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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
386/492

第三百八十話 氷剣のアスターシャ





 天使と魔族の戦いは、一見すると膠着状態に陥っているかのように思われた。


 アスターシャの攻撃は、ジオラディアに当たらない。しかしジオラディアの攻撃もまた、アスターシャに躱され続けていた。



 同格であるアスターシャには、ジオラディアの権能「流転」も限定的にしか働かず、直接的なダメージを負わせることは出来ないのだ。


 加えて、エルネストは無論のこと、足手まといにしかならないかと思われたシグルキアスが地味に活躍を見せていた。



 アスターシャの攻撃をずらしたジオラディアは、再び光の矢……超位術式“煌刃散花リュミネフルーレ”…を放つ。

 

 光属性の術式には、攻撃系が少ない。そのほとんどが、暗闇を照らしたり醜邪を浄化したりといった補助系術式である。

 が、僅かに存在する攻撃系術式はどれも、非常に強力なものばかりだ。


 破邪の因子を持つことに加え、光そのものの速さで襲い来るのだ。回避は不可能に近い。

 それでもアスターシャが致命傷を避け続けているのは、彼女の読みと直感が常識外れに鋭いからに他ならない。


 そしてそんな彼女でも、完全に避けきることは不可能。即死でない限りはエルネストの治癒をアテに出来るが、いくら外傷を治しても見えないダメージは蓄積していく。

 万が一読み違えたりしたら、一巻の終わりだ。


 綱渡りのような攻防を続けていたアスターシャだったが、シグルキアスの好フォローによって救われた。



 ジオラディアが術式を発動させた瞬間、シグルキアスもまた一つの術を行使していた。

 蜘蛛の巣のように粘着性のある糸がアスターシャの頭上に張り巡らされ、光の矢に絡みつく。


 第三位階の天使が行使する特位術式では、第一位階の天使の超位術式を防ぐことは出来ない。案の定、光の矢が動きを止めたのは文字どおりの一瞬、傍目にはあるかなしか分からない程のタイムラグの後、何事もなかったかのように光刃はアスターシャに降り注ぐ。


 だが、一瞬で充分だった。シグルキアスが稼いだその一瞬は、アスターシャが光刃を完全に見切るのには充分すぎる時間だった。



 「礼を言うぞ、青年!」

 「……いえ、それほどでも…」


 短く礼を言うアスターシャに戸惑いながら返答し、シグルキアスはさらに並行して術式を起動する。その幾つかは牽制としてジオラディアに向かって放たれ、残りは待機状態へ。



 後ろで見ていたエルネストは、シグルキアスの術式運用に密かに感心していた。

 彼が使った粘性の糸。もしそれが通常の魔導防壁であったならば、まるで用を為さなかっただろう。時間を稼ぐことも出来ずに破壊されて終わりだ。それだけ、第一位階と第三位階には大きな差がある。また、超位術式と特位術式の間にも。


 最初から、防ぐことは念頭にない。シグルキアスはただ僅かな時間を稼ぐことだけを考えて、本来は防御に使われることのない捕獲用術式を選んだのだ。

 

 さらに、並行起動。これは単純に魔力量の問題ではない。魔力より寧ろ、センスと集中力が必要とされる。

 シグルキアスの制御と安定性には、目を見張るものがあった。



 何度か同じ攻防を繰り返し、ジオラディアもシグルキアスの厄介さに気付いたようだ。その視線が、彼へと移る。


 だが、ジオラディアの攻撃がシグルキアスに向かうより先に、アスターシャの剣がそれを阻む。

 いくら地天使と言えど、他に注意を向けながら権能ファクルトゥスを行使することは出来ない。



 「……なるほど。貴方はどうあっても御神に背くというのですね、シグルキアス=ウェイルード」

 「創世神がこのような不条理なことをなさらなければ………いや、よそう。確かに私は、御神に背を向ける選択をした。そのことについては、後悔していない」


 静かに答えるシグルキアスに見せたジオラディアの表情は、怒りではなく憐れみだった。

 

