第三百七十八話 ひとりかくれんぼ、ダメ、絶対。
「もーいーかい」
俺は、人っ子一人いない神殿を歩く。
「……まーだだよ」
誰も答えてくれないので、一人で呟いてみたり。
あちこちに散らばるアルシェの気配。どれが本物かはこの目で確かめないと分からないので、地道に探す。
まずは、手近なところから。
「もーいーかい」
扉を開けると、そこは倉庫のような部屋。整理整頓はされているが、普段からあまり使われていないのか埃っぽくて薄暗い。
「もーいーよ」
いくらなんでもこんなところに隠れてるはずはないと思いつつ、一番気配の濃厚な地点へ。
ガポッと蓋を開け、でっかい壺を覗き込む。
…………いない。てそりゃそうだ。
ん?壺の底に何かある。なんだこりゃ?
手を伸ばしてそれを拾い上げ(何しろ人が隠れられるくらいのサイズの壺だ)、それを矯めつ眇めつ確認。
これ………人形のパーツ…だよな?右手部分。
なんでこんなところに?
………アルシェからの、何らかのメッセージだろうか。よく分からんが、とりあえず取っておこう。
さて、次だ。
「もーいーかい」
「まーだだよ」
かくして俺は、誰も構ってくれない中、一人でかくれんぼの続きを………
ってちょっと待て。これってある意味ひとりかくれんぼ?
いや、あれとは全然違うっつーかルールに従ってるわけでもないから別に関係ないんだけど………でも人形って…………
やだ、ちょっと怖い。
一瞬自分が魔王であることを忘れかけ、得体の知れない寒気に身を震わせる俺であった。
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「え……ええぇえええ!?」
酷く慌てた声を上げたのは、シグルキアス。無理もない、エルネストも危うく素っ頓狂な声を上げるところだった。
彼らのいる聖堂は、一瞬にして極寒の空間へと変貌していた。
六武王アスターシャ=レンの持つ“権能”は、「氷結・停止」。本来ならば万物を停止させることの出来る能力であり、制限なく行使すれば死を量産する恐るべき力だが、彼女もまた同格の存在である地天使に対し、その力を存分に振るえないでいた。
結果、停止させられる範囲と効果が非常に狭く制限されている。
だが、彼女にはそれで十分だった。
「どうやら、貴様の権能は私のそれと相性が悪いようだな」
既に、ジオラディアの下半身は地面からの冷気で氷漬けになっている。そしてその氷は、限定的とは言え“権能”によるものであり、通常の熱や物理で破壊出来るものではない。
権能同士の相性。
同格のものとは言え、その性質は千差万別。寧ろ、同格であればこそその相性が勝敗を決する最大の要素になる。
普通の氷であれば、それが例え極位術式によるものだったとしても、ジオラディアの“権能”を阻むことは出来ない。
だが、この氷はそれそのものがアスターシャの“権能”であり、それゆえにジオラディアの力に対し無効化されることはない。
「流転」を「停止」させる。アスターシャの権能はそれだけでジオラディアのそれと相殺され、本来の役目を果たすことはない。おそらく、ジオラディア自身はダメージを受けてはいない。
だが、それで十分なのだ。
アスターシャは、自分の権能を補助的なものと考えている。それは魔王から授けられた力を安易に使うわけにはいかないという忠義に加え、たゆまぬ精進で得た自身の技に絶対の自信を持っているからだ。
だから、ジオラディアの権能を止められればそれでいい。とどめを刺すのは、自分の剣。
慢心も油断もなく、アスターシャはその一閃に全霊を込め、刃を走らせる。
神速の剣。最後の攻撃が、権能を相殺され躱すことの出来なくなったジオラディアに迫る。
……否、最後の攻撃になるはず、だった。
「……………え…?」
彼女の剣は、虚しく空を切っただけだった。
アスターシャの権能は、確かにジオラディアの権能と真向からぶつかり合い、彼の動きを止めていた。にも関わらず、攻撃が当たらない。その事実に驚愕するあまり、アスターシャの動きが完全に止まる。
「愚かな」
下半身を氷に閉じ込められたまま、ジオラディアは嘲るように唇を歪め自由な腕を一閃させた。空間を埋め尽くすように生まれた光の刃が、次々とアスターシャを襲う。
「……くっ」
アスターシャもそれらを躱すが、文字どおり光の速さの攻撃である。避けられなかった幾つかをその身に受け、膝を付いた。
間髪を入れず、エルネストの治癒が働いた。傷は癒えるが、アスターシャの表情が和らぐことはない。
「……何故だ…」
アスターシャの歯軋りが、エルネストにも聞こえた。彼もまた、アスターシャの勝利を確信した直後のことだったので混乱している。
彼の目から見ても、アスターシャの攻撃は確実にジオラディアを捉えていた。斬線が見えなくてもそのくらいは分かる。
それなのに、結果は空振り。こうなっては、権能以外の力も働いているのではないかと勘ぐってしまう。
現状、エルネストが傷を全快させているのでアスターシャにそれほどのダメージはない。また、彼の回復能力は天恵であり、魔力効率が非常に良い。そのため、通常の治癒術式とは異なり、ほとんど回数制限は無いに等しい。
それでも、流れた血液が元に戻るわけではなく、攻撃を受け続けることによる消耗もまたなかったことにはならない。
このままでは、アスターシャの体力が尽きてしまう。
そのとき、それまで茫然と見ていることしか出来なかったシグルキアスが、ハッとしたように目を見開くと、ポツリと呟いた。
「流転の権能………もしかして、自分が攻撃を躱すためのではなく、ずらされていたのは、彼女の方…?」
「………!」
シグルキアスの一言に、アスターシャは驚愕し、直後に合点した。
それまで、ジオラディアが“流転の権能”を用い、自分の攻撃を躱しているのだと思っていた。だが、実際にジオラディアは微動だにしておらず、動かされていたのは自分の方。
…であれば、いくら彼の動きを「停止」させたとしても、無駄なこと。
アスターシャ程の剣士であれば、自分の肉体の動きは完全にコントロールすることが出来る。これが外部から働きかける術式等であれば、それを撥ねつけることも容易い。
だが、理に働きかけ概念の次元から「ずらされて」しまうとあらば、いくら身体に意識を集中させたとしてもそれを拒むことは不可能。
「……確かに、相性は悪いようですね……私の権能に対し、貴女のそれは意味を成さない」
ジオラディアは静かに宣言する。
理屈で言えば、アスターシャもまた自分に対して権能を行使することは出来る。だがその性質は「停止」。自分の動きを止めてしまっては、元も子もない。
さらに、“権能”とは、威力を加減出来るような類の力ではない。仮にジオラディアの力が働く一瞬のみを狙ったとしても、その瞬間のアスターシャの全てが「停止」してしまう。
「さて、打つ手なしといったところでしょうが、続きといきましょう」
身動き一つ出来ない状態に関わらず、ジオラディアは悠々と第二ラウンド開始を宣言した。
ひとりかくれんぼって、ルール読んでるだけで怖すぎです。




