第三百七十話 約束をしたばかりで破るってのはけしからんが、どうせ破るなら早いうちがいいと思う自分がいる。
大規模な異変が真っ先に現れたのは、天界だった。
いや、まぁ、地上界からしてみればペザンテ公国滅亡だって大規模だい!と言いたいところだろうが、辺境の小国である。世界そのものに対する影響は小さい。
それに気付いたのは、“天の眼地の手”で哨戒中のことである。
俺は、拠点を自宅と魔王城に置き、地上界と魔界についてはかなり警戒を密にしているつもりだ。武王軍のみならず魔界全軍も即応状態だし、兵站の拡充も完了された(それらは全てギーヴレイの手腕だが)。
地上界にいるときにはルガイアが、魔界にいるときにはエルネストが常に俺の傍に付き従っている。そうして、僅かでも異変が現れれば即座に動けるように備えていたわけだ。
しかし、天界となるとそうもいかない。
今ここで下手に天界に干渉すれば、相互不可侵条約を反故にしたことになる。そしてそれは、ほとんど宣戦布告と同じ行為。
ただでさえ天使族は創世神に盲目的な忠誠を誓っている。彼女に都合の良い展開になることは避けたかった。
そこで頼ることにしたのが、万物の観測装置、“天の眼地の手”。こいつは、制御は大変だけど非常に重宝する代物だ。某猫型ロボットの便利道具並みである。
で、天界で何やら霊力の流れがとんでもなく乱れていることに気付いたのだ。その乱れ方からすると、ごく短期間のうちにかなりの数の命が失われたものと推測された。
……っておいおいアルシェ、何やってんだよ。天使族は、言わばお前の直属の部下みたいなものじゃん。いずれ世界を破壊するとしても、味方は最後まで取っておくものじゃないの?
俺は、それが創世神の仕業であることを最早疑ってなかった。
「……介入は、如何いたしますか?」
“天の眼地の手”の設置された地下の間で、頭を抱える俺にギーヴレイが静かに訊ねる。
彼の中には既に、こうした方がいい、という策が浮かんでいるのだろうけど、俺の意向を最優先させようとしてくれるわけだ。
介入……どうしようか。そうだなー……
もしかしたら、これもアルシェの罠かもしれないし、天魔会談に至るまでの諸々が水泡に帰すかもしれない。そしてそのまま第二次天地大戦……
……まぁ、いっか。
「この期に及んで、不可侵条約など気にしている場合ではないな」
「僭越ながら、私めもそのように思います」
あ、良かった。ギーヴレイと同意見のようだった。
これで反対されたら、ちょっとどうしようか悩んでしまうところだった。
今までの俺であれば、きっともっとウダウダ悩んでいたに違いない。今だって実を言うと、即決に不安がないわけじゃない。
……が、難しいことを考えるのはやめたのだ。
今の俺が為すべきは、アルセリアの奪還。それは則ち、創世神との対決。
自分の行為の正誤に関して思い悩むのはやめよう。だってそんなの魔王らしくないじゃん。
そういう些末事は、グリード辺りにお任せしてしまうのが一番。
……だから。
「我は第四軍団と共に天界へ赴く。留守中の守りは任せたぞ」
「御意」
第四軍団の指揮官は、アスターシャ=レン。彼女のみを連れていくということは、作戦名「ガンガンいこうぜ」である。
「天界での異変が、陽動である可能性も捨てきれん。残りの全軍で警戒に当たれ。開門のための宝玉は渡しておく。エルネスト=マウレは我と共に天界へ。その他のことは地上界のことも含め、お前に差配を一任しても構わぬか?」
「身に余る大役、光栄に御座います」
……いや、ギーヴレイの場合全然身に余らないと思う。
防御・迎撃はルクレティウス率いる第二軍団を中心とし、ディアルディオの第五軍団は遊撃、イオニセスの第六軍団は援護・攪乱を担当してもらう。
地上界と魔界との意思疎通は、ギーヴレイとの連絡用に作った簡易携帯をグリードに預けておく。余談だが、“天の眼地の手”を利用して作ったので、ユニヴァルと名付けてみた。
ルガイアには開門の力を与えておいて、地上界と魔界を行き来してもらう。おそらく、最も身軽でかつ戦闘力も兼ね揃えているのが彼だ。命令以外の余計なことをやらかさない生真面目さもあるし、それでいて本当に必要とあらば命令に固執せずに状況に対応する能力も持っている。
地上界との間では連絡を密に取り合い、各軍は即応状態。武王たちと勇者一行には、俺の加護を惜しみなく与えている。たとえ創世神自らが攻め込んできたとしても、俺が駆け付けるまでの時間稼ぎ程度ならなんとかこなしてくれるに違いない。
背後のことはギーヴレイとグリードに任せた。
ビビとヒルダ、キアのことは正直心配だが、ここは腹を括ってグリードに任せる。
