第三百九十二話 余計なお世話は魔王の専売特許じゃなかったらしい。
俺は現在、廉族の戦士リュート=サクラーヴァとして参戦している。
ここで魔王の存在を前面に出すわけにはいかないということと、創世神はおろか天使族さえ出てきていない状況では魔王が出張る必要もないというのがその理由だ。
したがって、“星霊核”との接続は切った状態であり、その状態では自動迎撃機構であるところの影が働くこともなく、自分の身は自分で守らなければならない。
正直、手にした得物がキアでなければ、ヤバかったと思う。
迸る紫電の嵐をキアによる結界でやり過ごす。先ほどのダメージのこともあったから不用意に出力を上げるのも怖かったが、キアはなんとか踏ん張ってくれた。
「…大丈夫か、キア?」
〖ん……なんとかね。それにしても……〗
キアの声に釣られるようにして、俺は頭上を見上げる。
視線の先、俺たちに影を落とすように翼をはためかせている、空色の竜……
〖やっぱ、彼女はあちら側……なんだ〗
「ああ。あいつはエルリアーシェにとっても特別な個体だからな」
天空竜、アリア=ラハード。
創世神の最後の祝福を受けた者。世界の行く末を見守る定めを負った者。かつては俺たちとも行動を共にし、色々と力になってくれた彼女はしかし、友好的な目的でこの場にいるわけではない。
その瞳に宿るのは強い決意。彼女は彼女の意志で、ここにいる。
俺たちの……敵として。
後ろの連中は、無事だっただろうか。振り向くと、結構な惨状が目に入った。
ビビとヒルダは無事だ。“聖母の腕”の効果範囲中央にいた彼女らと勇者2号パーティーは、アリアの雷を免れている。
だが、離れたところにいた連中の被害は甚大だった。“暁の飛蛇”魔導士部隊も、半数以上が地に伏している。
「……ふむ。やはりこの程度では貴様を斃すことは出来ぬということか」
呟いたアリアの声は俺の知っているもののはずなのに、やけに冷たく耳に届いた。感情がこもっていない。それは、彼女が俺と決別することを決めたからなのか或いは残る感傷を抑え込んだためなのか。
判断は出来ない。だが、今の彼女は敵だということに変わりはない。
アリアが、地面に降り立った。
陽光を反射して煌めく体躯は天空竜の名に相応しく、敵側の士気が上がっていくのが分かった。それに逆行するように、こちら側の兵士には恐怖と戸惑いが生まれつつある。
サイズ的には先ほどの幻獣の方が遥かに大きいが、存在の密度が違いすぎる。
ただでさえ、竜族最強種。その上、創世神の祝福を浴びた特別な個体。さらに、今ではより一層の加護がその身に与えられているだろう。
前に…天界に向かう際にやりあった時とは、同じだと考えない方がいい。
「リュートよ、何故貴様は御神の手を取ろうとはしなかった?」
「え……?」
アリアが問いかけた。その表情は、悩ましげというか…どこか訝しげ。
「御神は、貴様と共にありたがっていた。貴様ならば、誰よりもあの方を理解し分かり合うことが出来るはずなのに、何故御神を拒絶する?」
いや……拒絶って。どちらかと言えば、アルシェの方が最初っから喧嘩腰だったじゃないか。つまらない嫌がらせしたり天使族を刺激してみたり、俺のことを眠らせようとしたり。
一度だって、「一緒に世界を滅ぼしましょ♡」なんて言われた記憶は…………いや、ないわけじゃないな。確か目覚めたばかりのアルシェに、旧い世界を滅ぼして新しく作り直そうと誘われたっけ。
「御神は、仰せられていた。この世界は、貴様には似つかわしくないと。ご自分と貴様に相応しき世界は他にあると。それを分からせるために色々と腐心されていたとのことだが……貴様はまるで相手にしなかった、と」
…………はて。それは、どういうことだ?
創世神の言う、腐心とやら。
おそらくそれは、俺が翻弄されまくった諸々の出来事のことをいうのだろう。今となってはそれらが、アルシェの仕業であるということを俺は疑っていない。
だが、分からなかったのはその狙いで。
あれらの出来事で、俺を害することは出来ない。そんなこと、アルシェだって分かっていたはず。それにそれぞれの事件には一貫性もなくて、共通して言えるのは俺への嫌がらせだっていうくらい。
………って。
まさかそれ?
