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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
402/492

第三百九十六話 現実には派手な攻撃魔法より補助系の方が有用だったりする。



 「ヴォーノ、何処へ行く?」

 央天使に問われ振り向いたヴォーノ=デルス=アスは、普段と何ら変わらない、穏やかながらウザさ全開の笑顔だった。


 それは、創世神の使徒たちとルーディア聖教徒との戦が始まってすぐのこと。


 「サファニール様、少し、お願いがあるのですけれどぉん」

 「……願い?」

 「えぇ。ほんの少しの間で構わないのでぇ、自宅へと帰ることをお許しいただけますん?」


 ヴォーノの願いは、サファニールには意外に感じられた。

 思えば、ヴォーノとサファニールの付き合いはそれなりに長い。すっかり彼の執事のような扱いになり、今は創世神の近侍待遇ではあるが、共に過ごす中でヴォーノが地上界やそこでの生活のことに言及することは、今まで皆無だった。

 彼の心にあるのは、ただ「美味」のみ。それを追求出来るのであれば、生きる場所に頓着はない。究極の美味を味わえるのであれば、生にすら執着はない。

 そんなこんなで、まるで地上界にもそこでの生活にも未練を見せたことがなかった彼が、いきなり一時帰宅を申し出ることにした心境は、どのようなものなのだろうか。


 「それは構わぬが……目的を聞いても良いか?」

 ヴォーノの願い自体は、わざわざ許可を与える程のものでもない。ここにいる者たちは、別に監視されていたり束縛を受けていたりしているわけではないのだ…隔離された空間だ、ということもあるが。

 だが、仮にも創世神の居地。無節操に出入りを許すことは出来ない。


 「身辺整理ってやつですわん。考えてみたらあたくし、自宅も財産も人間関係も、そのまま放置してこちらに来てしまいましたからん。無責任にそのままにしておくのでは収まりがつかないと言いますか気掛かりと言いますかぁ、落ち着かないんですのよん」


 「……そうか、分かった。ならば外へと送り届けよう」


 どのみち終息へと向かう世界。整理などしてもしなくても同じことではあるのだが、サファニールはあっさりとそれを許可した。


 

 現在彼らがいるのは、創世神が籠っているのは、空間の断裂により隔離された場所である。狭隙結界に似て異なるその場所に出入りするには、創世神かサファニールの手を借りるより他ない。

 サファニールは、ヴォーノのために外への出口を開いた。


 「感謝いたしますわん。それじゃサファニール様、しばしの間失礼いたしま…」

 「ヴォーノよ、これを渡しておこう」

 「………?」


 サファニールは、出て行こうとするヴォーノを呼び止めて、一片ひとひらの羽根を渡した。

 僅かに金を帯びる、彼自身の翼から抜き取ったものである。


 「サファニール様、これは……」

 「欠片ではあるが、好きに使うが良い」


 何のために、とは言及しなかったサファニールの意図を、ヴォーノは瞬時に理解した。そして同時に、サファニールも自分の心中を理解しているのだと知る。


 「……ご厚意、感謝いたしますわん」

 「この程度、安いものだ」

 「うふふ、あたくしには()()()()なんかじゃないんですよのん。……それではサファニール様、行ってきますわん」

 「……………息災でな」


 ただの一時帰宅にしてはやけに湿っぽい遣り取りの後、ヴォーノは外界へと消えていった。

 サファニールは、何かに想いを馳せるかのように、しばらくその場に佇んでいた。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 「君が一体何者なのか、すごく気にはなるんだけど……重要なのはそこじゃないよね」


 ヨシュアが、穏やかな笑みの中に絶望の色を交えながら言った。

 直前のアリアとの、そしてその前の幻獣との戦いを目にして、それでなお彼が俺に勝てると思っているのであれば、誇大妄想もいいところだろう。

 実際彼に、勝利への希求は見られなかった。……と言ってもいつもふわわんとした雰囲気の持ち主なので、内心まで読み取るのは難しいのだけれども。


 「……えっとさ。一応、最後に聞いておくけど…………まだ、続ける気か?」


 半分以上どころか九割方答えを予想しながら、俺は最後の質問を投げかける。それはほとんど、最後通牒と同義。


 案の定、ヨシュアは躊躇いもなく頷いた。

 「当然じゃないか。逆に、それ以外の選択肢なんて最初からないんだ…()()()には」

 

