第三百七十三話 本気で謝罪するならプライドは捨てろ。
森の中の小さな家。
なんかそんな題名の小説なかったっけ?
こじんまりとしたログハウス。残念なことに、生活に必要な設備すら完全に揃っているとは言えない。普段は、林業従事者が使ってたりする休憩小屋なのだろうか。
そんな殺風景な小屋の中で俺は、ウルヴァルドとミシェイラ、シグルキアスと向かい合い、
「………ごめんなさい今まで嘘ついてました俺ってば魔王だったりしますほんと黙っててすみません」
魔王としての誇りやら矜持やら沽券やら威厳やらは明後日の方向へ放り投げて、殊勝に頭を下げて懺悔してみたり。
三人は、そんな俺にどう対応していいのか分からずに、ただひたすら戸惑っていた。
森の中でシグルキアスとローデン父子にばったり出くわした俺は、ミシェイラにあっさり正体を看破されたこともあり、これ以上の言い逃れは不可能だと覚悟を決めた。
本当は、彼らには知られたくなかった。
別に俺は、自分が魔王であることに不満や罪悪感を持っているわけではない。寧ろその逆で、自負と誇りなら見切り品特価で叩き売れるくらいたっぷり持っている。
が、それでも俺が彼らを騙していたことは事実。真実を秘することを騙すと言うのかどうかは判断の分かれるところだが、それを今持ち出すのは詭弁だろう。
彼らは俺のことを廉族だと思い込んでいて、俺もまた彼らに廉族だと思われていることを知った上で敢えてそれを訂正しなかった。そう思われていた方が好都合だったから。
その都合の中には、確かに天界で活動するのにその方が遣りやすいということもあったが、同時に彼らに嫌われたくないという思いがあったこともまた、事実。
俺は彼らを好ましく感じていて、けれども天使族にとって魔王は敵の中の敵、最も憎悪すべき存在で、だから万が一にも俺が魔王だと知られてしまえば、彼らの俺に対する好意的な視線は瞬く間に憎悪と敵意に染まるだろうと分かっていた。
分かっていたから、知られたくなかった。
……が、こうなってしまってはもう遅い。きちんと謝った上で、彼らが俺を許せないのであれば諦めるしかない。
「…………………」
「…………………」
「……?……………??」
うう……沈黙が痛いよう。怒ってるのかな?怒ってるよな。怒髪天だよな。一人シグルキアスだけは状況が分かってなくてオロオロしてるけど。
やがて、ウルヴァルドが口を開いた。
「……リュート殿…で、間違いないのだな?」
「………あ、うん……」
子供の頃、悪戯が過ぎて親父に大目玉を食らったときのことを思い出す……。
「それで……魔王…というのも、間違いないのだな?」
「……うん、そう」
ひええー、ウルヴァルドの顔が完全に無表情のまま固まってて、怒りゲージがどのくらい溜まってるのかも分からない。
「貴殿が魔王なのだとしたら……その狙いは何だ?天界の混乱に乗じて攻め込んできたか?それとも……貴殿も御神に同調するつもりか?」
………え?創世神と同調って……?
「いや、そんなわけないじゃん。俺、今アルシェ…創世神とは完っ全に反目し合ってるし」
俺が創世神と敵対しているということは、彼ら天使族とも敵対するということ。ここでそれを話せば余計に彼らの警戒を強めてしまうと分かっていたが、これ以上嘘をつくのは嫌だった。
「反目…だと?では、貴殿と御神は意志を同じくしているわけではない……と?」
「ああ、同じどころか、全く正反対っつーか。お互い妥協出来る部分が皆無なくらいに反対方向を向いてたりするから、ちょっと困ってる」
……おや?なんか、ミシェイラの表情が妙だ。
どことなく安心したかのように見えるのは、気のせいだろうか?
