第三百八十九話 勇者の役割
混沌の渦に巻き込まれた世界で、翻弄される人々に希望の光を与えるにはどうすればいいか。
簡単だ、それを与えてやればいい。
「え?ちょ……コレ何?何コレ?」
最前線に立ち、身を挺して人々を救い戦う者。巨大な軍勢に怖れることなく立ち向かい、それらを次々と撃破し、さらに前へ突き進む者。
……見目が良ければ、なおさらである。
「ほら、文句言わない。似合ってるわよ?」
「いや……似合うとか似合わないとかじゃなくて………」
だからこそ俺は、ビビたちこそがそれに相応しいと思ったのだ。
本来ならばそれは勇者であるアルセリアの仕事なのだが、いないものは仕方ない。彼女たちもまた勇者の随行者…魂の絆で結ばれた同志として広く認知されているので、その役には適任。実力的にも、申し分なし。
後は危険がないように、俺が傍らで援護しようと思って……いたのだが………
「ふむ、思ったとおりだね。実に理想通りの勇者じゃないか」
「ちょ……グリード、どゆこと?」
「まぁ、本当に素敵です、リュートさん」
「おにいちゃん……カッコいい……!」
「うん、悪くないんじゃない?」
…いや。いやいや。いやいやいやいやいやいや。
グリードもビビもヒルダもキアも、なんでかイライザもこぞって褒めてくれてるんだけどさ。
状況。状況を説明して!
……と言うのも現在、俺は何やら金ぴかの鎧で身を固めさせられてたりするのである。
どうしても俺に装備してもらいたいものがある、とグリードが持ってきたそれは、一組の甲冑だった。眩い白銀に、蒼の縁取り。どこかアルセリアの軽鎧に似通ったデザインのそれは、フルプレートとは言っても重苦しさはなく、洗練された意匠と実用性を兼ね揃えた外見は、何と言うかその…………
これじゃ、勇者の装備じゃん。
ちょっと待ってちょっと待って、なんで俺、こんな格好させられてるの?悪目立ちすること確実じゃないか。
「いやぁ、これは過去の勇者が使っていた鎧なんだけどね、やはり象徴と言えば勇者だよねぇうんうん」
「ちょい待ちグリード。誰が勇者か!」
「この際細かいことは言わないでくれよ。誰が勇者か、なんて我々以外に誰が分かるのかね」
「分かるとか言う問題じゃ………」
だってそれ、詐称じゃん!聖教会じゃ一番の御法度じゃなかったっけ?
つか魔王を勇者にしちゃダメでしょ!!
「いいかい、リュート」
いきなり真面目な顔になってグリードが俺に顔を寄せて来た。真面目なことを言うつもりかもしれないが、多分半分くらいは面白がっていることは間違いない。
「君は言ったね、象徴が必要だと。人々の希望の光となる存在が必要だと」
「あ………ああ、言ったけど…………」
けどそれは、ビビとかヒルダに担ってもらうつもりで………
「だが、勇者アルセリアがいない現状で、誰がそれを務められると思う?」
「いや、誰って……ビビとかヒルダとか」
「君は女性にそんな危険なことをさせるのかい?」
「こんなときだけフェミニスト!?」
今まで散々、女勇者を魔王にけしかけたりしてたくせに!テキトーなこと言うな!
「…まぁ、それは置いておいて」
……置いとくのかよ。
「確かに、勇者の随行者である彼女らは一見適任者に見える。が、ベアトリクスは本来後衛に適した人材であり、ヒルダは旗印にするには幼すぎる」
「う………まぁ、確かに…………で、でもほら、他にもれっきとした勇者がいるじゃん!ほら、あの、なんてったっけ、ゴスロリ風味の……」
いるじゃないか、もう一組の勇者一行が。萌えポイントを盛大に外しまくってくれているあの残念な連中だって、一応は勇者なんだろ?
