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世話焼き魔王の勇者育成日誌。  作者: 鬼まんぢう
新世界編
375/492

第三百六十九話 彼女が目指す世界




 魂の選別。

 試練を乗り越えた選ばれし魂たちは、新たな世界の苗床となることを許される。


 そこには欲望もなく、苦痛もなく、絶望もない。全も個もなく、全てが真に平等で公平な、争いや格差とは無縁の世界。


 能力も容姿も価値観も、全てを共有…否、全てが共通する世界。


 それは、選ばれた魂にとっては楽園と呼べるのかもしれない。

 だが、選ばれなかった大多数は………?




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 そう言えば、いつだったか彼女が随分と楽しそうに頭を悩ませていた時期があった。

 沢山生まれた生命たちの前で、ああでもないこうでもない、と試行錯誤を繰り返して。


 もうその頃になると、彼女が俺なんかそっちのけでそれらばかりにかかりっきりになっているのが面白くなくて、尋ねる声も刺々しくなっていたっけ。


 「……何をまどろっこしいことをしている?」

 「え、これですか?そんなにまどろっこしいでしょうか?」


 俺の問いに答えるアルシェは、俺の気持ちなんか気にも留めず、満面の笑顔。そのことがさらに、俺を不機嫌にさせた。


 「どう見てもその極致だろう。無駄なことを繰り返しているようにしか見えん」


 実を言うとずっと見ていたわけじゃないからそこまで断言することは出来なかったんだけど、さっさと終わらせて自分のことを構ってもらいたい俺は、とにかく早くアルシェの興味が自分に戻ってくることを期待していた。


 「あら、ふふふ。何を言ってるんですか、これが一番重要なキモなんですよ」

 「……肝?」


 彼女は何を言っているのだろう。

 生命たちをあちらこちらに散らばして、その道筋を無駄にそして無作為に増やして、生命たちを迷わせるばかり。

 そんなことをすれば、いずれ行き詰る生命もあることだろう。前進させたいのならば、もっと直線的に導いてやれば話は早い。


 「はい!こうすれば、それはもう色とりどりの世界になるんです。雑多で、ごちゃ混ぜで、賑やかな世界、そういうのって、面白そうだと思いませんか?」


 そう言う彼女の表情は本気で楽しんでいた。今から未来けっかを想像して、出来上がる世界に対する期待で胸を膨らませている。


 「…そんなことをすれば、お前にもいずれ把握しきれなくなるときが来るだろう」


 俺も彼女も、そこまで万能ではない。全能かもしれないが、全知ではないのだ。

 あまりに理を複雑に設定してしまえば、そのうち管理の手も回らなくなるのが目に見える。


 「ですから、そのギリギリの感じが楽しいんじゃないですか。それに、どうしようもなくなったら創り直せばいいんだし」


 悪びれない彼女の表情と答えに、その頃の俺は確かに納得した。

 そうか、気に入らなければ壊して新しいものを創ればいい…と。


 それが世界にとって、生命たちにとって、どのような意味を持つことであるのか完全に理解していながら、何でもないことのように、そう思っていたのだ。





 「はい、リュートさま。アーン♡」


 ……彼女アルシェは、「ガラッと変える」と言っていた。それは世界の根本、方針のことだろう。

 もしかしたら、彼女の言う「どうしようもなくなった」状態が、今の世界なのか。


 「美味しいですか?もう一口どうぞ♡」


 ……であれば、彼女は既にこの世界に対する未練を失っていると?

 けれども、俺は思い出す。


 この世界に復活する寸前、桜庭柳人としての人生を終えたあの日。

 確かに彼女は言ったのだ。


 どうか、私の“子供たち”も慈しんであげてください……と。


 あの時の彼女は、世界の行く末を…()()世界の行く末を、案じていた。俺が再び戦争を引き起こすのではないかと危惧し、そうならないことを死んだばかりの日本人の少年の魂に賭けたのだ。

 