 選択肢がない、とは彼の思い込みなのか純然たる事実なのか、彼がそれこそを望んだのか望みに反してなのか、それは分からない。分からないが、これほど居たたまれなくなる言葉ってのもそうない。


 「それに……君は自分たちの勝利を確信しているみたいだけど、戦というのは局地的な戦況で決まるものじゃないだろう?」

 「後ろに創世神が付いてるから、最終的には自分たちが勝つって?」

 「それも勿論そうだけど、この場においてだって、まだこちらの軍勢の方が勝ってる。もうすぐ、両翼から大軍がここに押し寄せてくるだろう」


 この混乱の中で、離れた場所の状況を知ることは出来ない。が、兵力差を考えればそのはず。にも拘らず俺が落ち着いているのは、両翼のうち右翼にはヴィンセント率いる一騎当千の“七翼の騎士セッテアーレ”が、左翼には俺の腹心である高位魔族ルガイアがいるから。

 よしんば右翼が崩れたとしても(いくら七翼セッテと言っても彼らは人間である)、左翼は盤石。魔界屈指の魔導士であるルガイア=マウレに対抗出来る者は、ここにはいない。

 ……つーか、いたら間違いなく俺にぶつけてくるだろう…アリアみたいに。


 おそらく、左翼はもうほとんど片付いていることだろう。魔力マナ反応を探ってみても、それは確かだ。

 右翼はそれなりに拮抗してるみたいだけど………


 ちょうどそのとき、少しばかり風変わりな感触を覚えた。あまり馴染みのない、掴みどころのない魔力反応。山裾に漂う朝霧のように曖昧なそれは、瞬く間に戦場一帯を覆い尽くした。



 「…………?」


 ヨシュアが、空を見渡す。

 元来、廉族れんぞくには魔力マナを感じ取る能力はない。特殊スキルとして有していたり、鍛錬によって手に入れたりといった例もなくはないが、それはあくまでも例外。

 それでも、何か得体の知れない違和感を察知するのは、生物としての本能か。

 目に見えず、匂いもせず、実体もないそれ…戦場全体に張り巡らされた術式…を感じ取ったのはヨシュアだけではなく、敵も味方も何事かと不安そうに周囲を見回している。



 どうやら、完成したらしい。


 

 「一体、何を企んで…………あ…あれ……?」


 俺の確信めいた表情に気付いたヨシュアは、問い詰めようとしてふらつき、膝をついた。

 彼の後ろで、次々と兵士たちが倒れ伏していく。


 「これ……眠りの……?けど……こんな…広…範囲、に……なんて…………」


 強制的に眠りの底に引き摺り込まれる意識を必死に繋ぎ止めようと、ヨシュアは歯を食いしばる。それでも効果がないと知った彼は、躊躇いなく自分の左腕にナイフを突き立てた。

 痛みでもって、睡魔を排除しようとしたのだろう。

 だが、それも無駄なこと。

 この俺が、生命の危機程度で無効化されてしまうような術式を、部下に命じると思うか?