「ライオネル=メイダードのことかね?彼はまぁ……予備としてはありかもしれないけど、外見的にも実力的にも……ね」
「…結構酷いこと言うよね、猊下」
まぁ……モブ顔男の娘では、旗印には確かに少し弱い気もする…………
「あ、だったら、ヴィンセントは?あいつ、けっこう勇者な外見してるじゃん!」
俺は、ヴィンセントに矛先を向けようとする。あいつ、少しばかり冷たい風貌をしているが綺麗なプラチナブロンドといい整った顔立ちといい均整の取れたスタイルといい、クール系勇者としてはピッタリの配役じゃないか。
「だから、外見と実力のバランスが必要なんだよ。見た目だけの勇者なんて一番格好悪いじゃないか」
「……やっぱり酷いこと言うよね、猊下」
そりゃ、確かに俺と比べたらライオネルやヴィンセントの戦力なんてアリンコ程度だけどさ(俺も大概酷い)、廉族レベルなら十分じゃないの?
「こういうときは、ニューフェイスの方が寧ろ印象に残るものだよ。それに………」
「それに?」
「君なら、まぁ何かあったとしても、人々を守り殉じた悲劇の勇者って筋書きにしておいて、こちらには実害はないし」
………やっぱり酷い。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「まぁああ!やっぱり、ヴェルってば素敵!何着ても似合いますねぇ!」
空間に投射された映像を前にはしゃいでいるのは、創世神。その背後には、静かに央天使と近侍が控えている。
エルリアーシェが見ているのは、開戦直前の戦場。睨みあう両陣営の中に、一際輝く存在を見付けたのだ。
聖教会側の陣営で、先頭に立つ少年。他とは一線を隔する風格もさることながら、身に纏う白銀の鎧といい手にする剣の緋色の輝きといい、どこからどう見ても勇者の名が相応しい出で立ちだった。
「ねぇ、そう思いません?ヴェルってば、すっごく勇者さまに見えますよね?ね?」
後ろに立つサファニールに同意を求めるエルリアーシェは、とても嬉しそうだった。
「……魔王が勇者……というのも妙な感じが致しますが……廉族共は、一体何を考えているのでしょう」
「そんなのどうでもいいですよぉ。ヴェルのこんな姿を見れただけでもラッキーです。それにしても、どこからどう見ても立派な勇者じゃありませんか。ヴェルったらほんと、冷酷無比な魔王姿も、正義に燃える騎士姿も似合いすぎですぅ」
顔を輝かせる創世神の姿を見ていると、彼女が魔王に対して抱いている感情が分からなくなってくる央天使である。
と、不意にエルリアーシェの満面の笑顔がふっと温度と方向性を変えた。
「ああ……でも、ボロボロに傷付いて打ちひしがれる姿なんてのも、是非見てみたいものですねぇ……」
恍惚とした嗜虐的な笑みに、やはりそこにあるのが愛情なのか憎悪なのか、或いは行き過ぎた独占欲なのかもしくはその全てなのか判然とせずに、自分たちには及びもしない複雑な感情があるのだろうと、サファニールは結論付けた。
「あのぉん……よろしいですか、主上?」
横に並んでいたヴォーノが、おずおずと創世神に声をかけた。飲食時以外で彼の方から創世神に声をかけることなど、滅多にない。
「あら、なんですかヴォーノさん」
「その……そちらに映ってる、白銀の鎧姿の男の子が……魔王さま…ですのん?」
ヴォーノの視線は、映像の中心に釘付けになっている。
「ええ、そうですよ。普段より少し年若い外見にしてるみたいですけど。……うふふ、格好いいでしょう?」
「そうですわねん………あたくし、驚いてしまいましたわん………」
どこか茫然としたヴォーノの様子にサファニールは気付いたが、主が何も気にしていないようなのでそのまま黙殺することにした。
「ふふふ。ヴェルったら思ったとおりの素直さなんですから。昔っからそう。読みやすいっていうか、予想どおりって言うか、真っ直ぐすぎるって言うか」
「予想どおり……とは?」
「だって見てくださいよ。あの姿ってことは、魔王としてではなく一廉族として参戦するつもりってことでしょう?どうせ、この後のことを考えてなんでしょうけど……ほんと分かりやすくて、助かっちゃいます」
キャッキャウフフとはしゃぐ創世神と、やや戸惑いながらそれに応じる央天使。
ただ一人ヴォーノだけが、チョビ髭をピクピク動かしながら何やら考え込んでいた。
戦争にはハッタリが必要。あと神輿も。
と言うことで今回の魔王は勇者にされちゃいました。なんじゃそりゃ。