彼とて、アルセリアを見失った失態は気に病んでいる。そしてグリード=ハイデマンは、同じ失敗を繰り返すような男ではない。
「では、ようやくと言ったところだが……攻勢に出るとしようか」
「ご武運を、陛下」
こうして俺は、アスターシャとエルネストを伴い、天界への進軍を始めた。
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実を言うと、初っ端から激戦になる覚悟はしていた。
普通に考えて、天界は創世神のホーム。天使族は彼女の臣下。そして軍団規模で侵攻してきた俺たちは当然、敵。
創世神もしくはその代理に率いられた天使軍が、迎撃態勢で待ち構えていてもおかしくないと思っていたのだ。
…しかし。
「……妙ですね」
荒廃した平原を眺めながら、アスターシャがポツリと呟いた。ここに、「何が?」とか宣うポンコツ勇者がいないことに一抹の寂しさを感じる。
平原と言っても俺たちの前に広がるのは、緑豊かなサバンナ的光景ではない。起伏がないからそう形容しただけで、多分そこは戦場跡だ。
いや、戦場というよりもこれは……
「戦闘の痕跡が見られますね。誰と誰が争ったのでしょうか」
エルネストが屈んで地面やら何やら調べながら言った。
しまったな、こんなことならイオニセスを連れてくれば良かった。…まぁ、今回は謎解きが目的じゃないからいいけど。
「戦闘と言うよりも……一見した印象ですが、虐殺現場のようですね」
うん、俺もアスターシャに同意。なんとなくの印象だが、ここでは殺る側と殺られる側に明確な線引きがあったような気がする。
殺られる側も無抵抗ではなかったのだろうが……少なくとも、無駄な抵抗ではあったようだ。
「……どう思う?」
「一方は、創世神もしくはその配下の者…ですね」
そしてそれが殺る側だったということ。で、殺られる側だったのは……?
「……どうやら、天使族も全てが創世神に付き従うわけではなさそうだな」
「一枚岩ではないと?」
「その形容が当てはまるかは分からないが……少なくとも、全員が創世神の恩寵を受けられているのではないことは確かだ」
俺たちは、もう少し軍を進めることにした。いずれ天使たちが嗅ぎ付けて、軍を差し向けてくるだろう。と言うか、既にそうしていない方がおかしい。
“天の眼地の手”が天界にはないと言っても、創世神がいるんだから異変くらい察知出来そうなものなのに…。
天界は、魔界に対しては未だに手を出してきていないのだから、これは俺たちの条約違反ってことになるのだろう。が、それを思い悩む段階はとうに過ぎ去っている。
全面戦争、望むところだってんだ。
巻き添えにされる非戦闘員たちには迷惑極まりない話かもしれないが、世界がリセットされてしまっては元も子もないのだ。文句を言うなとは言わないが、堪えてほしい。
もう少し、アルシェとゆっくり話すことが出来れば、或いはそれ以外の道が開ける可能性もあったりするのだろうか。
そんなことを考えもしたのだが、答えは「否」だった。
彼女の考えを変えることが出来る者がいるとすればそれは俺を置いて他にはないわけだが、俺たちはあくまで対等の関係であって主従ではない。
彼女が強く主張することを俺が強く反対したからと言って、彼女が大人しく従う謂れはどこにもない。
寧ろあっちは、力づくで俺を頷かせようとするだろう。
だから、仮に全面戦争を避ける方法があるとすれば、それは俺とアルシェの直接対決になるのだが(尤もその時点で世界は甚大なとばっちりを受けることになる)、そして出来れば俺もそれがベターだと思っているのだが、果たして上手くいくだろうか。
何より俺の目的は、アルシェを屈服させたり滅ぼしたりすることではなく、ポンコツ勇者アルセリア=セルデンを無事取り戻すこと。
世界の運命云々は、副次的な結果としてついてくるに過ぎない。
全面戦争、或いはそれをすっ飛ばしてのトップ同士の直接対決。
どちらに転んでも、俺のすべきことは一つ。
…うん、こういうのは分かりやすくていいね。この場合はこうだけどあの場合はああだし…とか考え込むと、そのうち混乱して何を優先すべきかも分からなくなってくるし。
他人のことを単純だとか単細胞だとか言う割に、俺も大概、シンプルなのが丁度いい魔王だったりする。
俺たちは、そこから少しばかり内陸部に入り込んだ地点で、陣を敷くことにした。
シンプルに行こう、と決めたわけですが、気を抜くとすぐにウダウダ考えそうになる魔王です。なにしろ、書いてる人間がウダウダ人間なので。
その都度軌道修正を試みるのですが、地味にめんどくさい。
考えるよりまず行動!って人が心底羨ましいです。




