第三百七十五話 昨日の敵は今日の友って言うけど現実にはその逆パターンの方が多い気がする。
救ってみせる的なことを宣言してくれたシグルキアスなので、手伝ってもらってもいいだろう。
俺は、彼を同行させて中央殿に殴り込みをかけることにした。
「そんな、今から中央殿ですか!?危険ですおやめください!!」
ミシェイラは止めてくれるけど、今、創世神が中央殿にいるってのは俺にとって好機なのだ。
長期戦を避けたいのは俺の方。現時点でアルシェが俺に直接接触してきていないのには理由があるはず。
多分だけど、新しい肉体に慣れてなくて、本調子が出ない…とか。
だったら、僅かでもこちらに有利な要素が多いうちにケリをつけてしまいたい。
「今が一番のチャンスなんだよ。逆に、時間をかければかけるほど、危険が増えちまうから」
この世界を温存すると自分に誓った以上、俺は創世神の構築した理の上というアウェーでの戦いを強いられることになる。
天地大戦のときと同じく、どう考えても相手にアドバンテージがあるのだ。
寄せ集めの継ぎ接ぎである今のアルシェが、どのくらい力を取り戻しているかは分からない。が、肉体に馴染んでいなくて“星霊核”との接続も制限されている状態ならば、俺にも十分勝機はある。
……逆に言うと、そうでなければ俺の勝機は薄い、というわけで。
「だけど…!」
「ミシェイラ、いい子だから聞き分けなさい。彼には彼の、やるべきことがあるのだよ」
なおも食い下がろうとするミシェイラを、ウルヴァルドが優しく窘めた。ミシェイラは不服そうだったが、
「……そういう言い方はズルいです、お父様……」
一応は、落ち着いてくれた。
まぁ、やるべきことなんて格好つけた言い方すればそうなるけど、何のことはない、俺はただ自分の願望を実現させようとしているだけだ。
正義とか悪とかか弱き人々を救うとか、正直言ってそういうことはほとんど頭にない。もしかしたらこの世界にとって救世主的なものになるのかもしれないが…魔王が救世主とか何てタチの悪い冗談かと思うが…、それはあくまで結果論。
俺はただ、あいつらと過ごすガチャガチャとした日常を失いたくない……取り戻したいだけなのだ。魔王にしては随分とスケールの小さな願望だと思うが、もしかしたらこれは、八割方リュート=サクラーヴァ…否、桜庭柳人の願いなのかもしれない。
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「え?へ?あ、あの……リュート…殿???」
「あ、紹介するな。こいつらは俺の臣下。六武王の一人アスターシャ=レンとその指揮下にある第四軍団の面々。で、こいつはエルネスト=マウレ。俺の側近で……ってそう言や初対面じゃなかったか」
ほとんど説明もなく本陣に連行されたシグルキアスは、戸惑いと恐怖に目を白黒させている。いきなり魔族の大軍の前に引き出されたのだから、無理もないけど。
アルシェがこっちの動きを掴む前に、奇襲をかけてやろうと思ったのだ。軍を大きく動かせば気付かれることは間違いないから、少数精鋭で。
で、軍の指揮はジーク某(しまったまだ名前確認してなかった…)に任せて、アスターシャとエルネストを連れ、中央殿へ乗り込んでやる。
…で、シグルキアスも連れていく。
こいつ、俺にとってある意味で非常に便利な存在なのである。
戦力はあるに越したことがない。が、大軍を動かすわけにはいかない。だから人数は絞らなければならないが、足手まといは意味がない。
その点、いけ好かなくていっつもビクついているがこれでも第三位階の高位天使であるシグルキアスは、その条件を全て満たしている。
流石に創世神や地天使の相手は無理だろうが、一般雑魚を相手にするには充分な能力を持ち、敵の内情にもある程度詳しくて、何より死んでも俺の心が痛まない。
……最後のはちょっと無体とは思うが。
それに、アルセリアの身を案じてくれているこいつなら、多少の無理は聞くんじゃないかと思ってる。
……というわけで、手駒には最適なのである、シグルキアス。
