第三百七十六話 地天使の主張
「ジオラディア様……!何故、このようなことをお認めになるのですか!?」
口火を切ったのは、シグルキアス。意外なことに、自分よりも上位にいる天使に対して怒りすら見せて食って掛かる。
……こいつ、ビビりなんだか度胸あるんだか分かんないなー。
ジオラディアは、険しい顔をして自分を見るシグルキアスに、冷ややかな目を向けた。
「……士天使シグルキアス。御神の示す未来を拒絶したばかりか、保身のために悪しき王に与するとは……天使族の誇りを失ったか、愚か者が」
「天使族の誇りとは、理不尽な運命を黙って受け容れることを言うのですか!!」
おおお、シグさんてば負けてない。完っ全に見下されてるけど、決して恐れず卑屈にならず堂々と答えている。
……ちっ、いけ好かないヤローのくせに格好つけやがって。
「理不尽…?何が理不尽か。御神の目指す新たな世界は、理想を具現化した場所となる。欲望もなく、したがって争いは起きず、苦痛もなく、そこにあるのは暖かな微睡みだけ。全も個もなく、全ては等しく、そして通じ合える世界。その理想世界の、何を理不尽と言う?」
……全も個もない世界。それが、アルシェの望む世界…か。
何となく予想はしていた。この世界の創世期、彼女のテーマは「ごちゃ混ぜ」だった。多様性と呼んでもいい。全ての可能性を否定せず、自然の流れに成り行きを任せ、完成予想図のないモザイク絵が出来上がるのを楽しみにする、その過程にこそ価値がある。
彼女は、「ガラッと変える」と言っていた。であるならば、次は画一的で管理のしやすい世界を目指すのだろうと、そんな気がしていたのだ。
「それ以前の話として、この世界の滅亡があります。この世界に住まう全ての生命を犠牲にし、理想を追求なさるのが慈悲深き御神のなさることか!!」
「この世界で苦しむ多くの生命を見て、御神はお悔やみになられたのだ。そして次こそは、苦しむ者の存在しない世界をお創りになるべく、汚れきった旧き世界をリセットなさるのだ」
「しかし、我らは今、ここに生きております!!」
「…………愚鈍な者が相手では、埒が明かぬな」
ジオラディアは、それ以上の問答を打ち切るつもりのようだ。その視線に込められる圧が増す。
「朽ち果てるがいい」
そして、副ボス戦が始まった。
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ジオラディアは俺に対し、「永遠に眠ってもらう」みたいなこと言っていたけど、本心では…本気ではないだろう。奴では俺を滅ぼすことが出来ないことは、分かり切った事実。
となると、こいつの目的は………時間稼ぎか。
アルシェの奴、トンズラこくつもりじゃないだろうな?
「アスターシャ、ここは任せてもいいか?」
「は、お任せを」
ただでさえかくれんぼが得意なアルシェのことだ、ここで見失ったら面倒なことになる。俺はこの場をアスターシャに任せ、一人で先へ進むことにした。
「…逃すか!」
俺を足止めしたいであろうジオラディアは、逃すまいと神聖術式を放つ。名前は知らない。七色に輝く光の奔流が、指向性を持って俺へと迫る。
それは、まるで光の龍。意思や命を持たないはずのそれはしかし、術者の俺への敵意を受け継いだかのごとく憎悪にも見える形相で、その顎を大きく開いて躍りかかってきた。
……が。
容赦のない牙が俺へと突き立てられるより早く、アスターシャが動く。動いたということすら分からないくらいの速度と最小限のモーションで、愛用の魔剣を一閃。
光龍は身体を幾つにも分断され、そのまま消え去った。
「…………な…!?」
驚愕したのはジオラディア。物理攻撃で術式を消滅させるなんて芸当、おそらく初めて見たに違いない。
だが、アスターシャの持つ魔剣“霊滅紅”は、有形無形を問わず万物を斬るための武器。
斬る対象が自分より存在値の勝るものでなければ、彼女に斬れないものはない。某三世の一味が持ってる斬〇剣顔負けの代物なのだ。
創世神が復活した今、四皇天使であるジオラディアの実力は六武王であるアスターシャに匹敵する。だが、俺はそれほど心配してはいなかった。
六武王の一人、アスターシャ=レン。
その性質は、静にして烈。
総合的な戦闘力はルクレティウスに一歩遅れを取るが、そしてディアルディオのような広範囲攻撃手段も持たないが、潔いほどに全てを攻撃に割り振ったパラメーターは、一対一の戦闘において彼女を無敵たらしめている。
加えて、彼女の元にはエルネストを残していく。彼の超回復があれば、アスターシャの唯一にして最大の弱点である防御面はほぼクリアも同然。
二人ならば、きっと大丈夫。
……え?シグルキアス?ああ、あいつは……まぁ、攪乱程度に頑張ってもらえればそれでいいや。
「…陛下、お早く」
ジオラディアを鋭く見据えたまま、アスターシャは俺を促した。
エルネストも、ここはお任せください、と言わんばかりに頷いてくれる。あと何故かシグルキアスも、心得たみたいな感じの表情になってたりするがそこはスルーして(酷い)。
信頼出来る臣下にこの場を任せ、俺は駆け出した。
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走りながら、アルシェを探す。ここから先の区画は入ったことがないので虱潰しに…というわけでもなく。
ふん、アルシェの奴。かくれんぼったって、そうはいかないからな。ここまで距離が近ければ、あいつの気配を辿ることなんてお手の物だ。
空間ごと隠れてたりしたって、残滓があればそのくらい察知出来る。以前の俺はそういう面倒なことなんてすることもなかったが、その気になれば俺だってなぁ。
…………ん?
…………………んん?
あれ?なんか………気配が沢山…………?
あっちにもアルシェ、こっちにもアルシェ、そっちにもどっちにも…………???
なんかあちこちに、アルシェの気配が散らばってるんですけど……絶対デコイだと思うんだけど……どれが本物?
くっそー、結局虱潰しかよ!あいつ、地味な嫌がらせしやがって!!
……まぁいい。天界に来た時点で、中央殿の周囲の空間は閉じてある。アルシェだったら強引にこじ開けて出て行くことは可能だろうが、そうすれば痕跡が残る。痕跡が残れば、跡を辿ることも出来る。
絶対逃がしてやらねーからな、待ってやがれ!!
たまにサブタイが思いつかなくて適当なの付けてたりします。特に短いときは大抵そうだったり。




