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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
396/492

第三百九十話 開戦




 「ちょっと待ってくださいよ、貴方、ただの補佐役じゃなかったんですか?いつの間に勇者になってるんですか」

 「いつの間も何も、今も昔もただの補佐役だよ」


 抗議の色が強い呆れ声で俺に詰め寄ったのは、正真正銘(?)の神託の勇者…ただし2号…であるところの、ライオネル=メイダード。と愉快な仲間たち。


 「だってその格好、まるで………」

 「言いたいことは分かるけど、なんかこれ、大人の都合的な事情だよ」


 俺は、サッと2号パーティーに視線を走らせる。



 勇者2号ライオネル。以前見たよりも幾分か気合の入ったゴスロリ装備。相変わらず、化粧っ気のない、そのせいで相変わらずその他大勢然とした地味モブ顔。


 随行者その1、獣人拳闘士ムジカ。手甲は新調されているが他は以前と同じ装備。相変わらず、ヤローにくっついてる猫耳としっぽが恨めしい。

 

 随行者その2、エルフの射手フレデリカ。こっちも弓が新しくなっている。が、最も重要であるはずの眼鏡は相変わらずの黒縁。なんで銀縁にしないんだよコンチクショウ。



 うん、自分で言うのもなんだけど、どっからどう見ても………



 「どっからどう見ても、ギルの方が勇者じゃん」


 ………キアさん言っちゃった。



 キアの一言を、ライオネルは聞き逃さなかった。


 「きっ…聞き捨てならないですね!そもそも、勇者とは外見で語るものではないんですよ!」

 「おい落ち着けよライオネル。………そいつの言うことも尤もだし」

 「ってムジカまで!?なんなんですかゴスロリがそんなにいけませんか!?」

 「ちょっとライオネルもムジカも仲間割れしてどうするんですのよ。……って言うかギルって誰?」


 仲間内でわちゃわちゃやっている三人を尻目に、キアは俺のすぐ傍までやってくると、俺の腰に吊られている剣(ギーヴレイが持たせてくれた見た目だけは地味だが以下略)に目を留めた。


 「ね、ギル。ギルの得物って……それ?」

 「ん?ああ、使い慣れてるし、無茶しても壊れないし……」


 ……あ、そっか。


 キアは神格武装。使ってくれる人がいないと戦うことが出来ない。相棒であるアルセリアが不在の今、彼女を使いこなすことが出来る剣士は、この場に見当たらない。



 「……一緒に行くか?」

 「…………!うん!!」


 俺自身はキアを実戦で使ったことはないが、相性が抜群だということは分かっている。手を差し伸べると、キアは満面の笑顔で武装形態へと変化した。



 「…………!?!?!?!?」

 「…おま………それ何だよ!?」

 「ひ……人が剣に!?」


 わちゃわちゃやりながらそれを目撃した2号パーティーが飛び出さんばかりに目を丸くして度肝を抜かれていた。

 他の兵士たちも仰天して俺たちに注目しているが、説明も面倒臭いし必要を感じないし、俺は無視してキアの握りを確認。


 ……うん、やっぱりしっくりくる。


 〖はぁー、やっぱりギルの神力マナは落ち着くわー〗


 吐息混じりのキアの声が、完全に温泉に浸かったときのアレである。


 〖アルシーも、剣技だけならかなりのものなんだけどね。こっちがやりすぎると彼女が()()()()から、色々加減を考えなくちゃでさ〗

 「…ま、種族的な限界ってのはどうしてもあるもんな」

 〖そこんとこ、ギルだと制限なしってのが楽チンだよー〗

 「そいつはどーも」


 二人で話していると、ベアトリクスが何かに気付いたように声を上げた。


 「……あら?なんだか、アルシーのときとは意匠デザインが違いません?」


 ……言われてみれば。刀身も長いし、鍔とか柄とか、ややゴツめな気が。


 〖別に、形が決まってるわけじゃないからねー。相手が一番使いやすいように形状を変えてるんだ〗

 「…へぇ、そういうことも出来るのか」

 〖って言っても、アルシーとギルしか知らないけどね〗


 キアの声に、淋しさが混じったような気がした。

 長い間眠り続けて初めて出会った相棒がアルセリアで、そんな相棒の存在はキアにとって小さくないのだろう。

 最初は反目しあったりしていたけど、今じゃすっかり気の合うコンビだもんな。


 