 「………なん……で………これ……………」


 最後には呂律が回らなくなって、ヨシュアは腕にナイフを突き立てたままの姿勢で、完全に意識を手放した。

 術に陥りながら一瞬で眠らなかったあたり、流石は元・七翼セッテと言うべきか。



 「あの……リュートさん?これは一体……?」


 ヨシュアの代わりに、ビビがおずおずと尋ねてきた。

 俺は振り返ると、彼女に説明を………って、おい。


 見ると、自軍にもちらほらと眠りこけている兵士の姿が。

 ビビやヒルダはまったく平気そうなのがせめてもの救いだけど、これ……どうしたもんかな。


 「えっと、これイオニセス…部下の術なんだけど」


 開戦前に、イオニセスに命じておいたのだ。多少の時間はかかっても構わないから、戦場全体の敵兵士を沈黙させるように、と。

 無論、イオニセスの力では彼を超える存在を止めることは出来ない。が、創世神も天使もなくアリアも封じた現在、ここにいるのは脆弱な廉族れんぞくばかり。


 「一定の条件を設定して、それに該当する対象だけを眠らせるって術……らしい」

 「こんな広範囲で……標的を任意に設定出来るんですか!?」


 ビビが驚いて声を上げ、横のヒルダも乏しい表情ではあるが明らかに仰天している。

 それだけ、非常識なことだったりするのだ。


 術式ってのは、何でもありの万能な力ではない。

 雷とか炎とか氷雪とか風とかを生み出して相手にぶつけるわけだが、効果範囲の狭いものであればまだしも、範囲攻撃系の術だと指定出来るのはあくまでも効果範囲と威力くらい。

 敵味方入り混じる場所へぶちかませば、敵味方の区別なく範囲内にいる奴らにヒットする。

 こればっかりは、どんな天才魔導士だろうと賢者だろうと、或いは高位の魔族だろうと天使だろうと、同じこと。

 俺やアルシェだって、普通に術式を模してやれば同様である。


 今回イオニセスが選択したのは強制催眠の精神系術式だが、これもまた、普通に使用すれば範囲内にいる者全てを眠らせてしまう。

 だが、そこに彼の十八番おはこである条件付けを施してやれば、このとおり。

 彼の設定した条件に該当するものだけを対象に、術が発動するわけだ。


 で、今回の条件は、この世界への未練より創世神への想いを強く持っている、というもの。新世界を望んでいる者は勿論、死にたくはないけどそれ以上に創世神に忠誠を誓っている者や深く考えずに盲目的に従っている者も含まれる。

 当然、敵側の兵士は皆、そこに該当するわけで。

 …そこに該当する…はずのわけで。



 なんでか知らんけど、敵兵士の中で何が起こったのか分からない様子でキョロキョロしている連中がちらほらいるのと、味方兵士の中でぐっすりむにゃむにゃと眠りこけている連中がいるっていう事実は、これ、どうしたらいいんだろう?


 敵も味方も一枚岩じゃないって言ってしまえば簡単だけど、この条件、根源的な主義だの思想だの願望だのに関わるものだよね。

 

 ………こいつら、それぞれのスパイだったりする?それとも、本音より建て前を重視しちゃった?しがらみとか付き合いとか?



 「まさか、そんなことが出来るだなんて。……でも、リュートさん。では、彼らは一体どういうことなのでしょう?」


 ビビも、おそらくは分かっているだろうに自陣の眠ってる兵士と敵陣の起きている兵士を指差して、わざわざ俺に聞いてくる。


 「どういうこと……なんだろうな」

 「と言うか、どうしましょうか」

 「だよね。どうしよっか」


 敵兵士はとりあえず拘束すればいいんだけどさ。起きてる連中なんて僅かだし、イオニセスの術はちょっとやそっとじゃ解けない…つーか解除しなきゃ永遠にそのまんまだし。

 けど、味方で眠ってる奴らは……要するに、ルーディア聖教側として戦いながら、本音では創世神に忠誠を誓っているわけで……穿った見方をしてしまえば、裏切り予備軍……ってこと…だよな。


 「ま……いっか。とりあえず連れて行って、あとはグリードに任せようぜ」

 「リュートさん、猊下に押し付ける気ですね」

 「おにいちゃん、むせきにん?」


 ……いやいや、それ俺の仕事じゃないでしょ。

 味方の、もしかしたら敵の大将に忠誠を誓っててもしかしたら裏切るかもしれない兵士をどうするか、なんて、どう考えても俺の仕事じゃないでしょ。


 この俺を勇者どうけなんぞに仕立てやがったんだから、グリードにはそのくらい引き受けてもらってもいいだろう。





ヴォーノが動き始めました。

なんかいいところ持ってく系のキャラですが、なんでこんなオッサンを気に入ってるのか自分でも非常に謎です。

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