「アスターシャ、彼はシグルキアス=ウェイルード。我々の協力者である士天使だ」
俺は、アスターシャにもシグルキアスを紹介。士天使…のあたりで、アスターシャの目が値踏みをするようにスゥっと細められた。
「……ほう、士天使……か。陛下のお眼鏡に適ったのであれば、期待してもよろしいか?」
「へ?え?あ、その………お、お手柔らかに…………?」
品定めするアスターシャに気圧されて、シグルキアスはやや及び腰。
大丈夫かな、こいつ?ちょっと心配になってきた。
……まぁ、アテにならないようなら見棄ててくればいっか(酷い)。
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中央殿は、見ない間に随分と様変わりしていた。内部が一新されたとは聞いていたが、外観も大きく変えたようだ。
それまでも城のような雰囲気を醸し出していたが、僅かに残っていた役所っぽさは完全に消滅している。
今は、どこからどう見ても城だ。創世神の居城だ。俺の魔王城と対を成すと言ってもいいだろう。
「えええええ!?ここから入るんですか?真正面から?」
「仕方ないだろ、裏口なんて知らないんだし」
素っ頓狂な声を上げたシグルキアスを睨み付ける俺。
俺だって、もっとこっそり侵入したかった。けど、あまりに様子が変わっててそれが無理っぽいんだから、正門から入るしかない。
空間を弄って直接アルシェの目の前に行こうにも、ここは完全に彼女の領域になっているので、罠の可能性も考えるとそれも出来ないし。
「ほら、グズグズしてないで行くぞグズ」
「ひ……酷い…………」
既に泣き顔になっているシグルキアスを引きずって、俺は中央殿へ。アスターシャとエルネストも続く。
外には人っ子一人いなかった…どころか街中が静まり返っていたのだが、中に入れば当然、侵入者である俺たちを排除しようと衛兵たちが群がってくる。
だが、その衛兵たちの様子はどうも奇妙だった。
全員、それなりには強い。おそらく、第五位階相当はあるだろう。だが、どうもドーピング臭いと言うか、所有する霊力量と基本性能が釣り合っていないと言うか。
自分の力に振り回されて、まるで滑稽な道化芝居を見ているかのよう。
……アルシェの奴、ロクに戦えない低位連中に力を無理矢理付与しやがったな。バランスがどう見てもおかしいじゃないか。
それはアスターシャやシグルキアスも感じているようで、しかしレベルは低いままパラメータ補助だけで強くなった天使たちは彼らの敵ではなく、また手加減して時間をかける余裕もなかったこともあり、俺たちは物凄い勢いでそれらを吹き飛ばしつつ、先へ急いだ。
そしてどんどん湧いてくる敵を吹き飛ばしながら、俺は自分の力が予想以上に制限されていることに気付く。
ここは、彼女の構築した理の上に成り立つ世界。その中でも最も強く彼女の影響を受けている、天界。その上、創世神が復活とあらば、俺の力が削がれるのも当然だ。
……やっばいなー。創世神が本調子じゃない時点でコレかぁ………
天地大戦の主戦場は地上界だったから影響もまだマシだったけど、これ天界で戦ってたらこっちが完敗だっただろうなー。
魔界でやれればもう少しこっちに天秤が傾くのだろうけど、彼女が俺の有利な場所で戦いに応じるとは思えないし。
なんとか、世界に対する彼女の影響を薄める方法って、無いものだろうか。
そんなことを考えつつ(考える程度の余裕は十分にあった)、俺たちは中央殿の最奥部に辿り着いた。
いつだったか、セレニエレがリュシオーンを殺害した現場だ。ここに至るまではだいぶ中も様変わりしていたのだが、ここだけはあの時と変わらない。
荘厳な神殿と、玉座の間をミックスさせたような空間。
そしてそこに、それはいた。
「……久しいな、魔王よ。そしてこの地で、永遠に眠るがいい」
しかしそれは、創世神エルリアーシェではなく、
「このジオラディア、偉大なる御神の意に逆らう悪しき王を見過ごすことは出来ぬ」
………かつての四皇天使、地天使ジオラディアだった。
何やら妙な組み合わせになりました。