 「諸君、歓談中悪いが、敵軍が国境線を超えたとの連絡が入った。準備は万端かね?」


 グリードが教皇や他の枢機卿と共に姿を見せると、その場にいた兵士たちの士気が急上昇するのが感じられた。普段であれば直接接することのない雲の上の存在がこぞって陣中見舞いに来たのだ、無理もない。


 

 俺たちが敵さんを迎え撃つのは、ロゼ・マリスと隣国ラトゥールの国境地帯に広がる平原。戦慣れした他国の兵士からは、兵力差があるのに正面からぶつかるなんて無謀だ、との声が上がった。

 普通に考えればそのとおりなのだが、普通に戦うつもりなんてはなからない。圧倒的火力を最大限に生かすには、隠れるもののない平地はうってつけだった。



 辛勝では、駄目なのだ。

 相手は、正真正銘創世神の使徒。その声を聞き、その意志に従い、剣を取った者たち。創世神エルリアーシェの構築した理の上に生きるこの世界の生命体にとって、正当なのは彼らであって、その意志に背く俺たちではない。

 だから、真っ向から、圧倒的な力で、完膚なきまでに叩きのめさなければならない。いくら神の使徒だと言ったところで、敵に惨敗すればその正当性も危うくなるだろう。


 悪に負ける善など、邪に負ける聖など、あるはずはないのだから。



 ……というのが、グリードの考えだった。

 だからこそ彼は、俺を先頭に立たせるのだ。



 「頼んだよ、リュート。私の娘たちにもしものことがあったりなんかしたら、末代まで祟るからね」


 冗談半分(だと思いたい)の言葉に見送られ、俺たちは戦場へと向かう。


 中央に、俺とビビ、ヒルダ。それと、“暁の飛蛇エフェメリクス”を中心とした部隊。ただし、人数は一番少ない。

 左右を固めるのは、七翼セッテ率いる教会騎士団と、周辺諸国から徴兵した軍。全戦力の八割があてられている。



 正面からぶつかりあうのに中央が一番手薄になっている陣形だが、これには大きな理由があるのだった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 草原を挟んで向かい合う両陣営。辛うじて声が届くかどうか、という距離まで近付いたところで、相手側の先頭に立つ一人の男が、一歩前に進み出た。

 立派な鎧と、羽根つきの兜。堂々たる立ち姿から、それが司令官クラスだと分かる。

 が、俺はそんな男の傍らに立つ、そこまで親しいわけでもないけど知らない間でもない青年…元・七翼の騎士セッテアーレ、ヨシュア=フォールズの方が気になった。


 「我ら新生解放軍は、慈悲深き御神のご意志に従い、あまねく魂を救済すべく立ち上がった。慈悲に背を向ける者たちよ、今からでも遅くはない。真に善なる道がいずれにあるのか、今一度己が心に問いかけるのだ!」


 司令官が朗々と唱えるすぐ横で、ヨシュアの表情は俺の知っているままの穏やかなもので、彼が強い使命感だとか正義への希求だとかに追い立てられてこんなところにいるようには、とてもじゃないけど見えなかった。


 ……が、敢えて同志と袂を分かったということは、そういうことなのだろう。



 司令官の演説は、なおも続く。


 「其方たちが信じるものは何だ?紙に記された教義か、神の代行者を名乗る者の肩書か?それらが虚像でしかないことは、御神がお目覚めになられた今、分からぬはずはないだろう!」