俺が、世界に嫌気が差すように仕向けた…仕向けようとした?
「……あ」
思わず、声が出ていた。
ずっとずっと、抱えていた思い。感じていた疎外感。創世に何ら関わっていないという事実は変えられなくて、そのせいで俺は、何処にいても何をしていても違和感を捨てることは出来なかった。
創世神の構築した理。その上で回る世界。その上で生きる者たち。その上で巡る輪廻。
それらからはじき出された俺に出来るのは、せいぜい世界に爪痕を残そうと足搔くことくらいで。けど何をやっても結局のところ、俺は余所者の部外者。
本当の意味で、この世界の一員になることは出来ない。
色々なことがあって、自分の至らなさ無力さを突きつけられて、それもこれも創世期に世界から目を逸らしていたツケなんだと後悔もした。
だから……だから、か。
アルシェは、だから今度こそは俺を巻き込んで新たな世界の理を作ろうと、俺をその気にさせようと、回りくどくも色々画策していた……ということか。
それなのに、一向に俺が世界を敵視しないもんだから……一度危ないときはあったけど……とうとう面と向かって誘ってきて、それさえも俺が突っぱねたから、俺を排除して自分だけでやろうと思ってしまったんだ。
ああ、そうだ、そうだった。彼女は言っていた。きっと素敵な世界になると。後になって仲間外れにされたと駄々をこねるな…と。
あれは、確かに彼女の俺に対する思いやりだったのだ。
今度こそ俺も仲間に入れてやろうと、一緒に創り上げようと。
だけど、俺はそんな彼女が差し伸べてくれた手を、振り払ってしまった。
…………当然じゃないか。
うん、そう、当然だ。
たとえアルシェが俺のことを考えて言ってくれたことだとしても、肝心の俺の望みがそこにないんだから、拒否って当然だろ。
俺は、この世界で生きてみたいんだ。まだまだ知らないことが沢山あって、見たことのないものもきっと沢山あって、当分の間退屈する暇なんてなさそうなんだ。
気に入った奴らがいて、気に喰わない奴らもいて、笑ったり怒ったり凹んだり立ち直ったり時には妥協とかもしてみたりしながら、昔の俺が指を咥えて羨むことしか出来なかったことをしたいんだ。
せっかく面白くなってきたところだっていうのに……
壊されてたまるかっての。
俺は、アリアに告げる。
「何故、と聞いたな。だったら答えてやるよ。それは、俺の望みじゃないからだ」
その返答を聞いたアリアの反応は、とても静かなものだった。創世神を拒絶した俺に対する怒りも、その理由があまりにも個人的過ぎることに対する憤りも見られない。
なんとなく、腑に落ちた…みたいな顔をしていた。
「……そうか。ならば、もう何も言うまい。ワタシは、御神の下僕として、その意志を遂行する」
「なら、俺は俺の望みのために、それを邪魔させてもらうよ」
俺とアリアの間に、濃密な霊素が渦を巻く。当然それが混じり合うことはなく、ぶつかり合い火花が弾けた。
それは、闘気だとか敵意だとかいうレベルではなく、ただの殺意。
アリアが自分の意思で俺に敵対するのならば、俺が守ろうとするものを壊そうとするのなら、戦う以外に術はない。
そして、それは則ちどちらかがどちらかを殺すということ。
殺さずに相手を無力化したい、なんて生温いことが言える相手ではないのだ……俺も、彼女も。
俺は彼女を知っている。
寂しがり屋で、意外に調子に乗るところがあって、豪快で、美味しいものに目がなくて、芯のところは真面目なくせにどこかいい加減なところもある、仕方のない奴。
一緒に飯を食った。その背中に乗せてもらったこともある。対価と称して唐揚げやらスイーツやらをねだられたりもしたし、脱獄の真似事なんてしたこともあったっけ。
ここで彼女に殺されてやるわけにはいかない。それは確かなんだけど、俺の中の彼女の記憶は俺の手足を鈍らせる。
だが、そんな腑抜けた俺とは違い、相対するアリアの中には、一片の迷いも見られなかった。
Vs.アリアです。
敵にはしたくなかったけど、立場的に敵以外にはなりようのない子なので……。