 「ところでリュートさま、この後はどうなさいますか?」


 あの時の彼女は、何だったのだろう。

 それも俺を欺くための偽り?…………いや、そうだとは思えない。あのアルシェは、間違いなく本気でそう言っていた。俺ならば、そのくらい分かる。


 「ご入浴の準備も済んでおりますし、もしお望みでしたらその前に……」


 あれは…あれもまた、彼女の本心だ。

 バラバラに散ってしまったアルシェの欠片の一つは、少なくともこの世界を愛し、案じ、その未来を願っている。


 人の心を一色では描けないように、俺たちの心もまた、さまざまな「本音」を同居させている。


 相反する願い、それはどちらも真実。で、あるならば……



 「わたくし、この日のために心身を徹底的に清めて参りましたわ。どうぞ、リュートさまのお望みのとおりに……キャッ、言ってしまいましたわ!」


 ………………………………………。



 「あのさ……」

 「はい、寝室へ参りましょう!」


 ……じゃなくて。


 俺は、ソファに座り思案に暮れる俺にべったりと貼り付いてご機嫌な姫巫女に、ごく当然の質問を投げかけた。


 「お前さぁ……なんでここにいるの?」



 ここは、俺の家だ。俺と、アルセリアと、ビビと、ヒルダと、キアの家だ。

 勿論、客人を招くこともあるしそのための準備もしてある。が、俺は断じてこいつを招いてはいない。



 辛辣とも言える俺の質問だったが、この暴走超特急娘がそんなことで怯むはずはなかった…そのくらいは承知の上だが。


 「何故……と仰られましても、私はリュートさまに全てを捧げた身、本来ならばいついかなる時もお傍に侍るのが自然なことなのですが…?」

 「いや、自然じゃないよね。本来とか前提がおかしいよね」

 「……………?仰ってる意味がどうも……??」


 ……まぁ、そうだよな。こいつはそういう奴だ。

 俺がどうこう言ったところで、考えを変えるようなヤワな神経していない。



 つーか……今までこいつは何してたんだよ。

 なんか気付けば、マナファリアの左手には料理の乗った皿が、右手にはフォークが。


 ………なんでこいつが俺に「アーン」とかしてるのか本気で謎なんだけど。



 いや……食べさせてもらった料理自体は、美味しかったよ?自分以外の料理でここまで旨いものを食べるのなんて、流石にレベルは違うがいつぞやの温泉旅館以来だ。


 俺は今日は何も作っていない。ヒルダは料理のりの字も知らないし、キアの料理は…なんというか、形容に困る感じだし、ビビはそれなりに作れるがここまでの味は出せない。



 「……それ、誰が……?」


 もしやと思い、その予感にうすら寒いものを感じながら、それでも訊ねずにはいられない俺。マナファリアは、頬を染めてモジモジしながら、


 「その、お恥ずかしながらわたくしが………リュートさまのことを考えて、一生懸命作りましたの♡」


 ……嫌な予感、的中である。



 「まじかよ……お前、料理なんて出来たっけ?」


 マナファリアは姫巫女である。多分、地上界で最も箱入りの温室育ち。あらゆる俗事から徹底的に遠ざけられ、おそらく食することが許されているものも特別に清められた食品のみ。

 当然、自分で料理をするなんて言語道断。


 さっきから彼女が俺にせっせと食べさせていたのは、一角兎の肉を焼いただけの簡単シンプルな料理である。しかし、味付けといい焼き加減といい、絶妙。

 一角兎は比較的クセのない味だが、それでも独特の風味を持っている。彼女が使っている調味料…おそらくローズマリーとタイム…が、その風味を極上のアクセントに変えていた。


 まさか彼女が一角兎肉の特徴なんて知っているはずないし、ましてやスパイスの使い方なんて。


 「実を申しますと、生まれて初めてでございます。自信はあまりなかったのですが、リュートさまにどうしても美味しいものを召し上がっていただきたくて、頑張ってしまいました♡」



 ………もしかしてこいつ、料理系の特殊スキルとか持ってるんじゃないだろうか。



 「その……お気に召しましたか?」


 ……う。答えづらい質問キタ。

 正直に言えば、気に入った。単純な料理を美味しく作るには基本を押さえていないといけないし、彼女の料理はとても丁寧な仕事で、食べる相手のことを思いやるという最も重要な要素も満たしている。


 …………が。それをありのまま伝えてしまっては、彼女の暴走がどうなることやら予想が付かない。

 とは言え、旨い料理を貶すなんて不埒な真似は、俺には出来ない。



 ………!そうだ、あいつらは?他の三人は何してる?

 アルセリア程ではないが、彼女らもマナファリアと牽制しあってたじゃないか。きっとあいつらなら、なんかうまいこと言って………


 突破口を開こうと視線を巡らせた俺の目に映ったのは、ダイニングでご機嫌な三人組の姿。


 あ、あれ……?



 「皆さまにも、お気に召していただけたようで何よりですわ」


 俺の視線に気付いたマナファリアが、照れ照れしながら言った。

 何のことはない。三人とも既に、買収済みだったのだ。



 「……姫巫女、おかわり…」

 「とても柔らかいお肉ですね。それに、ハーブの香りがとても爽やかで」

 「……ふむふむ、悪くないね」



 …………そうだ、忘れてた。こいつら、食い意地に負けて魔王に恭順してしまうような、ポンコツ勇者一行なんだった。


 



料理系スキルに必要なのは、愛情ですはい。

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