「そうか……貴殿は、御神の敵……か。と言うことは、御神が何を目指しておられるのかも分かっているのだな?」
大きく溜息をついて、ウルヴァルドは小さい椅子に腰を下ろした。彼の住まいにある豪華な長椅子とは比べようもないくらい、固くて粗末な椅子。
「そういう言い方するってことは……アンタらも?」
「直接聞いたわけではない。が、これまでのことを考えれば想像は容易い。……御神は、世界を終わらせようとなさっているのだろう?」
驚いた、直接聞いたわけじゃないと言いながら、大正解だ。直接聞いた俺だって自分の耳が信じられなかったくらいなのに。
「…そのとおりだ。新しい世界を創るために、古いこの世界を壊そうとしてる」
「やはり……そうなのか………」
自分の想像が正しかったと聞いて、項垂れるウルヴァルド。出来ることなら自分の勘違いであってくれ、と思っていたに違いない。
「えっと……俺も聞いていいか?なんでアンタら三人は、こんなところに?」
シグルキアスは現役の執政官、ウルヴァルドも元とは言え執政官だった超エリートかつ大貴族。まるで逃げ隠れしているように森の中に潜んでいるなんて、不自然である。
俺の質問に、三人は互いに顔を見合わせる。代表して、ウルヴァルドが答えた。
「我々は、御神のご意志に背いた。その結果、追われる身となったのだ」
「……背いた?」
……って、え?天使族が、創世神の命令に、背いたってこと?
「復活し天界にお戻りになった御神が真っ先にしたことは、何だと思う?」
「え?そりゃあ…………………なんだろう?」
そう言やアルシェの奴、天界で何をするつもりだ?
世界を終わらせるっていうなら天界も滅びを免れ得ないし、だったらどのみち破壊する場所にやってきて何をすると言うんだろう。
「………魂の、選別だ」
「選別?魂?なんだそりゃ」
そんなの選んでどうする?どうせ生命は死んだらその魂はいずれ霊脈を巡り“星霊核”に還っていくものなんだから、選んだところで何の意味もないだろう。
「我らに対し、御神は…正しくは、その意を受けた地天使ジオラディア様は、こう仰った。御神は、新世界の礎となるべき魂を欲している、選ばれた高潔な魂だけが、新世界への扉をくぐることが許されるのだ…と」
……………。
うーん。何と言うか、出鱈目ではないんだけど、どうも胡散臭い。アルシェの奴、分かってて言ってやがるな、タチが悪い。
確かに、創世神ならば特定の魂を新世界へ引き継ぐことも不可能ではないだろう。だが、生命体ってのは命と肉体無しで己を保ち続けることは出来ないものだ。それは、天使族であろうと竜族であろうと、生物である以上は変わらない。
仮に、選ばれた魂が新しい世界へ行ったとしても、そこにかつての自我も記憶も精神も残ってはいない。
それは只の、霊力の容器。
そんな状態で次の世界へ行けたとして、それは果たして喜ぶべきことか?そこに、自分がいると言えるのか?
……答えは、否…である。
だが、創世神に盲目的な忠誠を誓う天使であれば、そんな形でも選ばれれば歓喜するのかもしれない。
「ジオラディア様は、御神に忠誠を誓いその意志を遂行すべく中央殿を改変した。そして、選ばれし高潔な者たちが集まり、選ばれなかった者たちの大規模な粛清が始まった」
「………………!」
粛清って……なんつー物騒な響きだよ。
「確かに、ここ最近の天界は私欲にまみれた権力者が増えていた。だが、新世界への切符をちらつかせ、貧しい者虐げられていた者を焚き付けて同胞殺しをさせるなど……」
「貧しい者と虐げられた者ってのは、選ばれた側なのか?」
選抜基準が財産の寡多ってのも変な話じゃね?金持ちは汚くって貧乏人は清らか、だなんて理屈があるわけでもなし。
「無論、全てではないだろう。貧しさの余りに罪を重ねた者は、容赦なく粛清された。が、富める者はそれだけの理由で全てを奪われた。…地位も財産も、命も全て」
……と言うことは、ローデン父子とシグルキアスも、粛清される側だった…ということか。
それこそ変な話だ。シグルキアスはともかくとして、ローデン父子は私欲だとか腐敗だとかとは全くの無縁。それどころか、腐敗を何とかしたくて危険を承知でレジスタンスに与してたりしたくらいなんだから。
高潔だのなんだのというのが条件ならば、彼らこそが選ばれて然るべきじゃないか。
それに……だったら、なんでジオラディアは「選ばれた側」なんだよ。
それとも、自分に絶対服従するなら無条件で選んでやってるってのか、アルシェの奴。ローデン父子は、新世界に賛成しなかったから、選別リストから外された…?
そして、彼の言うことが本当なら、天界では今とんでもない事態が起こっているってこと。
俺たちが最初に見つけた戦場跡も、戦闘ではなく虐殺の現場なのだとしたら……
……予想以上に、胸糞悪い展開になっているようだ。