 「救いようのなくなった旧き世界と欲望にしがみつく者は、新しい世界の扉をくぐることは出来ない!我らは、其方たちを取り残すことはしたくないのだ、どうか、我々の救いを受け容れて欲しい!!」


 ……等々。

 言葉尻だけは尤もなことを言っているが、結局それは、大人しく殺されてくれ、或いは自分たちと一緒に殺す側に回ってくれ、と言っているようなもので。


 ふざけんな、冗談じゃない…と一蹴してしまうことは簡単なのだけども、注意しなければならない点は、こちら側の陣営にも彼らの言い分に心動かされかけている者がいなくもない、ということ。

 敬虔な信徒でなくとも、この世界で創世神に背くという所業に平然としていられる廉族れんぞくは少ない。


 …だから、俺たちがいるのだが。



 「ほら、リュートさん。何黙って言われ放題してるんですか。ビシッと格好良く決めちゃってください」


 ……ビビが俺の背中をつっついて言う。

 大事な場面のはずなんだけど、面白がってるような気がするのは俺だけ?

 しかもヒルダまで、


 「……おにいちゃん、がんば」


 サムズアップで催促してくる。


 「えー……ほんとに俺がやんなくちゃダメ?それこそ、勇者2号がいるじゃねーか」

 何故か同じ中央部隊にいる勇者2号パーティーに視線を送ってみるのだが、三人とも知らん顔だ。


 「すみませんが、僕、口ではなく行動で示す派なので」

 「そうですわ。ライオネルは、表立って称賛を浴びることに興味はありませんの」

 「奥ゆかしいもんな、俺らの勇者は」


 ……とかなんとか言ってるが、道化になりたくない本心が見え見えである。


 「ほら、へ…じゃなくてリュート様。エドニスのときよりはマシでしょう?」

 「いやマシじゃないだろ」


 エルネストは隠す気もなく面白がっている。権能ファクルトゥス云々の件でしょげていたのが嘘のようだ。吹っ切れるのはいいが、このタイミングってのがなんかムカつく。


 〖んもー、ギルってば。決まったことなんだし一度は了承したんだから、今さらグズグズ言わないの!〗


 手の中のキアにまでそう言われ、俺は逃げ場を失った。



 あーーーー、もう!もう自棄ヤケだ!!



 俺も敵の司令官に倣って一歩前へ進み出ると、声も高らかに宣言した。



 「神の使徒を名乗る者たちよ、我らはこの世界に生きる存在もの!我らはこの世界で生き、戦い、守り、歴史を、社会を築き上げてきた!世界を支えてきたのは、創造主に非ず、我らの日々の営みだ!たとえ神であろうと、それを否定することは出来ない!!」

 

 敵さんたち……新生なんちゃらって自称してたか?……の視線が、俺に集中する。やっぱ恥ずかしい。恥ずかしいから余計に堂々と声を作ってしまう。


 「世界の根幹を成す理を構築した神の偉業は否定しない。が、それを育て上げたのはこの世界に生きる全ての命だ。そして未来を紡ぐのもまた同じ。我らは己が手で、己が意志で、今ここに創造主のくびきから逃れこの世界で新たな時代を築き上げることを、宣言する!!」



 敵味方双方から、どよめきが起こった。

 敵側からは、畏れ多い宣言に対する怒りが。味方側からは、力強い宣言に対する安堵が。



 ……ふぃー。これで俺の仕事の半分は終わったよね。とりあえず、俺たちは間違ったことはしていないんだということを味方側の勢力に印象付けられれば、それで良し、だ。



 「……愚かな。その愚かさには、憐れみすら覚える。やむをえまい、其方らを救うは刃をもってする他にないのだな」


 心底残念そうに、しかし諦めたように首を振ると、敵司令官は手にした剣を天高く掲げた。


 「憐れな魂を、救済せよ!」


 憎しみでも怒りでもなく、心からの慈悲のこもったその一声で、戦いは始まった。





 

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