 「…そうですか。愚かさもここまでくると憐れなほどです。いずれにせよ、貴方の選択に未来はない」

 「未来の有無を決めるのは、神ではないぞ?」


 そう言いながらのアスターシャの剣は、ジオラディアの首筋ギリギリのところを通り抜けていった。あと一歩のところで、「ずらされて」しまったのだ。


 「……チッ。やはりそう上手くはいかないか」


 不意をついたつもりだったがすんでのところで及ばなかったアスターシャは、舌打ちをする。

 だが、シグルキアスとエルネストでもう少し攪乱出来れば、勝機は見い出せそうだ。



 「悪いが二人とも、もう少しだけ付き合ってはもらえぬか?」

 「勿論、とことんお付き合いいたしますよ、閣下」

 「異論はない!」


 後衛二人組の協力意思を確認したアスターシャは、再び闘志を高める。

 相性的に最悪の相手ではあるが、二人の種族を超えたフォローがあれば勝てる気がした。



 再度攻撃に移るアスターシャ。


 「何やらの一つ覚えと言いますが……」


 やはり、ジオラディアには届かない。


 そしてジオラディアの反撃が即座に三人を襲う。光の刃だけではない、渦巻く風と、炎の奔流も加わった。

 しかし、聖属性の風はエルネストの瘴気によって相殺された。炎は、アスターシャの氷の前にあっけなく沈黙し、残る光刃も先ほどまでの繰り返しと同じようにシグルキアスの糸で動きを鈍らせて。


 軌跡を完全に見切ったアスターシャは、確実にそれらを避けきった。



 ……はずだった。



 「…………な……?」


 三人共、我が目を疑っていた。

 間違いなく刃を躱しきったと思われたアスターシャの身体に、幾つもの光が深々と突き刺さっていたのだから。



 「閣下!?」


 ジオラディアの風を無効化させていたせいで、エルネストの動きが遅れた。慌てて駆け寄ったときには、倒れ伏したアスターシャからかなりの量の血液が失われていた。


 

 「やはり、愚かな者たちです。私が「ずらす」ことの出来るのは、攻撃だけだと思っていたのですか?」


 ジオラディアの声は呆れ気味だ。


 「確かに私の「流転」はひどく制限されてしまっています。せいぜい、対象を物理空間的に移動させるのが関の山。ですが、躱したつもりの貴女を射線上に「ずらす」くらいなら、造作もないのですが」


 攻撃時にずらすことが出来るのなら、回避時もまた同様。そんなことにも気付かなかったのかと呆れ顔に憐憫さえも含ませて、ジオラディアは溜息をついた。


 言われて初めてエルネストも、自分の迂闊さを恥じる。油断を誘うためなのか今までジオラディアがそんな素振りを見せていなかったことから、何とかして隙を作りアスターシャの攻撃を通すことが出来ればそれでいいと思っていたのだ。


 しかし、


 「そんな……回避さえも防がれてしまったら、為す術もないじゃないか……」


 シグルキアスの呟きが、状況を的確に言い表している。


 こちらの攻撃は当たらない。向こうの攻撃は躱せない。

 たとえ優れた回復役ヒーラーがいたところで、これでは少しずつ体力を削られていき、いずれは行き詰る。



 あと何回、アスターシャは立ち上がることが出来るだろうか。

 腕に抱きかかえた彼女の顔色を見て、エルネストは思案する。


 彼女のダメージは、出血によるものだけではない。頑健な魔族の肉体は、ちょっとやそっと血を失ったくらいで死に至ることはない。それだけでは説明出来ないダメージが、アスターシャを苛んでいた。


 ジオラディアの光の刃…おそらくそれは、光と聖の両属性。天使族が魔属性に弱いのと同じく、魔族は聖属性に弱い。

 先ほどの攻撃で深手を負ったときに、光刃の聖性がアスターシャの体内に侵入したことは確かだった。



 「確かに…貴殿の…言うとおり……だな。全く……我ながら情けない……」


 エルネストの腕を振りほどき、アスターシャは立ち上がる。

 覚束ない足取り。しかし、闘気は薄れてはおらず、双眸に宿る光も衰えることはなく。



 「だが……陛下にこの場を任された以上は……私は勝たなくてはならないのだよ」


 弱々しくも不敵に微笑んで、魔界六武王の一人、“氷剣のアスターシャ”は再び剣を構えるのであった。





 


気付いたら年が明けてました。

あけましておめでとうございます。

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