている?いや、魔王ヴェルギリウス=リュート=ユウトだと気付いているのか?グリードとの関係は?そもそも、どうやって聖教会から逃げおおせた?
次々と疑問が押し寄せてきて、どう答えたらいいのか分からない。
ヴォーノ=デルス=アスが現れた!
どうする?
たたかう
にげる
りょうりでごまかす⇐
「あらぁん、やぁっぱり変わらず、可愛らしいお顔をしてるのねん、ユウトちゃん♡」
俺は、ヴォーノに先手を許してしまった。
ちなみに魔王が苦手とする人間は他にもいますが、鳥肌立つのはヴォーノくらいです。
他の面々は、
勇者一行…なんとなく我儘を許してしまう
グリード…なんか勝ち目なさそう
マナファリア…もう何も言うまい
……って感じです。




